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第4章 噂の一人歩きは本当にやめて欲しいのです

その5

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「やあ、いらっしゃい。遅かったね。てっきり朝一で来るのかと思ってたよ。あと、もっとお仲間さんも連れてくるのかと」
そう意地悪そうに言ったアブド・リヴラドは、ルナさんとはまた違った人形のように綺麗な少年(?)だった。
朝一でゼロさんから話を聞いた私は、もちろん同行する事に頷いた。
ただ、オルレンシアさんにどこまで報告したものかと悩む羽目にはなった。
結果として『嘘はついていないけれど、本当の事を全て話すわけではない』という、なんとも曖昧な方法を取る事になった。
即ち、お告げを授けたと名乗る存在に時計塔へと2人で呼び出された、というものである。
この街に駐在していた兵士さんたちからは『我々の行いが悪かったのだ』とか『神よ、どうか許し給え』とかすごく嘆かれはしたものの、結果として付いてこようとしていたオルレンシアさんを引き止めることには一役かってくれた。
「約束通り来たのじゃ、話を…」
「その前に、ボクにもナマエつけてよ」
そう言って少年は私を見る。
「ルナさんとお知り合いなんですか?」
「ルナ!いいよね、ナマエ。知り合いじゃないけど、ボクらは根っこで繋がってるから、なんとなーくわかるんだ。全部じゃないけど。ねぇ、いいでしょナマエ。つけてよ」
瞬き一つしない見開いた目でじっと見つめられるのはそこそこ怖い。
ちらりとゼロさんと見れは『仕方ない、つけてやってくれ』と目が語っている。
「そうですね…」
うーん、と考える。
私としてもアブド・リヴラドは今後もたくさん出会うだろうし個人名があったほうが覚えやすいし話しやすい。
人じゃないから個体名になるのかしら?
「見た目の色合いが青くて爽やかな感じしますし、ラムネ…なんてどうでしょう?」
「ラムネ…。よくわかんないけどイイネ。うん、いいよ、それでいこー」
気に入ってもらえたようなので早速本題に入る。
「それで、儂らを呼び出した本当の理由は?」
「浄化できるならやってみろ、っていうのも本心なんだけどなー。あとはそーだね、色々聞きたいだろうなーって思ったから。そーでしょ?」
「質問に答えてもらえるのならばありがたい」
「どこまで答えられるかしらないけどー」
ラムネくんはそう言うと、壁の補修用に積まれていたレンガの上に座る。
「お主は何故幸福を撒いているのだ?」
単刀直入。ズバッとゼロさんは聞いた。
それ、いきなり聞いちゃうのね。
「だって、幸福の絶頂から不幸のドン底に落ちた時って、普通よりも絶望感すごいじゃん?ボクはその絶望がほしいんだ」
表情一つ変えずにいうラムネくんに、改めてゾッとする。
見開いた両目に三日月と表現すべき口元。
ずっと笑っているように見えるけれど、もしかしたら彼にはその顔しかないのかもしれない。
張り付いたお面のような…いや、まさに作られたガラスの人形だ。
人形は表情なんて変わらない。
楽しくても悲しくても、顔はいつも同じ。
おそらくはそういうことなのだろう、と私は直感する。
「なるほど。つまり、この街の住人にはこれから先、死ぬよりも辛い事が訪れるということじゃな」
「キミ達がボクを浄化しない限り、そうなるだろうね」
「もう一つ聞きたい。魔獣達は何故使命を放棄してお主達についたのじゃ?」
「それ聞いちゃう?ボクに聞いちゃうの?」
「知っていることだけでよい」
「知ってるといえば知ってるけどね。開花できなかっただけで、ボク達はずーっと意識あったし」
「……」
「どーしよっかなー」
もったいぶりながらもラムネくんは私をちらりと見て「まあ、ナマエもらったしね」と口を開いた。
人間ドーチが約束を破ったからだよ。あの時はなかなか実らなくて、でも魔王は生まれちゃった。浄化する術がないから一時的に封印したのに、人間ドーチは魔獣狩りを始めたんだ。世界樹ママを守る為に魔獣達は必死に逃げたけど、次々に捕まって殺されて魔石を奪われた」
「どうしてそんなことを…」
「しーらない。魔獣に頭を下げるのがイヤになったんじゃないのー?人間ドーチは自分達が一番スゴイって思ってるからね。バカだよねー」
そう言ってラムネくんはケタケタと笑う。
ゼロさんは彼の話を、ただ黙って静かに聞いていた。
かなり主観の入った回答ではあったけれど、どうして世界を守る側の魔獣が敵なのかは大体わかったわ。
なんと言えばいいのかしら。
すごく…その、やりにくいというか。
この世界が滅びかけているのって自業自得というか…。
地球も似たような所あるし、他人事とは思えない。
「じゃが、だからといって使命を放棄していい理由にはならぬ」
それはまるで自分に言い聞かせているようで。
ゼロさんの気持ちはどちらなのかしら。
やっぱり、人間なんて滅びろ、とか自業自得、とか思っているのかな。
「どーする?世界を守るなら、ボクと戦わなくちゃいけないけどー?」
「もちろん戦うとも」
ラムネくんの問に、ゼロさんはきっぱりと断言した。
それが予想外だったのか、ゆらゆらと左右に揺れながら話をしていたラムネくんの動きが止まる。
「確かに悪意のある人間ドーチは多々いよう。じゃが、そうでない人間ドーチも居るという事を儂は知っておる。今の時代とてそうであろう。ならば儂は揺り籠の守人クリア・ラーハとしての使命を全うするまでじゃ」
「……」
断言したゼロさんをじっと見つめた後、ラムネくんは再び揺れ始めた。
「じゃあ、戦おーか」
「うむ」
そう言ってラムネくんは浮かび上がった。
ゼロさんは手で『下がれ』と合図をくれる。
まさか、こんな風に突然戦闘になるなんて思わなかったわ。
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