雨巫女と天候の国

ハチ助

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7.出される課題

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 翌日、早速と言わんばかりにお茶の誘いとしてセラフィナの自室に招かれたアイリスは、昨日アレクシスから課題として出された夜会参加の件をセラフィナに話してみた。

「アレクがそんな事を? でも確かに何度か夜会には参加した方が良いと思うわ」
「それは……社交界慣れをした方がいいという意味でございますか?」
「それもあるのだけれど……まずあなたという女性を売り込まないと!」
「売り込み……」
「アイリス、あなたは折角その素晴らしい容姿なのだから、もっと表に出てそれをアピールすべきだと思うの!」
「はぁ……」
「そして出来れば夜会だけでなく、わたくしの主催するお茶会にも参加した方が良いと思うわ!」
「その場合……どのようなメリットがございますか?」
「わたくしが、皆様に未来の娘となるあなたを自慢出来るわ!」
「セラフィナ様……」

 最近、もしかしたらアレクシスのあの空気が読めないふりをしながらの人の神経を逆撫でしてくる会話術は、セラフィナのこの天然部分から学んだのかもしれないと思い始めているアイリス。
 そんなアイリスの白い目にセラフィナが気付き、慌てて取り繕う。

「嫌だわー、アイリス。ほんの冗談よ~」
「そうでしょうか……。本心からのお言葉のように聞こえましたが……」
「でもね、夜会やお茶会になるべく参加した方が良いというのは本当よ? そうすれば色々な情報を得られて人間関係も把握出来るから、公務でそういう情報が必要になった際、とても役立つの!」

 そのセラフィナの言葉に流石20年近く王妃として公務を務めてきただけはあると、アイリスが感心する。穏やかでポヤンとした雰囲気のセラフィナだが、やはり母であるからには、あの腹黒王太子と同じ血が流れているのだ。
 そんな彼女は、社交界という駆け引きの戦場を掻い潜って来た勇者でもある。

「そもそも夜会よりも来月の巫女会合参加の方が、大変そうに思えるけど……」
「巫女会合!?」
「アイリス~? あなた、巫女会合にはデビューしたばかりの6歳の頃に1~2度しか参加した事がないでしょう?」
「それは……その、おっしゃる通りでございます……」
「大丈夫? あの子、来月の巫女会合の采配を全てあなたに任せるつもりよ?」
「ええっ!?」

 恐らくこれが、アレクシスが次に出そうとしている自分に対しての課題ではないかという事に気付いてしまったアイリスは、思わず声を上げてしまった。

 毎月初日に行われるこの巫女会合は、サンライズの現役巫女……すなわち未婚の若い巫女達が出来るだけ参加するように義務付けられている交流パーティーのような集まりだ。
 政略的な婚約や婚姻が多い彼女達が、滞在先の婚約者宅で不当な扱いを受けていないか、心的ストレスを受けていないか等の相談をしやすい環境作りの一環として、毎月行われている。
 そしてその背景には同じ巫女同士なら、そういった悩みも相談しやすく、また共感もしやすいだろうという事で、王家がこういった機会の場を設けているのだ。 同時に王族との交流の場でもあるので、何か不安な事があればすぐに相談しやすい雰囲気づくりも兼ねている。サンライズの巫女達が皆仲が良いと言われるのは、この巫女会合のお陰だ。

 そして本来ならば、これを取り仕切るのは王太子となるのだが、婚約者がすでに決まっていた場合は、その婚約者も一丸となって取り組む事になっている。
 しかしアイリスは幼少期からアレクシスに対する拒絶が強すぎた為、この会合の参加をずっと拒んでいた。
 その為、アイリスは王妃教育の大変さを理由にしばらくは免除という処置を取られている……という事に表向きはなっている。

 しかし巫女達の殆どが、この10年間アイリスがアレクシスに対して辛辣な接し方をしている事を風の噂で知っている為、公務放棄をしている事に気付ているはずだ。すなわち、サンライズの巫女達の中には、アイリスに良くない印象を持っている人間が多いという事だ。
 その状況下で次回の巫女会合をアイリスに采配させるとは……自業自得とは言え、アレクシスのスパルタぶりに思わず、奥歯を噛みしめるアイリス。
 そのアイリスの反応にに王妃セラフィナは、思わず苦笑してしまった。

「全く……あの子は本当に容赦ないわね……。アイリス、心配しないで? 近々、最高の助っ人をわたくしが呼び出しておくから!」
「それは……フィーネの事でしょうか?」
「残念だけれどフィーネは今回この会合には参加できないわ……。現状、ウッドフォレストの南東で、かなり深刻な日照りが続いているの。だから当分こちらには帰って来れないのよ……」
「そう、でしたか……」
「でもその助っ人さんは、フィーネ以上に頼りになる元気な助っ人さんよ? 再来週辺りにこちらに呼んでおくから、今は夜会デビューの方に集中した方がいいわ」
 「セラフィナ様……ありがとうございます!」
「いいのよ~。その代わり今度行う雨乞いの儀は、わたくしも同行させてね?」 
「セラフィナ様ぁ?」

 一瞬、セラフィナの心遣いに感謝したアイリスだったが……安定の見返りを要求され、呆れた様な目を向けてしまった。

「それよりもアイリス、その夜会で着るドレス等は、もう用意されているの?」
「ええ。一応、アレク……シス様が、ご用意してくださっているようで」

 うっかり略称の敬称無しでアレクシスを呼びそうになり、慌ててアイリスが誤魔化す。

「まぁ! もう手配してしまったの!? それならば何故わたくしにも一声かけてくれないのかしら! 本当に母思いでない息子だわ!」

 もし一声かけてしまったら、確実にセラフィナによるアイリス着せ替え人形品評会が始まるであろうと想像し、アイリスは引きつった笑みを浮かべた。

「アイリス! 今月はあと3回程、夜会に出席する予定なのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「そのその時は、絶対にわたくしにもドレスの選別をさせてね!」
「その件は……直接アレクシス様にご相談頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうね! その方が確実よね! そうするわ!」

 恐らくこのセラフィナの行動を見越して、残り参加予定の3回分の夜会用ドレスもすでにアレクシスは用意しているだろうと思ったアイリスだが……その事は黙っておくことにした。


 そして三日後、その初めて参加する夜会の日が訪れる。

「ああ! アイリス様! 素敵過ぎです!」
「このようなお綺麗なご令嬢を見た事がございません!」

 ベテランの侍女に5人がかりで着飾らされたアイリスは、誰もが一瞬で息を呑んで見惚れてしまう程の素晴らしい仕上がりとなっていた。そんなアイリスを今回は手伝えなかったパールとカルミアが、何故か両手を胸の辺りで組んで、目をウルウルさせながら感動して魅入っている。

 今回アレクシスが選んだドレスは、真っ青なプリンセスラインのドレスだ。
 現状だと細身を意識したエンパイアラインのドレスが流行っているのだが、身長が160cm未満の小柄で胸囲のあるアイリスには、このプリンセスラインのドレスが一番映える体型となる。
 そもそも見た目がゴージャスすぎる美貌のアイリスが細身のドレスを着てしまうと、彼女の派手な顔にドレスがインパクト負けしてしまう。逆に膨らみがしっかり出ているこのプリンセスラインであれば、アイリスの美貌にも引けを取らないインパクトを維持しつつ、彼女の小顔さとウエストの細さを引き立て、華奢で繊細な印象のシルエットを作り出す。

「これでお口さえ開かなければ、完璧でございますね!」
「やめてエレン。それ、多分これからここを訪れる人物が同じ事言うと思うから」
「嫌だな~。僕はそんなありきたりな二番煎じな事など言わないよ?」

 いつの間にか入り口から、こちらを伺っていたアレクシスが話に入って来た。
 いつもは白をベースに青をアクセントにした服装だが、今回はその割合が逆だ。
 恐らくアイリスのドレスの色に合わせて、全体を青ベースにしたのだろう。
 どちらにしてもすんなり着こなしてしまう所が、また憎たらしい……。

「ノックぐらいしたらどうなの?」
「したのだけれど……先程までいた5人の侍女達のはしゃぎ声で、かき消されちゃったみたいで、勝手に入ってしまった」
「もう一度ノックする考えは、生まれなかったの?」
「僕は君の婚約者だよ? 勝手に入ったっていいじゃないか」
「良くないわよ! それよりも……私、胸の開いているデザインはやめてって言ったわよね? これ、どう見ても要望に応えていない気がするのだけれど!」

 そう言ってアイリスが鎖骨がバッチリ見える程、開けたオフショルダーデザインのドレスの首元部分に抗議する。

「言っていたね……。でも却下した」
「何でよっ!?」
「だって折角、立派なサイズをしているのだから、見せる方向で行かないと勿体ないじゃないか……」
「どういう品性してるのよっ!! それが嫌だから、やめてと言ったのだけれど!?」
「君はエリアとは、逆方向で胸囲にコンプレックスを持っているのだね……」
「エリアって……まさか風巫女のエリアテール様の事?」
「そう。エリアは婚約披露宴の時に自分が貧乳な事を酷く嘆いてたって」
「最低ー!! 普通、そういう事を女性に聞くっ!?」
「流石に僕自身が直接聞いたわけではないよ? イクスが言ってたんだ」
「イクスってコーリングスターの王太子の? はぁ……これだから男性は……」
「その偏見ある言い方は、全男性に対して失礼だと思うのだけれど?」
「女性のコンプレックスをアピール材料として考えるあなたが、それを言うの!?」

 これでは夜会に参加する前にアレクシスとの言い合いで、疲れてしまう……。
 そう思ったアイリスが、ガックリと肩を落とした。

「アイリス? まだ会場に行ってもいないのに疲れないでね?」
「だったら疲れさせる様な事、言わせないでよ……」
「僕は普通に会話しているだけだよ? はい。お手をどうぞ!」

 そして二人は、城内入り口前に用意されている馬車に向かった。


 馬車の中では、アレクシスと向かい合う様に座ったアイリス。
 すると、馬車がゆっくりと動き出す。

「そういえば、まだ詳細を聞いていないのだけれど……今日、参加する夜会の主催者のオーガスト伯とは、サンライズ王家はどういう関係なの?」
「オーガスト伯の息子が、ティアドロップ家の次女の婚約者なんだよ。今日はその彼リュカオスの誕生日会的な夜会だね」
「そうなると……フィーネのお姉様の婚約者の方って事よね?」
「そうだね。僕たちは、彼の未来の義父である叔父上の代理で、サンライズ王家として今回は参加になる感じかな」
「ジェダイト王弟殿下より、そういうご要望があったの?」
「まぁね。叔父上とリュカは、典型的な舅と婿の関係で折り合いが悪いから」
「それって……その甥のあなたが参加して大丈夫なの?」
「大丈夫どころか、向こうはその方が大歓迎だと思うよ? 気にくわない舅と顔合わせなくて済む上に現役の王族が参加してくれるのだから。それにね、彼の婚約者であるフィーネの姉セルネリアが是非アイリスも一緒にと言っているんだよね」
「どうして? 私、同じ雨巫女とは言え、セルネリア様とは一度も面識がないのだけれど……」
「ティアドロップ家は叔父上の影響で一家全員、君の後援会に入会しているからね」
「ここでもその後援会が出てくるの……?」
「その後援会のお陰で、君は同僚のサンライズの巫女達の全員を敵に回さずに済んでいるのだけれど? だからある意味、母上には感謝しないとね!」
「そうね……。考えておくわ……」

 そう力なく呟くアイリス。
 同時に雨巫女セルネリアの会員番号は一体何番なのだろうか……と考えてしまった。
 そんなやや気の抜けた様子のアイリスにアレクシスが意地の悪い笑みを向ける。

「アイリス。言っておくけれど今回は初の夜会参加だから、あえて君に友好的な人が多い夜会をわざと選んだだけだよ? それを頭に入れておいてね?」
「分かってるわよ……。それで徐々に私の評価が辛目な人達が多く参加している夜会に難易度が上がっていくのでしょう? 望むところだわ!」
「アイリスは、頼もしいなぁ~。でも辛くなったら、いつでも言ってね? すぐに僕が助けてあげる・・・・・・・・から」
「ご安心を。それだけは絶対に頼まないから!」

 そんな話をしていると、あっという間に会場であるオーガスト家に到着した。
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