27 / 44
第二幕 埜剛と埜壬
第二二話
しおりを挟む
埜壬さんのいう事をちゃんと聞いていれば、きっとこんな目にはあわなかったと思う。落下時間が妙に長く感じながら、わたしってバカだなぁ、なんて思う。
みんなに守ってもらって、足を引っ張ってばっかりで。挙句の果てにこんな大ピンチ。秋ちゃんなら、どうしたのかな?お姉さんや迦楼羅丸なら、どうしたのかな?
反省なんて後でやればいいのかもしれないけれど、わたしにはもう、この大ピンチをどうにかする方法が思いつかない。このまま落ちて串刺しになって、冥界に行くことになるのかな。今死んじゃったら、きっとお姉さんと迦楼羅丸に怒られちゃうよね。
でも、だって、もう…。
わたし、どうする事も出来ないよ。
――しゃん
けれど、落ちるわたしの耳に、どこかで聞いた事のある金属音が届いた。それから、鳥が羽ばたくような音も。衝撃があって、落下が止まる。でも、どこも痛くない。
「お待たせ致した、冬殿」
「え?…あ、す、宿祢ぇぇぇ」
聞き慣れた声に顔を上げれば、目の前に宿祢がいた。わたしを空中でキャッチしてくれた宿祢は、そのまま埜壬さんの元へと着地する。
「うっく…ひっく…うう、ううう。こ、怖かったよぉぉ」
宿祢の顔を見た途端、安心して涙がぼろぼろとこぼれてきた。止める事なんてできなくて宿祢にしがみ付く。
「間に合ってよかったでござる。…埜壬殿、ご無事でござるか?」
「あ、ああ…」
よしよしと頭を撫でてくれた後、宿祢は涙を拭いてくれた。
宿祢の問いに返事をするも、埜壬さんの視線は宿祢の背中へと注がれていた。
そうだよね、今の宿祢、羽が生えてるし。やっぱり気になっちゃうよね。
「お前も…化け物だったのか…」
「黙っていて申し訳ない。不快な思いをさせてしまうが…」
「いや、大丈夫だ。某も…」
「ぶぎぃぃ!」
飛びかかってきたトンカツを、埜壬さんは刀ではなく自分の腕で受け止めた。
「某も、化け物だからな」
どこか辛そうな顔で埜壬さんが言う。
着物は切り裂かれているのに、埜壬さんは血を流さなかった。白い肌は傷の代わりにひびが入っている。トンカツの爪は鋭くて、あんなのでひっかかれたら受け止めるなんて事できる訳がない。
驚いたのはわたし達だけじゃなくてトンカツも一緒。勢いよく後ろに飛び距離を取った。
「ぶひ…。お前…白いくせに、岩鬼、だったのか!」
「…岩鬼がなにか、後でちゃんと説明してくだされよ」
「ああ」
トンカツが歯をむき出しにして憤慨し始めた。なのに宿祢ったら、いつも通りの口調で埜壬さんに言う。
「手加減なんてしたら、こちらが殺られそうでござるな」
「確実に殺られるぞ。今の某は、殆ど役に立たないからな」
「冬殿は下がっていてくだされ」
「嫌」
「…言うと思ったでござる」
「埜壬さんも埜剛も猪さんも、みんな戦ってくれた。ボロボロになるまで戦ってくれたの。わたし、怖くて見ている事しかできなかった。だから今度は、わたしの番だから」
「無理だけは、せぬように」
「うん。宿祢がいれば百人力だから大丈夫!」
さっきまであんなに怖かったのに、不思議。宿祢の顔を見たら、なんだか急に元気が出てきて力も沸いてきた感じがする。
宿祢と一緒なら絶対に負けない。
根拠も何もないのに、なぜか自信をもってそう言える。単純なのか、バカなのか、現金なのか…。もしかしたら、全部なのかもしれない。
宿祢と一緒ならなんだってできる。どんな怖い状況でも大丈夫。心の底から、そう思うの。
「白い岩鬼に、人間のフリした天狗…。ぶぎぎぃ、馬鹿にしてぇぇぇ」
顔は真っ赤で鼻息も荒く、肩は盛大に上下するという大げさすぎる動きでトンカツが言う。
「宿祢ぇ!何でもいい、強力な妖術をぶっ放せ!詠唱に時間がかかるなら俺達で時間を稼ぐ!」
よろよろと立ち上がりながら埜剛が叫んだ。
「天狗!豚男は術に弱いんだ、いくら妖力を取り込んだとはいえ、その本質は変わらん!山一つ吹き飛ばすくらいの勢いでやれ!」
大太刀を杖代わりに立ち上がろうとしながら猪さんが叫んだ。
「ぶぎぃ…余計なことを…」
トンカツは血走った目で二人を睨みながら歯ぎしりをする。宿祢へと狙いを定めたその形相は、なんて表現したらいいのか分からないほど怖い。
なのに宿祢は臆することなく、というか、のんきに頬を困った顔でポリポリと掻きながら、
「しかしながら拙者、攻撃妖術は使えぬでござるからなぁ」
「「なっ!?」」
その言葉に二人は絶句してその場に固まってしまった。
「ぶ、ぶぎぎ…。妖術が使えない天狗なんて、敵じゃないぶひぃ」
勝ち誇ったようにトンカツが笑う。
「そうでござるか?やってみなければ分からぬと思うが…」
「天狗は軟弱、妖術がなければ恐れる必要はないぶひ!」
「ふむ、そうでござるか」
勝ち誇った笑みのままトンカツが宿祢に殴り掛かった。だが、
「ぶぎ!?」
宿祢は錫杖の先端であっさりと受け止めてしまった。これにはさすがにトンカツも驚いたみたい。てゆうか、わたしもびっくり。埜壬さんも埜剛も猪さんも、みんなびっくり。
だって、あんなにもわたし達を苦しめていたトンカツの攻撃をいとも簡単に受け止めてしまったんだもの。いくら宿祢でも涼しい顔で受け止められるような攻撃じゃないよ。片手一本だなんてあり得ない。こんな短時間でパワーアップだなんて、どうしちゃったの!?
「では、次は拙者の番でござるな」
そういうと、錫杖に水の蛇が巻き付き始めた。舌打ちをし、トンカツが後ろへと下がる。
「武装錬成・蛟」
練習はしているみたいだけれど、宿祢は攻撃力の高い攻撃妖術が使えない。いつ使えるようになるのか分からないのならばと、錫杖に妖術をかけて強化するという、いわゆる支援系妖術を練習してきた。自然界を司るといわれる地水火風を中心に自分なりの改良を加えているらしい。
今のところ一番得意としているのが、今使っている蛟。元々宿祢は水と相性がいいから使い勝手が良いみたい。何の効果もない錫杖に水の攻撃を付与する、とでも思ってもらえればいいかしら。水の圧力を変化させる事で、鈍器から鋭利な刃物にまで変える事が出来るんだとか。
前にどういう仕組みなのか聞いてみた事があるんだけど、自分でもよくわからないんだって。感覚でやっているみたい。
「いざ、尋常に……参る!」
宿祢は地を蹴り、地面すれすれを走る…というよりは飛び、錫杖を槍のように突き出した。
みんなに守ってもらって、足を引っ張ってばっかりで。挙句の果てにこんな大ピンチ。秋ちゃんなら、どうしたのかな?お姉さんや迦楼羅丸なら、どうしたのかな?
反省なんて後でやればいいのかもしれないけれど、わたしにはもう、この大ピンチをどうにかする方法が思いつかない。このまま落ちて串刺しになって、冥界に行くことになるのかな。今死んじゃったら、きっとお姉さんと迦楼羅丸に怒られちゃうよね。
でも、だって、もう…。
わたし、どうする事も出来ないよ。
――しゃん
けれど、落ちるわたしの耳に、どこかで聞いた事のある金属音が届いた。それから、鳥が羽ばたくような音も。衝撃があって、落下が止まる。でも、どこも痛くない。
「お待たせ致した、冬殿」
「え?…あ、す、宿祢ぇぇぇ」
聞き慣れた声に顔を上げれば、目の前に宿祢がいた。わたしを空中でキャッチしてくれた宿祢は、そのまま埜壬さんの元へと着地する。
「うっく…ひっく…うう、ううう。こ、怖かったよぉぉ」
宿祢の顔を見た途端、安心して涙がぼろぼろとこぼれてきた。止める事なんてできなくて宿祢にしがみ付く。
「間に合ってよかったでござる。…埜壬殿、ご無事でござるか?」
「あ、ああ…」
よしよしと頭を撫でてくれた後、宿祢は涙を拭いてくれた。
宿祢の問いに返事をするも、埜壬さんの視線は宿祢の背中へと注がれていた。
そうだよね、今の宿祢、羽が生えてるし。やっぱり気になっちゃうよね。
「お前も…化け物だったのか…」
「黙っていて申し訳ない。不快な思いをさせてしまうが…」
「いや、大丈夫だ。某も…」
「ぶぎぃぃ!」
飛びかかってきたトンカツを、埜壬さんは刀ではなく自分の腕で受け止めた。
「某も、化け物だからな」
どこか辛そうな顔で埜壬さんが言う。
着物は切り裂かれているのに、埜壬さんは血を流さなかった。白い肌は傷の代わりにひびが入っている。トンカツの爪は鋭くて、あんなのでひっかかれたら受け止めるなんて事できる訳がない。
驚いたのはわたし達だけじゃなくてトンカツも一緒。勢いよく後ろに飛び距離を取った。
「ぶひ…。お前…白いくせに、岩鬼、だったのか!」
「…岩鬼がなにか、後でちゃんと説明してくだされよ」
「ああ」
トンカツが歯をむき出しにして憤慨し始めた。なのに宿祢ったら、いつも通りの口調で埜壬さんに言う。
「手加減なんてしたら、こちらが殺られそうでござるな」
「確実に殺られるぞ。今の某は、殆ど役に立たないからな」
「冬殿は下がっていてくだされ」
「嫌」
「…言うと思ったでござる」
「埜壬さんも埜剛も猪さんも、みんな戦ってくれた。ボロボロになるまで戦ってくれたの。わたし、怖くて見ている事しかできなかった。だから今度は、わたしの番だから」
「無理だけは、せぬように」
「うん。宿祢がいれば百人力だから大丈夫!」
さっきまであんなに怖かったのに、不思議。宿祢の顔を見たら、なんだか急に元気が出てきて力も沸いてきた感じがする。
宿祢と一緒なら絶対に負けない。
根拠も何もないのに、なぜか自信をもってそう言える。単純なのか、バカなのか、現金なのか…。もしかしたら、全部なのかもしれない。
宿祢と一緒ならなんだってできる。どんな怖い状況でも大丈夫。心の底から、そう思うの。
「白い岩鬼に、人間のフリした天狗…。ぶぎぎぃ、馬鹿にしてぇぇぇ」
顔は真っ赤で鼻息も荒く、肩は盛大に上下するという大げさすぎる動きでトンカツが言う。
「宿祢ぇ!何でもいい、強力な妖術をぶっ放せ!詠唱に時間がかかるなら俺達で時間を稼ぐ!」
よろよろと立ち上がりながら埜剛が叫んだ。
「天狗!豚男は術に弱いんだ、いくら妖力を取り込んだとはいえ、その本質は変わらん!山一つ吹き飛ばすくらいの勢いでやれ!」
大太刀を杖代わりに立ち上がろうとしながら猪さんが叫んだ。
「ぶぎぃ…余計なことを…」
トンカツは血走った目で二人を睨みながら歯ぎしりをする。宿祢へと狙いを定めたその形相は、なんて表現したらいいのか分からないほど怖い。
なのに宿祢は臆することなく、というか、のんきに頬を困った顔でポリポリと掻きながら、
「しかしながら拙者、攻撃妖術は使えぬでござるからなぁ」
「「なっ!?」」
その言葉に二人は絶句してその場に固まってしまった。
「ぶ、ぶぎぎ…。妖術が使えない天狗なんて、敵じゃないぶひぃ」
勝ち誇ったようにトンカツが笑う。
「そうでござるか?やってみなければ分からぬと思うが…」
「天狗は軟弱、妖術がなければ恐れる必要はないぶひ!」
「ふむ、そうでござるか」
勝ち誇った笑みのままトンカツが宿祢に殴り掛かった。だが、
「ぶぎ!?」
宿祢は錫杖の先端であっさりと受け止めてしまった。これにはさすがにトンカツも驚いたみたい。てゆうか、わたしもびっくり。埜壬さんも埜剛も猪さんも、みんなびっくり。
だって、あんなにもわたし達を苦しめていたトンカツの攻撃をいとも簡単に受け止めてしまったんだもの。いくら宿祢でも涼しい顔で受け止められるような攻撃じゃないよ。片手一本だなんてあり得ない。こんな短時間でパワーアップだなんて、どうしちゃったの!?
「では、次は拙者の番でござるな」
そういうと、錫杖に水の蛇が巻き付き始めた。舌打ちをし、トンカツが後ろへと下がる。
「武装錬成・蛟」
練習はしているみたいだけれど、宿祢は攻撃力の高い攻撃妖術が使えない。いつ使えるようになるのか分からないのならばと、錫杖に妖術をかけて強化するという、いわゆる支援系妖術を練習してきた。自然界を司るといわれる地水火風を中心に自分なりの改良を加えているらしい。
今のところ一番得意としているのが、今使っている蛟。元々宿祢は水と相性がいいから使い勝手が良いみたい。何の効果もない錫杖に水の攻撃を付与する、とでも思ってもらえればいいかしら。水の圧力を変化させる事で、鈍器から鋭利な刃物にまで変える事が出来るんだとか。
前にどういう仕組みなのか聞いてみた事があるんだけど、自分でもよくわからないんだって。感覚でやっているみたい。
「いざ、尋常に……参る!」
宿祢は地を蹴り、地面すれすれを走る…というよりは飛び、錫杖を槍のように突き出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる