名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

同じ意図

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 秋風が村への道を滑る中、アデルは一人で道を歩いた。体からシシィの暖かさが抜けてゆくと、入れ替わりのように寂しさがまとわりついてくる。
 恵みのような好天は、心まで照らしてはくれない。たかだか一週間ほどシシィに会えないというだけで、寂しさが押し寄せてくる。

 こういう感情は好ましくない。シシィなら何事もなく帰ってくるだろうし、こちらが心配するようなことは起こりはしないだろう。
 なのに、シシィが何の不安もなく旅立っていったことが寂しい。

「うーむ、いかんな……」

 もう少しシャキッとしなければいけない。女々しい態度のままリディアやソフィと接するのはよろしくない。
 気合を入れるためには体を動かすのがいいはずだ。家まで走って帰ろうかと思ったその時、道の向こうに人影が見えた。

「なんじゃ、ソフィとカールではないか」

 黒髪と金髪の子どもが二人並んで歩いている。どうして二人が町への道を歩いているのかはわからない。
 アデルはやや早足で歩き、こちらへ向かってくる二人へ近づいた。

 向こうもこちらに気づいているだろう。声が届くような距離まで来て、アデルは片手を挙げた。

「おーい、二人ともどうしたんじゃ?」

 そのまま歩き、ソフィとカールの前で立ち止まった。向こうも立ち止まる。ソフィは呆れたように目を細めてこちらを見ていた。
 ソフィは息の混じった声で言った。

「なんじゃアデル、今頃になって帰るとは。一体どこまでシシィを見送っておったのじゃ」
「いや、町の入り口あたりまでじゃが」

 ソフィが呆れるほど時間がかかっていたのだろうか。だが今はそれより気になることがある。
 二人は町への道を歩いていた。それについて確かめなければいけない。

「それよりソフィ、もしかして町へ行くつもりか?」
「うむ、そうじゃ。何の問題もあるまい」
「ふむ……」

 一人で町に行くなとソフィに言いつけてはいる。平和な町ではあるが、さすがにソフィ一人でぶらぶらさせるのは好ましくない。
 しかし今日はカールと一緒に出かけるつもりでいるらしい。カールのほうも、ソフィと町に行けることを楽しみにしているようだ。

 ソフィ一人なら止めようと思ったかもしれないが、カールが一緒ならばいいだろう。カールは何度も一人で町へ出かけているが、それで何かの問題を引き起こしたことはない。
 アデルは顎の下を人差し指で掻きながら言った。

「まぁカールが一緒であればよいか……、カール、ソフィのことを頼んだぞ」
「う、うん」

 カールは何故か目を合わせてくれなかった。怒られるとでも思っていたのだろうか。
 ここは安心させてやらなければいけない。アデルは明るい調子で言った。

「なんじゃカール、そんなに暗い顔をして。ほれ、今日の天気のように爽やかになったらどうじゃ。そんでソフィを楽しませてやってくれ」

 そう言ったのだが、カールは何故かもじもじとしている。何がカールを戸惑わせているのかさっぱりわからない。
 一方、ソフィのほうは腹を立てたらしく、怒りの滲んだ声をこちらに投げかけた。

「アデルよ、妾がカールの面倒を見るのじゃ。逆なのじゃ」
「いやどちらでもよいが、あまりカールに迷惑をかけてはいかんぞ。あと、日が暮れるまでに帰ってくるように」
「なんじゃ妾のことを子ども扱いしおって! 無論そのつもりなのじゃ!」
「なら別に構わんが……」

 カールがびしっとソフィを導いてくれれば、帰りが遅くなるようなことは無いはずだ。しかし、カールがそうやってソフィに指図できるのかどうかがわからない。
 二人の意見がぶつかれば、ソフィが我を通してしまいかねなかった。




 ここはひとつ、こちらでも手を打っておいたほうがいいかもしれない。アデルはそう考え、黒い服を着たソフィに目を向けた。

「そうじゃソフィ、町へ出かけるならジルのところに顔を出してくれんか? 昨日ビールを奢ってもらったんじゃが、まだ礼を言っておらんのでな」

 そう言ってからアデルはポケットから小銭を取り出した。

「ついでに昼食も買うといい。それから、町から帰る時にもう一度ジルのところに寄って適当にパンを買ってきてくれんか?」

 小銭をソフィに渡そうとしたのだが、ソフィは何故か驚いた表情で瞬きを繰り返していた。隣のカールも何故かぽかんとしている。
 何故二人が驚いているのかさっぱりわからない。

「どうしたんじゃ二人とも? わしが金を出すのがそんなに珍しいかのう? いや確かにわしは普段はケチな性質じゃが、小遣いくらいはやるぞ」

 そう言ったものの、ソフィは何かを考えるかのように目を細めて地面へと視線を向けた。どうしてソフィがそんな表情をしているのかわからない。
 カールが何か事情を知っているのではないかと思い、アデルはカールを見た。その視線でカールはこちらの戸惑いを察したらしい。

「あの、アデル兄ちゃん」
「ん?」
「実はさっき、村長にも同じことを言われて、それでお金を貰ったから」
「村長が?」

 どうやら二人は自分より先に村長と会ったらしい。その時に、同じことを言われて同じようにお金を貰った。
 そうなると、村長が考えていることと自分が考えていることはほぼ同じだろう。ただ、自分と村長が考えていることをソフィにそのまま伝えるわけにはいかない。

 ここは誤魔化す必要がある。アデルは気を取り直したように胸を張り、ソフィを見下ろした。

「そうか、村長から小遣いを貰っておるのならわしがやる必要もないな。二人とも気を付けて、ちゃんと日暮れまでに帰ってくるんじゃぞ」

 ソフィはまだ考え込んでいるらしく、さきほどよりもやや険しい表情で地面を睨みつけていた。あまり深く考えてほしくはない。

「ほらソフィ? どうしたんじゃ、早く町へ行かねば町が逃げてしまうぞ」
「町は逃げたりせんのじゃ」
「しかし時は逃げてゆく。天気の良いうちに二人で楽しんでじゃな、ちゃんとわしのところへ帰ってきなさい」
「……何故村長とアデルは同じことを言ったのじゃ……、二人が同じことを言ったのであれば、同じ意図があるはずなのじゃ」

 まずい、ソフィはまだ考え続けている。そしてついにソフィはひとつの答えに辿りついたようだった。
 ソフィはハッと目を開き、顔を上げた。驚きの表情を見せてから、ソフィが歯をぎりぎりと食いしばる。眉を吊り上げ、こちらの顔を睨んできた。

「わかったのじゃ、アデルめ、なんと小賢しいことを企んでおるのじゃ」

 わなわなと震えながらソフィが怒りを露にした。


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