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7.質が落ちる婚約者候補

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 ハロルドと一時間半程、お茶の時間を過ごしたローゼリアは、その後登城した際に最初に案内された客間の方へと再び案内された。

 その間、兄クライツは第一王子でもあるリカルドからの謝罪の言葉を受け、今まで王族教育で費やされてしまったローゼリアの時間の賠償方法やフィオルドの今後の扱いについて話し合いがされていたのだろう。

 ハロルドが扉をノックし中に入ると、兄と王太子の二人の視線が同時にローゼリア達に注がれた。兄はともかく、王太子でもあるリカルドの視線に応えようと、ローゼリアが美しいカーテシーを披露する。

「リカルド殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「ローゼリア嬢、この度は私達の愚弟がとんだ非礼行為をしてしまい、申し訳なく思う。本当にすまない……」
「いいえ。わたくしの方でもフィオルド殿下に寄り添えなかったという落ち度がございますので」
「寄り添えなかったのは、あなたではなくあのバカ者の方だろう」

 全体の色合いはフィオルドと同じだが、顔の作りはどことなくハロルドに似ているリカルドが意地の悪い笑みを浮かべながら、弟フィオルドを落すような言い方をしてきた。どうやら長男と次男は内面部分が、とても似ているようだ。
 だが兄リカルドは弟ハロルドとは違い、どこか策士的な雰囲気を漂わせている。次期国王である未来を担っているからか、施政者特有の交渉力の高さが窺える。

「兄上、恐れ入りますがローゼリア嬢の前であのバカの話をなさるのは、控えて頂けますか?」
「そうだな。あのようなバカ者の事など、彼女は知りたくもないだろうからな。ローゼリア嬢、大変不快な話題を振ってしまい、失礼した」
「いえ……」

 長兄と次兄二人の王子による第三王子フィオルドの雑な扱いに下手に反応出来ないローゼリアが、そっと視線を落とす。そんな妹の反応を見た兄クライツがフッと顔を背け、口元を押さえた。あきらかに笑を堪えている状態だ。

「お兄様……」

 王族二人の前で不敬とも思われる態度を示したクライツにローゼリアが呆れながら、冷たい視線を送った。すると、その咎める様な妹の視線から逃れるように一度咳ばらいをしたクライツが、急にあからさまな話題変更を行って来た。

「ローゼ、何故か手ぶらのように見えるが、釣り書はどうした? もしや本日ハロルド殿下からは良き縁談話を頂けなかったのか?」
「それは……」

 ローゼリアが返答に困っていると、横にいたハロルドが口を挟む。

「申し訳ない。本日私が紹介した婚約者候補は、あまりにもローゼリア嬢のご希望にそぐわない内容だった為、また改めさせて頂く事にした」
「なるほど。それで妹は手ぶらなのですね。ですが、有能と誉れ高いハロルド殿下が妹の希望を読み違えるとは何とも珍しい……。殿下ならば、前回の妹との会話より、更に魅力的な殿方のご紹介を頂けると思っていたのですが……」
「お兄様!」

 明らかにハロルドを挑発するような物言いをした兄に思わずローゼリアが、強い口調で言葉を遮る。その兄妹の様子にハロルドだけでなく、王太子のリカルドも苦笑を浮かべた。

「クライツ殿のおっしゃる通りだ。誠に面目ない。だが次回は、必ずローゼリア嬢にとって有益な婚約者候補をご紹介しよう」
「ハロルド殿下……。兄の非礼、心より謝罪申し上げます……」
「ローゼ、ハロルド殿下はお心の広い方だ。私のような小者の戯言に目くじらを立てられるようなお方ではないぞ?」
「お兄様は、もう発言を控えるようお願い致します」

 ローゼリアが下からねめつける様に氷のような冷たい視線で兄を睨みつける。
 だが、絶対零度と称されるローゼリアの冷え切った視線に兄クライツは慣れ過ぎてしまっているので、全く効果はない。更に妹を揶揄からかうような態度を強めてきた兄にローゼリアは、もう抗議する事を諦めた。

「リカルド殿下、ハロルド殿下、このままでは兄が更なる不敬に値する発言をしそうで、わたくしは心労により倒れそうです……。誠に申し訳ございませんが、これ以上兄がつけ上がらぬよう本日は退席させて頂きます」

 二人の王子に今日一番のカーテシーを披露したローゼリアは、我が物顔でドッカリと長椅子に座り込んでいる兄を引っ張り上げ、そのまま無理矢理部屋の出口へと連行する。そんな妹からの扱いに兄クライツは苦笑を浮かべながらも、一切抵抗しなかった。それどころか少し立ち止まった後、王族二人に優雅な礼を披露する。

「それではリカルド殿下、ハロルド殿下、また近いうちにご挨拶に伺わせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」

 妹に引きずられながらも余裕な笑みを浮かべ、別れの挨拶を告げてきたクライツに二人の王子達は、何とも言えぬ笑みを返す。そんな空気を一切読まない兄をローゼリアは、強引に部屋の外へと連れ出し、退出した部屋の扉が閉まったと同時にキッと兄を睨みつけた。

「お兄様! いくら何でも殿下方に対して無礼が過ぎます!」
「寛大なお二人が、あのような小さな事をいちいち気にされる訳ないだろう。お前は少し心配し過ぎだ」
「お兄様は、もう少しご自身のお立場をわきまえてくださいませ!」
「全く……。お前は将来確実に小姑になりそうだな……」
「もしそうなった場合、それはお兄様が原因となります」
「何でも兄の所為にするのは、よくないと思うが?」
「この件に関しては、確実にお兄様の所為です!」

 そういって足早に城内の入り口まで兄を引きずるように誘導したローゼリアは、マイスハント家の紋章が入った馬車へと、兄を無理矢理押し込んだ。不満を募らせた妹から、あからさまに雑な扱いを受けたクライツが、ますます苦笑する。そんな兄を無視しながら、ローゼリアも馬車に乗り込む。すると、クライツは悪戯を企むような笑みを向けながら、ローゼリアの顔を覗き込んで来た。

「それで? ハロルド殿下は、今回どのような見当違いの婚約者候補をお前に紹介してきたのだ?」

 あきらかに面白がっている様子の兄にローゼリアが盛大に息を吐く。

「本日ご紹介頂く予定だった殿方は、陛下の信頼も厚い侯爵家や伯爵家のご領主の方々でした」
「すでに領主として家督を継がれている男性達ばかりだったのか? なるほど。今回の婚約者候補は、皆お前より一回り以上も年上という事か……」
「ですが、社交界では素敵な容姿から女性の人気も高く、どの方も有能だと囁かれている方々ばかりでしたわ」
「今はそうであってもあと十年もしたら、その素晴らしい容姿の男性達は加齢臭をまき散らすようになるぞ?」
「お兄様は本当に、失礼極まりない物言いをなさいますね……」
「事実だろう。将来的な事を考えると、もう少し年の近い相手を殿下には見繕って貰った方がいい」
「ですから、次回ハロルド殿下は、そのようにご配慮してくださるとおっしゃっていたではありませんか」
「どうだろうな……。次に紹介して頂く婚約者候補達も、あまり条件の良い相手はではないと思うぞ?」

 兄のその言葉にローゼリアの動きがピタリと止まる。

「どういう意味でしょうか?」
「今、発した言葉そのままの意味だが?」
「そうではなくて! 何故ハロルド殿下が好条件でない婚約者候補しか、ご紹介してくださらないと言い切れるのです?」
「あえて答えるのであれば……何となく?」
「お兄様……おふざけにならないでください。わたくしは、お兄様が野生の勘のような曖昧な感性で物事を考える方ではない事を熟知しております。ですので、そのようなお言葉が出るという事は何か根拠があるからではございませんか?」

 何か思う事があるようだが、それについて一切語ろうとしない兄に対し、ローゼリアは言及する手を緩めない。だがそんな妹を更に揶揄からかうようにクライツは、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま逃げ切る姿勢を見せてきた。

「まぁ、根拠はあると言えばあるが……。ハロルド殿下自身もその根拠となる要因にお気づきでない様子だからな。その為、それを根拠と言う扱いには出来ない。よって『何となく』という表現になってしまう」
「さも深く考察したかのような言い回しで、実は勘のような適当な判断をされている事を堂々と宣言なさらないでください……」
「仕方が無いだろう。私にとって本当に『何となく』という言い方でしか、表現のしようがない状況なのだから」
「お兄様。最近気が緩み過ぎて判断力や、物事を先読みされる感覚が鈍っていらっしゃるのではありませんか?」
「兄に対して、そのような辛辣な言葉を放つお前程ではないが?」

 相変わらずの減らず口で、この追及を躱してくる兄にローゼリアの方もこれ以上深掘りする事は無駄だと悟る。兄が飄々とした態度を取り始めると、まず口を割る事はない。

「たとえお兄様がそのようなお考えでも、わたくしはハロルド殿下が必ず今まで以上に素敵な婚約者候補の殿方を次回ご紹介してくださると信じております」
「ならば賭けるか? お前の言う通り、次にハロルド殿下がご用意してくださる婚約者候補が、更に素晴らしい男性かどうかを」
「分別のある淑女は、賭け事などと言う野蛮な行為は致しません!」
「全く……。お前は本当に冗談が通じないな」

 そんな会話を兄としながら、帰りの馬車の時間を過ごしたローゼリア。
 その時はハロルドが約束を違えるという事が、念頭に一切なかった。

 しかし一週間後、新たにハロルドから紹介された婚約者候補三名は、兄の予想通り、やや微妙な評価を下すしかない候補者達だったのだ。
 それらの釣り書を前回と同じように城内の王族専用と思われるプライベートガーデンで、見せられたローゼリアは思わず眉をひそめてしまった。

「その……王都近くの領地で検討すると、どうしても年齢の問題が出て来てしまい、逆に年齢の方を重視すると、今度は王都より離れるという結果に……」

 自身の不甲斐なさを嘆くようにそう告げてきたハロルドの様子から、ローゼリアは慌ててひそめてしまった眉を元の位置に戻す。

「も、申し訳ございません……。殿下がより良い婚約者候補探しに尽力くださっている事は十分理解しているのですが、その、先程はつい……」
「いいや。当然の反応だ。情けないな……。あれだけあなたが良縁だと思える婚約者候補を紹介すると豪語したのに。結局は、結果をなかなか出せない……」
「そのような事は! その、今回ご紹介頂いたこちらの伯爵令息の方など、父や兄にとっては将来有望と思える条件の方かと……」
「しかし彼の領地は、かなり東の隣国寄りだが?」
「実は現在、東の隣国方面に我が領地の特産品の流通ルートを一部開拓したい地域がございます。現状、我が領地産のワインは東西の隣国での流通ルートは確保しているのですが、三年程前に新たに生産を始めた果実酒を東の隣国方面で売り出したいと父は考えておりまして」

 ローゼリアがそう告げると、今度はハロルドが怪訝な表情を浮かべる。

「果実が特産である東の隣国で、敢えてこちらで製造した果実酒の販売流通ルートを新規開拓されるのか?」
「はい。まず我が領地で製造された果実酒の存在を東の隣国で知って頂き、それを切っ掛けに今度は隣国の果実を使った果実酒を共同で製造する事業を父達は考えております」
「なるほど……。確かにこちらの果実酒の醸造手法は東の隣国では、あまり浸透していないからな。隣国の果実酒はこちらでもご婦人方の間で人気はあるが、男性陣からは甘すぎる事もあり、需要は少ない。だが、こちらの手法で醸造された果実酒ならば、甘さを押さえつつも質の良い隣国産の果実が生み出す芳醇な香りの果実酒が新たに出来そうだな」
「そうなれば女性だけでなく、男性側でも果実酒の需要が出てくるかと思いますので、隣国にとっても悪い話ではないかと」

 すると、何故かハロルドがフッと柔らかな笑みを浮かべる。
 その様子にローゼリアが猫の様に釣り上がった大きな瞳を瞬かせる。

「殿下?」
「いや、それならば今後、私も少しマイスハント伯爵家が計画をされている新事業開拓の助けが出来そうだと思ったのだ」
「どういう事でしょうか?」
「実は帰国後の私は王位継承権を放棄し、臣籍降下を陛下に申し出いるのだが、その際に賜る土地が東の隣国との国境付近の領地が予定されている」
「まぁ……。そのようなお話が……」
「その際は是非お力添えをさせて頂こう」
「殿下にそのように言って頂き、大変心強いです」

 そんな会話で盛り上がっていると、二人の元に向かって足早に近づいてくる人物がいた。いつもハロルドの側で控えている文官も兼任している側近の青年だ。その青年に対して、やや不機嫌そうな表情をハロルドが向ける。

「イース、何だ……」
「殿下、そろそろブライツ伯爵がお見えになる時間でございます」
「伯爵が来られるのは、一時間後だろ。まだ時間ではないはずだが?」
「本日伯爵と話し合われる内容の資料を事前に確認されたいとおっしゃっていたのは、殿下ではございませんか?」
「…………」

 やや呆れ気味な視線を向けてくる自身の側近の言葉で、ハロルドが眉間に皺を寄せながら押し黙る。

「殿下」
「分かっている……。ローゼリア嬢、お呼びだてした手前、本当に申し訳ないのだが、本日はこれで失礼させて頂く。もしご紹介させて頂いた候補者の中で万が一、気になる男性がいれば、遠慮なく声をあげて欲しい」
「畏まりました。一度、父と兄にも相談し、その後ご返答させて頂きます」
「今回もあまりあなたのご要望に添える内容ではなかったと私は認識している。その為、無理に縁談を希望される事はなさらないで欲しい」
「お気遣い、大変痛み入ります」

 すでに立ち上がり、城内の方へ足を向けているハロルドに対して、ローゼリアも立ち上がり、深々と頭をさげながら別れの挨拶用の礼を披露する。
 そのローゼリアの様子をハロルドは、一瞬だけ目も細めながら見つめ返す。
 だがハロルドの方もすぐに姿勢の良い美しい礼をローゼリアに返して来た。

「またご紹介出来る婚約候補者の情報が手に入ったら、お声がけしよう。本日はわざわざ登城頂き、感謝する」

 そう言ってハロルドは颯爽とした足取りで踵を返し、城内の方へ向かって歩き出した。その後ろに先程声を掛けてきたイースと呼ばれた青年が静かに続く。
 その二人の後ろ姿をローゼリアは、しばらく見つめながら見送った。
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