四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第参幕 霊具

第二四話

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しんと静まり返った雪原は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。
その中で唯一聞こえる音が、細の体に顔をうずめ泣き続ける霰の声。
たった一人の家族を目の前で失った悲しみは大きかった。
それと同時に、助ける事が出来ずに力を貸してくれた冬へ八つ当たりしてしまった自分が情けない。

自分がどんなに無茶な頼みをしたのかくらい、わかっている。
そしてそれを冬は必至で叶えようとした。
魔物化現象トランス・フォームした者が助かる可能性など、万に一つもない事くらい承知していた。
それでも信じたくなかった。
優しい兄が、大好きな兄が、大切な兄が、魔物になってしまうなんて信じたくなかったのだ。
攻撃されても、まだ声は届くと、心は残っていると信じたかった。
兄が苦しんでいる事に気づかなかった自分から目をそむけ、出会ったばかりの少女に助けを求めた。
それなのに…。

それなのに、必死に力を貸してくれた少女に八つ当たりをしてしまった。

助けられなかった事を、彼女のせいにした。
彼女の力不足のせいで兄は助からなかったのだと、そう一瞬でも思ってしまった。
あのまま傍にいて慰めの言葉をかけられていたら、きっと噛みついていただろう。
なぜ兄様を助けてくれなかったのか、と。
だからそんな事を口にして少女を傷つけないために追い返した。
顔を見る事はしなかったけれど、声音で傷つけてしまったことを感じた。
それでも、霰にはこの感情をどうする事も出来なかった。

少女はきっと自分の力不足のせいだと自分自身を責めるのだろう。
分っていたけれど、どうする事も出来なくて。
そんな自分が嫌で、許せなくて、悲しみも合わさって霰は泣き続けた。
このまま泣き続けていれば声も涙も枯れ果て、雪に埋もれて何もかもなくなってしまうかもしれない。そう思った。
だからゆっくりと優しく頭を撫でられても直ぐには反応できなかった。
三、四回撫でられて頭を撫でられたことにようやく気付いたほどだ。

「霰」

大好きな声に名を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げる。
泣き腫らし大きく開く事の出来ない目を、霰はこれでもかというくらいに大きくする。
その瞳の先には、優しく微笑む細。
霰と同じ青い瞳には、驚いた霰の顔が映りこんでいる。

「兄様?」
「ああ」
「本当に?」
「本当に」
「本物?」
「もちろん」

霰の瞳から涙が零れた。
これは今までの悲しみや後悔の涙ではない。
細が生きていた事への、喜びの涙。
「兄様っ。よかった…よかったよぉ…」
ゆっくりと上体を起こした細に霰は抱きついて泣きじゃくった。
霰を優しく受け止め、細はその頭を撫でる。
「夢じゃないよね」
「ああ。私も夢かと疑っているくらいだよ」
身体を離し、二人は視線を合わせた。
霰の顔に、ようやく笑顔が戻った瞬間だった。

「兄様、おかえりなさい」
「ただいま、霰」


※ ※ ※


姥妙を先頭にして下山する冬達は、一言も発する事無く黙々と歩みを進めていた。
というのも、冬が俯き加減でとぼとぼと歩いており、そんな冬にどう声をかけたらいいのかと皆迷っているのだ。
宿祢と泰時が交互に口を開くが言葉は出ず、誠士郎と幽霊のお姉さんは下手に声をかけるべきではないのだろうと見守り、姥妙は時折背中越しに視線を投げはするもののどうしたらいいのかわからずに顔をしかめるだけだった。
冬が自分の力不足を責めているのは明らかで、しかしながらこの結果は冬のせいではない。
むしろ細が魔物から元の雪ん子に戻ったのは冬のおかげといってもいい。
冬はやれるだけの事をやった。
その結果は――残念だったとしか言いようがない。
冬がいなければ細を雪ん子に戻す事だって不可能だったのかもしれないのだ。
だが、そう声をかけたところで冬は納得しないし喜ぶ事もないだろう。
もっと自分に力があればと、自分自身を責めるだけだ。
そうなる事がわかっているから、宿祢も泰時もなんと声をかけたらいいのか迷っているのだ。
まるでお通夜のように重い空気が冬達を包んでいる。
麓までこの調子なのではないかと思い始めた時、背後から声が聞こえてきた。
「……って……待って、冬!」
「…あられ?」
その声に足を止め、冬は振り返る。
ようやく視線が足元から上へとあげられた。
息を切らして走ってきた霰は冬の前でとまり、膝に手をついて呼吸を整える。
「あられ…その、わたし…」
「ごめん!」
冬の言葉を遮り霰は手を合わせて詫びた。
「え?」
「アタシ、冬に八つ当たりした。冬は兄様の為に、アタシの為に頑張ってくれたのに、それなのにアタシ…」
「そんな…だってわたし、ささめさんを助けられなかったんだもん。あられ達の事助けるって言っておきながら、なにもできなかったの」
「違う。冬はちゃんと助けてくれた。ほら」
振り向いた霰の視線の先には、ゆっくりと歩いてくる細の姿があった。
冬の大きな瞳がさらに大きく開かれる。
死んだと思っていた細の姿に、その場にいた全員が驚いた。
「ささめ…さん?」
「はい」
「冬はちゃんと助けてくれたんだよ」
右肩から先はないが、細の足取りはしっかりしている。
雪ん子なので人間の冬よりも肌が白いものの、顔色は悪くない。
「ささめさん…。よかった…よかったよぉ」
冬の目から涙が零れた。
細が生きていた事が嬉しくてたまらない。
「良かったでござるな、冬殿!」
「うん」
「まあ、見習いにしてはよくやったな」
「泰時様が手伝ってくれたから…。でも、本当に良かった。よかったね、あられ」
「うん。ありがとね、冬」
笑顔を浮かべる冬達を見て、誠士郎と幽霊のお姉さんの顔にもようやく笑顔が浮かんだ。
「ははははは。やるじゃないか、お嬢ちゃん。気に入ったぜ」
片手で顔を覆いながらひとしきり笑うと、姥妙は冬へと近づく。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「え?七草冬、だけど…」
「冬か」
名を尋ねられてきょとんとしている冬の手を取り、姥妙はその甲に口づけた。
「!?」
突然の出来事に冬の顔がボン、と赤くなる。
「俺様のものにならないか?」
「ふ、ふざけるな!」
冬にそう告げた姥妙に泰時がすかさず抗議の声を上げた。
そのまま二人の間に割って入ろうとする。
だがそれよりも早く姥妙は冬の手を離し、近くの木へと飛び移った。
「ま、今の状態じゃ大変だろうし、もう少し霊力が強くなったら迎えに来るぜ」
「来なくていい!」
「じゃあな、冬」
「二度と来るなぁぁぁぁ!!!」
一方的に言い残して姿を消した姥妙に泰時は抗議の声を上げ続けた。
当の本人はというと、顔を真っ赤にして呆然と姥妙が消えた場所へと視線を向けている。
「大変なことになりましたね。あいつ、かなりしつこいんですよ」
ふふふ、と細が笑う。
『いやん。冬ったら見初められちゃったわね』
「冬ってば、いつの間にアイツのこと落としたのよ」
「え?あの…えっと…わ、わたしはどうしたら…」
霰にからかわれ、冬は途端におろおろとし始めた。
そんな冬の手を掴むと、泰時はごしごしと甲を拭き始める。
「どうもしなくていい!」
「で、でも…なんか迎えに来るとか…」
「うるさい!おまえはさっさと姫巫女の修行に戻ればいいんだ!わかったか!」
拭き終え、泰時はその手をべシリと叩いた。
「いたっ」
「返事は!?」
「わ、わかりました!」
「ふん」
冬の返事を聞き、泰時はさっさと歩き出す。
「な、なんでわたし泰時様に怒られてるのぉ?」
自分がどうして怒られているのかさっぱりわからず、冬は助けを求めるように宿祢を見た。
だが宿祢は姥妙の行為の意味が分からずに首をひねっているだけで答えを期待できそうにない。
「冬さんも大変ですね」
「誠士郎様ぁ」
誠士郎に助けを求めようとした時、泰時が戻ってきて冬の腕を掴んだ。
「ぼさっとしていないでさっさと帰るぞ!」
「いたっ…痛いですよ、泰時様ぁ」
冬の腕を強く掴み、引きずるようにして泰時は歩き出す。
どうしてこんな事になっているのかがわからず、冬はただ引っ張られるままに歩いて行く。
更にその後ろをよくわからないまま宿祢がついていく。
『冬はモテ期なのかしらね~』
そんな冬達を微笑ましく思いながら幽霊のお姉さんが後に続いた。
「兄様の体力が回復したら、アタシ達は山を移るって冬に伝えておいて。それから、本当にありがとうって」
「わかりました。お二人とも、お気をつけて」
「本当に、ありがとうございました」
細と霰に見送られ、誠士郎は冬達の後を追った。
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