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19.友人との別れ
精霊王が去った後、グッタリとして自分にもたれ掛っているイクレイオスと、とり残されてしまったエリアテールは、その気まずさから途方にくれ始め、軽く空を見上げた。
すると時刻はすっかり夕方のようで徐々に空が赤みを帯び始めている。
「あの、イクレイオス様……。とりあえずあちらのベンチの方でお休みになられますか?」
「ああ……。すまない……」
何とかして気まずい空気を払拭しようとしたエリアテールは、イクレイオスの腕を自分の肩に廻し、半分肩に担ぐような体勢で何とかベンチの方まで誘導させた。しかし、ベンチに座らせたイクレイオスは、エリアテールの左肩に寄りかかる様な状態で今だにグッタリしている。
そして余程辛かったのか、前髪が冷や汗で額にペタリとくっ付いていた。
「もう酷い頭痛は、大分良くなられましたか?」
「ああ……。先ほどの死にたくなる様な痛みが嘘みたいに治まった……」
それを聞いたエリアテールは少し安心し、イクレイオスが倒れない様に軽く片手で支えながら席を立つ。
「では誰か呼んで参りますね?」
そしてイクレイオスが倒れない様にしながら支え手をゆっくり離そうとしたのだが……それを拒むようにイクレイオスに腕を掴まれてしまう。
「誰も呼ぶ必要はない……。このまま少し休めば歩けるようにはなる……」
「ですが……」
「この様な無様な姿を他の者に見せる訳にはいかない……」
そう言ってエリアテールにもベンチに戻るよう目配せをしてきた。
「本当によろしいのですか……? せめてロッドに迎えを……」
「しつこいぞ……。このまま休めば良くなると言っただろう……」
そしてベンチに座り直したエリアテールの左肩口目掛けて、イクレイオスの体が傾き始めた。
しかし、そのイクレイオスの頭部は何故か肩口を避けるようにすり抜け、そのまま左斜め前方に傾きながらエリアテールの膝の上に着地した。
「あの、イクレイ……」
「少しでいい。お前の膝を貸せ……。横になりたい……」
そう言ってグッタリしたままエリアテールの膝の上で瞳を閉じてしまった。
先程に比べればイクレイオスの顔色は大分良くなったが、かなり憔悴し切った表情をしている……。
そんな状態のイクレイオスにエリアテールはおもむろにハンカチを出して、冷や汗で前髪が張り付いているイクレイオスの額を拭った。すると、イクレイオスがうっすらと瞳を開ける。
しかし、余程疲れたのだろう。その瞳は、再びすぐに閉じられた。
そんなイクレイオスの額に張り付いた前髪を直そうと、エリアテールがそっと前髪を掬い上げる。
その触れ方が心地良かったのか安堵の表情を浮かべたイクレイオスは、少しだけ身動きをするもすぐに規則正しい呼吸を始め眠り始めてしまった。
そんなイクレイオスを少しでも休ませようと思ったエリアテールは、自身もそのまま瞳を閉じた。
一方その頃、マリアンヌから連絡を受けたロッドは大股で歩きながら、二人の元へ向かっていた。
二人のいる風呼びの儀を行うバルコニーに行くには、そこへと続く階段の前にある扉の鍵を開けなくては中に入れない。そしてその扉は特殊な作りをしており、開けた後に扉を閉めると、自動で鍵が掛かる仕組みだ。これは風呼びの儀を行う風巫女の安全面を考慮した為、このような作りの扉になっている。風呼びをしている巫女に不用意に不審者が近づけないようにという防犯対策でもある。
そしてその扉の鍵は全部で三つあるのだが……。
一つはエリアテールが。もう一つはイクレイオスが所持していた。
残りの一つはスペアキーとして、城内の鍵保管庫で厳重に管理されている。
通常、ロッドがこのバルコニーを訪れる時は、大体がエリアテールを呼びに行く為だ。
その際は、イクレイオスからその扉の鍵を渡されるので、そこまで手間はかからないのだが……今回に関しては、その鍵を持っている二人がバルコニーに行ってしまっているので、鍵の借りようがない。仕方がないので、今回ロッドは、まず王族であるイシリアーナに鍵を借りる許可を貰い、更に鍵保管庫で申請手続きをし、やっと借りられたのが今の現状だ。
その間に掛った時間は、およそ40分弱……。
マリアンヌから聞いた状況では、イクレイオスの体調がかなり悪かった事も気になるが……。何よりもその体調不良の所為で気が立ってるイクレイオスが、またエリアテールに酷い対応をしていないかを懸念していた。
そんな事を懸念しながらバルコニーに続く階段を一段飛ばしで昇っていたロッドだが、その階段をやけに長く感じてしまい、思わず舌打ちをする。
そしてやっとの思いでバルコニーにいる二人の元に到着したのだが……。
そこには散々周りを振り回した元凶のイクレイオスが、のうのうとエリアテールの膝の上で穏やかな表情をしてながら寝息を立てていたのだ。
その状況を見たロッドのこめかみに一瞬で青筋が立つ。
「どういうおつもりですか? イクレイオス様……」
全体的には笑顔だが、完全に目だけが笑っていないロッドがワナワナと震え出し、イクレイオスに声を掛ける。
そんなロッドの怒りを察したエリアテールが必死に弁解し始めた。
「ロッド、違うの! これには訳があって……」
「エリアテール様! 流石にこれはお怒りになってもよろしいかと思いますよ!」
そう言ってロッドは乱暴に横向きで寝ているイクレイオスのブレザーの後ろ襟に指を引っかけ、エリアテールから引きはがした。そのロッドの行動にエリアテールは、口元を押さえながら唖然とする。
「イクレイオス様! 一体、何を考えていらっしゃるのですかっ!」
「ロッド……。何故お前がここにいる……」
何が起きたか理解出来ない寝起きのイクレイオスが、顔半分を手で押さえながら不機嫌そうにロッドにそう呟いた。そんなイクレイオスを更にロッドがたたみ掛ける。
「ご婚約を申し込むと豪語されていたマリアンヌ様を心配させたまま放置し、挙句の果てには婚約解消を言い渡したエリアテール様の膝の上で、のうのうと寝てらっしゃるとは……神経を疑います!」
幼少期ではよくあった光景だが、久しぶりにイクレイオスを一喝するロッドを見たエリアテールは不謹慎だが、何故か懐かしい気持ちにもなってしまっていた。そんな幼少期の頃のイクレイオスは、いつも屁理屈をこねてロッドを言い負かしていたのだが……。流石に今回のイクレイオスは、それをしなかった。
「本当にすまない……。訳は戻ってから話す。だから自室まで肩を貸してくれ……」
あまりにもしおらしい様子のイクレイオスにロッドが拍子抜けする。
しかし、怠そうに片手で顔を半分覆って俯いているイクレイオスの異変に気付き、ロッドの表情はすぐに主を労う顔つきに変わった。
「やはり何か……面倒事に巻き込まれていらっしゃったのですか……?」
「面倒事どころか、最悪な展開だ……」
両手で頭を抱え込むイクレイオスが忌々しげに吐き捨てた言葉から、やはり最近のイクレイオスの奇行は、何やら普通ではない状況で起こっていた事をロッドが察する。だが、イクレイオスの雰囲気が以前のように戻った事を認識すると、安堵と呆れから大きなため息をこぼす。そして膝を付いてイクレイオスに肩を貸し始めた。
「エリアテール様……。この度は我が主が大変ご迷惑をお掛けした様で……。本当に申し訳ございませんでした」
「気にしないで。それよりも早くイクレイオス様を休ませてあげて?」
「そういう訳には……恐らく参りませんね……」
そう言って、肩を貸している隣のイクレイオスの方へチラリと支線を送る。
「この後、色々と膨大な後処理をなされなければならないので……。ご本人様もその件に関しましては、恐らく死に物狂いで取り組まれるかと思いますから……」
「後処理? 死に物狂い?」
不思議そうな表情をするエリアテールの反応に、ロッドが苦笑した。
「ですが、エリアテール様のおっしゃる通り、少しお休み頂かないと使い物にならないご様子なので、とりあえず本日のみはしっかりとお休み頂くよう手配しておきます」
そう言ってイクレイオスと肩を組むように支えているロッドがエリアテールに一礼をする。
すると肩に担がれているイクレイオスが目を開けた。
「エリア、すまない……。そして本当に助かった……。感謝する……」
弱々しい声でそう告げるイクレイオスの言葉に、エリアテールが少し困惑気味の笑顔を返した。
そして二人が去っていく姿を見ながら、イクレイオスの態度が以前のように戻っている事に気付き始める。
その事に少しだけ安堵したエリアテールは二人が去った後、少し時間をズラしてから自室に戻った。
そんな事があった翌日――――。
エリアテールは午前中からマリーに呼び出され、久しぶりに一緒にお茶を楽しんでいた。
「エリア様……。この度は誠に大変な思いをされたそうで心中お察し申し上げます」
「いえ、そのような大袈裟な事ではないので! それに……」
そこで一端言葉を切り、エリアテールが嬉しそうに一言告げる。
「風の精霊王様とお会い出来たので、大変良い思い出が出来ました!」
「良い思い出……ですか……?」
「はい! サンライズに戻っても姉達に話せる素晴らしい土産話が増えたので!」
その言葉に今回の事の真相をエリアテールが、まだ全く聞かされてない事にマリアンヌが気づく。
そんなマリアンヌ自身は、昨晩イクレイオスから事の真相を説明され、深く謝罪された。
もちろん、婚約を申し込まれた件もその時に白紙に戻っている。
しかし、まだ昨日の今日の事なので、この後エリアテールにはイクレイオスから説明があるのだろうと思い、その件に関しては、下手に深く突っ込まない方がいいと判断した。
そして今回、エリアテールを呼び出した本題を切り出す。
「実は今日お招き致しましたのは、ご報告したい事がございまして……」
そう切り出すマリアンヌにエリアテールは、すぐに婚約の申し入れの件だと悟る。
だが、マリアンヌの口からは全く予想していなかった言葉が放たれた。
「明日の午後に一度実家の方へ戻る為、その前に是非エリア様とお茶をしたくて、ご招待致しました」
その言葉にテーブルにティーカップを置こうとしていたエリアテールの手が止まる。
「ご実家に? で、ですが、その、もう準備する為のお日にちが――――」
「一度、実家に戻り、エリア様の為に色々と準備をしたいのです」
「わたくしの? あの……話の先がよく見えないのですが……」
「その件に関しましては、後日イクレイオス様よりご説明があるかと思いますので、少しお待ち頂ければと思います」
そう言ってマリアンヌはにっこり微笑み、それ以上は追及させない雰囲気をやんわりと醸し出す。その様子から、もしやマリアンヌとイクレイオスが婚約した事は、ギリギリまで口外してはいけないのかと、エリアテールは解釈し、それ以上追及するのをやめた。
しかし、そうなるとマリアンヌと過ごせる時間は、あまりない事にも気付く。
「あの、でしたら……今後ご迷惑にならない範囲で構いませんので、是非わたくしとお手紙のやりとりをして頂けませんか?」
マリアンヌとの友情に名残惜しいエリアテールがそう申し出ると、マリアンヌは初めて会った時に見せた花がほころぶような笑顔を披露する。
「ええ! 是非!」
そして手紙の届け先を書いたメモをエリアテールに渡してきた。
しかし何故かエリアテール方も自分の手紙の届け先を書いたメモを渡して来たのだ。
その届け先は、エリアテールの実家のサンライズ宛だった事を確認したマリアンヌが困ったように苦笑を浮かべる。しかしそれ以上、余計な事を言わない方が良いと判断し、そのままやり過ごす事にした。
そんなやり取りを二人がしていると、部屋の扉がノックされる。
その扉をマリアンヌ付きの侍女が扉を開けると、イシリアーナ付きの侍女が入ってきた。
「ご歓談中のところ失礼致します。本日はイシリアーナ様よりお言付けの為、参りました。本日の午後、イシリアーナ様よりエリアテール様と是非お茶をご一緒にされたいという事なので、ご都合の確認に参りました」
そう言われたエリアテールだが……。
実は先日出したアレクシスから手紙の返事が来ており、その返事を今日中に書かなければならなかった。
「ごめんなさい……。実はアレク様へのお手紙のお返事を早急にしなければいけないので、今日はちょっと……」
その返事を聞いた侍女は少し残念そうな顔をした。しかし……
「かしこまりました。ではイシリアーナ様には本日はお忙しい為、ご辞退されるとお伝えしておきます」
そうして侍女は美しい礼をして、再び部屋を後にした。
だが、その話を聞いていたマリアンヌは、今エリアテールが多忙だという事に気付く。
「エリア様、本日はお忙しいようなので、よろしければそちらを優先させてくださいませ」
「ですが……折角マリー様と久しぶりにお茶を……」
「王太子アレクシス様宛のお急ぎなお手紙のお返事ですよね? わたくしの事は気になさらず、どうぞ。お茶はまたの機会にいつでも出来るではありませんか」
「でも……」
そのまたの機会が、今後はなくなると思い込んでるエリアテールが渋り出す。
「今度は是非、我が家のお茶会にご招待させてください。ですから今回は、ね?」
「ではお言葉に甘えて……。そのお誘いが来るのを心待ちにしております」
「はい!」
そう言ってエリアテールは、礼をした後マリアンヌの部屋を出て行った。
残されたマリアンヌは、自室の隅に置いてある大きな箱に目をやる。
二日前、婚約披露宴用のドレスだと言われ、この部屋に運ばれて来た物だ。
中身などの確認は一切せずに、そのままの状態で置いてある。
そしてマリアンヌは衣裳用クローゼットを開け、中から小さな箱を取り出す。
これは以前、リンゴ園の視察に行った際に呪いが掛かった状態のイクレイオスから贈られたブローチだ。
そのブローチの入った箱をそのドレスの箱の上にそっと置いた。
そして翌日……。
それらを部屋に残し、マリアンヌは予定よりも早い午前中に実家へと帰った。
すると時刻はすっかり夕方のようで徐々に空が赤みを帯び始めている。
「あの、イクレイオス様……。とりあえずあちらのベンチの方でお休みになられますか?」
「ああ……。すまない……」
何とかして気まずい空気を払拭しようとしたエリアテールは、イクレイオスの腕を自分の肩に廻し、半分肩に担ぐような体勢で何とかベンチの方まで誘導させた。しかし、ベンチに座らせたイクレイオスは、エリアテールの左肩に寄りかかる様な状態で今だにグッタリしている。
そして余程辛かったのか、前髪が冷や汗で額にペタリとくっ付いていた。
「もう酷い頭痛は、大分良くなられましたか?」
「ああ……。先ほどの死にたくなる様な痛みが嘘みたいに治まった……」
それを聞いたエリアテールは少し安心し、イクレイオスが倒れない様に軽く片手で支えながら席を立つ。
「では誰か呼んで参りますね?」
そしてイクレイオスが倒れない様にしながら支え手をゆっくり離そうとしたのだが……それを拒むようにイクレイオスに腕を掴まれてしまう。
「誰も呼ぶ必要はない……。このまま少し休めば歩けるようにはなる……」
「ですが……」
「この様な無様な姿を他の者に見せる訳にはいかない……」
そう言ってエリアテールにもベンチに戻るよう目配せをしてきた。
「本当によろしいのですか……? せめてロッドに迎えを……」
「しつこいぞ……。このまま休めば良くなると言っただろう……」
そしてベンチに座り直したエリアテールの左肩口目掛けて、イクレイオスの体が傾き始めた。
しかし、そのイクレイオスの頭部は何故か肩口を避けるようにすり抜け、そのまま左斜め前方に傾きながらエリアテールの膝の上に着地した。
「あの、イクレイ……」
「少しでいい。お前の膝を貸せ……。横になりたい……」
そう言ってグッタリしたままエリアテールの膝の上で瞳を閉じてしまった。
先程に比べればイクレイオスの顔色は大分良くなったが、かなり憔悴し切った表情をしている……。
そんな状態のイクレイオスにエリアテールはおもむろにハンカチを出して、冷や汗で前髪が張り付いているイクレイオスの額を拭った。すると、イクレイオスがうっすらと瞳を開ける。
しかし、余程疲れたのだろう。その瞳は、再びすぐに閉じられた。
そんなイクレイオスの額に張り付いた前髪を直そうと、エリアテールがそっと前髪を掬い上げる。
その触れ方が心地良かったのか安堵の表情を浮かべたイクレイオスは、少しだけ身動きをするもすぐに規則正しい呼吸を始め眠り始めてしまった。
そんなイクレイオスを少しでも休ませようと思ったエリアテールは、自身もそのまま瞳を閉じた。
一方その頃、マリアンヌから連絡を受けたロッドは大股で歩きながら、二人の元へ向かっていた。
二人のいる風呼びの儀を行うバルコニーに行くには、そこへと続く階段の前にある扉の鍵を開けなくては中に入れない。そしてその扉は特殊な作りをしており、開けた後に扉を閉めると、自動で鍵が掛かる仕組みだ。これは風呼びの儀を行う風巫女の安全面を考慮した為、このような作りの扉になっている。風呼びをしている巫女に不用意に不審者が近づけないようにという防犯対策でもある。
そしてその扉の鍵は全部で三つあるのだが……。
一つはエリアテールが。もう一つはイクレイオスが所持していた。
残りの一つはスペアキーとして、城内の鍵保管庫で厳重に管理されている。
通常、ロッドがこのバルコニーを訪れる時は、大体がエリアテールを呼びに行く為だ。
その際は、イクレイオスからその扉の鍵を渡されるので、そこまで手間はかからないのだが……今回に関しては、その鍵を持っている二人がバルコニーに行ってしまっているので、鍵の借りようがない。仕方がないので、今回ロッドは、まず王族であるイシリアーナに鍵を借りる許可を貰い、更に鍵保管庫で申請手続きをし、やっと借りられたのが今の現状だ。
その間に掛った時間は、およそ40分弱……。
マリアンヌから聞いた状況では、イクレイオスの体調がかなり悪かった事も気になるが……。何よりもその体調不良の所為で気が立ってるイクレイオスが、またエリアテールに酷い対応をしていないかを懸念していた。
そんな事を懸念しながらバルコニーに続く階段を一段飛ばしで昇っていたロッドだが、その階段をやけに長く感じてしまい、思わず舌打ちをする。
そしてやっとの思いでバルコニーにいる二人の元に到着したのだが……。
そこには散々周りを振り回した元凶のイクレイオスが、のうのうとエリアテールの膝の上で穏やかな表情をしてながら寝息を立てていたのだ。
その状況を見たロッドのこめかみに一瞬で青筋が立つ。
「どういうおつもりですか? イクレイオス様……」
全体的には笑顔だが、完全に目だけが笑っていないロッドがワナワナと震え出し、イクレイオスに声を掛ける。
そんなロッドの怒りを察したエリアテールが必死に弁解し始めた。
「ロッド、違うの! これには訳があって……」
「エリアテール様! 流石にこれはお怒りになってもよろしいかと思いますよ!」
そう言ってロッドは乱暴に横向きで寝ているイクレイオスのブレザーの後ろ襟に指を引っかけ、エリアテールから引きはがした。そのロッドの行動にエリアテールは、口元を押さえながら唖然とする。
「イクレイオス様! 一体、何を考えていらっしゃるのですかっ!」
「ロッド……。何故お前がここにいる……」
何が起きたか理解出来ない寝起きのイクレイオスが、顔半分を手で押さえながら不機嫌そうにロッドにそう呟いた。そんなイクレイオスを更にロッドがたたみ掛ける。
「ご婚約を申し込むと豪語されていたマリアンヌ様を心配させたまま放置し、挙句の果てには婚約解消を言い渡したエリアテール様の膝の上で、のうのうと寝てらっしゃるとは……神経を疑います!」
幼少期ではよくあった光景だが、久しぶりにイクレイオスを一喝するロッドを見たエリアテールは不謹慎だが、何故か懐かしい気持ちにもなってしまっていた。そんな幼少期の頃のイクレイオスは、いつも屁理屈をこねてロッドを言い負かしていたのだが……。流石に今回のイクレイオスは、それをしなかった。
「本当にすまない……。訳は戻ってから話す。だから自室まで肩を貸してくれ……」
あまりにもしおらしい様子のイクレイオスにロッドが拍子抜けする。
しかし、怠そうに片手で顔を半分覆って俯いているイクレイオスの異変に気付き、ロッドの表情はすぐに主を労う顔つきに変わった。
「やはり何か……面倒事に巻き込まれていらっしゃったのですか……?」
「面倒事どころか、最悪な展開だ……」
両手で頭を抱え込むイクレイオスが忌々しげに吐き捨てた言葉から、やはり最近のイクレイオスの奇行は、何やら普通ではない状況で起こっていた事をロッドが察する。だが、イクレイオスの雰囲気が以前のように戻った事を認識すると、安堵と呆れから大きなため息をこぼす。そして膝を付いてイクレイオスに肩を貸し始めた。
「エリアテール様……。この度は我が主が大変ご迷惑をお掛けした様で……。本当に申し訳ございませんでした」
「気にしないで。それよりも早くイクレイオス様を休ませてあげて?」
「そういう訳には……恐らく参りませんね……」
そう言って、肩を貸している隣のイクレイオスの方へチラリと支線を送る。
「この後、色々と膨大な後処理をなされなければならないので……。ご本人様もその件に関しましては、恐らく死に物狂いで取り組まれるかと思いますから……」
「後処理? 死に物狂い?」
不思議そうな表情をするエリアテールの反応に、ロッドが苦笑した。
「ですが、エリアテール様のおっしゃる通り、少しお休み頂かないと使い物にならないご様子なので、とりあえず本日のみはしっかりとお休み頂くよう手配しておきます」
そう言ってイクレイオスと肩を組むように支えているロッドがエリアテールに一礼をする。
すると肩に担がれているイクレイオスが目を開けた。
「エリア、すまない……。そして本当に助かった……。感謝する……」
弱々しい声でそう告げるイクレイオスの言葉に、エリアテールが少し困惑気味の笑顔を返した。
そして二人が去っていく姿を見ながら、イクレイオスの態度が以前のように戻っている事に気付き始める。
その事に少しだけ安堵したエリアテールは二人が去った後、少し時間をズラしてから自室に戻った。
そんな事があった翌日――――。
エリアテールは午前中からマリーに呼び出され、久しぶりに一緒にお茶を楽しんでいた。
「エリア様……。この度は誠に大変な思いをされたそうで心中お察し申し上げます」
「いえ、そのような大袈裟な事ではないので! それに……」
そこで一端言葉を切り、エリアテールが嬉しそうに一言告げる。
「風の精霊王様とお会い出来たので、大変良い思い出が出来ました!」
「良い思い出……ですか……?」
「はい! サンライズに戻っても姉達に話せる素晴らしい土産話が増えたので!」
その言葉に今回の事の真相をエリアテールが、まだ全く聞かされてない事にマリアンヌが気づく。
そんなマリアンヌ自身は、昨晩イクレイオスから事の真相を説明され、深く謝罪された。
もちろん、婚約を申し込まれた件もその時に白紙に戻っている。
しかし、まだ昨日の今日の事なので、この後エリアテールにはイクレイオスから説明があるのだろうと思い、その件に関しては、下手に深く突っ込まない方がいいと判断した。
そして今回、エリアテールを呼び出した本題を切り出す。
「実は今日お招き致しましたのは、ご報告したい事がございまして……」
そう切り出すマリアンヌにエリアテールは、すぐに婚約の申し入れの件だと悟る。
だが、マリアンヌの口からは全く予想していなかった言葉が放たれた。
「明日の午後に一度実家の方へ戻る為、その前に是非エリア様とお茶をしたくて、ご招待致しました」
その言葉にテーブルにティーカップを置こうとしていたエリアテールの手が止まる。
「ご実家に? で、ですが、その、もう準備する為のお日にちが――――」
「一度、実家に戻り、エリア様の為に色々と準備をしたいのです」
「わたくしの? あの……話の先がよく見えないのですが……」
「その件に関しましては、後日イクレイオス様よりご説明があるかと思いますので、少しお待ち頂ければと思います」
そう言ってマリアンヌはにっこり微笑み、それ以上は追及させない雰囲気をやんわりと醸し出す。その様子から、もしやマリアンヌとイクレイオスが婚約した事は、ギリギリまで口外してはいけないのかと、エリアテールは解釈し、それ以上追及するのをやめた。
しかし、そうなるとマリアンヌと過ごせる時間は、あまりない事にも気付く。
「あの、でしたら……今後ご迷惑にならない範囲で構いませんので、是非わたくしとお手紙のやりとりをして頂けませんか?」
マリアンヌとの友情に名残惜しいエリアテールがそう申し出ると、マリアンヌは初めて会った時に見せた花がほころぶような笑顔を披露する。
「ええ! 是非!」
そして手紙の届け先を書いたメモをエリアテールに渡してきた。
しかし何故かエリアテール方も自分の手紙の届け先を書いたメモを渡して来たのだ。
その届け先は、エリアテールの実家のサンライズ宛だった事を確認したマリアンヌが困ったように苦笑を浮かべる。しかしそれ以上、余計な事を言わない方が良いと判断し、そのままやり過ごす事にした。
そんなやり取りを二人がしていると、部屋の扉がノックされる。
その扉をマリアンヌ付きの侍女が扉を開けると、イシリアーナ付きの侍女が入ってきた。
「ご歓談中のところ失礼致します。本日はイシリアーナ様よりお言付けの為、参りました。本日の午後、イシリアーナ様よりエリアテール様と是非お茶をご一緒にされたいという事なので、ご都合の確認に参りました」
そう言われたエリアテールだが……。
実は先日出したアレクシスから手紙の返事が来ており、その返事を今日中に書かなければならなかった。
「ごめんなさい……。実はアレク様へのお手紙のお返事を早急にしなければいけないので、今日はちょっと……」
その返事を聞いた侍女は少し残念そうな顔をした。しかし……
「かしこまりました。ではイシリアーナ様には本日はお忙しい為、ご辞退されるとお伝えしておきます」
そうして侍女は美しい礼をして、再び部屋を後にした。
だが、その話を聞いていたマリアンヌは、今エリアテールが多忙だという事に気付く。
「エリア様、本日はお忙しいようなので、よろしければそちらを優先させてくださいませ」
「ですが……折角マリー様と久しぶりにお茶を……」
「王太子アレクシス様宛のお急ぎなお手紙のお返事ですよね? わたくしの事は気になさらず、どうぞ。お茶はまたの機会にいつでも出来るではありませんか」
「でも……」
そのまたの機会が、今後はなくなると思い込んでるエリアテールが渋り出す。
「今度は是非、我が家のお茶会にご招待させてください。ですから今回は、ね?」
「ではお言葉に甘えて……。そのお誘いが来るのを心待ちにしております」
「はい!」
そう言ってエリアテールは、礼をした後マリアンヌの部屋を出て行った。
残されたマリアンヌは、自室の隅に置いてある大きな箱に目をやる。
二日前、婚約披露宴用のドレスだと言われ、この部屋に運ばれて来た物だ。
中身などの確認は一切せずに、そのままの状態で置いてある。
そしてマリアンヌは衣裳用クローゼットを開け、中から小さな箱を取り出す。
これは以前、リンゴ園の視察に行った際に呪いが掛かった状態のイクレイオスから贈られたブローチだ。
そのブローチの入った箱をそのドレスの箱の上にそっと置いた。
そして翌日……。
それらを部屋に残し、マリアンヌは予定よりも早い午前中に実家へと帰った。
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貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
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❈ 作者独自の世界観です。
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