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3.第二王子の来訪

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 それから一週間後――――。
 父が登城し国王との話し合いの末、ローゼリアと第三王子フィオルドとの婚約は無事解消された。

 もちろん、全面的に王家側の有責という事で、マイスハント家に対して王家より多額の賠償金が支払われ、今後ローゼリアへの有益な縁談の提案も約束されたそうだ。その縁談の提案を何故か帰国したばかりの第二王子ハロルドが担当してくれる事になったのだが……何故かその事が、ローゼリアの心をざわつかせた。

「ローゼ。条件の良さそうな縁談相手の紹介はあったか?」

 城から戻って来た父が持ち帰った見合い相手の絵姿と釣り書を眺めていたローゼリアは、勝手に部屋に入ってそれらを覗き込んできた兄クライツに渋い表情を浮かべる。

「お兄様……。ノックもない上に気配を消しながら妹の部屋に無断で入られるのは、おやめください」
「何を今更。そもそも可愛い妹の将来の伴侶候補が誰になるか、兄である私も気になるじゃないか」
「だからと言って、後ろからこっそり覗かれないでください」
「ほぉ? ライデント伯爵家にクレイバース伯爵家……。おお! ミルツナイト侯爵家もあるじゃないか!! ハロルド殿下は、随分と優良物件な縁談をご提案してくださったな」
「ええ。ですが、どちらも王都からは、かなり離れた場所に領地をお持ちなので……」
「何だ? 兄と離れるのが寂しいのか?」
「いえ。お母様と離れるのが寂しいのです」
「お前は……。ただでさえ冷たい印象を持たれやすい容姿なのにその様な可愛い気のない事を兄に言うのか?」
「同じように冷たい印象を抱かれやすいお兄様におっしゃる権利はないかと思いますが?」
「言ったな!」

 そう言ってクライツがローゼリアの額を軽く指で弾いた。その兄の抗議に対して、ローゼリアは不満げに弾かれた額をワザと痛そうに摩る。そんな妹のわざとらしい演技にクライツが苦笑した。

 兄クライツもローゼリア同様、青銀髪の艶やかな水色の髪をしている。ただ瞳の色は父譲りの琥珀の様な明るい茶色なので、淡い水色であるローゼリアより少し温か味がある印象だ。それでも兄妹揃って、容姿から色味的に冷たい印象を抱かれやすい。

 だが不公平な事に兄の場合、異性からはその冷たさがクールでミステリアスと魅力的に作用するらしい。そもそも人を揶揄う事が好きな兄のどこがクールなのか、ローゼリアは毎回声を大にして訴えたくなる。

「確かにこの三家の領地は王都から遠すぎるな……。その辺りの要望も伝え、また新たに殿下に見繕って貰ったらどうだ?」
「ですが、今回はどう見ても殿下が、かなり厳選してくださった縁談のお相手の様に思えるのですが……」
「だが、すぐに決めてしまうのは賢くはないぞ。そもそもお前と年齢的に問題なくつり合い、未だに婚約者を得ていない伯爵家以上の令息を探し出す方が、かなり難しいからな」
「そう……ですよね……」

 正直なところ、ローゼリアにとっての手ごろな年齢の令息は、殆どが婚約者を得ている。現状でも未だに婚約者を持たず、尚且つ家柄も人柄も良い相手を探すと言うのは、流石の王家でも難しいはずだ。
 
となれば、良くて早くに伴侶をなくしてしまったケースでの後妻。最悪は、年がかなり離れた相手に嫁ぐ羽目になる。
 そんな状況で、今回第二王子が提案してきた三家の令息達は、かなりの好条件なはずなのだが……。

 しかし当のローゼリアは、何故かその三人に魅力を感じなかった。代わりに思い出されるのが、一週間前の不敬を働いた弟フィオルドを殴りつけた、その兄ハロルドの勇姿だった。

 颯爽とローゼリアの横を通り抜け、無駄な動きが一切なく鮮やかにシャーリーをフィオルドから解放し、そしてそのか弱い乙女を素早く自分の背に庇いながら、しなやかに力強い拳を放つあの一連の動作が、何故か何度も頭の中で蘇ってくる。

 王族向けの淑女教育で、そう簡単に心を動かす事がないように訓練を受けたはずのローゼリアだったが……あのハロルドの動きは、まるで一種の芸術のような美しい動きにしか感じられなかった。

 同時にあの時のシャーリーの立場が、羨ましくて仕方がない……。もしあの位置にいたのが自分であったのならば、ハロルドのあの美し過ぎる一連の動作を間近で見る事が出来たはずだ。
 そんなことを考えてしまう自分自身に呆れながら、思わずため息を零してしまうと、その様子に気が付いた兄クライツが苦笑する。

「王家側はお前の貴重な時間を盛大に無駄にしたのだから、この際、相手が困る程の無理難題な婚約者条件を希望してやれ!」

 そう言って意地の悪い笑みを浮かべてきた兄に今度はローゼリアの方が、苦笑してしまった。


 それから、更に一週間後――――。
 以前、ローゼリアに宣言していた通り、第二王子ハロルドがマイスハント家にやって来た。その際、追加で新たな婚約者候補の資料までも持参して。

 どうやらハロルドは弟の失態で王家の一員として、かなり責任を感じてくれているらしい。追加で提示された新たな婚約者候補は、どこから見つけて来たのかというくらい前回よりも更に良い条件の婚約者候補だった。

 そんな更なる有益な縁談情報を用意してくれたハロルドを客間に案内すると、入室してすぐに深々と腰を折り、今回弟フィオルドが起こしてしまった件に対する謝罪を始めた。

「マイスハント伯爵、そしてローゼリア嬢。この度は愚弟フィオルドが大変無礼な行いをしてしまい、誠に申し訳ない……」
「ハ、ハロルド殿下!! どうぞお顔をお上げくださいませ!! 王族の方がそのように簡単に深々と頭を下げてはなりません!!」

 父が慌ててハロルドに頭を上げるように口にするが、それでもハロルドはジッと頭を下げたままだ。

「ハロルド殿下……。わたくしの方は、殿下がこの件に対して早急にご対応してくださっているので、それだけで十分に誠意を感じております。どうか、お顔をお上げくださいませ……」

 申し訳なさそうなローゼリアの一言で、やっとハロルドは顔を上げた。

「本当に何とお詫びを申し上げたら……。愚弟と婚約をしてくださってからの11年間、あなたの貴重な時間を王族用の教育で、かなり無駄にさせてしまった件をどう償えばいいのか……」
「そんな! こちらも王族用の貴重な淑女教育を無償で受けさせて頂きましたので、むしろ感謝したいくらいなので、どうかお気になさらないでください」
「ですが……」

 弟フィオルドと違い、しっかりと筋肉の付いたハロルドだが、一見細身に見えてしまう程かなり背が高い。
 そんな長身の第二王子が罪悪感からか、縮こまるように肩をすくめる。自分よりも大きなハロルドのその行動から愛らしさを感じてしまったローゼリアは、思わず笑みをこぼしそうになるのを必死に堪えた。その娘の微かな雰囲気を読み取ったのか、父であるマイスハント伯爵が柔らかい笑みを浮かべながら、口を開く。

「今回の件に関しましては、娘の方にもフィオルド殿下に寄り添えなかったという落ち度がございます。ですので、ハロルド殿下がそのように責任を感じて頂くような事はございません。それよりも……立ち話も何ですので、どうぞ、お掛けください」

 父が座るように促すと、軽く頭を下げたハロルドが「それではお言葉に甘えて……」と、やっと長椅子に腰を下ろした。あの後、兄からは留学前のハロルドには、少し荒れている様子を感じたと聞いたのだが……現状のハロルドは、どこからどう見ても立派な貴公子だ。
 ローゼリアがそんな事を考えていると、ハロルドは自身の側近に目配せをし、サッと手を差し出す。すると、その側近がハロルドの手に何冊かの革のファイルを渡した。

「本来ならば弟自身が謝罪に参らなければならないのですが……。陛下のお考えでは『あのような愚息には、謝罪の機会を与える価値もない!』と、かなりご立腹されておりまして……。現状ではローゼリア嬢も恐らく愚弟と面会する事は、不快感を抱かれるかと思いますので、代理で私の方から深くお詫びを申し上げます。ですが、後日必ず本人からも謝罪させて頂きたい。とりあえず婚約解消の賠償金の方は、こちらの有責という事で、一週間前にご署名頂きました書面通り、今月中にはお支払いさせて頂きます。それとは別件で、この後のローゼリア嬢の新たな婚約者候補についてなのですが……。先週ご提案させて頂いた候補者で、ご検討はして頂けましたでしょうか?」

 早速、本題に入って来たハロルドに対して、ローゼリアがそっと俯く。その反応を見た父親が、代弁するように意見する。

「どなたも素晴らしい殿方ばかりでしたが……。その、お持ちの領地があまりにも王都より離れすぎておりまして……。娘には、将来的に我がマイスハント家が取り扱っておりますワインの取引先ルートの新規開拓の手助けを視野にいれているため、出来ましたら王都近くの嫁ぎ先の方が……」
「なるほど。いくら爵位と人間性に優れている相手でも王都から離れた辺境地では、ワインの需要があまり無い為、新規開拓が出来ないという事ですね」

 上質のワインを名産としているマイスハント領では、それらを卸す先がどうしても華やかな社交界で名を馳せている上流階級の貴族達相手が多い。
 だが地方の領地では、そこまで大規模な夜会等は開催されない……。だからと言って、隣国への出荷ルートは、すでにフィオルドとの婚約期間中に王家の伝手で確立出来ている。そうなれば今後のマイスハント家が新規開拓したい顧客層は、国内の有力貴族達になってくる。

 その父の希望を満たす為には、ローゼリアはなるべく王都近くに領地を持つ相手に嫁いでくれた方が利益に繋がりやすい。ローゼリアには、社交界でのワイン売り出しの広告塔になって貰いたいというのが、父の考えだった。

「そうなりますと……本日、提案させて頂こうと持参したこちらの婚約者候補もあまりご希望に添う事が出来ない可能性が高いですね……」

 そういってハロルドが先程、侍従から受け取ったファイルを差し出すようにテーブルの上に置いた。それを父と共にローゼリアが手に取る。新たに提案された三名の令息達は、年が二十代前半とローゼリアと近いが、領地がやはり王都からは遠く、爵位の方は伸びしろのある子爵家だった。

「あ、あの……」

 流石に父が爵位の方で引っ掛かった様で、言い出しにくそうに口を開く。その様子からハロルドが、やや苦笑する。

「爵位を気にされていると思いますが、そちらはご心配なく。まだ極秘なのですが……三家とも近日中に王家より昇格が予定されている家ばかりです」
「な、なんと!」
「ですが、まだこの情報は極秘なので、現状ではまだ野心溢れるご令嬢方の目には止まってはいない令息方ばかりなのです」

 悪戯が成功した時のような笑みを浮かべながら、ハロルドが微笑む。やや策士的な部分を彷彿させるようなハロルドの表情にまたしてもローゼリアの胸が跳ねあがる。

 どうやらこの第二王子は、あの夜会の際に見せた凛とした雰囲気だけでなく、かなり豊かな表情を隠し持っているらしい。正直、提案された婚約者候補の情報よりもローゼリアは、第二王子の方へと興味が行ってしまう……。
 そんな娘の心境など知るよしもないマイスハント伯爵は、新たに提示された婚約者候補の令息達の情報を細かく確認していた。

「ローゼ。これだけでは判断は出来ないだろうと思うが……気になるご令息の方はいるかい?」

 急に父に話を振られ、慌ててローゼリアは手にしていた一人の令息の資料に目を落す。だがハロルドの事の方が気になり過ぎて、その情報が全く頭に入って来ない……。

「ええと……その……」

 何度もその資料に目を向けるが、どうしても目が滑って内容が入って来ない。そんなローゼリアの様子にハロルドがクスリと笑みをこぼす。
 その柔らかすぎる笑みに思わずローゼリアの顔が控え目に赤みを帯びる。

「も、申し訳ございません……」
「いえいえ。すぐにご決断など出来ない内容ですので是非この後、お父上と慎重にご検討ください」

 そういって、少し前に出された冷め始めた紅茶をやっと口に含んだ。その紅茶を飲む仕草が流石王族であって美しい。とてもではないが、弟を殴り飛ばした人物とは思えない。

 またしてもハロルドの行動に目が釘付けになってしまっていたローゼリアは、カップをテーブルに置いて口を開いたハロルドの言葉への反応がやや遅れる。

「ローゼリア嬢」
「は、はい」
「今回提案させて頂いた婚約者候補ですが、恐らくあなたの希望の条件には、そぐわない部分が多いかと思います。ですので、二週間後にまた改めてこちらへお邪魔してもよろしいですか?」

 その言葉を聞いたローゼリアは、サッと顔を青くした。

「そ、そんな! 第二王子でもあらせられるハロルド殿下に何度もご足労頂くなど、恐れ多すぎます! 次回は是非わたくしの方からそちらへ登城させて頂きますので!」
「ですが……今回は我が愚弟の所為で、あなたの名誉が傷つきかけたという失態を我々は犯しておりますので……」
「その件に関しましては、ハロルド殿下より十分な誠意あるご対応を頂いております。なにより王族の方を何度も呼びつけるような傲慢な振る舞いをしてしまえば、我がマイスハント家の醜聞にも繋がります。ですので、次回は是非わたくしの方から出向かせてくださいませ」
「分かりました。では二週間後、改めてこちらから声を掛けさせて頂きますので、その際にご都合をお教えください」

 そう言って、スッとハロルドが立ち上がる。
 それに合わせるように父とローゼリアも席を立つ。

「謝罪に参った分際で長居するのもご迷惑かと思いますので、私はそろそろこの辺で。条件的には厳しいかと思われますが、今回提案させて頂いた男性で、もし気になる人物がいれば遠慮なくおっしゃってください」

「それでは本日は失礼致します」と美しい礼を披露したハロルドは、自分の側近に目配せをし、そのまま扉の方へ向かう。
 その事に気付いたローゼリア達も慌てて見送る為、後に続いた。
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