君となら

サドラ

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君となら

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小学校6年生というのは、人にもよるが、中学受験を経験するものもいる。僕がその一人だ。志望校とかは…ない。ただ親が私立に行かせたいらしく、それで塾に通うことになったのだ。
学力で言えば僕は正直悪くない。多少難しめのところでも塾の先生が勧めてくるほどだ。だからと言っていいわけじゃないけどね? そんな僕の通ってる塾は大手なだけあって結構綺麗だ。
モチベーションがない。志望校がないのも一因だが、遊びも勉強も僕はさして好きではないのだ。まあ、それでもやらないといけないんだけど……。縛られていることには特に抵抗はない。勉強をしろ、早く寝ろ、そういうことにも特に。何もなくて困るよりましだ。
学校に行っている時間は楽だ。決められた時間割、塾で一回やったので大体知っている授業内容、楽しい友達。僕を満たしてくれる。必要以上に負荷を与える塾より自由でマシだ。それに学校では成績もいい方だし、クラスでも人気者なのだ。別にそれに不満があるわけではない。むしろその方が気楽だ。
今日も学校が終わったら塾か。4時間もやらされる。うんざりだ。でも仕方がない。それが仕事みたいなものだから。そう思いながら、ランドセルを背負い、家を出る。
「行ってきます」
返事はない。両親は共働きなのでいつも朝早くから夜遅くまで帰ってこない。夕食のときは母がいるけど。僕はこの家に1人で住んでいるような感覚に陥ることがある。寂しくなんかないし、悲しいとも思わない。ただ少し虚しいだけだ。
学校の友達は面白い。僕より自由で、不真面目で、何よりも楽しそうだ。みんなが羨ましい。こんな気持ちになるなんて知らなかった。僕も表面上はにこやかに生きている。だが、本当はこんな性格なのだ。それを表に出せば、嫌われてしまうかもしれない。それは嫌だった。自分が自分でなくなってしまうようで怖かった。だから仮面を被っているんだ。
塾についた。教室に入ると、既に何人か来ていた。挨拶をして席に着く。今日は月一回のテストだ。国語算数理科社会と四教科。苦手なものはないが、得意ということもない。平均的に取れるように頑張ろうと思う。
テストが始まる。最初は国語だ。問題自体は難しくなく、スラスラ解いていけた。そして最後の一問になったとき、僕は固まってしまった。どうしようもないくらいに時間が足りない。時計を見ると残り10分しかなかった。諦めようと思ったそのとき、頭の中にふとある考えが浮かんできた。これなら解けるかもしれない!そう思って、ペンを走らせる。答えを導き出したときには終了のチャイムが鳴っていた。
「お疲れ様です」
廊下に出た時に声をかけられたので顔を上げるとそこには見たことのある女子がいた。確か名前は……そう、真奈ちゃんだ。
「あ、おつかれさまー」
彼女は笑顔で応えてくれた。かわいい子だなぁ。僕はそう思った。彼女は、学校の同級生でもある。今はクラスが違うが。彼女の成績は…あまりいいとはいえない。
「どうしたんですか?」
僕の視線に気付いたのか彼女が聞いてきた。
「いや、なんでもないよ。じゃあまた明日ね!」
慌てて取り繕う。変な風に思われたくなかったからだ。彼女に別れを告げると急いで塾を出た。そして走った。自分の家に向かって。走るのはあまり好きではないが、早く帰りたい一心で走っていた。すると、目の前に見知った人影があった。僕の父さんだ。今日は早いな。
「お、おいおい、走って帰ってくるもんじゃないよ。」
「悪い悪い。」
翌日、学校で真奈ちゃんに会った。相変わらずかわいい。
「おはよう、真奈ちゃん」
「あ、悠斗君、おはよう」
いつも通りの反応をしてくれた。嬉しかった。
こうしていつしか、学校に行くのも、塾で頑張るのも、真奈ちゃんと同じ空間にいられるという目的となっていった。もっと仲良くなりたいとも思っていたし、恋というものも意識していた。それ以上に、彼女と一緒にいたいと願ったのだ。彼女とならどんなことでも乗り越えていける気がする。だから、塾でも同じクラスになりたかったのだが…
どうにも申し訳なく、僕の方が上のコースなのだ。残念ながら、塾では一緒ではないようだ。
学校のクラスが違うのも癪だ。前は気にならなかったのに。今となってはとても苦痛でしかない。どうして同じクラスになれなかったのか。僕は何度も神様に祈ったが無駄だった。運命とは残酷だ。神はいないのだ。僕にはどうすることもできない。
そんなある日、学校から帰る途中、急に雨が降ってきた。家に濡れて帰り、すぐに塾へ行く。すると、そこにはびしょぬれの女の子がいた。
「え?真奈ちゃん!?」
「あ、ゆうくん……」
お互いびしょ濡れだ。笑うしかない。「どうしたの?」
僕は恐る恐る聞いた。
「傘忘れちゃってさー」
真奈ちゃんは苦笑いしながら言った。かわいらしい声だ。
そのまま各々の教室に入って行った。
時期は移って12月。受験まであと2ヶ月を切った。僕は勉強を頑張っていた。今までにないくらいに努力していると思う。しかし、なかなか結果が出ない。
「やっぱり無理なのかなぁ」
でもそんな僕よりも切羽詰まっているのが、真奈ちゃんなのだ。彼女は志望校に受かるかどうかというところなのだ。塾では、毎回苦戦しているようだ。
「大丈夫だよ!絶対合格できるから!僕も一緒に行くから!僕が保証するよ」
「ありがとう……そうだよね、私、頑張る!」その言葉を聞いた瞬間、なんだかとても嬉しかった。
それからしばらく経ったある日のこと。僕は、真奈ちゃんと放課後、図書室に来ていた。理由は単純明快。宿題をするためである。
「ねぇ、ゆうくーん、ここわかんないんだけどぉ」「ああ、ここはね……」
いつもの感じで教えていると、真奈ちゃんが僕を見つめていることに気が付いた。何かあったのだろうか。
「どした?」
「やっぱり私、無理かなぁって。」「え?」唐突すぎてびっくりしてしまった。確かに最近の彼女は元気がないと思っていたけど。
「このままだと、本当に落ちちゃうかもしれない。」
彼女は弱々しい声でそう呟いた。
「ちょっと待ってよ。まだ時間はあるじゃないか。」
「もう間に合わないよ」
「諦めたらダメだ!」
「じゃあどうすればいいの?」
「それは……」
「わからないんでしょう?私は、ゆうくんみたいに頭もよくないし。」
「違う!僕は、ただ単に必死にやってただけだ。真奈ちゃんだってきっと」
「違わない!!︎」
彼女は泣きそうな顔をして叫んだ。
「全然頭に入ってこない。」
負けてしまうことばかりなのだろう。今までずっと。僕はかける言葉を間違えた。
「真奈ちゃん、僕が支えるから!絶対に!だから」
だから……
「だから、諦めないでくれ。」
「ごめんね、ゆうくん」
「謝らなくていいんだよ。」
まだそのときの僕には分からなかった。だから、彼女を救えなかった。
二ヶ月後、僕は難関校にも受かり、文句なしの全勝で受験を終えた。しかし、彼女は…志望校に落ちてしまった。しばらく学校に戻って来なかった。
やっと戻ってきたと思ったら、思っていたより落ち込んでいなかったので、よく話しかけた。返してはくれるが、自分からはあまり話題を振ってこない。前々から注意して彼女を見ていたせいで、少しの変化が刺さる。違和感だらけだった。それでも、いつものように明るく振る舞っていたので安心していた。
みんなで放課後遊ぶことにも参加できるようになった。そのとき、彼女とは長い時間おしゃべりをしていた。割と周囲に冷やかされたこともあったが、僕にとっては幸せな時間だった。本人の口から、「落ちた」事実を聞くのはすごく辛かった。可哀想だった。こんなことを思ってしまう自分が嫌になった。彼女が、また笑顔になる日が来るといいな。そんなことを考えていた。
そして三月の暮れ。そろそろこの子とは同じ学校でいられなくなってしまう。最後にこう告げて、僕は去った。
「君と色々なものを共有できたから色々乗り切れたよ。」
彼女の反応は期待していたものとは違った。前置きに難しい言葉を用意し過ぎた。
今思えば、この頃が最も彼女が辛い時期だったのだろう。これに気づけなかった僕は友達として情けなかったと思う。
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