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第二幕 埜剛と埜壬
第十九話
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「ぶきぃ…」
「あ、ああ…」
ぎょろりと血走った目が、わたしを見る。逃げるか、攻撃するか、とにかく、なにかしなくちゃ。そう思うのに、怖くて動けない。立たないと、じゃなきゃ、殺されちゃうよ。
がたがたと震えるわたしから視線を外し、トンカツはさっき捕まえたもう一人の豚男の元へと歩いていく。そして、
「ひっ」
怖くてわたしは目を瞑った。ぐしゃり、くちゃくちゃ、という音だけが聞こえてくる。何をしたのかなんて、見なくてもわかる。
「小娘ぇ。お前にはたぁっぷりと礼をしなきゃなぁ。ぶひ、ぶひひ」
「う…」
食事が終わったのか、口元を手で拭いながらトンカツがゆっくりと歩いてくる。口も手も真っ赤。
わたしはまだ、立てそうにない。
「な、なんで?なんで、こんなことするの?」
「こんな事?」
「な、仲間、なんでしょ?なのに…なんで…」
「なんで喰ったのか?」
その質問にわたしはこくこくと頷いた。するとトンカツは口を歪ませ、歯をむき出して笑った。その歯も、真っ赤だった。
「強くなる為だ。心臓喰う、妖力得る。俺、強くなる」
確かに、トンカツの体はさっきよりもさらに大きくなっている。猪モノノケよりも大きくなったかもしれない。
「仲間なのに…」
「仲間?人間に負けるような弱い奴、いらない」
「そんな…」
目の前まで来たトンカツは、わたしを見下ろして笑う。いつの間にか、その手には鎌が握られていた。
ゆっくりと、わざとわたしに見せつけるようにして鎌を持ち上げる。
「ぶきぃ」
にやりと笑ったトンカツが勢いよく鎌を振り下ろした。
殺されるっ!そう思ってわたしは目を瞑った。
けれども鎌はわたしには当たらず、そのかわりに金属音が耳に届いた。
「や、埜壬さんっ」
「ぐっ…」
目を開ければ、埜壬さんが刀で鎌を受け止めてくれていた。力任せに鎌を押し付けてくるトンカツに、歯を食いしばって耐えている。どれくらい強い力なのかはわからないけれど、片膝をついた姿からかなりの重さだという事だけはわかった。
「壬!」
「ぶぎっ」
埜剛が金棒を振り下ろすが、トンカツはそれよりも早く後ろに飛んでかわした。明らかに、今までとは比べ物にならない速さ。
「あ、兄者…」
「大丈夫か?」
「トン吉、てめぇ…どういうつもりだ?」
わたしの悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのかもしれない。埜剛は埜壬さんを支え、必然的に背をトンカツに向ける事になってしまった埜剛を猪モノノケが庇うように立った。
「人間に負けるような弱い奴、いらん。人間、餌。餌に臆するような奴、邪魔なだけ」
「だからって、喰うやつがあるかよ。ふざけるな」
そういうと猪モノノケは切っ先をトンカツへと向けた。
「自分が強くなる為なら平気で仲間を喰う。俺はそういう奴が大嫌いだ」
「同感だな」
吐き捨てるように言った猪モノノケの隣に、埜剛が金棒を担ぎ直しながら立った。
「一時休戦だ、岩鬼。こいつのような胸糞悪い奴、ぶった切ってやらないと気が済まねぇ」
「そいつぁ助かるぜ。壬が押されたって事は、相当ヤバそうだからなぁ」
「…なるほど。兄貴、裏切るぶひね」
「どの口でいいやがる」
大太刀を担ぎ直して臨戦態勢をとった猪モノノケを見て、トンカツはにやりと笑うとズボンから何かを取り出した。球状の、ぼんやりと光る物。あれって、もしかして…。
「てめぇ!」
顔色を変えた猪モノノケが何か言うよりも早く、トンカツはそれを飲み込んでしまった。
「ぶぎ…ぶぎゃあああああ!」
変化はすぐに起きた。体が何倍にも膨れ上がり、身に着けていた衣服や軽鎧は千切れ、全身の毛が濃くなる。顔つきも豚というよりは猪に近くなった。
「おい、まさかあれ、お前さんの…」
「ああ。俺の落魂珠だ」
「ぶおおお…」
お腹の底に響くような声でトンカツが鳴く。三メートル?四メートル?もうわからないくらいに大きい。
「なるほどな。お前さんがあいつらに従っていた意味がよぉくわかったぜ」
そういう埜剛の頬を汗が伝った。
つまり、猪モノノケは自分の落魂珠を人質に取られていたせいで、仕方なくトンカツ達に協力していたって事だよね。
「小娘、戦えないなら今すぐ逃げろ」
「え?」
「トン吉はトン吾郎とトン作の心臓を喰って二匹の妖力を取り込んだ。その上、俺の落魂珠まで取り込んでいる。俺と岩鬼の二人でも、勝てる保証はない」
「そ、そんな…」
「壬、お前は嬢ちゃんを連れてすぐに逃げろ」
「兄者、某も共に…」
「駄目だ。悪いが、こいつの言うように勝てる保証ができねぇ。お前に何かあったら、俺はあいつに合わせる顔が無くなるんだよっ」
「兄者!」
そういうと、埜剛は埜壬さんの返事も聞かずに間合いを詰めた。
「あ、ああ…」
ぎょろりと血走った目が、わたしを見る。逃げるか、攻撃するか、とにかく、なにかしなくちゃ。そう思うのに、怖くて動けない。立たないと、じゃなきゃ、殺されちゃうよ。
がたがたと震えるわたしから視線を外し、トンカツはさっき捕まえたもう一人の豚男の元へと歩いていく。そして、
「ひっ」
怖くてわたしは目を瞑った。ぐしゃり、くちゃくちゃ、という音だけが聞こえてくる。何をしたのかなんて、見なくてもわかる。
「小娘ぇ。お前にはたぁっぷりと礼をしなきゃなぁ。ぶひ、ぶひひ」
「う…」
食事が終わったのか、口元を手で拭いながらトンカツがゆっくりと歩いてくる。口も手も真っ赤。
わたしはまだ、立てそうにない。
「な、なんで?なんで、こんなことするの?」
「こんな事?」
「な、仲間、なんでしょ?なのに…なんで…」
「なんで喰ったのか?」
その質問にわたしはこくこくと頷いた。するとトンカツは口を歪ませ、歯をむき出して笑った。その歯も、真っ赤だった。
「強くなる為だ。心臓喰う、妖力得る。俺、強くなる」
確かに、トンカツの体はさっきよりもさらに大きくなっている。猪モノノケよりも大きくなったかもしれない。
「仲間なのに…」
「仲間?人間に負けるような弱い奴、いらない」
「そんな…」
目の前まで来たトンカツは、わたしを見下ろして笑う。いつの間にか、その手には鎌が握られていた。
ゆっくりと、わざとわたしに見せつけるようにして鎌を持ち上げる。
「ぶきぃ」
にやりと笑ったトンカツが勢いよく鎌を振り下ろした。
殺されるっ!そう思ってわたしは目を瞑った。
けれども鎌はわたしには当たらず、そのかわりに金属音が耳に届いた。
「や、埜壬さんっ」
「ぐっ…」
目を開ければ、埜壬さんが刀で鎌を受け止めてくれていた。力任せに鎌を押し付けてくるトンカツに、歯を食いしばって耐えている。どれくらい強い力なのかはわからないけれど、片膝をついた姿からかなりの重さだという事だけはわかった。
「壬!」
「ぶぎっ」
埜剛が金棒を振り下ろすが、トンカツはそれよりも早く後ろに飛んでかわした。明らかに、今までとは比べ物にならない速さ。
「あ、兄者…」
「大丈夫か?」
「トン吉、てめぇ…どういうつもりだ?」
わたしの悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのかもしれない。埜剛は埜壬さんを支え、必然的に背をトンカツに向ける事になってしまった埜剛を猪モノノケが庇うように立った。
「人間に負けるような弱い奴、いらん。人間、餌。餌に臆するような奴、邪魔なだけ」
「だからって、喰うやつがあるかよ。ふざけるな」
そういうと猪モノノケは切っ先をトンカツへと向けた。
「自分が強くなる為なら平気で仲間を喰う。俺はそういう奴が大嫌いだ」
「同感だな」
吐き捨てるように言った猪モノノケの隣に、埜剛が金棒を担ぎ直しながら立った。
「一時休戦だ、岩鬼。こいつのような胸糞悪い奴、ぶった切ってやらないと気が済まねぇ」
「そいつぁ助かるぜ。壬が押されたって事は、相当ヤバそうだからなぁ」
「…なるほど。兄貴、裏切るぶひね」
「どの口でいいやがる」
大太刀を担ぎ直して臨戦態勢をとった猪モノノケを見て、トンカツはにやりと笑うとズボンから何かを取り出した。球状の、ぼんやりと光る物。あれって、もしかして…。
「てめぇ!」
顔色を変えた猪モノノケが何か言うよりも早く、トンカツはそれを飲み込んでしまった。
「ぶぎ…ぶぎゃあああああ!」
変化はすぐに起きた。体が何倍にも膨れ上がり、身に着けていた衣服や軽鎧は千切れ、全身の毛が濃くなる。顔つきも豚というよりは猪に近くなった。
「おい、まさかあれ、お前さんの…」
「ああ。俺の落魂珠だ」
「ぶおおお…」
お腹の底に響くような声でトンカツが鳴く。三メートル?四メートル?もうわからないくらいに大きい。
「なるほどな。お前さんがあいつらに従っていた意味がよぉくわかったぜ」
そういう埜剛の頬を汗が伝った。
つまり、猪モノノケは自分の落魂珠を人質に取られていたせいで、仕方なくトンカツ達に協力していたって事だよね。
「小娘、戦えないなら今すぐ逃げろ」
「え?」
「トン吉はトン吾郎とトン作の心臓を喰って二匹の妖力を取り込んだ。その上、俺の落魂珠まで取り込んでいる。俺と岩鬼の二人でも、勝てる保証はない」
「そ、そんな…」
「壬、お前は嬢ちゃんを連れてすぐに逃げろ」
「兄者、某も共に…」
「駄目だ。悪いが、こいつの言うように勝てる保証ができねぇ。お前に何かあったら、俺はあいつに合わせる顔が無くなるんだよっ」
「兄者!」
そういうと、埜剛は埜壬さんの返事も聞かずに間合いを詰めた。
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