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第四幕 愉比拿蛇
第二二話
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背筋に寒気が走ったのと、前方の宿祢が立ち止まったのは同時だった。
確かに寒い時期だけど、そうじゃない鳥肌が立つ。
宿祢は村の中央へと視線を向けている。
錫杖を握るその手には力が入っていた。
険しいその横顔につられるようにして、わたしは鳥肌の立つ腕をさすりながら視線を向けた。
けれど、家の影になって何があるのかを見る事は出来ない。
それでも、この嫌な感じの原因が向こう側にあるのだ、という事はわかる。
「ねえ、宿祢。これって…」
「うむ。かなり強い邪気でごさる」
「邪気…」
「先程の霊魂とは異なり、かなり強大な存在でござろう。何か異変が起きた事は、間違いない」
あの方向はおそらく、啼々家の屋敷。
愉比拿蛇を封印している勾玉があって、ことり様達が注魂の儀式を行っていたはず…。
もしかして、たくさんの霊魂達のせいで何かあったのかもしれない。
離れた場所に居てもこんなに嫌な感じがするんだもん、きっとことり様達はもっとたいへんなのかもしれない。
わたしが行ったところで役には立たないだろうけど、もしかしたら役に立つかもしれない。
それに、なんだか嫌な予感がする。
ことり様、弥生さん、美園様、月子様…。
みなさん、ご無事だといいのだけれど…。
怖いけど、ここで怖気づくわけにはいかないよね。
「方角的には啼々家だと思うけど、宿祢、邪気の元に案内して」
「了解でござる」
「お姉さん、迦楼…ど、どうしたの!?」
宿祢が頷いたのを見てわたしはお姉さんと迦楼羅丸を振り返った。
そしてそのまま目を見開く。
お姉さんは自分で自分をぎゅって抱きしめて震えていた。
迦楼羅丸は唇を強く噛みしめ、両手を強く握りしめている。
その拳は小刻みに震え、爪が食い込んでいるのか白くなっている。
「二人とも大丈夫?顔が真っ青だよ?」
「『……』」
慌てて傍に寄るけれど、二人ともわたしが見えていないみたい。
確かに鳥肌が立つくらい怖いような嫌なような邪気だけれど、わたしよりも遥かにこういう経験があるだろう二人がここまで怯えるなんて普通じゃない。
返事の返ってこない二人にどうしたらいいのだろうと思っていたら、宿祢が声をかけた。
真っ直ぐな、澄み渡る水のような声音の問い。
「怖いでござるか?」
自分だって恐怖は感じているのだろうに、宿祢はただ真っ直ぐに迦楼羅丸へと視線を向けていた。
本当はお姉さんにも向けたいのだろうけれど、どこにいるのかわからない以上、向けようがない。
視線を彷徨わせることは宿祢の想いとはきっと正反対なんだと思う。
だから宿祢は迦楼羅丸の目を真っ直ぐに見据える事で、二人に話しかけているのだろう。
その事がわかったからか、二人は青ざめた顔のまま宿祢に視線を合わせた。
真っ直ぐに、心の中を見透かしたかのような澄んだ水色の瞳に見つめられたら、嘘なんてつけそうにない。
「…ああ」
『……』
少しの間を置いて二人は頷いた。
「それは何故?」
「何故って…」
「一度負けたから?」
「……」
「守りきれなかったから?」
「!!」
宿祢のその言葉に、迦楼羅丸の肩がビクッと揺れた。
お姉さんがハッとしたように表情を変え、口元に手を当てる。
なんだかとても悲しそう。
対照的に迦楼羅丸の顔はどんどん険しくなり、まるで般若のようになってしまった。
射抜くような鋭い迦楼羅丸の視線を、宿祢は表情一つ変えずに受け止める。
「愉比拿蛇については文献程度の知識しかござらぬ。だから偉そうな事を申すつもりはさらさらござらぬ」
「……」
「この邪気、拙者も恐怖を感じておる。一度対峙している迦楼羅丸殿ならば尚更でござろう」
「…何が言いたい」
今にも宿祢に掴みかかりそうな雰囲気。
殴りかかりたいのを必死に抑えているような感じがする。
そんな迦楼羅丸をお姉さんは不安そうな顔で見ている。
「拙者は冬殿と共に向かう」
「『!!』」
断言した宿祢に二人がまたビクッと震えた。
「お二方が居れば心強いが、強要は出来ぬ。冬殿は拙者がお守りする故、お二方は里を。さあ、冬殿」
「でも…」
そういうと宿祢は歩き出した。
二人を見るととても複雑そうな顔をしている。
「強要は出来ぬよ」
「う、うん…」
そうだよね、とっても怖いもん。
これがもし愉比拿蛇に関係あるなら、迦楼羅丸なんて一度負けてるからもっと怖いんだよね。
宿祢の言う通り、強制したら可哀そうだよね。
『…待って』
背を向けて宿祢の後を追いかけはじめたわたしに、お姉さんが震える声で言った。
立ち止まり振り返ると、青ざめたままのお姉さんは意を決したような硬い表情をしていた。
『私も…私も、行くわ』
「え?でも…」
『お願い』
「…わかったわ。でも、無理しないでね」
『ありがとう。ねえ、冬。迦楼羅に伝えてくれる?』
「うん、いいよ」
お姉さんに頷き、わたしは迦楼羅丸の傍へと寄る。
『貴方のペースでいいのよ、迦楼羅』
その言葉に、迦楼羅丸はハッとする。
目を閉じ、二、三回深呼吸した。
ゆっくりと開かれた瞳は、まだ少し恐怖で揺れている。
それでも強張っていた顔はほぐれ、雰囲気もいつもに近くなってきた。
「この気配は、間違いなく愉比拿蛇だ。だが、まだ弱い。完全に封印が解けた訳ではないだろう。行く事に賛成はできんが、お前達は言っても聞かないだろう?」
そのセリフにわたしと宿祢は目を合わせた。
確かに、危ないから行くなって言われても行くつもりだったわ。
そんなわたし達を見て迦楼羅丸ははぁ、とため息をついた。
「奴が目を覚ます前に行くぞ」
「うん!」
「了解でござる!」
走り出した迦楼羅丸に、わたしと宿祢は元気よく頷いた。
確かに寒い時期だけど、そうじゃない鳥肌が立つ。
宿祢は村の中央へと視線を向けている。
錫杖を握るその手には力が入っていた。
険しいその横顔につられるようにして、わたしは鳥肌の立つ腕をさすりながら視線を向けた。
けれど、家の影になって何があるのかを見る事は出来ない。
それでも、この嫌な感じの原因が向こう側にあるのだ、という事はわかる。
「ねえ、宿祢。これって…」
「うむ。かなり強い邪気でごさる」
「邪気…」
「先程の霊魂とは異なり、かなり強大な存在でござろう。何か異変が起きた事は、間違いない」
あの方向はおそらく、啼々家の屋敷。
愉比拿蛇を封印している勾玉があって、ことり様達が注魂の儀式を行っていたはず…。
もしかして、たくさんの霊魂達のせいで何かあったのかもしれない。
離れた場所に居てもこんなに嫌な感じがするんだもん、きっとことり様達はもっとたいへんなのかもしれない。
わたしが行ったところで役には立たないだろうけど、もしかしたら役に立つかもしれない。
それに、なんだか嫌な予感がする。
ことり様、弥生さん、美園様、月子様…。
みなさん、ご無事だといいのだけれど…。
怖いけど、ここで怖気づくわけにはいかないよね。
「方角的には啼々家だと思うけど、宿祢、邪気の元に案内して」
「了解でござる」
「お姉さん、迦楼…ど、どうしたの!?」
宿祢が頷いたのを見てわたしはお姉さんと迦楼羅丸を振り返った。
そしてそのまま目を見開く。
お姉さんは自分で自分をぎゅって抱きしめて震えていた。
迦楼羅丸は唇を強く噛みしめ、両手を強く握りしめている。
その拳は小刻みに震え、爪が食い込んでいるのか白くなっている。
「二人とも大丈夫?顔が真っ青だよ?」
「『……』」
慌てて傍に寄るけれど、二人ともわたしが見えていないみたい。
確かに鳥肌が立つくらい怖いような嫌なような邪気だけれど、わたしよりも遥かにこういう経験があるだろう二人がここまで怯えるなんて普通じゃない。
返事の返ってこない二人にどうしたらいいのだろうと思っていたら、宿祢が声をかけた。
真っ直ぐな、澄み渡る水のような声音の問い。
「怖いでござるか?」
自分だって恐怖は感じているのだろうに、宿祢はただ真っ直ぐに迦楼羅丸へと視線を向けていた。
本当はお姉さんにも向けたいのだろうけれど、どこにいるのかわからない以上、向けようがない。
視線を彷徨わせることは宿祢の想いとはきっと正反対なんだと思う。
だから宿祢は迦楼羅丸の目を真っ直ぐに見据える事で、二人に話しかけているのだろう。
その事がわかったからか、二人は青ざめた顔のまま宿祢に視線を合わせた。
真っ直ぐに、心の中を見透かしたかのような澄んだ水色の瞳に見つめられたら、嘘なんてつけそうにない。
「…ああ」
『……』
少しの間を置いて二人は頷いた。
「それは何故?」
「何故って…」
「一度負けたから?」
「……」
「守りきれなかったから?」
「!!」
宿祢のその言葉に、迦楼羅丸の肩がビクッと揺れた。
お姉さんがハッとしたように表情を変え、口元に手を当てる。
なんだかとても悲しそう。
対照的に迦楼羅丸の顔はどんどん険しくなり、まるで般若のようになってしまった。
射抜くような鋭い迦楼羅丸の視線を、宿祢は表情一つ変えずに受け止める。
「愉比拿蛇については文献程度の知識しかござらぬ。だから偉そうな事を申すつもりはさらさらござらぬ」
「……」
「この邪気、拙者も恐怖を感じておる。一度対峙している迦楼羅丸殿ならば尚更でござろう」
「…何が言いたい」
今にも宿祢に掴みかかりそうな雰囲気。
殴りかかりたいのを必死に抑えているような感じがする。
そんな迦楼羅丸をお姉さんは不安そうな顔で見ている。
「拙者は冬殿と共に向かう」
「『!!』」
断言した宿祢に二人がまたビクッと震えた。
「お二方が居れば心強いが、強要は出来ぬ。冬殿は拙者がお守りする故、お二方は里を。さあ、冬殿」
「でも…」
そういうと宿祢は歩き出した。
二人を見るととても複雑そうな顔をしている。
「強要は出来ぬよ」
「う、うん…」
そうだよね、とっても怖いもん。
これがもし愉比拿蛇に関係あるなら、迦楼羅丸なんて一度負けてるからもっと怖いんだよね。
宿祢の言う通り、強制したら可哀そうだよね。
『…待って』
背を向けて宿祢の後を追いかけはじめたわたしに、お姉さんが震える声で言った。
立ち止まり振り返ると、青ざめたままのお姉さんは意を決したような硬い表情をしていた。
『私も…私も、行くわ』
「え?でも…」
『お願い』
「…わかったわ。でも、無理しないでね」
『ありがとう。ねえ、冬。迦楼羅に伝えてくれる?』
「うん、いいよ」
お姉さんに頷き、わたしは迦楼羅丸の傍へと寄る。
『貴方のペースでいいのよ、迦楼羅』
その言葉に、迦楼羅丸はハッとする。
目を閉じ、二、三回深呼吸した。
ゆっくりと開かれた瞳は、まだ少し恐怖で揺れている。
それでも強張っていた顔はほぐれ、雰囲気もいつもに近くなってきた。
「この気配は、間違いなく愉比拿蛇だ。だが、まだ弱い。完全に封印が解けた訳ではないだろう。行く事に賛成はできんが、お前達は言っても聞かないだろう?」
そのセリフにわたしと宿祢は目を合わせた。
確かに、危ないから行くなって言われても行くつもりだったわ。
そんなわたし達を見て迦楼羅丸ははぁ、とため息をついた。
「奴が目を覚ます前に行くぞ」
「うん!」
「了解でござる!」
走り出した迦楼羅丸に、わたしと宿祢は元気よく頷いた。
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