上 下
8 / 42
第1章 数値化されなくても運の悪さは知っていました

その7

しおりを挟む
「に、逃げてください勇者様!」
「もう遅いよ。テンプテーション!」
「はぅ!」
慌てるシスターをよそにロロムさんが指を鳴らす。
甘い香りと共に風が吹き抜けた。
シスターの体がよろめき、そして、
「ロロム様ぁ」
目がハートになっているとは、こういう表情のことを指すのかもしれない。
後から駆けつけた他のシスター達もメロメロ状態。
そうか、テンプテーションって魅了の事だわ。
つまり2人はえーっと…そう、サキュバスとインキュバス!
確かにこの2人が手を組めば漏れなく魅了して回れるわけで…。
戦わずして勝つには最強のコンビかもしれないわね。
「シスター、しっかりしてください、シスター」
「ロロム様ぁ」
だめだ、揺さぶっても全然元に戻らないよ。
「…おい」
「ひぃぃっ!」
ドスの効いた低い声に恐る恐る顔を向ければ、鬼…いや、蛇の様な形相のロロムさんがいた。
な、泣きたい。
「お前、なぜ僕に惚れない!?」
「ななな、なぜっていわれても…」
「僕が美しくないとでも!?」
「び、美形だと思います!イケメンです!上の上です、特上です!」
「じゃあなぜ骨抜きにならない!」
「な、なんでって…」
魔法が使えるわけじゃないし、さっき受けた洗礼とかかしら?
でもそれならシスターや他のみんなもかからないだろうし…。
だとしたら、理由はこれかも。
「ごめんなさい。私、長髪の男性ってタイプじゃないんです!」
勢いよく頭を下げる。
この世界の謝罪方法がこれで合っているかはわからないけれど、意味合いは伝わってほしい。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「あ、あのぉ…」
沈黙に耐えきれなくなって顔を上げた時だった。
「はうっ!」
ズドーン
「きゃぁぁぁ!ロロムぅぅぅ!」
ロロムさんが頭から地面に墜落した。
慌ててララムさんが抱き起すも、ロロムさんは白目を剥き口から魂が抜け出ている。
実際には魂なんて見えないけれど、なぜかそう確信した。
「ぼ、僕が…美しいこの僕が…フラ…フラれ…」
「ち、違うわロロム!相手は異世界人だったからテンプテーションが効かなかっただけよ!貴方はフラれてなんかいないわ!」
ララムさんが必死に励ますけれど、ロロムさんは真っ白に燃え尽きたまま。
「あ、あのぉ…」
「ヤヤコぉ!」
「は、はぃぃぃ!」
「今日のところはこのくらいで勘弁してあげるけど、次は容赦しないんだからね!」
覚えてなさい、と捨て台詞を残しララムさんはロロムさんを抱えて飛んで行った。
キラリと星が2つ輝いた気がする。
「お、お大事に…」
2人の姿が完全に見えなくなると、テンプテーションの効果が切れたらしく、全員が意識を取り戻した。
魔法にかかっていた間の記憶はないらしく、ロロムさんをフッたと言うのは彼に申し訳ない気がして、その辺はごまかしつつ2人は撤退したと伝えた。
さすがは勇者様、なんて言われたけれど、なんでかな、素直に喜べない。

「邪魔が入りましたが、先程の続きと参りましょう」
後処理を騎士団の皆さんやシスターさん達に任せて適性検査の続きを始める。
「水晶に文字は浮かび上がりましたかな?まだでしたらもう一度行いますが」
「ちゃんと見えました」
水晶の中には煙の様なもので文字が書かれた。
この世界の言葉だったとは思うけど、私には日本語に見えた。
この世界への適応力…勇者特権みたいなやつなのかもしれない。
自分が勇者だなんて全然思わないけれど。
「それは良かった。して、水晶はなんと?」
「その前に聞きたいことがあるんですけど」
「なんですかな?」
「マイナス表記とかって、されたりする事はあるのでしょうか?」
「ごく稀にですが、ございます。プラスもマイナスも上限は100までで、マイナスが出ても大抵の場合は生まれつき障害のある者ばかりです」
「障害、ですか?」
「ええ。例えば、生まれつき聴力の弱い者は聴力がマイナスで表示されてしまいます。その場合、参考になりませんので二番目に高い能力値を調べることになります」
「な、なるほど。ありがとうございます」
「それで、勇者様の結果は?」
「そ、それは…」
ど、どうしよう…。
すごく言いたくない。
ものすごく申し訳ない。
でも言わないと進まない訳で…。
ええい、ままよ!
「こ、幸運値…」
「おお!幸運値!その名の通り幸運を呼び込む力の強さを表します」
いつの間にかみんな集まって来ていて、さすが勇者様などと口々に言っている。
「ま…」
「ま?」
小声で言っても意味がない。
覚悟を決めるのよ、朏夜々子!

「幸運値マイナス500です!」

「そうですか、幸運値-500…」
にこやかに繰り返した司教さんが固まった。
「さすが勇者…」
おおお!と歓声を上げていた騎士団や司祭さん、シスター達が固まった。
「あ、あのー…」
「はぅ!」
バッターン
既視感デジャヴ!?し、司教さーん!」
私の数値を聞き、司教さんをはじめ十数人が卒倒した。
なんか、本当にすみません…。


※ ※ ※


「リューベングール様、淫魔ララム、ただいま戻りました」
「ごくろう」
「戻ったかララムよ。して、成果は?」
そう問うたのは、魔王の右腕として仕えている牛頭の大男。
彼は、3000年という永き封印から目覚めたばかりの魔王を補佐する事こそが自分の存在意義であると信じている。
ララムをはじめとした魔獣達の管理は彼が1人で行っていた。
「異界の勇者は女です。貧弱な体つきで腕力はないと思われます。ですが、言葉巧みにこちらの心を操る…精神攻撃を得意としている様です」
「確か、ロロムも共に赴いたはずでは?あやつのテンプテーションは1、2を争う強さのはずだが」
「ロロムのテンプテーションは効かず、精神攻撃を受けて現在寝込んでおります」
「なんだと!?にわかには信じられんな」
「私めにもう一度出撃の許可を!弟の仇を討たせてください!」
復讐に燃えるララムに、今まで黙って話を聞いていた魔王が声をかけた。
「弟が心配ならば、回復するまでついていてやれ。出撃はその後でも遅くはない」
「魔王様…」
「時に、その勇者の名は何という?」
「ヤヤコ、と名乗っておりました」
「そうか。ご苦労であった、ゆっくり休め」
「は、はい。ありがたきお言葉」
「少し考え事をしたい、お前も外してくれ」
「御意に」
1人になった部屋で魔王は目を閉じる。
(ヤヤコ…初めて聞く名のはずなのに…。何故だ?何故、懐かしく感じるのだ…?)
封印から目覚めて15年近く経つというのに、彼の記憶は欠損だらけだった。
覚えていたのはリューベングールという自分の名前と、ゼロニクスという親友がいた事。
そして…。
(後1人、居たはずなんだ…。何かを託した、大切な人が…)
最後の1人だけが、名前はおろか姿すら思い出せない。
(先程召喚されたばかりの異世界人が知り合いであるはずがない。なのに何故、気になるのだ。ヤヤコ…。何故この名が引っかかる?)
しばらく思案したのち、魔王は1つの決断を下した。



余談だが、ロロムは初めてフラれたショックで一週間程寝込んだという。
しおりを挟む

処理中です...