風巫女と精霊の国

もも野はち助

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22.贈り物の代償

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 イクレイオスより示談金の支払い義務を突き付けられたエリアテールは一瞬、言葉を失った後、そのまま固まってしまった。

 確かに婚約解消を言い出した側には、先方に慰謝料と称する示談金を支払わなければならない。
 エリアテールの場合、コーリングスターで過ごした11年間分の自分に対して使われた衣食住での接待費が、それに該当する。特に衣類に関しては、王太子の婚約者として全てオーダーメイドの一級品を贈られる事が多かった為、その金額は想像するだけで恐ろしい額だ。

 しかし、エリアテールの風巫女としての派遣費用もそれなりに高い。
 現サンライズの風巫女の中では、一番強力な風を起こせるエリアテールの風巫女の派遣費用は特に破格だ。それを踏まえ、この先30年ほど無償で風巫女としてこの国に貢献すれば、返せない金額ではない事に気付いたエリアテールは、凛とした表情をイクレイオスに向けた。

「そちらの件に付きましては、わたくしにも考えがございます」
「ほぅ? 言ってみろ」
「その示談金の返済額に達するまで、無償でこの国にお仕え致します!」

 その言葉を聞いたイクレイオスが盛大にため息をつく。

「それまで何十年かかると思っているのだ……」
「例え何十年掛かろうとも、わたくしは一生を掛けてでも必ず返済致します!」

 そうまでして婚約解消を望むエリアテールに対して、自身の怒りが徐々に込み上がって来る事をイクレイオスが実感し始める。確かに自分が呪いに掛かった所為で、エリアテールを悲しませ、挙句の果てに婚約解消を言い出すまで追い詰めてしまった事は自身の落ち度であり、婚約解消を望まれても仕方のない部分もある。

 だが呪いの所為でもあった為、不可抗力な状況でもあったのだ。
 そもそも先程から、その件を説明しようとしているのに何故かエリアテールは、邪魔するかのようにイクレイオスの言葉を遮るように口を開く。もはや故意で弁明の機会を奪っているのではと勘繰りたくもなってしまう……。

 だが今回、何よりもイクレイオスを不快にさせたのは、エリアテールは自身では対応出来ない不測の事態が発生した時は、必ずと言っていい程、自国の王太子であるアレクシスに頼るという部分だ。

 精霊達が姿を見せない状況で悩んでいた時も。
 イクレイオスの態度が何の前触れもなく急に冷たくなった時も。
 婚約解消を自身で検討し始めた時も……。

 エリアテールは毎回アレクシスにはすぐに相談するのだが……。イクレイオスに対しては相談どころか、そのまま自分で抱え込んでしまう事が多い。今回の騒動で、その事をかなり痛感したイクレイオス。
 エリアテールの中では、困った事が起きた時はアレクシスに相談すれば、きっと何とかしてくれるという絶対的信頼感があるのだろう。


 その状況が面白くないイクレイオスは、今回エリアテールがアレクシスに助けを求められない状況に追い込んでやろうと意地の悪い事を企み出す。

「確かに衣食住に関しての接待費用のみならば、お前が30~40年程無償で風巫女の力をこの国に提供すれば、返せない額ではない」

 イクレイオスのその言葉に、エリアテールの表情が微かに安堵感で和らいだ。
 しかし、イクレイオスは更にエリアテールを追い込む為の言葉を続けた。

「だがお前には、もっと高額の支払いをしなければならない物があるはずだが?」
「高額……。それはわたくしに対して発生した人件費などの事を言われているのでしょうか」
「それもあるが……もっと分かりやすい高額の品が動いた事が何度もあったはずだ」

 イクレイオスのその言い方で、エリアテールがある事を思い出した。

「もしや……毎年贈ってくださった誕生祝いのお品の事でございますか?」
「それだ。あれは全て一流の職人にオーダーメイドで作らせた装飾品ばかりだ。しかも使ったダイヤモンドに関しては、最高品質の物をあしらっている。それらの品の代償は小国であるサンライズでは、国の存亡にかかわるくらい支払い切れない額になるが……。それは、どうするつもりだ?」

 まるで勝ち誇るように意地の悪い笑みwを浮かべているイクレイオスに対し、エリアテールの方も何故か自信に満ちた表情を返す。

「ご安心ください! このような事態に備え、その品々に関しては万全な対策をしておりました!」
「万全な対策?」
「毎年頂いていた誕生祝いのお品なのですが……。初めて頂いた7歳のお誕生日の品以外は、全て未使用な状態のまま、サンライズの宝物庫にて厳重に保管頂いております!」

 自信満々でそう宣言したエリアテールの言葉にイクレイオスは、大きく目を見開き、唇を震わせた。

「お前……まさか……」

 更にこめかみに青筋を立てて、小刻みに震え出す。

「今まで私が贈ったそれらの品を一度も手に取った事すら無いのかっ!?」

 そう叫んだイクレイオスは、またしてもテーブルに両手を叩きつける。
 再び鬼の形相と化したイクレイオスに怯えたエリアテールは、ソファーの背にへばりつく様な体勢になってしまった。

「で、ですが……あの様な高価な品は、わたくしの様な者には身に余るお品物だったので……」
「だからと言って婚約者から贈られた物を一度も手にしないまま放置するなど……。お前は私をバカにしているのかっ!?」

 テーブルに両手を突いたまま、身を乗り出す様な体勢でエリアテールを責め立てるイクレイオス。そのあまりの素覚ましい剣幕さにエリアテールは、ソファーの背もたれにへばり付き、ぎゅっと目を閉じながら大声で叫ぶ。

「ですが、このような日が必ず訪れると思っていたので、わたくしは自身が出来る最善の対策をしていただけです!」

 そのエリアテールの言葉で部屋が静まり返った。
 すると、イクレイオスがテーブルに両手を付いたまま、脱力するようにガクリと項垂れた。
 しかし……すぐに不気味な笑い声を立て始める。

「そうか……。お前の気持ちは、よーく分かった……」

 そしてゆっくりと顔を上げ、ふんぞり返るように両腕と両足を組むんでソファーに腰を下ろす。

「だが先ほども伝えたが、それらは一流の職人がお前の為に・・・・・デザインし、お前専用に・・・・・作られた品だ! いくら未使用とは言え、そのまま返品されてもお前の手を離れた時点で、その品に掛かった費用の価値はもうすでにない! そもそも誰が婚約解消された曰く付きの装飾品に対して、高額を出してまで欲しがるのだ!? このような品は売却すら出来ない!!」

 イクレイオスの怒声にエリアテールがビクリと肩を震わせた。

「その為、ただ品を返せばいいという問題ではない! お前が背負わなくてはならない示談金の金額は、当時これらの品を用意した際に発生した費用だ! 言っておくが……その金額は、お前が100年無償で風巫女として仕えたとしても、決して払える額ではないぞ!?」

 立て続けに放たれるイクレイオスの厳しい言葉にエリアテールの顔が、一気に青ざめる。

「そしてお前が支払えなかった金額は、その後ろ盾であるサンライズ王家に請求が行く……。すなわち! お前の所為で自国が借金まみれになるという事だ!!」

 青ざめたエリアテールは、そのまま祈る様に両手を組み、小刻みに震えだす。

「どうしても私と婚約を解消したいのであれば……自国を滅ぼす覚悟でしろ!!」

 流石に贈り物に全く手を付けられていなかった事実が、よほど衝撃的だったのか……。もう徹底的にエリアテールを追いつめると決めたイクレイオスの表情は、いつもの見目麗しい王太子ではなく、悪人ヅラと化していた。
 しかし、そんな不敵な笑みを浮かべていたイクレイオスだが……その笑みは次の瞬間、一気に凍り付く。

 茫然とした状態のエリアテールの瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ始めたからだ……。

 この11年間、イクレイオスがエリアテールを泣かせてしまう事は多々あった。
 だが、今のこれは……絶対にさせてはいけない泣かせ方だ。
 本能的にそう感じたイクレイオスは、エリアテールのその様子に息をのむ。

 そんなエリアテールは、いつの間にか自分が泣いていた事にやっと気付く。
 今のエリアテールの頭の中は、イクレイオスとマリアンヌの幸せと、自国であるサンライズの存在の二つが天秤にかけられている状態だ。そしてそれはどちらを選んでも、誰かが悲しむ結末が必ず訪れる……。
 その逃れられない状況から頭の中がグチャグチャになり、いつの間にかボロボロと泣き出している自分がいたのだ。

 そんな自分の情けなさを恥じたエリアテールは、グッと唇と噛み涙を堪える。
 泣きたいのは自分ではない。それは惹かれ合っているのに身を引くしかない状況のイクレイオスとマリアンヌの方だと……。
 しかし、その事を理解していても涙は一切止まる気配はない……。
 現状全く改善策が見いだせないエリアテールの不安な気持ちと共に、ボロボロと瞳から溢れ出てしまう。
 その不安を何とか抑え込もうと、エリアテールはハンカチを取り出し、強めに両目を圧迫した。
 すると、気持ちと共に徐々に涙がおさまって来る。
 やっと涙を抑え込む事に成功したエリアテールは、静かに深呼吸した後、ゆっくりと口を開いた。
 

「急に取り乱してしまい、大変申し訳ございません……」

 目尻にジワリと溜まり出した涙を堪えながら、エリアテールがポツリと呟く。

「これ以上、自国に迷惑をかける訳には参りません……。イクレイオス様にとっては不本意かと存じますが、今後はこの国の為に精一杯尽力させて頂く所存でございます。お心苦しいとは思いますが、どうぞ今後も末永くお付き合いさせて頂くようお願い申し上げます……」

 何かから耐えるようにエリアテールは、両手で自身の膝上部分のドレスをぎゅっと握り締めて俯いた。その反動で、手の甲にはポタリと涙が一粒落ちる……。
 その思い詰めたエリアテールの様子から、やっと自身が放った言葉の殺傷力をイクレイオスが自覚する。
 正直、ここまで追い詰めるつもりは無かったイクレイオスは、胸にチリチリとした嫌な痛みを感じ始める。そして自身で深く傷付けてしまったエリアテールの頬に触れようと、思わずテーブル越しに腕を伸ばしかけた。

 しかしそのタイミングで、部屋の扉が乱暴にノックされる。
 その音でエリアテールは顔を上げ、イクレイオスは慌てて腕を引っ込めた。
 すると側近のロッドが入室許可をする前に息を切らして部屋へと駆け込んできた。

「ロッド……。まだ入室許可は出していな……」
「申し訳ございません!! 火急の事態ゆえ、無礼を承知で入室させて頂きました!!」
「火急?」
「それがつい先ほど……アレクシス様がこちらにお見えになりまして……」

 それを聞いた瞬間、イクレイオスとエリアテールが同時にビクリと肩を震わせる。

「エリアテール様とのご婚約について、早急にイクレイオス様とお話をされたいと……。只今、イクレイオス様の書斎にてお待ち頂いてる状態でございます!」

 その言葉を聞いたイクレイオスは、背中にゾクリとした寒気を感じた。
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