四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第四幕 愉比拿蛇

第十六話

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最後の一軒を確認して逃げ遅れた者がいないとわかり、結依はほっと胸をなでおろした。
霊魂に見つからないように建物に隠れながらの作業は緊張の連続で、体よりも心が疲れる。
「どうやら、全員無事に逃げられたようでやんすね」
安堵のため息をつき、虎丸はその場に座り込む。
力の抜けた笑みを浮かべる虎丸をジト目で見つつ、泰時は周囲への警戒を怠らない。
いつどこから霊魂が襲ってくるのかわからないのだ。
まだ安心はできない。
「それにしても結依さんは凄いでやす。よく怖くないでやんすね。あっし、少しだけ怖かったでさぁ」
「…私だって怖いわよ」
「え?」
「怖いに決まってるじゃない」
虎丸の問いに、結依は震える声で返す。
手から今までずっと握りしめていた角材が落ちた。
その背は微かに震えている。
その事に虎丸が気づくよりも早く、結依が振り返った。
「私には泰時や虎みたいに戦う力がないのよ?襲われても自分すら守れないの」
今にも泣きだしそうな結依に、虎丸は目を見張る。
泰時と共に強気にここまで自分を引っ張ってきた彼女が、こんな風に涙するとは思いもしなかったのだろう。
いくら強気な性格とはいえ、結依は十七の女子おなご
戦う術すべを持たない身としては、今までの行動すべてが精一杯の強がりだったのだ。
結依は物怖じしない強い女性なのだと勝手に思い込んでいた虎丸は、今にも泣きだしそうな結依にどう対応すればいいのかわからずに、おろおろとし始める。
そんな結依を見て泰時がぼそりと呟いた。
その声が聞こえたのかどうかわからないが、結依が弱々しく口を開く。
「だから大人しく避難していればよいものを…」
「…亜美がね、怪我したの」
「亜美さん?」
「うちの使用人だ」
「霊魂に襲われたのよ。同僚が襲われたって言うのに、私は何もできなかった」
「霊具がないんだからな、仕方がないさ」
「どんなことがあっても泣かない亜美が泣いたのよ!私達は戦えない、だから怖いの。他にももっと怖い思いしている人がいるかもしれないって思ったら、私、私…」
カタン、と小さな音が聞こえた。
その音にはっとして結依は声をかけつつ音の方へと近づく。
「誰かいるの?」
近付いた結依の頭上から、木材が倒れこんできた。
「結依!」
間一髪のところで泰時が結依の腕を引く。
木材は地面に激突し、無数の木片へと砕け散る。
気が付けば三人は霊魂達に囲まれていた。
虎丸が慌てて立ち上がり二人の傍に駆け寄る。
泰時は結依を背に隠し、霊具を構える。
霊魂達は三人を囲むように反時計回りにゆっくりと移動している。
襲うタイミングでも見計らっているのだろうか。
「ボクから離れるなよ」
「わかってるわよ」
泰時の後ろで虎丸が震えている。
結依はそんな虎丸を庇うように立った。
怯える虎丸を見て平常心を取り戻したのかもしれない。
先程までの弱々しさは消え、いつもの勝気な性格へと戻る。
恐怖心を追い払うために無理やり気持ちを切り替えたのかもしれない。
様子見とでもいう感じで、霊魂が数体襲い掛かってくる。
泰時は二人を守りつつ刀を横に薙いで牽制する。
泰時の死角を埋めようと、結依は必死に辺りを見回した。
戦う力はなくても、霊魂を「見る」事はできる。
今の結依に出来る事は、泰時の背後の目になる事なのだから。
結依の助けを借りつつ何とか脱出を図ろうとするが、霊魂達は逃がしはしないと周囲を埋めていく。
一斉に襲い掛かられたらどうする事も出来ないだろう。
不規則だが、どこか法則性のある動きをする霊魂に、泰時は必死に思考を巡らせる。
三人の中で実戦経験があるのは泰時だけだ。
自分がしっかりしなければと、二人を守りきらなければと、無意識に肩に力が入る。
それを見逃してはもらえず、霊魂は急に動きを変えた。
例えるならば鉄砲水。
勢いよく突進してきた霊魂の群れに、泰時はとっさに結依を突き飛ばす。
狙い通り虎丸を巻き込んで、二人は納屋の中に倒れこむ。
「泰時!」
慌てて起き上った結依の目の前で、泰時の体が大きく飛ばされた。
そのまま納屋の壁をぶち破り、もうもうと砂埃が舞う。
「泰時、泰時!」
「あ…ぐぅ…」
結依は必死に呼びかけるが、泰時からの返答は呻き声だけ。
集中力が切れたのか、その手から霊具が消えている。
泰時がもう立ち上がれないとみると、霊魂達は結依と虎丸に狙いを代える。
そして先程泰時を襲った時と同じように勢いよく向かってきた。
(だめ、やられる!)

「秋風に舞え!」

咄嗟に両手で顔を覆った結依の耳に、凛とした声が届いた。
驚いて目を開けた結依が最初に見たのは、綺麗に色づいた紅葉。
(もみ…じ?真冬なのに、なんで…)
少し強めの風が結依達を包むように吹く。
その風に乗って紅葉や銀杏の葉が舞っていた。
不思議な事に、霊魂達は葉に触れると次々と浄化されていく。
その光景をぽかんと口を開けたまま二人は見ている。
どこか幻想的なその景色の中、天から人が舞い降りた。
若草色の髪を風にゆるく遊ばせ、ゆっくりと着地したその人物は振り向いて結依に手を差し出す。
「怪我はないかい?」
陽の光に反射した子供向けの髪飾りが、この人物が誰なのかを教えてくれる。
幻想的で神秘的な雰囲気を纏ったその姿に、わかってはいても別人かと思わされる。
凛々しいその姿が、結依には王子様に見えた。
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