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第二幕 埜剛と埜壬
第二六話
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「よくやった」
間近で埜壬さんの声が聞こえた。どうやら矢を射た反動で後ろへと吹き飛びかけたわたしを支えてくれたみたい。
「はあ…はあ…」
何か言いたいんだけど、呼吸が落ち着かない。全力疾走した後みたいに疲れちゃってる。
何も言えない代わりに、わたしはにこりと笑って見せた。
「さすがでござる、冬殿!」
嬉しそうな宿祢がこっちに向かって飛んでくる。
「姫巫女目指してるだけの事こたぁあるじゃねぇか」
ひゅう、と口笛を吹き埜剛が金棒を担ぎながら歩いてくる。
「ったく、こっちまで吹き飛ばされるかと思ったぞ」
そう言いつつも峨岳さんは笑っていた。そしてトンカツの死体へと近づく。
終わった…んだよね。なんかホッとしたら余計に力が抜けちゃったよ。
ほとんど寄りかかっている状態のわたしに、埜壬さんが笑ってくれた。そういえば、埜壬さんの笑顔って初めて見たかも。すごく、優しい笑顔。
「逃げろ!」
ホッとして、緊張の糸が解けていたわたし達に峨岳さんの切羽詰まった声が届いた。視線を向けると、振り向いた宿祢の横を勢いよく通り過ぎてわたし達の方へと飛んできていた。
「え?」
なんとも間抜けな声だけが出た。血走った目と視線が合う。
体が、動かない。
違う、追いつけない。
分かるのに、分からない。
大きく開かれた口。鋭い牙。
埜壬さんがわたしに覆いかぶさるようにして押し倒す。わたしと埜壬さんを庇うために、埜剛が両手を広げて立ちはだかる。
獣の咆哮と、絶叫。
何もかもがスローモーションで見えて、気が付くとわたしは空を見ていた。
「…こんの……死に損ないがああああ!」
「ぶがっ」
「埜剛殿!」「埜剛!」
埜剛の声がして、何かが地面に叩きつけられたようだった。宿祢と峨岳さんが同時に呼び掛けている。なんだかとても、切羽詰まったような声だった。
よろよろとわたしと埜壬さんは体を起こす。
「二人とも、怪我ぁねぇか?」
その問いに、わたしは呆然としながら頷いた。
「あ…あ…」
ガタガタと、埜壬さんの体が震えているのが分かった。
「そうか…なら、よか……た…」
にやりと笑いながら、埜剛の体が地面へと倒れこむ。
「兄…者……兄者、兄者ぁ!」
震えて力が入らないんだと思う。埜壬さんはガタガタ震えながら四つん這いで近づいて行く。
わたしはというと、ただ茫然と見ている事しかできない。
なんで?
どうして?
なんで埜剛の体が無くなってるの?
視線を彷徨わせれば、すぐ近くに白目をむいて舌をだらりと垂らしたトンカツの頭が転がっていた。
ああ、そうか。
頭だけで、襲い掛かってきたんだ。
間近で埜壬さんの声が聞こえた。どうやら矢を射た反動で後ろへと吹き飛びかけたわたしを支えてくれたみたい。
「はあ…はあ…」
何か言いたいんだけど、呼吸が落ち着かない。全力疾走した後みたいに疲れちゃってる。
何も言えない代わりに、わたしはにこりと笑って見せた。
「さすがでござる、冬殿!」
嬉しそうな宿祢がこっちに向かって飛んでくる。
「姫巫女目指してるだけの事こたぁあるじゃねぇか」
ひゅう、と口笛を吹き埜剛が金棒を担ぎながら歩いてくる。
「ったく、こっちまで吹き飛ばされるかと思ったぞ」
そう言いつつも峨岳さんは笑っていた。そしてトンカツの死体へと近づく。
終わった…んだよね。なんかホッとしたら余計に力が抜けちゃったよ。
ほとんど寄りかかっている状態のわたしに、埜壬さんが笑ってくれた。そういえば、埜壬さんの笑顔って初めて見たかも。すごく、優しい笑顔。
「逃げろ!」
ホッとして、緊張の糸が解けていたわたし達に峨岳さんの切羽詰まった声が届いた。視線を向けると、振り向いた宿祢の横を勢いよく通り過ぎてわたし達の方へと飛んできていた。
「え?」
なんとも間抜けな声だけが出た。血走った目と視線が合う。
体が、動かない。
違う、追いつけない。
分かるのに、分からない。
大きく開かれた口。鋭い牙。
埜壬さんがわたしに覆いかぶさるようにして押し倒す。わたしと埜壬さんを庇うために、埜剛が両手を広げて立ちはだかる。
獣の咆哮と、絶叫。
何もかもがスローモーションで見えて、気が付くとわたしは空を見ていた。
「…こんの……死に損ないがああああ!」
「ぶがっ」
「埜剛殿!」「埜剛!」
埜剛の声がして、何かが地面に叩きつけられたようだった。宿祢と峨岳さんが同時に呼び掛けている。なんだかとても、切羽詰まったような声だった。
よろよろとわたしと埜壬さんは体を起こす。
「二人とも、怪我ぁねぇか?」
その問いに、わたしは呆然としながら頷いた。
「あ…あ…」
ガタガタと、埜壬さんの体が震えているのが分かった。
「そうか…なら、よか……た…」
にやりと笑いながら、埜剛の体が地面へと倒れこむ。
「兄…者……兄者、兄者ぁ!」
震えて力が入らないんだと思う。埜壬さんはガタガタ震えながら四つん這いで近づいて行く。
わたしはというと、ただ茫然と見ている事しかできない。
なんで?
どうして?
なんで埜剛の体が無くなってるの?
視線を彷徨わせれば、すぐ近くに白目をむいて舌をだらりと垂らしたトンカツの頭が転がっていた。
ああ、そうか。
頭だけで、襲い掛かってきたんだ。
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