マイナス勇者〜魔王の方がまだマシって言われました〜

第１章 数値化されなくても運の悪さは知っていました

その５

「あ～そこそこ、気持ちいい～」
最初は18禁な事をされるのかと警戒していたけれど、まるでマッサージを受けているかのような気持ち良さ。
夢見心地ってこういう事を言うのかしら。
ずっとパソコンに向かって座ってるから肩とか凝ってたのよね。
18歳でも、やっぱりくるものはくるのよね。
全身揉みほぐされて体が軽いのなんの。
このまま寝られそう…。
「ヤヤコ様、お迎えにあがりました」
「ふぁい…」
後もう少しやってほしかった…。
名残惜しいものの、私は池から上がる。
ローザさんが手際よく体や髪を拭き、洗礼用の白い服に着替えさせてくれた。
濡れた髪は魔法の温風でささっと乾かしてくれた。
魔法ってこんなこともできるのね。
ドライヤーいらずで便利だわ。

洗礼を受けるのは大聖堂。
大きなステンドグラスにパイプオルガン、大きな十字架。
元の世界ならイエス・キリストがいる位置には誰もおらず、十字架の足元を支えるように花冠を付けた女性がいた。
背中には私達がイメージする妖精の羽のようなものが付いている。
司教さんのお祈りの後、額に聖水で十字を書いて洗礼式は終了。
異世界人だから洗礼なんて必要ないんじゃないかと思ったんだけど、適性検査は洗礼を受けた人しか水晶玉が反応しないんですって。
「識別の水晶をこちらに」
司教さんの合図で水晶玉を持ってくるのは司祭さん。
はっきりいって司祭とか司教とかその辺の上下関係はよくわからないけれど、服装でなんとなぁく見分けられる。
白い色は同じだけど袖や帽子のラインの数が違う。
多ければ多いほど偉いみたい。
よく見るとシスターさんの帽子にもラインが入っている。
「我等が女神フェアリー・リデルよ、この者に汝の祝福をお与えください」
司教さんの言葉に、私は額で十字を切り逆Ｔの字を両腕で作る。
これがこの世界の祈りのポーズらしい。
なんというか、ウルトラマンの必殺技のなんちゃらビームのポーズによく似ている。
ビームじゃなくて光線だったかしら？
とにかく、祈りのポーズをとり、私は両手を水晶玉にかざした。
なんの反応もないのはそれはそれで悲しいので、何かしら反応してほしい。
ゆっくりと青白く光り始めた水晶玉の中に煙のような何かが現れ文字のような姿を取り始めた。
「…え？」

ドゴーン！

突如大きな爆発音のようなものが背後から聞こえた。
「ふひゃい！」
ものすごい揺れが教会を襲う。
私は台座から転がり落ちそうになる水晶玉を慌ててキャッチした。
キャッチというよりは覆いかぶさって転がるのを防いだ形になる。
「何事じゃ！？」
「た、大変です！」
大聖堂の扉を勢いよく開けてシスターさん達が飛び込んできた。
「ま、魔獣が…魔獣が攻めてきました！」
「なんじゃと！？」
「今、騎士団の皆さんが応戦してくださっています」
「して、相手は？」
「1人ですが…その」
「なんだ、言いなさい」
「相手はあの…赤き薔薇の淫夢、ララムです！」
「か、幹部クラス…じゃと…」
ふらりと倒れそうになる司教さんを慌てて司祭さんが支えた。
赤きなんちゃらって通り名があるということは相当強いのかもしれない。
「どこから嗅ぎつけたのか、ララムは異世界の勇者を出せと要求しています」
「むぅ…ララム相手では騎士団はほぼ戦えぬじゃろうて」
ちらりと司教さんが私を見る。
ララムさんっていうのがどういう魔獣なのかはわからないけれど、騎士団が苦戦するっていうならとっても凶暴なのかも。
虎みたいな牙とか、チーターみたいな俊敏さとか、象のような力強さとか、そんなのを全部出したようなやつなのかな？
怖いけど、すごく行きたくないけど、ものすごくどこかに隠れたいけど、出て行かないとダメだよね？
「わ、私行きます」
その言葉に全員がホッとした表情になる。
うう…行きたくない。
自慢じゃないけど運動会は100m走いつも５位くらいだったんだから。
私運動神経もバランス感覚もリズム感もないんだからぁ。