四季の姫巫女2

襟川竜

文字の大きさ
上 下
18 / 44
第二幕 埜剛と埜壬

第十三話

しおりを挟む
「はぁ…はぁ…」
「嬢ちゃん、若いのに体力ねぇなぁ」
「そ、そんな…こと…言われても…」
 大小様々な石の転がっている川岸から、なんとかかんとかようやくどうにかこうにか木々の生い茂る山の中へと戻ってきた。埜剛さんは「はっはっは」なんて余裕綽々で笑っている。
 山へと続く道は整備されているとはいえず、川岸よりも少しだけ石が少ないっていうだけの道で、上るのがすんごく大変だったんだから。
 そのあとでちゃんと整備された階段状の道を見つけたときは涙が出ちゃったよ。
「埜剛さん、本当にこっちで合ってるんですか?」
「間違いねぇ。獣臭いからな」
 捕まえた人間達と一緒にいるなら、トンカツ達がいるのはきっと整備されていない獣道の先。そう思ったんだけど、どうやら違うみたい。
 わたし達はきちんと整備されたとっても歩きやすい歩道を進んでいる。左側が急斜面で、木々の合間から先ほどまでいた川辺が見えている。落下防止のための手すりだってちゃんとあって、ちょっとしたハイキングコースって感じ。
 もっとも、このあたりの人はハイキングよりも山菜取りで山に入る人のほうが多いんだって。
 歩道のそばに丸太を加工して作られた可愛いベンチがあった。きっと山菜を取りに来た人達がここで一休みするのかも。
 身の丈もある金棒を担ぎながら埜剛さんは軽い足取りでどんどんと先に進んでいく。歩幅が大きいため、必然的にわたしは早歩きになってしまう。
 ちょっと待ってほしいけど、そういう訳にはいかないよね。捕まっている人達の命が掛かってるんだから。
「六匹か七匹、だな」
「敵が、ですか?」
 くんくんと匂いを嗅ぎながら埜剛さんは迷いのない足取りで進んでいく。わたしも真似して匂いを嗅いでみるけれど、全然わからない。これは経験の差ってやつなのかしら。
「敵…と言えるかはわからねぇな」
「え?じゃあ味方?でもそんな感じは…」
「はは、そういう意味じゃねぇよ」
「じゃあ、どういう意味ですか?」
 首を傾げたわたしをみて「純粋だなぁ」なんて言いながら埜剛さんは笑う。
 だって、敵じゃないなら味方だよね。でもトンカツ達が味方になるなんて絶対にありえなさそう。というより、絶対に手なんて組みたくないし、仲良くもなりたくない。
「張り合いがない奴ぁ敵とは呼べねぇ」
「張り合い?」
「壬に言わせりゃ、俺ぁ『戦闘狂』らしいからな。命の奪い合いができるような奴こそが、敵と呼ぶに相応しい」
「…わたし、殺し合いは嫌いです。死んじゃったらもう会えないんですよ」
「わかってるよ。俺も一度、それで痛い目を見た」
「…もしかして、その着物の女性ひと、ですか?」
 ちょっと遠慮がちに埜剛さんの腰に巻かれた着物を指す。
 わたしの着物が乾くまで借りていた着物は女性もので、あちらこちらが破れたり血がついていた。その着物は今、埜剛さんの腰に巻かれていて、ボロボロなのに大切にされているようだった。
「それ、女性物…ですよね?」
「…ああ。戦う事だけが生きる事じゃない、そう教えてくれた。他にも沢山あるんだと、無邪気に笑いながら。なのに、俺は守ってやれなかった」
「埜剛さん…」
「だから、残りは全部人間を助けるために使おうって決めたんだ。あいつと、壬の為に。けどよ、本質ってのはそう簡単には変わらねぇ。命のやり取りは、やっぱ楽しいんだよ。悪いな、嬢ちゃん」
「殺し合いは嫌いだけど、わたし、埜剛さんは嫌いじゃないです。今のところ、すっごく優しいお兄さんって感じですから」
「はっはっは。嬢ちゃん、ちょっとあいつに似てるぜ」
「そうなんですか?」
「ああ。怖いもの知らずなところとかな」
「だって埜剛さん、今のところ全然怖くないですもん」
「そいつぁよかった。俺の事は呼び捨てでいいぜ。敬語も性に合わないしな」
「でも…」
「遠慮もいらんぞ」
「わかりました。それじゃぁ…埜剛」
「おう」
 わたしが呼び捨てにすれば、埜剛はにかっと笑った。
 全然怖い感じはしない。わたしよりもかなり背が高い大男で、秋ちゃんとはまた違った感じの優しい大人って感じ。優しいというよりは、豪快っていうほうが合ってるかも。
 戦闘狂って言ってたけど、戦いになったら性格変わっちゃうとかなのかな?
しおりを挟む

処理中です...