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23.アレクシス襲来
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ロッドからの報告を受け、足早に自室の書斎に向かうイクレイオスだが、今から会う人物の事を思うと、その足取りは先程よりも更に重くなっていた……。
恐らくアレクシスは、ここ最近エリアテールが送っていた手紙内容から、イクレイオスに対してかなり腹を立てているのだろう。そうでなければイクレイオス同様に多忙なアレクシスが、何の前触れもなくいきなりこの国にはやっては来ない……。
そんなアレクシスの今回の目的は、エリアテールとイクレイオスの婚約解消だろう。
そうなると今から会うアレクシスは、ここ最近のイクレイオスの行動について念入りに調査をし、婚約解消ではなく婚約破棄の方向で話を進めてくる可能性が高い。
しかも人の揚げ足をとる事に掛けてはイクレイオスの遥か上を行くアレクシスなので、先程の示談金の話で言いくるめる事が出来たエリアテールとは違い、一筋縄ではいかない相手だ。
正直なところ、今のイクレイオスにとっては非常に会いたくない人物である。
そんな強敵のアレクシスを相手にするので、エリアテールは先程の部屋から出さないようとロッドに命じ、監禁状態で足止めをしてきた。 もはや頑固状態に突入したエリアテールだけでも対応に苦戦してしまう状況下で、更に口から生まれたかのような男であるアレクシスの相手をするなど、考えただけでも頭が痛くなる……。
そもそも頑なに自分の主張を曲げないエリアテールが、イクレイオスでも苦戦必須のアレクシスとの話し合いに参戦すれば、更に話がややこしくなるだけでなく、イクレイオスがもっとも望まない方向話が進み、最悪な事態を招く事は一目瞭然だった。
そんなイクレイオスにとって、この状況は人生で初となる窮地に追い込まれた状況だ。
切羽詰まった進捗状況で準備が上手く進まない婚約披露宴。
イクレイオスの為だと言って婚約解消を強く望むエリアテール。
極めつけが、たたみ掛けるように婚約解消の話をしてくるであろうアレクシス。
ただでさえ婚約披露宴準備で三日間ろくに寝ていないイクレイオスは、もう頭を抱えたくなる……。だが、無情にも今目の前にはアレクシスが待つ書斎の扉が、イクレイオスを待ち構えているのだ。
そんな状況に大きく息を吐いたイクレイオスは、気合を入れるように扉をノックして入室する。すると、いつもは笑顔を絶やさないアレクシスが、珍しく無表情で出迎えてきた。
「やあ、イクス。久しぶりだね」
当たり障りのない挨拶で声を掛けてきたアレクシスだが……その口調と表情からは、いつもの愛想の良い様子は一切感じられなかった。そんなアレクシスに気まずそうに短く返答をしたイクレイオスは、かなり警戒しながらアレクシスの向かいのソファーに腰掛ける。
すると、アレクシスが内ポケットから2通の手紙をテーブルの上に滑らすように出してきた。恐らくこの2通には、イクレイオスがエリアテールにしてしまった問題行動の件で相談している内容が綴られているのだろう……。それは今目の前にいるアレクシスの様子から、容易に想像出来てしまう。
するとアレクシスが無表情のまま、その手紙の存在を主張するようにテーブルの上を指でトントンと叩いた。
「これさ、今から二週間前に僕宛でエリアから送られて来た手紙なんだけど……。この内容からだと現在の君らは、あまり上手く行っていないようだね……」
エリアテールに限らずサンライズの巫女達は、派遣先に滞在中の期間に三日に一度のペースでサンライズ王家に現状どのように過ごしているか報告する事が義務付けられている。その主な目的は、派遣先で巫女達が辛い思いや虐げられるような目に遭っていないかの確認も兼ねていたからだ。
ちなみに今から二週間前だと……丁度、呪いに掛った状態のイクレイオスがエリアテールの手を振り払ったり、豊穣祭をマリアンヌと観覧してしまった一番辛辣な対応をしてしまっていた時期となる。何とも間の悪いタイミングで、エリアテールはアレクシスに手紙を出したのかと、イクレイオスが心の中で舌打ちする。
いくら水の上位精霊かけた呪いの影響で、不可抗力だった状況だったとしてもイクレイオスが公の場で、長年婚約者として寄り添ってくれたエリアテールを邪険にした事実は覆せないからだ……。
同時にアレクシスが、その不可抗力だった状況を汲んでくれるとも思えなかった。
案の定、目の前にいるアレクシスは珍しい程、不機嫌そうな様子を露わにしている。
その状況から、早めに呪いに掛かってしまっていた事を訴えようとイクレイオスが口を開く。
「その件についてだが……」
言い訳なような説明になる為、イクレイオスの声も控えめになる。するとイクレイオスの言葉を遮るようにアレクシスは、もう一通手紙をテーブルの上に滑らせる。
「で、これが三日前に僕の元に届いた手紙だ。ちょうど君がエリアに婚約解消を言い渡し、マリアンヌ嬢だっけ? そのご令嬢と婚約したいと告げた日かな?」
そう語るアレクシスの表情は、まるでイクレイオスを軽蔑するかの表情だ。
「アレク! その件に関しては、複雑な事情が――っ」
するとアレクシスは更に手紙をもう一通内ポケットから出し、今度はそれをテーブルの上にパシンと叩きつけるように置いた。その手紙に押された封蝋印にイクレイオスが目を見張る。
「知っているよ。君は水の上位精霊から受けた呪いに掛かっていたそうだね?」
「…………母上か」
「エリアから婚約解消を希望する手紙を受けとった日、僕がイシリアーナ様に手紙で詳細を伺ったんだ。イシリアーナ様は、早々に事の真相を綴ったこの手紙でお返事をくださったよ?」
一瞬だけフッと笑うアレクシスだが……目だけは相変わらず全く笑っていない。
「ならば、お前は一体ここに何しに来たのだ?」
「何ってエリアの要望に応える為、君達の婚約解消の手続きに来たのだけれど?」
「待て! お前は、私が呪いに掛かっていた経緯を母から聞いたのだろう!?」
「うん。イシリアーナ様からは伺った。でもエリアからは、何も聞いていない」
そこであえてアレクシスは、一端言葉を切る。
「すなわち……エリアからは婚約解消を撤回したいという声が、僕の所に一切上がってきていない」
アレクシスのその言葉にイクレイオスが、ピクリと動きを止めた。
「ねぇ、イクス。おかしいと思わないかい? どうして君の母君のイシリアーナ様からは、君が呪いから解放された翌日、早々にその件を僕に教えてくださる手紙を寄越してくれたのに……。どうして当事者であるエリアからは、その日一日中待っても状況説明の手紙が一切送られて来なかったのかな?」
緩やかに微笑みながらイクレイオスを問うアレクシスの目は、やはり全く笑っていない。アレクシスのその態度から、相当腹を立てている事を察したイクレイオスは、その厄介な状況に思わず出てしまいそうな舌打ちをグッと堪えた。
「エリアの性格なら君からそういう説明があれば、大慌てで婚約解消を撤回する内容で僕に手紙を寄越してくれるはずだよね? なのに何故エリアからのその手紙が、僕の元には届いていないのかな?」
「それは……」
「代わりに僕が答えてあげようか? それは君が今回呪いに掛かってしまった詳細や経緯をエリアにしっかり話していないからだよね?」
そう突っ込まれたイクレイオスは、何も言い返せず無言になる。
そんなイクレイオスを追いつめた獲物を見る様な目でアレクシスは更に追撃する。
「イクスは覚えていないのかな? 僕が出した婚約を承諾する為の絶対条件を」
アレクシスのその言葉にイクレイオスの背中にスゥーっと嫌な寒気が走る。
「初めに見せた二通の手紙だけど……。これには君がエリアに対して、なかなか辛辣な態度を取っていた事が伺える内容が書いてあるんだよね」
「待て!! それは先程方言っている呪いの所為で――っ!」
「うん。確かに呪いの所為だ。その後、君は別の女性と婚約したいと、エリアに婚約解消を打診した」
「その時もまだ呪いの影響が強かった……」
「そうだね。これも君にとっては不可抗力な事態だったから、防ぎようがなかった状況だよね。でも問題なのは、その後だ」
「その後……?」
アレクシスの言葉を意図を読み取れなかったイクレイオスの怪訝そうな表情を浮かべた。
その表情を見たアレクシスは、心底呆れた様子で大きなため息をつく。
「翌日、風の精霊王のお陰で君は呪いから解放された。でもその後は今日までの三日間、君はエリアにその呪いの詳細を説明していない。その為、エリアは今日までずっと君がマリアンヌ嬢と言う女性の事を深く想っていると信じている」
その言葉で、やっとアレクシスが言わんとしている事をイクレイオスが理解する。
「二週間前から急に君に辛辣な態度取られ、その理由も分からず君に避けられ始めたたエリアは、その間どういう気持ちで過ごしていたと思う? 更に未だに君が、そのマリアンヌ嬢と言う女性に好意を寄せていると思い込んでいるのだから、現状自分が君の婚約者でいる事への葛藤で苦しんでいるとは思わなかったのかい?」
今まで目を背けて来た事を的確に言い当て責めてくるアレクシスの言葉で、後悔と悔しさからイクレイオスが軽く唇を噛みしめた。そんなイクレイオスの様子を確認したアレクシスだが、更に追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「僕は君らの婚約を承諾する際、絶対条件としてこう言ったはずだ……。今後君には生涯をかけてエリアを大切にする事を約束して欲しいと」
射貫く様な視線で訴えてくるアレクシスの様子から、イクレイオスは一切動けなくなる。
「ねぇ、イクス。いくら婚約披露宴の準備が滞っているからと言って、エリアへのフォローを後回しにして傷ついた彼女を放置する事が、君流のエリアを大切にする方法なのかな?」
口元にキレイな笑みを作りながら、冷たく言い放つアレクシス。
「――――っ!」
何も言い返せないイクレイオスは悔しさと後悔で声を押し殺した後、黙り込む。
「もうこの行動で、僕が出した条件を君は充分反故していると思うのだけれど……。その事についてはどう思っているのかな?」
まるで幼子に言い聞かせるような口調で言及してきたアレクシスは、何故か後ろに控えている自分の側近に目配せをした。するとその側近が、アレクシスに革で出来た書類を挟むファイルを手渡す。そのファイルを開きながら、アレクシスはそこから一枚の紙をイクレイオスの方に向けて差し出してきた。
「これは約束を反故した君が招いた結果だ。もちろん……この書類には、すぐにサインをしてくれるよね?」
柔らかい笑顔を浮かべ、自身のペンを差し出してきたアレクシスは、イクレイオスはにその書類へのサインを促して来た。その書類の内容は、エリアテールとの婚約を解消する為の同意書だった。
だが、イクレイオスは差し出されたペンを無視し、自分の方に向けられた同意書をテーブルの上で回転させて、アレクシスの方へと突っ返した。
「サインは絶対にしない……。そもそもお前の国は、そんな簡単に大国の王太子との婚約解消出来る程の金銭的余裕があるのか?」
憮然とした態度のイクレイオスにアレクシスが苦笑し、更に呆れた果てた笑みを浮かべる。
「もしかして示談金の事を言っているのかい? イクス……僕はエリアと違って、そんな底の浅い脅迫は通用しないよ?」
「ではエリアが婚約期間中に受けた11年間分の高額な接待費を簡単に支払えるとでも?」
「簡単ではないけれど……。そこまで深刻にならずとも示談金は確実に支払えるよ」
ある程度は覚悟してが、やはりエリアテールとは違ってその辺の対処法をアレクシスは予め準備していたようだ。
だが、ただの張ったりの可能性もあるのでイクレイオスは強気な態度を貫き通す。
「ならば、その高額な示談金をどう支払うのだ?」
「まずはエリアの代わりに現ブレスト伯爵夫人こと、エリアの姉フェリアテールの次女をここに派遣して風巫女の力を無償で提供する。彼女はまだ6歳で今年風巫女としてデビューしたばかりだが、エリア同様それなりに巫女力が強い子だ。しかも叔母のエリアには物凄く懐いていて、その為なら喜んでこの役を引き受けてくれる」
「仮にそうしたとしても、そのフェリアの娘は何十年ここの専属巫女として、拘束されると思っているのだ?」
「大丈夫だよ。拘束されたとしても、たかが10年程度だ」
「それはエリアの接待費だけで考えた場合だろう。それだけでは……」
そう言いかけたイクレイオスだが……。
何故か勝ち誇った様な表情のアレクシスに気付き、言葉を止める。
「こちらが支払う示談金は、その接待費だけだよ」
「何を言っている? 私がエリアに与えた物は、それだけではないはずだ」
「そうだね。確かに君個人がエリアに与えた物だったら他にもあるよね」
一部分を強調して言うアレクシスに、やっとその笑みの意味を理解したイクレイオスは一度目を見開いた後、すぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「でもそれは今回の示談金の対象項目には入らない。その事はそれらを購入した君自身が一番よく知っているはずだ」
突き放す様に語るアレクシスは、再び穏やかな笑みを浮かべ直し、再びイクレイオスにペンを差し出す。
「さぁ、イクス。もういい加減、この書類にサインをしてくれるかな?」
穏やかな笑みを浮かべながら追いつめてくるアレクシスの態度から、イクレイオスは改めてアレクシスが向けてくる本気の怒りを痛感せざるを得なかった……。
恐らくアレクシスは、ここ最近エリアテールが送っていた手紙内容から、イクレイオスに対してかなり腹を立てているのだろう。そうでなければイクレイオス同様に多忙なアレクシスが、何の前触れもなくいきなりこの国にはやっては来ない……。
そんなアレクシスの今回の目的は、エリアテールとイクレイオスの婚約解消だろう。
そうなると今から会うアレクシスは、ここ最近のイクレイオスの行動について念入りに調査をし、婚約解消ではなく婚約破棄の方向で話を進めてくる可能性が高い。
しかも人の揚げ足をとる事に掛けてはイクレイオスの遥か上を行くアレクシスなので、先程の示談金の話で言いくるめる事が出来たエリアテールとは違い、一筋縄ではいかない相手だ。
正直なところ、今のイクレイオスにとっては非常に会いたくない人物である。
そんな強敵のアレクシスを相手にするので、エリアテールは先程の部屋から出さないようとロッドに命じ、監禁状態で足止めをしてきた。 もはや頑固状態に突入したエリアテールだけでも対応に苦戦してしまう状況下で、更に口から生まれたかのような男であるアレクシスの相手をするなど、考えただけでも頭が痛くなる……。
そもそも頑なに自分の主張を曲げないエリアテールが、イクレイオスでも苦戦必須のアレクシスとの話し合いに参戦すれば、更に話がややこしくなるだけでなく、イクレイオスがもっとも望まない方向話が進み、最悪な事態を招く事は一目瞭然だった。
そんなイクレイオスにとって、この状況は人生で初となる窮地に追い込まれた状況だ。
切羽詰まった進捗状況で準備が上手く進まない婚約披露宴。
イクレイオスの為だと言って婚約解消を強く望むエリアテール。
極めつけが、たたみ掛けるように婚約解消の話をしてくるであろうアレクシス。
ただでさえ婚約披露宴準備で三日間ろくに寝ていないイクレイオスは、もう頭を抱えたくなる……。だが、無情にも今目の前にはアレクシスが待つ書斎の扉が、イクレイオスを待ち構えているのだ。
そんな状況に大きく息を吐いたイクレイオスは、気合を入れるように扉をノックして入室する。すると、いつもは笑顔を絶やさないアレクシスが、珍しく無表情で出迎えてきた。
「やあ、イクス。久しぶりだね」
当たり障りのない挨拶で声を掛けてきたアレクシスだが……その口調と表情からは、いつもの愛想の良い様子は一切感じられなかった。そんなアレクシスに気まずそうに短く返答をしたイクレイオスは、かなり警戒しながらアレクシスの向かいのソファーに腰掛ける。
すると、アレクシスが内ポケットから2通の手紙をテーブルの上に滑らすように出してきた。恐らくこの2通には、イクレイオスがエリアテールにしてしまった問題行動の件で相談している内容が綴られているのだろう……。それは今目の前にいるアレクシスの様子から、容易に想像出来てしまう。
するとアレクシスが無表情のまま、その手紙の存在を主張するようにテーブルの上を指でトントンと叩いた。
「これさ、今から二週間前に僕宛でエリアから送られて来た手紙なんだけど……。この内容からだと現在の君らは、あまり上手く行っていないようだね……」
エリアテールに限らずサンライズの巫女達は、派遣先に滞在中の期間に三日に一度のペースでサンライズ王家に現状どのように過ごしているか報告する事が義務付けられている。その主な目的は、派遣先で巫女達が辛い思いや虐げられるような目に遭っていないかの確認も兼ねていたからだ。
ちなみに今から二週間前だと……丁度、呪いに掛った状態のイクレイオスがエリアテールの手を振り払ったり、豊穣祭をマリアンヌと観覧してしまった一番辛辣な対応をしてしまっていた時期となる。何とも間の悪いタイミングで、エリアテールはアレクシスに手紙を出したのかと、イクレイオスが心の中で舌打ちする。
いくら水の上位精霊かけた呪いの影響で、不可抗力だった状況だったとしてもイクレイオスが公の場で、長年婚約者として寄り添ってくれたエリアテールを邪険にした事実は覆せないからだ……。
同時にアレクシスが、その不可抗力だった状況を汲んでくれるとも思えなかった。
案の定、目の前にいるアレクシスは珍しい程、不機嫌そうな様子を露わにしている。
その状況から、早めに呪いに掛かってしまっていた事を訴えようとイクレイオスが口を開く。
「その件についてだが……」
言い訳なような説明になる為、イクレイオスの声も控えめになる。するとイクレイオスの言葉を遮るようにアレクシスは、もう一通手紙をテーブルの上に滑らせる。
「で、これが三日前に僕の元に届いた手紙だ。ちょうど君がエリアに婚約解消を言い渡し、マリアンヌ嬢だっけ? そのご令嬢と婚約したいと告げた日かな?」
そう語るアレクシスの表情は、まるでイクレイオスを軽蔑するかの表情だ。
「アレク! その件に関しては、複雑な事情が――っ」
するとアレクシスは更に手紙をもう一通内ポケットから出し、今度はそれをテーブルの上にパシンと叩きつけるように置いた。その手紙に押された封蝋印にイクレイオスが目を見張る。
「知っているよ。君は水の上位精霊から受けた呪いに掛かっていたそうだね?」
「…………母上か」
「エリアから婚約解消を希望する手紙を受けとった日、僕がイシリアーナ様に手紙で詳細を伺ったんだ。イシリアーナ様は、早々に事の真相を綴ったこの手紙でお返事をくださったよ?」
一瞬だけフッと笑うアレクシスだが……目だけは相変わらず全く笑っていない。
「ならば、お前は一体ここに何しに来たのだ?」
「何ってエリアの要望に応える為、君達の婚約解消の手続きに来たのだけれど?」
「待て! お前は、私が呪いに掛かっていた経緯を母から聞いたのだろう!?」
「うん。イシリアーナ様からは伺った。でもエリアからは、何も聞いていない」
そこであえてアレクシスは、一端言葉を切る。
「すなわち……エリアからは婚約解消を撤回したいという声が、僕の所に一切上がってきていない」
アレクシスのその言葉にイクレイオスが、ピクリと動きを止めた。
「ねぇ、イクス。おかしいと思わないかい? どうして君の母君のイシリアーナ様からは、君が呪いから解放された翌日、早々にその件を僕に教えてくださる手紙を寄越してくれたのに……。どうして当事者であるエリアからは、その日一日中待っても状況説明の手紙が一切送られて来なかったのかな?」
緩やかに微笑みながらイクレイオスを問うアレクシスの目は、やはり全く笑っていない。アレクシスのその態度から、相当腹を立てている事を察したイクレイオスは、その厄介な状況に思わず出てしまいそうな舌打ちをグッと堪えた。
「エリアの性格なら君からそういう説明があれば、大慌てで婚約解消を撤回する内容で僕に手紙を寄越してくれるはずだよね? なのに何故エリアからのその手紙が、僕の元には届いていないのかな?」
「それは……」
「代わりに僕が答えてあげようか? それは君が今回呪いに掛かってしまった詳細や経緯をエリアにしっかり話していないからだよね?」
そう突っ込まれたイクレイオスは、何も言い返せず無言になる。
そんなイクレイオスを追いつめた獲物を見る様な目でアレクシスは更に追撃する。
「イクスは覚えていないのかな? 僕が出した婚約を承諾する為の絶対条件を」
アレクシスのその言葉にイクレイオスの背中にスゥーっと嫌な寒気が走る。
「初めに見せた二通の手紙だけど……。これには君がエリアに対して、なかなか辛辣な態度を取っていた事が伺える内容が書いてあるんだよね」
「待て!! それは先程方言っている呪いの所為で――っ!」
「うん。確かに呪いの所為だ。その後、君は別の女性と婚約したいと、エリアに婚約解消を打診した」
「その時もまだ呪いの影響が強かった……」
「そうだね。これも君にとっては不可抗力な事態だったから、防ぎようがなかった状況だよね。でも問題なのは、その後だ」
「その後……?」
アレクシスの言葉を意図を読み取れなかったイクレイオスの怪訝そうな表情を浮かべた。
その表情を見たアレクシスは、心底呆れた様子で大きなため息をつく。
「翌日、風の精霊王のお陰で君は呪いから解放された。でもその後は今日までの三日間、君はエリアにその呪いの詳細を説明していない。その為、エリアは今日までずっと君がマリアンヌ嬢と言う女性の事を深く想っていると信じている」
その言葉で、やっとアレクシスが言わんとしている事をイクレイオスが理解する。
「二週間前から急に君に辛辣な態度取られ、その理由も分からず君に避けられ始めたたエリアは、その間どういう気持ちで過ごしていたと思う? 更に未だに君が、そのマリアンヌ嬢と言う女性に好意を寄せていると思い込んでいるのだから、現状自分が君の婚約者でいる事への葛藤で苦しんでいるとは思わなかったのかい?」
今まで目を背けて来た事を的確に言い当て責めてくるアレクシスの言葉で、後悔と悔しさからイクレイオスが軽く唇を噛みしめた。そんなイクレイオスの様子を確認したアレクシスだが、更に追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「僕は君らの婚約を承諾する際、絶対条件としてこう言ったはずだ……。今後君には生涯をかけてエリアを大切にする事を約束して欲しいと」
射貫く様な視線で訴えてくるアレクシスの様子から、イクレイオスは一切動けなくなる。
「ねぇ、イクス。いくら婚約披露宴の準備が滞っているからと言って、エリアへのフォローを後回しにして傷ついた彼女を放置する事が、君流のエリアを大切にする方法なのかな?」
口元にキレイな笑みを作りながら、冷たく言い放つアレクシス。
「――――っ!」
何も言い返せないイクレイオスは悔しさと後悔で声を押し殺した後、黙り込む。
「もうこの行動で、僕が出した条件を君は充分反故していると思うのだけれど……。その事についてはどう思っているのかな?」
まるで幼子に言い聞かせるような口調で言及してきたアレクシスは、何故か後ろに控えている自分の側近に目配せをした。するとその側近が、アレクシスに革で出来た書類を挟むファイルを手渡す。そのファイルを開きながら、アレクシスはそこから一枚の紙をイクレイオスの方に向けて差し出してきた。
「これは約束を反故した君が招いた結果だ。もちろん……この書類には、すぐにサインをしてくれるよね?」
柔らかい笑顔を浮かべ、自身のペンを差し出してきたアレクシスは、イクレイオスはにその書類へのサインを促して来た。その書類の内容は、エリアテールとの婚約を解消する為の同意書だった。
だが、イクレイオスは差し出されたペンを無視し、自分の方に向けられた同意書をテーブルの上で回転させて、アレクシスの方へと突っ返した。
「サインは絶対にしない……。そもそもお前の国は、そんな簡単に大国の王太子との婚約解消出来る程の金銭的余裕があるのか?」
憮然とした態度のイクレイオスにアレクシスが苦笑し、更に呆れた果てた笑みを浮かべる。
「もしかして示談金の事を言っているのかい? イクス……僕はエリアと違って、そんな底の浅い脅迫は通用しないよ?」
「ではエリアが婚約期間中に受けた11年間分の高額な接待費を簡単に支払えるとでも?」
「簡単ではないけれど……。そこまで深刻にならずとも示談金は確実に支払えるよ」
ある程度は覚悟してが、やはりエリアテールとは違ってその辺の対処法をアレクシスは予め準備していたようだ。
だが、ただの張ったりの可能性もあるのでイクレイオスは強気な態度を貫き通す。
「ならば、その高額な示談金をどう支払うのだ?」
「まずはエリアの代わりに現ブレスト伯爵夫人こと、エリアの姉フェリアテールの次女をここに派遣して風巫女の力を無償で提供する。彼女はまだ6歳で今年風巫女としてデビューしたばかりだが、エリア同様それなりに巫女力が強い子だ。しかも叔母のエリアには物凄く懐いていて、その為なら喜んでこの役を引き受けてくれる」
「仮にそうしたとしても、そのフェリアの娘は何十年ここの専属巫女として、拘束されると思っているのだ?」
「大丈夫だよ。拘束されたとしても、たかが10年程度だ」
「それはエリアの接待費だけで考えた場合だろう。それだけでは……」
そう言いかけたイクレイオスだが……。
何故か勝ち誇った様な表情のアレクシスに気付き、言葉を止める。
「こちらが支払う示談金は、その接待費だけだよ」
「何を言っている? 私がエリアに与えた物は、それだけではないはずだ」
「そうだね。確かに君個人がエリアに与えた物だったら他にもあるよね」
一部分を強調して言うアレクシスに、やっとその笑みの意味を理解したイクレイオスは一度目を見開いた後、すぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「でもそれは今回の示談金の対象項目には入らない。その事はそれらを購入した君自身が一番よく知っているはずだ」
突き放す様に語るアレクシスは、再び穏やかな笑みを浮かべ直し、再びイクレイオスにペンを差し出す。
「さぁ、イクス。もういい加減、この書類にサインをしてくれるかな?」
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