【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【番外編:二人の親世代の話】

吠える狼(後編)

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「それにしても……本っ当、酷い話だよなぁー」

 今年二歳となった愛らしい少女を膝の上に乗せた友人ハインツより、同情するような視線を送られたローウィッシュは、思わず苦笑した。

 マーガレットが第一子を懐妊してから7年経った今現在だが……。
 その後のローウィッシュとレナリアは、なかなかの前途多難な期間を過ごし、最終的に二人の挙式は4年以上も延期させられる事になったのだ……。

 その原因はマーガレットの夫であるカルロスだった……。
 まず第一子を出産したマーガレットだが……産後の肥立ちが悪く、結局二年間ほど産休と言う形で討伐部隊には戻って来なかった。
 その間、飛び級で一年早く魔法学園を卒業したレナリアが、マーガレットの代わりに部隊に入り活躍し始める。

 愛らしい見た目に反し強力な氷属性魔法の使い手のレナリアは、火属性魔法の使い手のローウィッシュのフォローはもちろん、『氷撃の小鳥』の異名で呼ばれる程、部隊の即戦力となってしまったのだ。

 この頃の討伐部隊の攻撃の要は、『炎剣の狼』の異名を持つローウィッシュと『氷撃の小鳥』の異名を持つレナリアの双璧と言われ、レナリアはすっかりこの部隊には欠かせない存在となっていた。
 その為、二年後にマーガレットが復帰した時のレナリアは育児休暇明けのマーガレットを気遣い、しばらく部隊に在籍していた。

 しかし、このマーガレットを気遣った事がローウィッシュ達の挙式日程を更に延長する事態を招く……。何とマーガレットは復帰後、一カ月も経たない内に第二子を懐妊してしまったのだ……。

 これには流石のローウィッシュも盛大にカルロスに抗議の声を上げ、吠えた。
 そもそもマーガレットが第一子を懐妊した際、ローウィッシュのレナリアに対する想いは、癒しを得る為の愛でる愛玩対象ではなく、一人の女性として愛情を抱く存在に変わっていたからだ。

 それでも一年待てば、当初の予定通り成人した18歳のレナリアと挙式が出来ると心待ちにしていたローウィッシュにとって、マーガレットのこの第二子懐妊は、まさに悲報だった……。
 だがその事を上司であるカルロスに抗議をしても「子は天からの授かりものなので、どうしようもなかった」と言われ、軽く殺意を抱いた事を知っているのは、友人のハインツのみである。

 そんな経緯があった為、最終的に4年間もレナリアとの挙式を先延ばしにされてしまったローウィッシュは、マーガレットが第二子を出産した直後、ある強行手段に踏み切る。なんとローウィッシュは、マーガレットの復帰直前の時期に合わせて、レナリアとの挙式をやや強引気味に決行したのだ。

 この時、すでにローウィッシュは23歳。
 対してレナリアは20歳となり、少女から一人前の淑女へと成長していた。
 
 本来は寡黙で落ち着いた印象が強いローウィッシュだが……この時ばかりは、何故か焦っている様子が目立ち、挙式後は実に熱心にレナリアとの子作りに取り組んでいた。それは4年間もおあずけをくらった反動もあったのだが……。それ以上にレナリアを危険が伴う魔獣討伐部隊の任務から解放させたいという強い思いがあったからだ。この時のレナリアの話によると、普段は冷静であまり感情を出さないローウィッシュが、珍しく必死さを剥き出しにしていたそうだ。

 その努力の甲斐もあり、挙式後三カ月目にしてレナリアが懐妊がする。これを機にローウィッシュ自身も稼業を継ぐ為、討伐部隊を脱退し、すぐに実家へと戻ろうとしたのだが……。ここでまたしてもカルロスの邪魔が入ってしまう。
 なんとレナリアが懐妊した一カ月後、またしてもマーガレットが第三子を懐妊したのだ。

 その為、討伐部隊は攻撃と補助にも回れるレナリアだけでなく、新たなに攻撃の要となるはずだったマーガレットが再び抜けてしまう事態に陥り、大幅な戦力ダウンを強いられてしまう……。

 この間のローウィッシュは、出産準備の為にアーバント領に戻った愛する妻のもとに戻りたい一心で鬼の様に後輩達をしごき上げ、即戦力になるよう指導に全力を注いだ。この事が後のローウィッシュに『鬼教官』という印象を周囲に強く植え付けたそうだ。だが当の本人は、ただただ一刻も早く妻のもとに戻りたい一心だったらしい。

 対してカルロスの方も両親より世代交代を望まれ、この翌年に自身の領地へと戻っている。レナリアが懐妊後は、僅か半年でひよっこ部下を実践可能なまでに叩き上げたローウィッシュに続き、その半年後にカルロスもこの討伐部隊を去ったのだ。
 そんな嫁バカ二人の所為で一番苦労する事になったのは、カルロスの後任として一人だけ部隊に残された独身のハインツだった。

 実験的に優秀な人材を少人数で選抜して作られた特殊魔獣討伐部隊は、初代メンバーである4人が抜けた事で予想以上の戦力ダウンを見せる。更に厄介だったのが、当初は優秀な宮廷魔道士レベルの人材で結成される予定だったはずが、武闘派のローウィッシュが若手指導に心血を注いだ為、何故か魔法騎士メインの武闘派集団となり果て、女っ気が一切ないむさ苦しい部隊と化していったのだ……。

 その為、血気盛んな若者が中心だったので無茶をする者が多く、ある時そんな部下を庇ったハインツは、歩行に支障が出る程の大怪我を右足に負ってしまう……。
 そんな事があり、つい先日やっと特殊魔獣討伐部隊の隊長の任を解かれて脱退したハインツは、現在療養も兼ねてアーバント子爵家に滞在しているのだ。

 しかし退職を決意したハインツは、自身を慕ってくれる部下達の暑苦しいまでの引き留め行為に遭い、それは今でも夢にうなされる程、強烈だったらしい……。ハインツのその要領の悪いお人好しな部分は、長所でもあり短所でもあるとローウィッシュは感じている。

 そんな事を思いながら、自分の娘を膝の上に乗せているハインツの様子を観察していると、どうやらハインツは幼い子供が好きらしい事が分かる。先程から父親であるローウィッシュと同じくらいデレデレな様子で、親友の娘であるロナリアをあやしてくれている。

 だが、要であった討伐部隊の初代メンバー4人が一気に抜け、討伐部隊を丸投げされた事に関しては、不満があるらしい……。何を考えたのか、ハインツはまだ言葉も満足に話せない二歳のロナリアに向かって、その事を愚痴り始めた。

「ロナちゃん……聞いてくれよぉー。君のお父上と、その上司は奥さんを溺愛するあまり、俺に面倒事を押し付けて早々に逃げたんだぞ~。酷い話だろう?」
「やめろ! 娘に変な事を吹き込むな!」
「ええ~!? 愚痴ぐらい言ってもいいだろう? そもそもまだ二歳のロナちゃんには、俺の話の内容なんて理解出来ないんだし、少しは愚痴らせろよぉ~!」

 そういって膝の上のロナリアの頬をプニプニと突くハインツにローウィッシュが呆れ気味な視線を送る。対してロナリアの方は、父の友人に頬を突かれ、キャッキャッと喜んでいた。そんな穏やかな雰囲気の状況だが、ハインツの傍らにある歩行を補助する為の杖が視界に入った瞬間、ローウィッシュの表情が険しくなる。

「ハインツ……。お前、足は大丈夫なのか?」
「うーん、歩行訓練を真面目にすれば、一年くらいで日常生活に支障は出ないくらいには歩けるようになるって、宮廷医師のじーさんが言ってたな……」

 まるで他人事のように自身の症状を語るハインツにローウィッシュが盛大にため息をついた。そんなローウィッシュにハインツが苦笑する。

「まぁ、こういう状況になっちまったんだから、仕方ないだろ? そもそも俺は宮廷魔道士なんて興味なかったし。稼ぎが良くてリスクも少ない今の職場の方が、ありがたいからな」

 そう言ってハインツは、膝の上のロナリアの両頬を手で挟みフルフルさせる。するとまたしてもロナリアが、面白がってキャッキャッと声をあげた。

「何よりもエルトメニア家の坊主達は、全員素直でいい子達ばかりだからなー。教育係とは言え、子供好きな俺にとっては、毎日あの子達に癒される事にするよ。でもそうなると、エルトメニア家の坊主達には、父であるカルロス先輩の血が色濃く受け継がれていない事を祈るばかりだがな……」

 そのハインツのぼやきにローウィッシュが吹き出す。
 対して反応にハインツの方もニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「特に三男のリュカ坊は、絶対にカルロス先輩のような大人にはなって欲しくないなー。三兄弟の中では特に温厚だし、見た目も美少女そのものってくらい恵まれているからな。それでカルロス先輩みたいに嫁バカ鬼畜魔王な大人になったら俺、絶対泣くわー……」
「そんなに似ていないのなら大丈夫じゃないか?」
「いや、今は子供特有のあどけなさがあるから似てないだけだが、古株の使用人達の話によると、リュカ坊が一番幼い頃のカルロス先輩に見た目が似ているらしい……。そもそも長男は色合いはカルロス先輩だけど見た目はマーガレット先輩だし、次男はその逆で黒髪じゃないからな。まぁ今のところ、全員カルロス先輩の要素は、まだ出て来てないみたいだけどな」
「お前が教育係をやりながら、そうならないようにしているのではないか?」
「当たり前だろう!! あんな愛の重い男に成長したら、あの子達の将来が心配になる!!」
「お前……それ、カルロス先輩の前では絶対に口にしない方がいいぞ?」
「もう言ってやった! そしてすでにシメられ済みだ!」
「バカなのか……?」
「ロッシュだって、挙式を4年以上も延ばされた時、先輩に食ってかかってただろ!? だからって早々にレナリア嬢を孕ませて、さっさと部隊を去った事は俺、未だに根に持っているからな!」
「だからそれは、悪かったと……」
「ロナちゃん……。俺をもっと癒してくれぇ……」
「やめろ!! ロナに頬ずりをするな!! ロナが汚れる!!」
「お前、絶対親バカになるな……。将来ロナちゃんが結婚する時が見物だわ」
「やめろぉぉぉぉー!! そんな不吉な事を口にするなぁぁぁぁー!!」

 珍しく感情的になって叫んだローウィッシュの様子に使用人達と共にお茶の準備を始めようと入室してきたレナリアが苦笑する。同時にハインツが、さり気なくローウィッシュを気遣ってくれている事にもレナリアは気付く。

 ローウィッシュは、ハインツが歩行に支障が出るような足の負傷したと聞いた際、かなり自身を責めていたからだ。同時にカルロスとマーガレットもその事を密かに気にしている……。だからこそ、ハインツを自分達の息子の教育係として雇ったのだろう。

 実際、ハインツが魔道士として優秀なのも事実なので、ある意味エルトメニア家の子供達は、魔法学園に入学する前にかなり優秀な師の指導を受ける事が出来る環境でもある。

「リュカ坊も可愛いけれど、やっぱり女の子の可愛さは格別だよなー!」
「いくらお前が無類の子供好きでもその言いようは、幼子に懸想を抱く変態的な発言に聞こえるぞ?」
「やめろよ!! 俺は純粋に父性的な目線で小さい子供が好きなだけだ!!」
「どうだか……」
「幼な妻を早々に孕ませたお前にだけは言われたくない!!」
「「ハインツ!!」」

 ローウィッシュとレナリアの両方から咎められたハイツは、悪戯めいた笑みを浮かべた後、膝の上に乗せていたロナリアの両脇に手を入れ、自分の目線の高さまで抱え上げた。

「ロナちゃんは、変な男に引っかかるなよ~? 特に執着愛が強い男には! 溺愛と執着愛は紙一重だからな~? そういう男は、本当に面倒だから、引っ掛からないように気を付けるんだぞ~」

 ハインツに抱え上げられキャッキャッと喜んでいるロナリアの様子を眺めながら、ローウィッシュとレナリアが顔を見合わせ苦笑する。
 そんな二人が、将来的にこの時のハインツの忠告が的確過ぎた事を実感するのは、まだ先の話である。



――――――【★ご案内★】――――――
以上で番外編『吠える狼』は終了になります。
次話はリュカス達の友人のエクトル殿下とティアディーゼのお話になります。
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
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