風巫女と精霊の国

もも野はち助

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25.無自覚な報復

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 急に腹を抱えてソファーの上で笑い転げ始めたアレクシスをエリアテールが茫然と見つめる。対してイクレイオスは、そんなアレクシスを物凄い目つきで睨みつけた。
 
 だが、アレクシスの笑いは一向に治まらず、涙まで浮かべて笑い転げている。
 その様子に流石のエリアテールも引き気味で、アレクシスは心配し始めた。

「ア、アレク様……あの、大丈夫ですか……?」
「ごめっん……。もう大丈……ぶっ……くはっ! あははははは……っ!」

 一瞬、笑いが止まりかけたものの……またしても再発してしまったアレクシスは、クッションを叩き始める。その状況に困り果てたエリアテールは、助けを求めるようにイクレイオスに視線をむけたが、「放っておけ!」と一喝されてしまった。

 そして三分後――――。
 ようやく笑いが治まったアレクシスは瞳の端の涙を拭い、息を切らしながら話し始める。

「はぁー……笑った! それにしてもエリア、君は本当に素晴らしいくらい素敵な行動をしてくれるよね? わざわざ僕が出向かなくても、しっかり自分自身で報復してしまうのだから……」
「ほ、報復っ!? わたくしがっ!? ど、どなたに対してですか!?」
「え? イクスにだけど」
「イ、イクレイオス様にっ!?」

 どうやらエリアテールは、イクレイオスからの贈り物は全て婚約者に対する社交辞令的な物と本気で思っているらしい。だがイクレイオスが用意したそれらの贈り物は自身のポケットマネーまで使い、わざわざオーダーメイドまでして、必ず高品質のダイヤモンドをあしらった拘りの品だった。
 もはや単なる社交辞令でない事は、イクレイオスが自分の瞳と同じ色のダイヤモンドをあしらう事に拘り続けた事から容易に想像が付く。

 だが、その貴重なダイヤモンドをあしらった事が、今回イクレイオスの仇となってしまった。エリアテールは将来的に自分はイクレイオスから婚約を解消される可能性が高いと思い込んでいた為、10年間贈られ続けたそれらの誕生日プレゼントを未使用な状態で大切に保管していたのだ。しかも現状、そんなイクレイオスの気持ちがこもった品とは知らず、売却して婚約解消の示談金に当てると言い出している。
 もはや無自覚でイクレイオスの好意を全力で拒絶しているようなものだ……。

 そんなエリアテールから受けたイクレイオスの心的ダメージは、先ほどのピアスの話と同じくらい大打撃を受けたと思われる。流石エリアテールとも言うべきか……悪意のない、全力でイクレイオスを思う善意のみの行動で、完膚なきまでのダメージを与えた報復行為は、もはや芸術の域に達しているとアレクシスは思わず称賛してしまう。
 だからこそ、その悪意から一番遠い存在のエリアテールを不安な気持ちのまま放置したイクレイオスの事を簡単には許す事は出来なかった。

「そうだよねー。だってエリアは、友人である・・・・・イクスの幸せな結婚の為に、必死でこの婚約を解消しようとしてるのだから……。感謝はされど、イクスに怒られる言われなんて無いはずだよねー」

 挑発的な笑みを浮かべたアレクシスは、楽しそうにイクレイオスに視線を向ける。
 そのイクレイオスだが……もはや不機嫌を通り越し、怒りの表情を張り付けたまま黙り込んでいる。そんなイクレイオスを無視し、アレクシスはエリアテールに優しく語り始める。

「あのねエリア、今日僕がここに来た本当の目的は、君とイクスの婚約を解消させる為じゃないんだ」
「ですが……わたくしの手紙をご覧になって、ここに来てくださったのでは……」
「うん。確かにその手紙には、君がイクスとの婚約解消を望んでいる経緯が書いてあったよね。でもね、僕はその内容にあった『イクスが他のご令嬢に好意を持った』という部分は全く信じていないんだ」
「では……何故、今日こちらに来てくださったのですか……?」

「それはね……」と言葉を溜めた後、満面の笑みになったアレクシスは言い放つ。

「イクスに盛大な嫌がらせしようと思って、わざわざここに足を運んだんだ!」

 それを聞いたイクレイオスは、自分の中で何かがブチンっと切れる音がした。
 同時に本日何度目になるか分からないという感じで、またしてもテーブルを叩きつける。

「アレク!! お前、いい加減にしろ!! 今こちらがどういう状況なのか分かっているのかっ!?」
「もちろん。君が呪いに掛った所為で、取り返しがつかない状況まで滞らせたエリアとの婚約披露宴の準備の遅れを巻き返そうと、躍起になってる状態だろ?」

 全力で嫌がらせを楽しんでいる様子のアレクシスは、今日一番のいい笑顔をイクレイオスに向けながら、更に話を続ける。

「だからこそ、僕は今日ここに来たんじゃないか! 今君が必死に遅れを取り戻そうとしている婚約披露宴準備の邪魔をしつつ、君の中では絶対にあり得ないエリアとの婚約解消話をわざわざ僕が蒸し返す事で、わざと波風を立てる為に!」

 あえて芝居がかった話し方でアレクシスが言い放つと、完全に怒りの沸点を振り切ったイクレイオスが、普段の冷静さからは想像が付かないくらい感情を爆発させながら片足をテーブルに掛け、物凄い勢いで向かい側のアレクシスの胸倉に掴みかかった。

「お前はぁぁぁぁぁー!!!!」

 両国間に亀裂が入りそうな程のイクレイオスの粗暴な振る舞いを目の当たりにしたエリアテールとロッドは、真っ青な顔をしながら慌てて止めに入ろうとするが、それをアレクシスが片手を挙げて制した。
 そしてイクレイオスに胸倉を掴まれたまま、不適な笑みを浮かべて更に神経を逆なでする様な言葉を発する。

「この状況ほど君のメンタルを追いつめられる機会は滅多にないだろうからね。いくら有能な君でも準備期間が足りないこの状況での対応は、かなり難しいだろうなぁー」

 イクレイオスを嘲笑するように心底楽しそうに語るアレクシスだったが……。
 次の瞬間、アレクシスは滅多に他人には見せない冷たい表情を浮かべ、イクレイオスにとどめを刺すように言葉を放つ。

「それだけ君が、エリアに不安を与え続けたこの三週間前後の行動は重罪って事だよ……」

 アレクシスの言葉でイクレイオスの瞳は、動揺から揺らぎ始める。
 その言い逃れの出来ない事実を突き付けられたイクレイオスは、アレクシスの胸倉からそっと手を離し、悔しそうに唇を噛みながら大人しく席に着いた。

 そんなイクレイオスの様子を襟元を直しながらアレクシスが見やると、今回の自分の行動をかなり悔いているようでギリリと音が鳴りそうな程、奥歯を食いしばっていた。
 現状かなり痛い目にあっているイクレイオスの様子を確認したアレクシスは、呆れとほんの少しの同情心をイクレイオスに抱く。
 そして大きく息を吐いた後、隣で青い顔をしたエリアテールに優しく話しかけた。

「こめんね……エリア。ビックリさせちゃったよね……。でもこれだけイクスが感情的になるって事は、現状は婚約披露宴の準備の滞り方が、かなり深刻みたいだね……」

 そう言って押し黙っているイクレイオスに白い目を向ける。
 するとイクレイオスが、グッタリした様子でアレクシスを恨めしそうに睨みつけた。

「お前は……。それを分かっているのなら、何故こんな事を……」
「だって君が悪いんじゃないか。僕が君らの婚約を承諾する為に出した条件を故意ではなかったとは言え、見事に破ったのだから。本来ならば本当に婚約を解消させて貰ってもいいくらいだ!」

 そう言って恨めしそうに睨んでくるイクレイオスに対して、アレクシスはフンっと鼻を鳴らした。そして再びエリアテールに向き合う。

「ねぇ、エリア。イクスは君との婚約を継続する事にこれだけ必死になっているのだから……婚約解消は考え直してあげられないかな?」
「で、ですが! それでは……」
「そもそもまずイクスが他のご令嬢に乗り換えようとした事自体、僕の中ではあり得ない事なんだ。だって婚約の申し入れをしてきたのはイクスの方からだし、その君との婚約話を取り持ったのは僕だよ?
 イクスがどういう考えで君との婚約を強く望んだか、僕が一番よく知ってるのだから」
「でも……」

 そう言って口ごもるエリアテールは、まだ納得しきれない様子だ。
 それは素直で思いやりのある性格のエリアテールだからこそ、友人二人の幸せな未来を考えてしまう故になかなか納得が出来ないのだろう……。

 だが流石のアレクシスも再会した時から、ずっと目の下にクマを浮かべ、先程エリアテールから見事なまでの無自覚な報復攻撃をくらい、相当心のダメージを受けていると思われるイクレイオスに対して、やっと同情の念が芽生え始める。

 何よりも本人からは相当反省をしている様子が窺えたので、そろそろいたぶるのは勘弁してやろうという気持ちにもなり始めていた。

 同時に今回一番の被害者でもあるエリアテールに事の真相が未だ説明されていない事を思い出したアレクシスは、その件を優先させようと動き始める。

「そういえばエリアは、まだイクスが今回どんな呪いに掛かっていたか、その詳細を聞かされていないよね?」
「はい。でもそれは、今回婚約を継続する経緯になった事と関係があるのですか?」
「うん。大いにあるね。というか……むしろこの説明をすっ飛ばしてるイクスを僕は、どうかと思うのだけれど……」

 そう言って当人をじとりと見やると、イクレイオスが嫌味を返して来た。

「アレク……。今度は先程とは違い、随分とこちらの肩を持つ意見を言うのだな?」
「まぁね。今回の目的でもあった君への制裁は見事に達成出来たからね。そのお蔭で想像以上に面白いモノがたくさん見れて、僕的にはとても満足したから、そろそろ君の愚行を許してもいいかなーって」

「「面白いモノ……?」」

 変なところで息を合わせてきたイクレイオスとエリアテールが、声を揃えて聞き返して来たので、思わずアレクシスがにっこりと笑みを浮かべた。

「イクスとは10年以上の付き合いだけど……あんなに感情的になってる姿は初めて見たし……。そもそも君があそこまで他人に振り回されている状況は、とても貴重だった。だけど今回一番の収穫は……」

 そこでアレクシスは再び口元を軽く押さえ、笑いを堪え出す。

「エリアが見事なまでの痛恨の大打撃をイクスにかましてくれた事かな!」

 そう言ってアレクシスは満面の笑みを浮かべた後、急に噴き出し、再び先程の笑いを発症させてしまう。そんなアレクシスを疲れ果てた様子のイクレイオスが、恨みがましそうに睨みつけた。

 だがエリアテールだけは、未だにそのイクレイオスに与えてしまった『痛恨の大打撃』が、何なのかよく分かっていない状況だ。それでも先程のアレクシスの話から、自分は気づかぬ内にイクレイオスに対して、何か不敬に値する行動をとってしまったのだろうと感じていた。その為、とりあえず謝罪はした方がいいとエリアテールは判断する。

「あの、イクレイオス様……。どうやらわたくしは、気づかぬうちに大変非礼な行為をしてしまった様で……。その、申し訳ございませんでした……」

 立ち上がって心底申し訳なさそうに深々と謝罪するエリアテールの姿を見たアレクシスは、またしても吹き出してしまう。そして謝罪されたイクレイオスの方は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら力なく呟いた。

「謝罪などいいから、さっさと婚約解消を撤回してくれ……」

 その言葉を聞いたアレクシスは、再びソファーの上で盛大に笑い転げた。
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