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第二幕 埜剛と埜壬
第十八話
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「つ、強い…」
じりじりと後ろに下がり始めた豚男をトンカツが睨みつけた。
「人間に好き勝手にやられていいぶひ!?」
「そ、それは…。けど…ぶひぃ」
トンカツはまだ諦めていないみたいだけれど、もう一匹の方はどうやらこれ以上争うつもりはないみたいね。三体一ならまだ勝ち目はあったのかもしれない。
けれども、一対一じゃ埜壬さんの圧勝、二対一でも互角にはなれない。それくらいわたしだってわかったんだもん、トンカツ達にわからないはずがないわ。
「大人くし、お縄につきなさい」
「わ、わかったぶひ…」
武器を捨て、豚男が両手を挙げた時だった。
「人間風情が……ふざけるなぶひ!」
「がはぁ!」
両手を挙げた豚男の胸のあたりから、いきなり握りこぶしが突きだしてきた。
「きゃあああ!」
「!?」
あまりに突然でびっくりして、わたしはその場に尻もちをつく。すぐに埜壬さんがわたしを庇うようにして立ってくれた。おかげで埜壬さんの体に隠れて状況が見えなくなる。でも、突然のあの光景が目に焼き付く。突如生えた腕は真っ赤で、何かを握っているようだった。
「あ…が…」
見えないし、見たくもないけど、音ははっきりと聞こえてきた。その音だけでも十分に何があったのか、何が起きているのかが推測できる。
できれば、夢であってほしいけど。
ううん、夢でもこんなの嫌だよ。
豚男の呻き声のようなものが聞こえて、その後どさりと倒れる音が聞こえた。鳥肌が立ってきて、心臓がバクバクして、つまり、何が言いたいかっていうと、わたしにもよくわからない。怖いのか、驚いたのか、その両方なのか。
とにかく心臓がバクバクして、わたしは埜壬さんにしがみ付く事しかできない。なにがどうしてどうなったの?
「冬、立てるか?」
「ひっ…は、はい…」
「掴まりながらでいい、立て」
しがみ付いているとはいえ、わたしはまだ座り込んだまま。上手く足に力が入らなかったけれど、埜壬さんの少しかすれ気味の声に早く立たなければ危ないのだとわかった。
ゆっくりとその体にしがみ付きながら立ち上がる。埜壬さんは険しい顔でじっと前だけを――トンカツを見つめていた。
恐る恐る状況を確認すれば、豚男がうつ伏せに倒れていた。胸…たぶん、心臓があるあたりにぽっかり穴が開いている。背後に立っているトンカツの右腕が肩の近くまで赤く染まっていた。赤くて丸っぽいわかるけどわかりたくないものを握っている。
「人間ごときがぁ…」
そういうとトンカツは手にしているものを口へと運んで…。
え?
う、うそ、でしょ?
血の滴るそれを、むしゃむしゃと食べ始めた。
「あ、ああ…」
「見るな」
埜壬さんがわたしの視界を遮る。でもぐちゃぐちゃという音が聞こえてきて、トンカツが今、何をしているのかが分かった。怖すぎて体の震えは止まらず、でも涙は出ない。
なんで?
だって、仲間、なのに…。
どうして?
なんでそんな、ひどいことが…。
「冬!」
「きゃあ!」
怖くて目を瞑っていたら、突然突き飛ばされた。慌てて起き上がれば、埜壬さんがトンカツの攻撃を受け止めている所だった。
「くっ」
先程までは余裕だったはずの埜壬さんが歯を食いしばっている。トンカツは武器なんて持っていない。さっきまでとは明らかに体の大きさが違う。腕の太さも。一回りくらい大きくなった体で飛びかかってきたんだと思う。きっと早さも増していた。だから埜壬さんはとっさにわたしを突き飛ばしてくれたんだわ。顔もすごく怖くなっていて、下から上に鋭く太い牙も生えている。
「はっ」
埜壬さんが押し返す。けれどもトンカツは空中で軽々と身を翻ひるがえし、着地と同時に再び飛びかかってきた。
やっぱり早くなってるわ。
「ちっ」
埜壬さんは受け止めずに何とかかわすけど、羽織の裾が切り裂かれた。かわされたと分かると、トンカツはすぐに方向転換して再び襲い掛かる。
わたしには目で追うのがやっと。埜壬さんもかわすので手一杯みたいで、反撃する様子はない。
「どおした人間!さっきまでの余裕はどこにいったぁぁぁ!」
「くっ」
攻撃が当たらない事に痺れを切らしたのか、トンカツは地面から生えている草を巻き込み始めた。埜壬さんを攻撃する時に、土ごとひっくり返すつもりで腕を振り上げているみたい。舞い始めた草が視界を奪う。
「どおした人間!その程度かぁぁ!」
「しまった…ぐっ」
「埜壬さん!」
よくわからなかったけれど、攻撃をよけきれなかったのか、埜壬さんの体が勢いよく吹っ飛び、近くにあった木の幹に打ち付けられた。
じりじりと後ろに下がり始めた豚男をトンカツが睨みつけた。
「人間に好き勝手にやられていいぶひ!?」
「そ、それは…。けど…ぶひぃ」
トンカツはまだ諦めていないみたいだけれど、もう一匹の方はどうやらこれ以上争うつもりはないみたいね。三体一ならまだ勝ち目はあったのかもしれない。
けれども、一対一じゃ埜壬さんの圧勝、二対一でも互角にはなれない。それくらいわたしだってわかったんだもん、トンカツ達にわからないはずがないわ。
「大人くし、お縄につきなさい」
「わ、わかったぶひ…」
武器を捨て、豚男が両手を挙げた時だった。
「人間風情が……ふざけるなぶひ!」
「がはぁ!」
両手を挙げた豚男の胸のあたりから、いきなり握りこぶしが突きだしてきた。
「きゃあああ!」
「!?」
あまりに突然でびっくりして、わたしはその場に尻もちをつく。すぐに埜壬さんがわたしを庇うようにして立ってくれた。おかげで埜壬さんの体に隠れて状況が見えなくなる。でも、突然のあの光景が目に焼き付く。突如生えた腕は真っ赤で、何かを握っているようだった。
「あ…が…」
見えないし、見たくもないけど、音ははっきりと聞こえてきた。その音だけでも十分に何があったのか、何が起きているのかが推測できる。
できれば、夢であってほしいけど。
ううん、夢でもこんなの嫌だよ。
豚男の呻き声のようなものが聞こえて、その後どさりと倒れる音が聞こえた。鳥肌が立ってきて、心臓がバクバクして、つまり、何が言いたいかっていうと、わたしにもよくわからない。怖いのか、驚いたのか、その両方なのか。
とにかく心臓がバクバクして、わたしは埜壬さんにしがみ付く事しかできない。なにがどうしてどうなったの?
「冬、立てるか?」
「ひっ…は、はい…」
「掴まりながらでいい、立て」
しがみ付いているとはいえ、わたしはまだ座り込んだまま。上手く足に力が入らなかったけれど、埜壬さんの少しかすれ気味の声に早く立たなければ危ないのだとわかった。
ゆっくりとその体にしがみ付きながら立ち上がる。埜壬さんは険しい顔でじっと前だけを――トンカツを見つめていた。
恐る恐る状況を確認すれば、豚男がうつ伏せに倒れていた。胸…たぶん、心臓があるあたりにぽっかり穴が開いている。背後に立っているトンカツの右腕が肩の近くまで赤く染まっていた。赤くて丸っぽいわかるけどわかりたくないものを握っている。
「人間ごときがぁ…」
そういうとトンカツは手にしているものを口へと運んで…。
え?
う、うそ、でしょ?
血の滴るそれを、むしゃむしゃと食べ始めた。
「あ、ああ…」
「見るな」
埜壬さんがわたしの視界を遮る。でもぐちゃぐちゃという音が聞こえてきて、トンカツが今、何をしているのかが分かった。怖すぎて体の震えは止まらず、でも涙は出ない。
なんで?
だって、仲間、なのに…。
どうして?
なんでそんな、ひどいことが…。
「冬!」
「きゃあ!」
怖くて目を瞑っていたら、突然突き飛ばされた。慌てて起き上がれば、埜壬さんがトンカツの攻撃を受け止めている所だった。
「くっ」
先程までは余裕だったはずの埜壬さんが歯を食いしばっている。トンカツは武器なんて持っていない。さっきまでとは明らかに体の大きさが違う。腕の太さも。一回りくらい大きくなった体で飛びかかってきたんだと思う。きっと早さも増していた。だから埜壬さんはとっさにわたしを突き飛ばしてくれたんだわ。顔もすごく怖くなっていて、下から上に鋭く太い牙も生えている。
「はっ」
埜壬さんが押し返す。けれどもトンカツは空中で軽々と身を翻ひるがえし、着地と同時に再び飛びかかってきた。
やっぱり早くなってるわ。
「ちっ」
埜壬さんは受け止めずに何とかかわすけど、羽織の裾が切り裂かれた。かわされたと分かると、トンカツはすぐに方向転換して再び襲い掛かる。
わたしには目で追うのがやっと。埜壬さんもかわすので手一杯みたいで、反撃する様子はない。
「どおした人間!さっきまでの余裕はどこにいったぁぁぁ!」
「くっ」
攻撃が当たらない事に痺れを切らしたのか、トンカツは地面から生えている草を巻き込み始めた。埜壬さんを攻撃する時に、土ごとひっくり返すつもりで腕を振り上げているみたい。舞い始めた草が視界を奪う。
「どおした人間!その程度かぁぁ!」
「しまった…ぐっ」
「埜壬さん!」
よくわからなかったけれど、攻撃をよけきれなかったのか、埜壬さんの体が勢いよく吹っ飛び、近くにあった木の幹に打ち付けられた。
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