風巫女と精霊の国

もも野はち助

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【番外編】

婚約披露宴(後編)

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本編で散々準備が危ぶまれていた婚約披露宴の話(後編)です。
『サンライズの巫女シリーズ』の他作品『妖精巫女と海の国』のヒロインが脇役で登場。(笑)
―――――――――――――――――――――


「アズリル! 来てくれたの!?」

 ラベンダー色の髪を細いリボンで一つに結んでいるその美少年令息は、そのままエリアテールに抱き付いた。

 来賓者の接待をしながら遠目でその様子を伺っていたイクレイオスが一瞬驚き、こちらに向かって来ようとする。
 しかし、アズリルと呼ばれた美少年の後ろからやってきたアレクシスに手で制されて、何かを察した様に再び会話に戻った。

「凄い豪華なドレスとティアラだね! エリア姉様、とってもきれい!」
「ありがとう! でも……正直、こんな豪華なドレスは恐れ多くて、普段着ている素朴なドレスに早く着替えたいの……」
「え~!? 僕ならそんな豪華なドレス用意されたら、ここぞとばかりに堪能しちゃうのにー」

 自分の事を「僕」と言うこの美少年は、エリアテールと同じ風巫女の伯爵家の一つエアリズム家の次女だ。名前はアズリエール・ウインド・エアリズム。
 少年の格好をしてはいるが……れっきとしたサンライズの巫女の一人で、今年で14歳になる。幼い頃からエリアテールが妹分として可愛がってきた風巫女の一人である。
 以前イクレイオスを懲らしめる為に来訪したアレクシスが、帰り際に追加した招待客の一人に彼女の名前が入っていた。

「アズリルがね、どうしてもエリアに会いたいって。だから君に内緒で招待客に追加して貰ったんだ」

 そう言ってアレクシスも二人の会話に混ざる。
 アレクシスにとっても、4つ年下のこの少年風な風巫女は妹の様な存在だ。

「だって……正式に大国の王太子の婚約者になったら、もう簡単にはエリア姉様には会えなくなっちゃうでしょ?」
「そんな事ないわ。アズリルなら、いつでも大歓迎だもの! イクレイオス様にお願いして、いつでも面会出来る様に手配して頂くわ」
「本当? じゃあ、これからは頻繁にここに遊びに来ちゃおっかな!」
「アズリル、ダメだよ? 君は最近、やっとマリンパールの第二王子との婚約が決まったばかりじゃないか……。そうなると、うちだけの問題じゃなくなるから、そういう事はしっかりと婚約者殿に相談しないと……」
「アレク兄様は心配性だなー。オルクならきっと許してくれるよ!」

 年齢の割に子供っぽい話し方をするアズリエールだが……社交性は非常に高く、処世術はアレクシス仕込みのツワモノだ。
 ただし……少年の格好をしているだけあって、色々と問題は抱えている。

「午後からエリア姉様の風呼びの儀が見れるんだよね? 歌、聴くの久しぶりだから、僕すっごく楽しみにしてたんだ!」
「そういえば……風呼びの儀で披露する曲は何にしたんだい?」

 アレクシスのその問いに笑って誤魔化そうとするエリアテール。

「まさか……まだ決まっていないんじゃ……」
「ええ!? エリア姉様、大丈夫なの!?」
「一応、三曲までは絞り込んでいるのだけれど……。まだ決められなくて……。でも三曲とも歌詞はちゃんと頭に入っているから、どれを選んでも大丈夫かと思って」
「イクスには相談した?」
「はい。ですが……どれを歌うかを決めるのは、わたくしだとおっしゃって……」

 それを聞いた二人は顔を見合わせる。

「「あー……なるほど……」」
「えっ?」
「だってイクスの為にエリアが歌い上げる歌なんだよね?」
「それなのにイクレイオス殿下が希望出しちゃったら……なんかエリア姉様に強制的に歌わせてるみたいになっちゃうよ?」
「確かに!」
「確かにって……。エリア姉様の天然ぶりって、相変わらずなんだね……」
「エリアの天然は、もうトレードマークみたいなものだから!」
「うう……そうですね……」

 皆に言われるその天然部分は、大分改善出来たと思っていたエリアテールだったが……。久しぶりに会ったアズリエールにまで言われ、ガックリと肩を落とす。

「ところで、さっきからイクスが君に来て欲しそうにしているのだけれど……」
「えっ!? も、申し訳ございません! 少々失礼いたします!」

 そう言って、エリアテールはイクレイオスのもとへと足早に向かって行った。残されたアズリエールは、何となくアレクシスに問う。

「ねぇ、アレク兄様。もしかしてエリア姉様って……イクレイオス殿下にそこそこ溺愛されているの?」
「そこそこどころか、病的なまでに溺愛……というか執着されているね……」
「うわぁ……。それなのにエリア姉様、全く気付いていないんだ……」
「あのエリアだからね……。イクスもそれを覚悟で好きになったと思うよ?」
「完全無欠の王太子様にも弱点ってあるんだね……」

 そう話す二人は、その完全無欠な王太子にやや不憫な目を向けた。


 そんなイクレイオスに呼ばれたエリアテールの方だが……。そこからは怒涛の挨拶周りが再開してしまい、結局そのままアレクシス達の所へは戻れなかった。
 皆、11年間もこの国に美しい歌声を響かせていたにも関わらず、全く表舞台に出て来なかった風巫女に興味津々なのだ。

 それと同時につい最近まで婚約を破棄されかけたという噂も出回っている為、隙あらばと機会を伺っている者も多い。
 そこまで容姿に恵まれている訳ではないエリアテールだが、社交界の女性では珍しいスレンダー過ぎる華奢なシルエットと、イクレイオスを立てる様な控えめな振る舞いに庇護欲を掻き立てられている男性は多い。

 そんな下心で近づこうとしてくる若い貴族達をイクレイオスが、バッサバッサと眼力だけで切り捨てている。しかし隣にいるエリアテールは、相手の顔と名前を一致させる事に精一杯で、その事には一切気づかなかった。

 そんな事をしていたら、あっという間に午後の時間帯に突入してしまう。
 風呼びの儀が行われる時刻の30分前になると、ゲストルーム等で休息をしていた面々も会場に集まり、開催直後の様な賑やかさが再び戻って来た。

 それに釣られる様にエリアテールの緊張も、どんどん高まってゆく……。そんな刻一刻と迫るごとに青ざめていくエリアテールに、イクレイオスがまた呆れ出す。

「いい加減に腹を据えろ!」
「む、無理ですぅ……」
「エリアテール様! お泣きになるのだけは、お控えくださいませ!」

 控室で化粧と髪型を侍女三人掛かりで直されているエリアテールだが……。その表情は緊張の所為で今にも倒れそうな程、青い顔をしている。

「で? 結局、どの歌を披露するか決めたのか?」
「………………」
「お前は! 何をやっているのだ……」
「も、申し訳ございません……」

 そんなやりとりをしている二人のもとに、今回の婚約披露宴の進行管理担当のファルモがやってくる。

「エリアテール様、そろそろ風呼びの儀のご準備に……」
「ファルモぉ~!」
「ああ! ですから、お泣きにだけはならないでくださいませ!」

 幼少期からずっと見守って来てくれたファルモの登場につい、すがり付こうするエリアテールを、イクレイオスが椅子に押さえつける様に止めた。

「ファルモに助けを求めても、どうにもならないだろうが!」
「うう……」
「エリアテール様! ここが踏ん張りどころですぞ! このお役目さえ終われば、しばらくはのんびりお過ごし頂けます!」
「何を言っている。今まで免除されていた分、婚礼までは夜会三昧の日々だが?」
「イ、イクレイオス様! 何故、今その様な事を……」
「事実を言ったまでだ」

 そう言ってイクレイオスは無理矢理エリアテールを立たせ、エスコートと言うよりも捕獲した動物が逃げない様しっかりと抱える状態で、風呼びの儀を行う場所まで連行する。
 そんなエリアテールの表情は、これから市場に売られに行く子牛の様だ……。

 そして今回の風呼びの儀は、特別に会場の広間から見渡せる庭園内にある大きな花壇の真ん中で行われる。真ん中に広めのスペースがあるその花壇は、一見すると大量の花で飾りたてられた舞台のような設計だ。
 この日の為に城の庭師達が丹精込めて、見事なまでの大輪の花を咲かせている。
 来賓者達は、実際に庭園に出て、間近で風呼びの儀を見物出来る事はもちろん、現在いる会場のバルコニーから、見下ろす形でも見物が出来るという趣向だ。

「ご来賓の皆様、只今より本日お披露目となりましたイクレイオス殿下のご婚約者エリアテール様による、風呼びの儀を行わせて頂きます。お近くでご覧になりたい方は、係の者より庭園の方へご案内させて頂きます。尚、こちらバルコニーからでも十分ご覧頂けますので、合わせてご利用くださいませ」

 孫の様なエリアテールの晴れ舞台なので、案内にも力が入るファルモ。
 そんなファルモの声掛けに来賓者達が、ぞろぞろと庭園の方まで移動する。
 しかし、一部の高齢な来賓者達は足元の悪さから、バルコニーで見物が出来る為、そのまま残った。


 そして来賓者達が庭園の方まで移動し終えた頃合いで、花壇に一番近い城内への扉が開かれる。中からはエリアテールが、イクレイオスにエスコートされながら出てきた。
 そこから花壇までは、タイルが敷き詰められた通路があるので、その上をゆっくり靴音を立てながら歩む二人。その靴音が尚更エリアテールの緊張と焦りを煽る。

 花壇の真ん中まで来ると、イクレイオスが優雅に来賓者達の方へとエリアテールの体の向きを変える。
 そんなイクレイオスの顔をエリアテールが、不安そうに見上げる。その様子にやや呆れる様に、イクレイオスが小さく息を吐く。
 そしておもむろにエリアテールの耳元に唇を寄せる。

「お前の今一番歌いたい歌を思いっきり歌え……」

 そう言って、驚きで目を見開いたエリアテールに珍しく優しく微笑んだ。
 そのままエスコートで取っていたエリアテールの右手と、腰に廻していた左手を名残惜しそうに放し、そこからゆっくりと立ち去って行く。

 一瞬、茫然としてしまったエリアテールだが……。
 その魔法の様なイクレイオスの言葉で、これから披露する歌がすぐに決まった。

 そして瞳を閉じて肩で深呼吸をする。
 すると足元の群青色のドレスの裾が小さく波打つようにふわりと揺れ動く。

 静まり返った庭園に集まった来賓者達は、固唾を飲むようにそのエリアテールに注目する。そんな来賓者達に向かってエリアテールは、瞳をとじたまま優しい笑みを浮かべて、出だしの歌詞を紡ぎ始めた。
 静かで優しい立ち上がりのその歌は、イクレイオスの出した条件の歌ではない。
 今までエリアテールが特に好んで歌ってきたタイプの歌であり、サンライズで生まれた感謝をテーマにした歌だ。
 なのでこの国では、あまり知られてはいない。

 ゆっくり立ち上がるバラード調なその歌の歌詞は、優しい言葉で溢れていた。
 そして音域の強弱幅が大きいメロディーラインの為、高く澄んだエリアテールの歌声の伸びやかさを特に引き立てる。上がっては下がる音域を、一小節ごとに慈しむように強弱を付けて歌い上げるエリアテール。
 その強弱に合わせる様にゆったりと波打つ風が起こり、舞台を飾り立てるような花壇の花を優しく揺らめかせる。花々の葉が奏で出したその風の音が、エリアテールの歌声を更に優しい音に仕上げていく。

 まだサビにも到達していないその優しい歌声に、来賓者達は息すらも忘れてしまうほど魅入ってしまう。
 そして慈愛に満ちた表情で歌い上げるエリアテールから、目が離せない。
 全身を使い、ゆっくり動きながら丁寧に歌い上げるエリアテールの動きに合わせて、風が徐々に力を増す。

 そしてその歌はサビに入る直前で、一瞬だけ途切れる。
 同時に風もやみ、耳がおかしくなった様な無音状態を作り出した。
 そこでエリアテールは、大きく息を吸い込む……。

 次の瞬間、天に放つ様に出だしの歌詞をエリアテールが発する。
 それと同時にエリアテールを中心にしながら、外側に向かって渦を巻く様に風が吹き荒れた。その風はエリアテールの足元の花壇から、見事な花吹雪を生み出す。

 その大きな渦のような風を起こす切っ掛けとなったその出だしの歌詞は、感謝の言葉だ。しかし……それはただの感謝の言葉ではない。
 愛情を与えてくれる相手にその事を感謝する、そんな事を彷彿させる歌詞だ。
 サンライズでは恋人に限らず、家族や友人に対しても贈る事が多い歌でもある。

 エリアテールの中では、イクレイオスは『愛する人』という感覚ではない。
 しいて言うなら『愛すべき人』という感覚だ。
 それは政略結婚からの義務感等ではなく……エリアテール自身がイクレイオスに対して常に受け身でいる事が、自然な事だからだ。

 だからイクレイオスから与えられる物は、全て受け止める事がエリアテールの中では当たり前だ。
 それは愛情や守護、優しさ、幸福…そういうプラスの物だけでは留まらない。
 今回かなり受けてしまった拒絶や怒り、嫉妬や悲しみ等もそうだ。

 そんな風に全てを受け入れたいと思える相手に出会えた事を、恐らく世間一般では『人を愛する』という事になるのだが……。
 天然で鈍感なエリアテールの中では、それはちょっと違う。
 その感情は、自分のイクレイオスに対する絶対的な信頼感から生まれた感情だと、思い込んでいる

 そしてその根本的な部分は、幼少期の頃からイクレイオスが常にエリアテールをさり気なく大事に扱ってくれた事が、エリアテールの中で無意識に根付いてしまっているのだ。イクレイオスが自分の事で動いてくれてる時は、全て自分の為になる事しかない。

 そこまで深く読み取れてはいないエリアテールだが……。
 イクレイオスと一緒に過ごしたこの11年間から、いつの間にかそういう考えが頭の隅に常にあるのだ。

 だからイクレイオスの想いに応える為には、エリアテールの場合は愛情を返すのではなく、たくさんの感謝の気持ちで返す事がそれにあたる。自分を想って常に行動してくれるイクレイオスに、ありったけの感謝を伝えたい……。
 先程のイクレイオスの行動で、その気持ちを改めて強く感じたエリアテールに降りてきた歌が、この歌なのだ。

 しかし、この歌の感謝の意味は、あくまでもサンライズで浸透している内容だ。
 初めてこの歌を聴いたこの国の人間にとっては、どう聴いてもエリアテールが愛しい人に向けて、愛される事への感謝を歌っている様にしか聴こえない……。
 自分の婚約披露宴で、その歌を心を込めて歌い上げるエリアテールは、心の底からイクレイオスとの婚約を喜び、その事を感謝している様にしか見えないのだ。

「うわっ! ある意味、全力でイクスに愛を伝える歌みたいになっているね……」
「イクレイオス殿下、あまりの不意打ちに耐えかねて、ニヤケない様に口元抑えてるように見えるんだけど……」

 その歌がよく歌われる背景を知っているサンライズ組の二人は、今回に関しては良い方向に発動したエリアテールの天然っぷりに思わず、苦笑してしまう。
 これならば……つい最近、出回ってしまった二人の不仲説など、一瞬で消え去ってしまうだろう。

 そんなエリアテールの風呼びの儀も終盤に差し掛かる。
 サビから一気に盛り上がりを見せたその歌は、終りに近づくにつれて徐々に高音になり、それに合わせる様にエリアテールが起こす風の威力も増していった。
 最後の方では、花壇の花は見事に花びらを散り切って、庭園全体に美しい花吹雪をまき散らし、来賓者達のもとへ届けた。
 その美しい光景に皆が息を吞み、静まり返る。

 そんな静まり返った中で、エリアテールがゆっくりと丁寧なお辞儀をする。
 それを合図に大きな歓声と拍手が巻き起こった。

 その拍手喝采の中、再びエリアテールをエスコートする為にイクレイオスが花壇の中央まで迎えに行く為、姿を見せる。
 三方向に何度もお辞儀をしていたエリアテールは、イクレイオスが近づいてきた事にやっと気づいた。

「イクレイオス様!」

 全力で歌い切り、晴れやかな気分のエリアテールが、ぱぁ~と頬を紅潮させて、笑顔でイクレイオスを出迎える。しかし、現れたイクレイオスは、来賓者側に顔が見えないのをいい事に何故か無表情だ。

「あ、あの……」

 そのままズンズン近づいてきたイクレイオスは、右手をエリアテールの左耳辺りに添えて、ふわりと頬に唇を近づけた。
 来賓者側からは、見事に歌い切った婚約者を労う為、頬に口づけをした様に見えたイクレイオスの行動……。
 しかし、実際はエリアテールは口づけなどはされていない。
 そのかわりに耳元に一言だけ囁かれる。

「エリア……披露宴が終わったら覚悟しとけ……」

 その言葉にエリアテールが凍り付く。
 そんなエリアテールに気付かぬふりを決め込んだイクレイオスは、すぐさまエスコートを始め、一礼してから優しい笑顔を張り付けて、エリアテールと共に城内へと戻っていく。

 そのイクレイオスの行動を見ていたサンライズ組の二人は……

「あれは……確実にこの後、教育的指導なものが入るね……。イクスに一言釘さして置いた方が良さそうだな……」
「そうだね……。でないとエリア姉様が、バージンじゃないのにバージンロードを歩む羽目になりそうだもんね……」
「アズリル……滅多な事、言わないでくれるかな?」

 そう言って、二人のもとに足早で向かおうとするアレクシス。

「アレク兄様って、サンライズにいる時よりも、こっちにいる方が大変そう……」

 そんなアズリエールの憐れむ様な言葉は、アレクシスには届かなかった。


 そしてなかなか会場に戻る気配がない二人のもとに、アレクシスが駆けつける。
 すると案の定、エリアテールがイクレイオスによって、かなり甘い教育的指導をされかけていた。
 そんなアレクシスは、あえて空気を読まずにエリアテールからイクレイオスを笑顔で引きはがす。

「イクス……悪いけど君、あと最低半年は、おあずけだから!」

 そんな開催が危ぶまれた婚約披露宴は、無事大成功で終わったそうな……。
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