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第三幕 かりん
第三話
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火埜山はとても大きかった。男船鹿が麓町だというのもあるけれど、そりゃもう見事に大きかった。霊嘩山にも負けないんじゃないかな。火山という事もあって霊嘩山と違い岩がゴロゴロしていて大きな樹はほとんど生えていないみたいだった。そんな火埜山の二合目付近にこの町唯一の診療所があった。
なんで町の中央部ではなく山なのかって?
なんでも先生が相当変わり者なのだとか。尋ねるなら覚悟しろよって荷馬車のおじさんが意地悪そうに笑ってたわ。
診療所の中にはたくさんの鉢植えがあり、たくさんの植物が生えていた。お花は咲いてないから薬草とかなのかな。わたしはそういうのに詳しくないからよくわからないけれど、ここ診療所だし、薬草がたくさんあっても不思議じゃないよね。
「ふむふむ…なるほど…」
「先生、どうですか?治りそうですか?」
「しらん」
「ええ!?」
はじめ君ののどを見ていた先生はきっぱりはっきり真顔で断言した。
五年前に祖父から受け継いだという二〇代のクールなイケメン先生は、クールというよりドライすぎた。
「魔物化した植物の花粉なんだろう?そんなもん前例がないんだからわかる訳ないだろうが」
「そ、そんなぁ」
先生の一言にはじめ君も目に見えて落ち込んでしまった。さすがに言い過ぎたと思ったのか、先生は「少し待っていろ」と言って席を離れた。しばらくすると先生は急須と湯呑を持ってきた。
「喉にいい薬草茶だ。何もしないよりはマシだからな、とりあえず飲め」
こくりと頷いてはじめ君は湯呑を受け取った。苦かったのか一口飲んで顔をしかめたけれど、そのまま飲み干す。
「しばらくは様子見だな。薬草茶や薬なんかを試してみる以外で、私にできる事はなさそうだ」
「そうですか…」
「もしかしたら、都に行けば何らかの手はあるかもしれないな。他国からの医療技術が取り入れられている最先端の病院もある。こんな田舎の診療所よりはマシだろう」
「田舎って、火埜も十分都会だと思うんですけど…」
「いやいや。ただ単に他国に輸出できるだけの質のいい魚が獲れるってだけさ。なんか海流がどうたらで肉厚で脂のたっぷり乗った魚が獲れるんだと」
「はあ…」
「他に目ぼしい観光物といえば火山だけだろ。田舎だよ田舎」
そんな事を言われたら、わたしの住んでいたいすゞの里なんて山しかないんだけど…。
隣国のメガマックス機工国から電気が持ち込まれてから五〇年は経つけど、里なんて未だにほとんどの場所が電気通ってないし。町の中に街灯があるだけで都会だなぁって思うんだけどなぁ。先生が言うようにここが田舎なら、わたしはド田舎のド田舎娘だよ。
「どうする?都の病院に紹介状でも書くか?」
「そうですねぇ…。わたしはちょうど都に行く途中だし、病院まではじめ君を送る事はできるけど、はじめ君はどうする?」
さすがにこれはわたしが決めていい事じゃない。旅のリーダーはわたしでも、はじめ君を勝手に連れまわしていい訳じゃないし。もし一緒に行くのなら、宿祢達には後で話しても多分二つ返事で了承してくれるだろうし。
…いや、やれやれって感じの溜息くらいはつくような気がする。
ちなみに宿祢達はというと、診療所に大勢で押しかけてもあれなので、宿を探しつつ町をぶらぶらしてもらっている。宿祢は一緒に来たがっていたけれど、はじめ君がなぜか宿祢を避けているみたいだったので残ってもらった。今頃は埜剛達と一緒に町ぶらでもしてるんじゃないかな。
はじめ君は少し考えた後、筆談用に渡されていた紙に「都に行く」と書いた。
「わかった、紹介状を用意する。お前達、今日は宿に泊まるんだろう?」
「はい。明日の朝に出発して鮪川に行く予定です」
「なら薬草茶と薬も出しておく。これでよくなるならそれに越したことはないがな。少し待っていろ」
そう言うと先生はさらさらと筆…ではなく、万年筆というもので紹介状を書いてくれた。わたし、万年筆って初めて見た。いすゞの里には筆しかないから、どうやって使うのかもよくわからない。筆談用に渡されたのも万年筆で、試しに使わせてもらうと結構コツがいるみたいで全然書けなかったよ。はじめ君は使い慣れているのか、さらさら書いていて少し羨ましい。
「ありがとうございました。あの、お代はいくらくらいでしょうか?」
「タダでいいよ」
「え?でも…」
「助けたっていう例の荷馬車、実はあれには私の兄貴が乗っていてな。これは助けてくれた礼だ」
「そうだったんですね。お兄さんを助けられてよかったです。それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「ありがとうな、お大事に」
「ありがとうございました」
先生にお礼を言って、はじめ君は深々と頭を下げて、わたし達は紹介状と薬を手に診療所を後にした。
なんで町の中央部ではなく山なのかって?
なんでも先生が相当変わり者なのだとか。尋ねるなら覚悟しろよって荷馬車のおじさんが意地悪そうに笑ってたわ。
診療所の中にはたくさんの鉢植えがあり、たくさんの植物が生えていた。お花は咲いてないから薬草とかなのかな。わたしはそういうのに詳しくないからよくわからないけれど、ここ診療所だし、薬草がたくさんあっても不思議じゃないよね。
「ふむふむ…なるほど…」
「先生、どうですか?治りそうですか?」
「しらん」
「ええ!?」
はじめ君ののどを見ていた先生はきっぱりはっきり真顔で断言した。
五年前に祖父から受け継いだという二〇代のクールなイケメン先生は、クールというよりドライすぎた。
「魔物化した植物の花粉なんだろう?そんなもん前例がないんだからわかる訳ないだろうが」
「そ、そんなぁ」
先生の一言にはじめ君も目に見えて落ち込んでしまった。さすがに言い過ぎたと思ったのか、先生は「少し待っていろ」と言って席を離れた。しばらくすると先生は急須と湯呑を持ってきた。
「喉にいい薬草茶だ。何もしないよりはマシだからな、とりあえず飲め」
こくりと頷いてはじめ君は湯呑を受け取った。苦かったのか一口飲んで顔をしかめたけれど、そのまま飲み干す。
「しばらくは様子見だな。薬草茶や薬なんかを試してみる以外で、私にできる事はなさそうだ」
「そうですか…」
「もしかしたら、都に行けば何らかの手はあるかもしれないな。他国からの医療技術が取り入れられている最先端の病院もある。こんな田舎の診療所よりはマシだろう」
「田舎って、火埜も十分都会だと思うんですけど…」
「いやいや。ただ単に他国に輸出できるだけの質のいい魚が獲れるってだけさ。なんか海流がどうたらで肉厚で脂のたっぷり乗った魚が獲れるんだと」
「はあ…」
「他に目ぼしい観光物といえば火山だけだろ。田舎だよ田舎」
そんな事を言われたら、わたしの住んでいたいすゞの里なんて山しかないんだけど…。
隣国のメガマックス機工国から電気が持ち込まれてから五〇年は経つけど、里なんて未だにほとんどの場所が電気通ってないし。町の中に街灯があるだけで都会だなぁって思うんだけどなぁ。先生が言うようにここが田舎なら、わたしはド田舎のド田舎娘だよ。
「どうする?都の病院に紹介状でも書くか?」
「そうですねぇ…。わたしはちょうど都に行く途中だし、病院まではじめ君を送る事はできるけど、はじめ君はどうする?」
さすがにこれはわたしが決めていい事じゃない。旅のリーダーはわたしでも、はじめ君を勝手に連れまわしていい訳じゃないし。もし一緒に行くのなら、宿祢達には後で話しても多分二つ返事で了承してくれるだろうし。
…いや、やれやれって感じの溜息くらいはつくような気がする。
ちなみに宿祢達はというと、診療所に大勢で押しかけてもあれなので、宿を探しつつ町をぶらぶらしてもらっている。宿祢は一緒に来たがっていたけれど、はじめ君がなぜか宿祢を避けているみたいだったので残ってもらった。今頃は埜剛達と一緒に町ぶらでもしてるんじゃないかな。
はじめ君は少し考えた後、筆談用に渡されていた紙に「都に行く」と書いた。
「わかった、紹介状を用意する。お前達、今日は宿に泊まるんだろう?」
「はい。明日の朝に出発して鮪川に行く予定です」
「なら薬草茶と薬も出しておく。これでよくなるならそれに越したことはないがな。少し待っていろ」
そう言うと先生はさらさらと筆…ではなく、万年筆というもので紹介状を書いてくれた。わたし、万年筆って初めて見た。いすゞの里には筆しかないから、どうやって使うのかもよくわからない。筆談用に渡されたのも万年筆で、試しに使わせてもらうと結構コツがいるみたいで全然書けなかったよ。はじめ君は使い慣れているのか、さらさら書いていて少し羨ましい。
「ありがとうございました。あの、お代はいくらくらいでしょうか?」
「タダでいいよ」
「え?でも…」
「助けたっていう例の荷馬車、実はあれには私の兄貴が乗っていてな。これは助けてくれた礼だ」
「そうだったんですね。お兄さんを助けられてよかったです。それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「ありがとうな、お大事に」
「ありがとうございました」
先生にお礼を言って、はじめ君は深々と頭を下げて、わたし達は紹介状と薬を手に診療所を後にした。
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