騎士の王国(仮)

襟川竜

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紫陽花と雨(琰崋)

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 今朝から降り出した雨は止む気配はなく、こんな日は当然ながら外に出るのは億劫とゆうもの。もちのろんじゃがわらわも出とうない。妾が店主の小さな占い館は、当然ながら開店休業状態じゃ。
 雨の様子を確認する為に、雰囲気作りのカーテンの隙間から窓の外へと視線を投げる。路地裏の紫陽花が嬉しそうに雨を浴びていた。

しとしとしと。

 そういえば、あの日も雨じゃったなぁ。窓の外をぼんやりと眺めながらふと思い出す。
 あれは、今からどれほど前の事じゃったろうか?10年……いや、30年程かのぅ。妾が初めてこの小さな国に訪れた時の事じゃった。

 あの日は今日と違い生憎のゲリラ豪雨。まだ入国したばかりで宿も決まっていなかった妾を、彼は雨宿りできる軒先へと案内した。
『ふぃ~、随分と濡れちまったなぁ』
『うむ、じゃが助かった』
『まぁ安心しな。何故ならば、今日の見回りはこの俺だからよ。この空色の髪は晴れ男の印だぜ』
ザーザザーザザザー…
『…心なしか、雨足が強ぅなっとらんか?』
『あれ?おかしいなぁ』
『空色ではなく雨色じゃったな』
『ならお嬢さんは紫陽花色だな』
 ふふっ、と笑えば彼も晴れやかに笑い返した。心がほかり、と温かくなるような笑顔じゃ。彼が本当に晴れ男ならば、それは髪の色ではなく、彼が持つ人柄なのやも知れぬな。出会ったばかりだというに、そう確信したのを今でも覚えておる。
『しかし困ったのぅ。ここでずっと雨宿りしておる訳にもいかんしなぁ』
『大丈夫、ここ空き物件だから』
『そうなのかえ?そこそこ広くて良さそうじゃが?』
『手前が店舗、奥が居住スペースなんだけどさ、いかんせん陽当たりが悪い。あと大通りからちょっと奥まってて観光客に気づかれにくい』
『ほぅ…。占い館を構えるには丁度良さそうじゃなぁ』
『お嬢さん占い師だったのか。道理でミステリーな雰囲気漂ってると思ったぜ』
『それを言うならミステリアスじゃな。折角じゃ、物件を紹介してもらった礼に、ひとつ占ってしんぜよう』
『お、いいねぇ。同僚が占いにハマってていつもカード占いしてくれるんだけど当たったためしがなくてさ。プロの占いなら期待できそうだ』
『妾はこの水晶じゃ。何を占おうかの?』
『実はさ、今好きな人がいてさ。その人と上手くいくか見てくんない?』
『うむ。その人は宮仕え…城内におるパティシエールでよいか?』
『え!?なんでわかんの!?プロすげぇ!』
『安心せい。上手くいくどころか子宝にも恵まれ…』
『そんな事までわかるのかよぅ。自分で聞いておいて恥ずかしくなってきたぜ』
 想い人を思い浮かべて赤面する彼に、妾は結果を最後まで伝えることができなんだ。

 2人目の子宝に、彼は会う事が叶わぬ。

 この結果が意味する事は、彼に何らかの不幸が訪れると言う事。1人赤面しながら謎のクネクネダンスを踊る彼に……いや、良くしてくれた彼に、この結果を伝えるのは気が引けた。

『まあ、占いは当たるも八卦当たらぬも八卦じゃからな。努力はする事じゃ』
『はい、先生!…っと、雨止んだな。お、虹だぜ先生』
『綺麗じゃのぅ』
『んじゃ、次は不動産屋に行くか』
『場所さえ教えてもらえれば1人で行けるぞ』
『遠慮すんなって。これも騎士の務めだからよ』
 そう言って彼は妾が一時滞在する為の手続きに最後まで付き合ってくれた。
 3ヶ月程滞在し再びこの国を訪れた時、ここにはもう、彼は居なかった。次男が産まれた日に戦死したそうだ。地面に突き刺した剣を支えに仁王立ちし、敵陣を睨みつけたまま亡くなったそうだ。

 チリリン、とドアにつけたベルが来客を知らせる。
「いらっしゃいませ。占い館紫星館しせいかんへようこそ」
「あ、あの……こ、恋占いが当たるって聞いて…」
「ではこちらへ」
「は、はい」

 彼が生きていた頃とはこの国も随分と変わったが、彼が教えてくれたこの物件は、変わらずにここに存在している。
 そして2度目の来国、その初日。初めて出会ったのもまた、彼と同じ空色の少年だった。
 なぁ、名も知らぬ空色の騎士よ。おぬしの息子もまた、騎士を目指して勉学に勤しんでおるよ。



ー 終 ー
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