四季の姫巫女2

襟川竜

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第二幕 埜剛と埜壬

第十四話

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「っと、話は一旦終わりだ」
 埜剛が立ち止まり、わたしにも手で止まるように合図する。わたしが足を止めるのとほぼ同じくらいに茂みががさがさと音を立て、トンカツ…とは違う豚男が現れた。
 わたし達を見て鼻息を荒くしているけれど、襲ってくる気配はない。
「お前達だけか?侍と山伏はどうした?」
「答える義理はないと思うけど?」
「兄貴、呼んでる。お前達、連れていく」
「呼んでいる…?」
「親玉がいるって事だろーぜ。なんだ?親分に泣いて縋すがったのか?」
 にやりと意地悪くいう埜剛に、けれども豚男は怒った様子はない。これがトンカツならきっとなんだかんだ言い返していたに違いないわ。
 あからさまな挑発には乗らない、そういう事なのかも。
「付いて来い。それ以外の選択肢はない」
「お前をぶちのめすっていう選択肢があるだろうが」
「それはできない。人間達の居場所、わからなくなる。お前達、それ困る」
「…そりゃそうだ」
「埜剛、心の中だけで納得しなきゃ…」
「しまった」
 そんなわたし達のやり取りを鼻で笑うような事もなく、豚男は背を向けて歩き出した。
 ここで彼をやっつけても、捕まっている人達の居場所はわからない。それはわたし達にとってはとても重大な事で、一種の弱みみたいなもの。
 それをわかっていて彼は迎えに来たって事だよね。無防備そうに見えるけど、もしかしてトンカツよりも頭がいいのかも。
 向こうに人質がいる以上、ここは素直に言う事を聞くしかない。わたし達は彼の後ろをついて黙々と歩いていく。

 歩き始めてたぶん三十分くらいした頃、山の中で少し開けた場所に出た。中央に大きな樹が一本、天高く太く生えている。根っこなのか、枯れて木の中が空洞になったのか、どちらかはわからないけれども、遠目から見ると木に空いた穴の中に、なにやら大量に押し込められている。たぶん、いえ、きっと捕まっている人達だわ。
 わたし達に背を向けるようにして立っている人物が一人。人間のように二本足で立ち、埜剛と同じくらいの大男。でも、どうみても頭が人間じゃない。
「やっぱり居たな、猪頭」
 にやりと笑った埜剛の言葉に、モノノケは大きくため息をついた。
 振り向いた彼は、体は人間だけれども、頭は猪。鎧は身に着けていないが、長めの刀を背負っている。
「そう呼ぶって事は、お前、岩鬼 がんきか」
「が、岩鬼!?」
 モノノケのやれやれと言った言葉に、豚男が驚いて埜剛を見た。そしてすぐに距離を取る。
「相手は人間って、言ってなかったか?」
「そ、それは…。こいつ、あの時いなかった」
「まあいいさ。鬼の匂いはぷんぷんしてたからな」
「こっちも獣臭ぇと思ってたぜ」
「ふん」
 完全に「岩鬼ってなに?」と聞くタイミングを逃してしまったわ。察するに、埜剛は人間じゃなくて岩鬼っていうモノノケって事よね。
 …じゃあ、埜剛を「兄者」って呼んでいた埜壬さんもモノノケって事?でも確か、トンカツ達の事を「化け物」ってすごく嫌っていたみたいだけど…。どういうことなのかな。豚男と岩鬼は仲が悪い…とか?
「猪頭一匹じゃ、相手にならねぇなぁ」
「安心しな、俺も岩鬼は相手にしたくない」
「棄権でもするのかい?」
「斬り甲斐のない奴ほど、相手にしてもつまらない」
「あー、確かにな。お前、純粋に斬るの好きだろ」
「ああ。…岩鬼のくせに物分かりがいいな」
「色々あってなぁ」
 わたしと豚男を置いてけぼりにして、二人の会話は続く。
 埜剛は「格下なんて相手にするつもりはない」といった態度。モノノケは「そういう態度は慣れている」といった聞き流すような姿勢。
 それでもどこか空気がピリリとしていて、口を挟むに挟めない。
「しっかし、豚頭と猪頭はセットで行動、とかいうルールでもあるのか?」
「そんなものはないし、居たくて居る訳じゃない。今回で最後の約束だ」
「へー、お前、変わってるな」
「お前に言われたくはない」
「そうか?けどよ…」
 そこで埜剛が口を噤つぐむ。そしてモノノケの右後方の茂みへと視線を向けた。モノノケも同時に視線だけを動かす。つられてわたしと豚男も視線を向ければ、がさがさと音を出しながら二匹の豚男が現れた。
「冬殿!」「兄者!」
 その後ろから宿祢と埜壬さんが顔を出す。わたし達と同じように案内されてきたみたい。
 駆け寄ってくる二人を豚男達は黙って見逃す。まだ仕掛けてはこないみたいね。
「冬殿!怪我などはされておらぬか?」
「大丈夫。ここにいる埜剛が助けてくれたの」
「そうでござるか。なんとお礼を申したら…。ありがとうございまする」
 そういって宿祢は埜剛に深々と頭を下げる。
「気にするな、たまたまだよ、たまたま」
「二人とも無事でよかった。兄者、勝手な行動は控えていただきたい」
「壬、お前は心配性すぎだぜ」
 よしよしと、埜剛は埜壬さんの頭を撫でる。子供扱いされる事に慣れているのか、埜壬さんは「はぁ」と小さくため息をついてやんわりと手をどかした。
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