【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【本編】

2.二人は暗い表情のまま出会う

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「お、大きなお屋敷……」

 馬車の中から見上げたエルトメニア家の屋敷は、ロナリアの家の三倍ほどの大きさをしていた。
 そのまま視線を落すと、屋敷の敷地内もかなり広い事が窺える。
 恐らく中に入れば立派な庭園が、いくつも存在してそうだ……。
 そんな格の違いを6歳にして感じてしまったロナリアは、屋敷を見上げたまま、馬車の中であんぐりと口を開ける。
 その娘の反応に母レナリアが苦笑した。

「エルトメニア家は『魔獣の樹海』と隣接している領地を管理されているから、伯爵位でもかなり上位なのよ」
「そ、そんな身分が高い子と、私はお友達になれないよぉ……」

 ロナリアは以前、子供達向けのお茶会で伯爵家以上の身分の高い家柄の令息達から揶揄からかわれた事がある。
 その際、同じく身分の高い伯爵家以上の令嬢達が庇ってくれたのだが、その一件以来、爵位の高い家柄の令息達は皆、意地悪な子だと思い込んでいる。
 そんな娘の不安を少しでも軽減させようと、レナリアが優しく諭し始めた。

「大丈夫よ。その子はとても頭が良くて、穏やかな性格をしているから。そもそもお母様の一番仲良しなお友達の息子よ? 意地悪なんて絶対にしないわ」
「本当……?」
「ええ! だから安心してお友達になってもらいなさい」
「うん……」

 返事をしたものの、あまり乗り気でない娘の様子に母が苦笑する。
 そんな会話をしていると、馬車がゆっくりと止まった。
 するとロナリアがビクリと体を強張らせる。

「失礼致します」

 外から男性の声が掛かり、馬車の扉がゆっくりと開かれる。
 ロナリアがその方向に目を向けると、父親と同じ20代後半くらいの男性が、柔らかそうな笑みを浮かべていた。

「アーバント子爵夫人レナリア様、そのご息女ロナリア様。ようこそエルトメニア家にお越しくださいました」
「ハインツ、久しぶりね。お屋敷の管理は、しっかりこなせているの?」
「ええ、もちろん」

 随分と慣れ親しんだ口調で男性に話しかける母にロナリアが少し驚く。
 すると、ハインツと呼ばれた男性は何故かニヤリと笑みを浮かべた。

「まさか『炎剣の狼』と『氷撃の小鳥』の娘が、こんな可愛らしい令嬢だなんて誰も信じないと思うぞ?」

 つい先程まで屋敷の管理を任されている完璧な執事ぶりを発揮していたハインツが、急に粗暴な口調になった事にロナリアが唖然とする。
 だが隣に座っている母は、その変貌ぶりを見慣れている様子だ。

 ちなみに『炎剣の狼』と『氷撃の小鳥』とは、父と昔の母の通り名だ。
 父ローウィッシュは、ロナリアに対してはデレデレなのだが、世間では鬼教官と呼ばれる程、若手魔法騎士達をしごいているらしい……。
 そんな父は、硬い髪質の真っ直ぐな赤毛に眼光が鋭い三白眼という少々強面な顔立ちをしていた。父の事は大好きなロナリアだが、容姿だけは自分が母親似で本当に良かったと心の底から思う。
 そんな事を考えていたら、母が先程のハインツの言葉に抗議し出した。

「まぁ! なんて失礼な! わたくしとロッシュの子だからこそ、この愛らしい容姿なのよ?」
「確かに氷撃の小鳥殿は、可憐でしたからねぇ~」
「あなたの減らず口は、相変わらずなのね……。後で執事の教育がなっていないと、マーガレットに報告させて頂くわ」
「それは、ご勘弁願います!」

 そう言ってハインツは、ロナリアが馬車から降りるのを手伝い、母の方にも手を差し出して手助けをしていた。だが、あまりにも親しそうな二人の様子にロナリアが不思議そうな表情を浮かべる。
 すると母が、悪戯を企んでいるかのような笑みを向けてきた。

「このはね、昔お母様とこれからお目にかかるエルトメニア伯爵夫人と一緒に魔獣退治をしていた元宮廷魔道士なのよ?」
「おい……。おじさんはないだろ! おじさんは!」
「あら? ロナにとっては自分の父親と左程年齢が変わらない男性なんて、皆おじさんよ?」
「全く! リュカ坊にも言われた事がないのに……。変な風に紹介するな!」
「ハインツ~? わたくし、これでも一応、子爵夫人なのだけれど?」
「これは失礼致しました。只今、奥様の元へご案内させて頂きます」

 やや不機嫌そうな表情をレナリアに向けていたハインツだが……ロナリアの視線に気付くと、優しそうな笑みを返してくれた。
 後から聞いた話だが、ハインツは元平民で魔力の高さから宮廷魔道士として採用されたらしい。その後しばらくの間、まだ未婚だったロナリアの両親やエルトメニア伯爵夫妻と魔獣討伐の精鋭部隊で一緒だったそうだ。

 しかし任務中に歩行に支障が出る怪我を足に負ってしまい、討伐部隊に所属している事が難しくなり、内勤部署に異動願いを出そうとしていたところ、精鋭部隊で一緒だった爵位を継いだばかりのエルトメニア伯爵夫妻に執事として働かないかと声を掛けられたそうだ。
 そんな経緯でハインツはエルトメニア家の執事となったのだが、足の怪我の方は全力疾走が出来ないだけで、日常生活には支障はないそうだ。
 その為、現在はエルトメニア家の執事業務だけでなく、三人の息子達の護衛兼魔法学の教育係という役割も担っているらしい。

 だが、目の前のハインツは、どこからどう見ても平民上がりには見えない。
 そんな事を考えながらジッとハインツを見上げていたら、それに気が付いたようでロナリアにニッコリと微笑んできてくれた。

「ロナリア様、お庭の方で奥様と坊ちゃまがお待ちですので、ご案内させて頂きますね?」

 その優しそうな笑みにロナリアは、安心するようにゆっくり頷く。
 そんな二人のやり取りを見ていた母レナリアが、ボソリと「そんなに子供が好きなら、さっさと結婚して作ればいいのに……」と呟いた。
 どうやらハインツは、無類の子供好きらしい。
 だが、その呟きをサラリと聞き流したハインツは、颯爽と二人を中庭の方へ案内し始める。

 その間、ロナリアは屋敷内をチラチラと見回しながら歩いた。
 どうやら中庭に行くには、一度屋敷内を通って専用の通路に出る必要があるらしい。だが、その間に目に入ってくる数々の調度品は、自分の家にある物とは比べものにならない程、高そうなものばかりだ。
 エルトメニア家が、かなり裕福である事が6歳のロナリアにも理解出来た。
 そうなると、これから顔を会わせるこの家の三男は、もしかしたら意地悪な子なのかもしれない。

 再び不安を抱き始めたロナリアだったが……。
 案内された中庭にいたのは、女の子のような綺麗な顔立ちの男の子だった。
 少し癖のある艶やかな黒髪を持ち、雲一つない澄みきった空を思わせる淡い水色の瞳をしている。
 しかしその少年は、やや俯き気味で何故か元気がない様子だ。
 母に手を引かれ、その男の子と伯爵夫人の前まで歩み寄ると、男の子は一瞬だけ空色の瞳をロナリアに向けたが、その視線はすぐに地面へと落とされた。

 その反応に自分は、あまり歓迎されていないのではと思ってしまったロナリアだが、そんな事はないようで……。
 どうやらその男の子は、単純に現在元気がないだけの様子だ。
 だが、その男の子のしょんぼりした様子は、ロナリアにも伝染してしまう。
 その所為で、先程まで抱いていた魔力測定で受けたショックな気持ちが、再び蘇ってきた。

 そんな気持ちになってしまったからか、ロナリアはその男の子の髪色に注目した。男の子の髪色は艶やかだが、見事なまでの漆黒色だ。この国では黒髪を持つ人間は扱う魔法が強力だと言われており、将来有望な魔導士になる可能性が非常に高い。この男の子も最近魔力測定を受けたと、先程母が言っていた事を思い出したロナリアは、その測定結果を羨んだ。
 恐らく、その判定結果は大変良い内容だったはずだ。

 すると、魔力が低い自分の存在が急に恥ずかしく思えてきて、ロナリアもその男の子と同じように視線を地面に落とす。
 すると、母が掴んでいた手をグイグイと引っ張って来た。

「ロナ、お二人にご挨拶は?」

 母に言われ我に返ったロナリアは、エルトメニア伯爵夫人とその傍らに立っている男の子に向かって、ぎこちない様子で挨拶を披露する。

「アーバント家長女のロナリア・アーバントと申します……。本日はお招き頂き、誠にありがとうございます……」

 馬車の中で散々練習させられた挨拶を披露したロナリアだが、その声は最後の方で萎んでしまった。だが、それはロナリアだけではなく、相手の男の子も同じような状態だった。

「初めまして。エルトメニア家三男リュカス・エルトメニアです……」

 丁寧な口調ではあるが、その声はどこか力なく聞こえた。
 そんな二人の様子に母親達は、盛大なため息をつく。

「リュカ。ロナリア嬢にお庭を案内して差し上げなさい」
「はい……母上。ロナリア嬢、どうぞこちらへ……」

 そう言ってリュカと呼ばれた男の子が、小さな手を差し出してきた。
 それに応えるようにロナリアも自分の小さな手をそこへ乗せる。
 すると、手を繋ぐように軽くキュッと握られた。

 そのまま二人は、手を繋ぐように庭の奥へと向って歩き始めた。
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