四季の姫巫女2

襟川竜

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第二幕 埜剛と埜壬

第二〇話

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 横に薙いだ金棒は、トン吉の腕で軽々と受け止められた。それを見て埜剛が後ろに飛ぶよりも早く、トン吉は埜剛の腹部を殴る。
「がはっ」
 衝撃で飛んだ体は、木を三本倒す事でようやく止まった。
 すかさず反対側から大太刀を振るう猪に、トン吉は埜剛の時と全く同じ方法で応戦する。埜剛と同じようにぶっ飛んだ猪も、木を三本倒す事でようやく止まった。
「兄者!」
「猪さん!」
 二人の声に、なんとか体を起こした埜剛は、もう一度トン吉へと走る。猪もそれに合わせて駆け、左右同時に攻撃を仕掛けた。
 だがトン吉はその攻撃を易々とかわし、二人を殴り飛ばす。反撃は予想済みだったのだろう、足を踏みしめ、地面を削りながらも二人は攻撃を耐えた。
 腕力の違いは最初の一撃で分かっている。まともに受ければ、いくら二人でも耐えきれない。
 総合的な実力は二人の方が圧倒的に上ではある。だが、取り込んだ妖力が多すぎた。力も、皮膚の硬さも、今までの比ではない。そして全身を覆う体毛は猪と同じように剛毛で、鎧と化していた。
「弱い、弱いぶひ。最初からこうしていれば良かったぶひ。ぶひひひひ」
 格下だと思われていた自分に翻弄される二人を見て、トン吉は笑いが止まらなかった。
 自分が見上げていた猪モノノケも、豚頭と呼んで見下していた岩鬼という種族も、今の自分には勝てない。自分こそが最強なのだ。そんな思いがこみ上げてくる。力も体格差も歴然な今の状態が、なんとも心地よい。一捻りとはこのような状況をいうのだと、心の奥から悦びが沸いてくる。 
 埜剛が仕掛けた。わざと一息遅れて猪も反対側から攻める。
 トン吉は、わざと避けなかった。金棒と大太刀を素手で受け止める。剛毛に遮られ、刃が皮膚まで届かない。引き抜こうにもびくともしない。
 だが、両手が塞がっているこの状況を埜壬は見逃さなかった。一気に間合いを詰め、刀を抜く。
「馬鹿ぶひ」
「…っ!」
 埜壬の刀は確かにトン吉のわき腹を捕らえていた。しかし、剛毛に阻まれ皮膚まで達しない。それどころか埜壬は鳩尾を蹴り上げられてしまった。弧を描いた体は勢いよく地面に叩きつけられる。衝撃で体がめり込んだ。
「埜壬さん!」
 冬の悲鳴に、砂煙の向こうから呻き声が返ってきた。
 埜剛と猪を投げ飛ばしたトン吉は、悠々と冬の元へと歩み寄る。
「安心するぶひ。お前は一番最後ぶひ」
 腰が抜けて動けないでいる冬を横目で見降ろしながら、トン吉は埜壬の元へと歩いていく。
「まずは、お前ぶひ」
「くっ」
 振り下ろされた拳を、横に転がる事で埜壬は何とか回避する。痛む体に顔を顰しかめつつ、すぐに体を起こす。
「逃げろ逃げろ、ぶひひー」
 次々と振り下ろされる拳は大きな音を立てながら地面に大穴を開けていく。刀で受け止めるのは危険だと判断したのか、埜壬は鞘に刀を収めた。
 攻撃を見切っているのか、それともワザと外されているのか。
「はっ」
 しばらく防戦一方の埜壬だったが、トン吉が拳を大きく振り上げた瞬間を狙い、一気に間合いを詰めると同時に刀を抜いた。
「ぶぎゃあ!」
 トン吉がよろめきながら数歩後ろに下がる。傷なんてつけられない、そう思って油断していたトン吉の腹部が埜壬によって切り裂かれていた。
 だが、やはり剛毛に阻まれたのだろう、傷は浅く、大したダメージは与えられなかったようだ。
 埜壬はすぐさま後ろに飛んで距離を取ると、再び刀を鞘に戻した。痛み故か少々脂汗を掻き少しだけ眉は寄っているものの、その顔はまだまだ涼しげに見えた。
 それが気に食わなかったのだろう、トン吉は目を血走らせながら埜壬を睨みつけた。
「よくも…よくも傷をつけたなああああ!ぶぎぃぃぃぃ!」
 見境なく暴れ始めたトン吉の攻撃は、確かに破壊力があった。だが、冷静さにかける分、埜壬には当たらない。一撃で仕留めるのは無理だと判断し、埜壬は隙をつきながら刀を抜いては距離を取る。無数の小さな傷は、徐々にトン吉から冷静さと体力を奪っていく。
「おりゃあ!」
「ぶぎゃあ!」
 跳躍した埜剛が、反動と重力を利用してトン吉の右肩に金棒を打ち付けた。たまらずトン吉は片膝をつく。そこに猪が大太刀をトン吉のわき腹へと打ち付けた。
「ぶがあああ!」
 トン吉の体は勢いよく飛び、地面を削りながら四メートルほど進む。大太刀に振り回されるようにして止まった猪を見れば、どれ程の力を込めたのかがわかるだろう。
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