見過ぎ令嬢は賭けの対象にされている

もも野はち助

文字の大きさ
13 / 44

13.見過ぎ令嬢は憧れの令息の苦労を垣間見る

しおりを挟む
 不安そうな表情で彼が語る内容にクラウディアが動揺する。

 『彼女たちは、僕のことを表面上でしか見ていない』

 三年間も不必要に彼を見つめてしまっていた自分の行動もそれに該当した。
 しかしフロリスは、なぜかクラウディアに対してしつこいとは感じていない様子だ。

 それだけ温厚なフロリスが思わずきつい言い方をしてしまうほど、その令嬢はしつこかったのだろう。
 だが世間は、その令嬢のしつこさよりも意外な一面を見せた彼のほうに注目したらしい。

「その時は騎士団長が令嬢宅まで謝罪する事態に発展してしまって……。以来、僕は彼女たちの理想像をなるべく崩さないよう振舞うことにしたんだ」

 その話でフロリスに同情的な視線を向けたクラウディアは、先日の祝賀会で令嬢たちに囲まれていた彼の様子を思い出す。
 絶え間ない笑みを浮かべてはいたが、今思うとどこか感情を置き忘れているような印象があった。
 同時に上司である兄が、率先して彼を令嬢たちから救い出していた経緯も察してしまう。

 過去に責任者である騎士団長が謝罪しなければならない事態を招いた罪悪感から、フロリスは笑顔の仮面が外せなくなってしまったのだろう。
 それがますます群がってくる令嬢たちを増長させ、悪循環に陥っている。

 我が道を行く兄クレストが、珍しく部下に対して面倒見のよい動きをしていたのは、フロリスの過去にそんな出来事があったからだろう。
 手厳しい兄でも、当時フロリスに起こった理不尽な状況は同情せずにはいられなかったようだ。

 そんなクレストも婚約前は、多くの令嬢たちに群がられていた。
 だが兄の場合、温厚そうな印象は持ち合わせていない。
 令嬢たちも冷たくあしらわれることを前提に兄にアプローチをしていたはずだ。

 だが、見た目が穏やかそうな雰囲気のフロリスでは状況が変わってくる。
 そっけない対応が予測できる兄と違い、優しげな彼が同じ動きをすれば、令嬢たちの心は酷く傷ついてしまう。

 彼女たちは『温厚で紳士的なフロリス・シエルは、けして女性を邪険にしない』という勝手なイメージを彼に抱いているのだ。
 そのため彼に突き放されるような態度をされてしまうと、ショックが大きい。

 そんな勝手な思い込みでフロリスの人格を決めつけている令嬢たち。
 しかし自分も彼女たちのように勝手な理想像を彼に押しつけてはいないだろうか。
 そんな考えに陥ってしまったクラウディアは、今回新たな一面を見せてきた彼を改めて見やる。

 今どきの若者らしい砕けた口調で話す彼。
 夜会時では、あざとい仕草や策士的面を見せてきた彼。
 意外にもハッキリと自分の意見を口にする彼。

 それが令嬢たちの抱く『理想的な男性像』から外れた要素なのか、クラウディアには判断がつかない。
 彼女にとって、フロリスを形成する全てが好ましいものにしか映らないからだ。
 理想と違う動きをされたとしても、彼の新たな一面を知れたという喜びにしか感じられない。

 そう考えると、クラウディアは本来のフロリスの姿に目を向けているほうだ。
 しかし、自分の理想像を彼に追い求めてしまっている状況も否定はできない。

「ごめん……なさい……」

 思わず口からこぼれた言葉にフロリスが不思議そうに首をかしげる。

「なぜクラウディア嬢が謝るの?」
「わたくしもフロリス様に自身の理想を勝手に押しつけていたので……」
「君は、ただ僕を見つめていただけなのだから、そんなことはないと思うけれど」
「ですが……自分の理想的な男性像としてフロリス様を見ておりました……」
「でも、さっき僕が厳しめなことを口にしても君は受けとめてくれたよね?」
「えっ?」

 驚きでフロリス見やると、優しげな視線とぶつかる。

「僕が不快だと訴えたら、君はまず自分の発言内容を見直してくれただろう?」
「それは……実際にわたくしが口にした内容で不快にさせてしまったと感じたから……」
「でもね、大半の令嬢は『お優しいフロリス様に冷たくされた。悲しい』という反応をするんだ……。僕が優しく接しなければ彼女たちは、すぐに自分は被害者だと訴えてくる」

 そう口にするフロリスは、何かを諦めきっているような笑みを浮かべていた。
 その表情から『紳士的なフロリス・シエル』は、彼がやむを得ず演じていることが痛いほど伝わってくる。

「でも君は違う。確かに僕を過剰に見つめていたとは思うけれど……。君は僕と目が合うと、申し訳なさそうにすぐに視線を外し、その日はなるべく僕の視界に入らないように徹してくれていただろう? それはジッと見つめては僕が不快な思いをすると思ったから、そういう動きをしてくれたんだよね?」
「た、確かにそうですが……不躾な視線を過剰に送り続けていたことには変わりません……」

 居たたまれない様子でうつむくクラウディアに、フロリスが柔らかい笑みを向ける。

「でもね、僕は君のその気遣いをとても好意的に感じたんだ」
「好意的……?」
「うん。だって殆どの令嬢が、僕の気持ちなどお構いなしに親密になりたいという自分の欲求を一方的に押しつけてくる中、君だけは違ったから……。控えめに好意を示してくる君の様子に僕はとても惹かれた。そして途中から、君に視線を向けられている時は、敢えて気づかないふりをすることにした」

 そう言ってフロリスは悪戯めいた笑みを浮かべる。

「だってそうしないと君は目が合った瞬間、すぐに僕の視界から消えてしまうから。もっと自分を見つめてもらうには、気づかないふりをするしかないなかったんだよね」
「なっ……!」

 茶目っ気たっぷりな様子でそう告げられたクラウディアが、またしても耳まで真っ赤になる。
 そんな反応を見せる彼女に苦笑しながら、フロリスがゆっくりと口を開く。

「ごめんね、初の交流日にこんな重い話をしてしまって。でも、今話したことは、早い段階で君に伝えたかったことなんだ……」

 どこか含みのある言い方をしてきたフロリスにクラウディアが、そっと目を合わせる。

「どうして僕が君を好きになったのか……それを伝えることはとても大切なことだと思ったから」

 そのフロリスの言葉にクラウディアの心臓がドキリと跳ね上がる。

「でもかなり重苦しい空気になってしまったね……。次回は、楽しい雰囲気で過ごしやすいように外で会おうか?」
「外……ですか?」
「うん。一緒に買い物をしたり、美味しい物を食べたりして君との交流を深めたい。今回は一方的に僕のことについての話になってしまったから……今度はクラウディア嬢のことを教えてほしいな。例えば好みの食べ物やアクセサリーについてとか」

 その瞬間、クラウディアの頭の中が『憧れのデート』という言葉で埋め尽くされる。

「どうかな? でもまだ外で会うことに抵抗があるなら、もう少し交流を深めてからでも――――」
「問題ございません! 是非、お願いいたします!」

 またしても食い気味で返答してしまったクラウディアだが、嬉しさのあまり恥じらうことを忘れ、瞳をキラキラさせた。
 その様子に驚くもフロリスは、すぐに破顔する。

「良かった! それじゃ、今からどんなところを回りたいか話し合おうか」
「はい!」

 嬉々とした様子でクラウディアが、元気いっぱいな返事をする。
 この時のクラウディアは、いつの間にかフロリスと普通に会話ができていることに全く気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件

大井町 鶴
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。 彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。 (ひどいわ……!) それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。 幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。 心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。 そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。 そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。 かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。 2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。 切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】二十五歳のドレスを脱ぐとき ~「私という色」を探しに出かけます~

朝日みらい
恋愛
 二十五歳――それは、誰かのために生きることをやめて、  自分のために色を選び直す年齢だったのかもしれません。  リリア・ベルアメール。王都の宰相夫人として、誰もが羨む立場にありながら、 彼女の暮らす屋敷には、静かすぎるほどの沈黙が流れていました。  深緑のドレスを纏い、夫と並んで歩くことが誇りだと信じていた年月は、  いまではすべて、くすんだ記憶の陰に沈んでいます。  “夫の色”――それは、誇りでもあり、呪いでもあった。  リリアはその色の中で、感情を隠し、言葉を飲み込み、微笑むことを覚えた。  けれど二十五歳の冬、長く続いた沈黙に小さなひびが入ります。  愛されることよりも、自分を取り戻すこと。  選ばれる幸せよりも、自分で選ぶ勇気。  その夜、彼女が纏ったのは、夫の深緑ではなく――春の蕾のような淡いピンク。  それは、彼女が“自分の色”で生きると決めた最初の夜でした――。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

処理中です...