我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の元愛犬】

66.我が家の元愛犬でも判断ミスをする

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 パルマンが触れた水晶に黒いモヤのようなものが現れた瞬間、全員が水晶に釘付けになり、室内が静まり返る。

 だが次の瞬間、パルマンがテーブルの上に乗っていた水晶を勢いよく右手で払いのけた。その勢いで水晶が床に落下し、内部に広がるようにヒビが入る。その状況に唖然としているアルスをパルマンが、射殺すような鋭い目で睨みつけた。

「騙したな……?」

 そう呟くパルマンに一瞬、何の事を責められているのか理解出来なかったアルスだが、すぐに水晶の事だと気が付き、慌てて後ろで控えていたシークを振り返って確認する。すると、シークが否定するように激しく首を横に振った。

「違う! これは本当に他二人の時に使った水晶と同じ……」
「所詮、今の王族にも先代の愚王の血が、しっかりと流れていると言う事か!」

 アルスの言葉を遮るように怒りで目を血走らせたパルマンが、何故か前王オルストに対して悪態をつき、自身の首元に手を当てる。すると、パルマンに装着させた魔封じの首輪がバチバチと音を立て始めた。

 アルスがその異変に気付くも、すぐに首輪はパキンと音を立てて分解するように外れてしまう。同時にパルマンの手のひらに圧縮されたような光の球体が、小さな放電を起こしながら一瞬で膨れ上がった。その状況からパルマンが物凄い早さで魔力を練り上げ、攻撃魔法を放とうとしている事にアルスが気が付く。

「まずい!! 攻撃してくる!!」

 室内が狭い為、自身の魔法で攻撃を相殺する事は危険だと判断したアルスが、座っていた長椅子の背を飛び越え、背後にいたフィリアナを掻っ攫うような速さで自身の腕の中に抱き込み、庇い始める。

 すると、シークもセルクレイスを自身の背後に下がらせ、庇う体勢に入った。シークもアルス同様、この狭い室内では皆を巻き込む可能性がある自身の風魔法を放てなかったのだ。

 対してセルクレイスはすぐに立ち上がり光属性魔法を放つ準備をするが、パルマンとの距離が近すぎる為、魔法を放つタイミングを合わせるのが非常に難しい状況である。もし少しでもタイミングが合わなければパルマンの魔法の無効化が出来ず、全滅の恐れがあるため、息を殺しながらそのタイミングを見計らう。

 そんな中、防御魔法に特化した地属性魔法が使えるフィリックスとロアルドは、すぐに魔法で防御壁を作り出す為に魔力を練り上げる。だが、パルマンが放とうとしている攻撃魔法がどう見ても強力すぎる為、それを防げる防御壁を作り出すには、魔力の練り上げに間に合うかどうかのギリギリの状況だった。

 だがそんな二人を嘲笑うかのようにパルマンが、強力な雷属性魔法を放つ準備を整えてしまう。パルマンの手のひらで、バリバリと小さな音を立てている球体が、これでもかと膨れ上がった瞬間、ロアルドが切羽詰まったように大声で叫ぶ。

「ダメだ!! 防御壁が間に合わない!!」

 その声を耳にしたパルマン以外の全員の緊張感が一気に高まる。
 そんな中、フィリアナは反射的にギュッと瞳を閉じ、アルスも覆い被さるように更に強くフィリアナを抱き込んだ。

 しかし……身構えていたにも関わらず、パルマンから魔法攻撃が放たれない。
 不思議に思ったフィリアナが恐る恐る目を開け、アルスの腕の中から顔をあげた。アルスの方もフィリアナを抱き込んでいたを腕を緩め、状況を確認する。

 すると、何故か俯いたまま呆然と立ち尽くすパルマンの姿が確認出来たのだが、不思議な事にすぐにドサリと先程まで座っていた長椅子に力無く座り込んでしまう。
 その状況に皆が呆然としていると、約1名だけ余裕の笑みを浮かべた人物がパルマンが座り込んだ事で姿を現す。

「「マルコム……」」

 王族兄弟が安堵したようにいつの間にかパルマンの背後に回っていた第一騎士団長の名を同時に呟いた。

「敵に先制攻撃を許してしまわれるなんて……。アルフレイス殿下はともかく、セルクレイス殿下もまだまだですなー。その一瞬が戦場では命取りになりますぞ?」

 豪快な笑みを浮かべたマルコムが再度実演するように、パルマンの首元に軽く手刀を叩き込む素振りを見せる。そんなお茶目な様子を見せる第一騎士団長にセルクレイスが苦笑しながら、礼を口にする。

「マルコム……助かった……」
「殿下方をお守りする事が私の使命ですので。ですが……目の前で容疑者に不審な動きをされたにも関わらず、すぐに物理攻撃に移行出来なかったどこぞの狂犬王子殿は、まだまだ鍛錬が必要そうですなー」
「マルコム……たまたま俺が判断ミスをしたからといって、ここぞとばかりに責め立ててくるのは陰湿すぎるぞ!? 大体……今回はフィーがいたから守勢に立っただけだ!」
「その判断ミスで己の人生が終わってしまう事もあるのですよ? そして、どうやらアルフレイス殿下には、誰かを守りながらの戦い方をお教えしなければならないようですね!」
「何故、すぐ俺に鍛錬をさせようとするのだ!」
「殿下が、まだまだ未熟者だからでございます」
「くっ……!」

 マルコムの言い分に反論出来ないアルスが、悔しそうに唇を噛む。
 どんなにアルスが生まれつき高い魔力と、優れた身体能力を持っていたとしても、そこはまだ14歳の人生経験が浅い少年なのだ。しかもアルスは、7歳以降からは犬としての生活を強いられていた為、王子教育を中途半端にしか受けていない。

 自身でも自覚している経験不足を突きつけられたアルスが眉間に皺を寄せたまま、じっとマルコムを睨みつける。すると、マルコムがニカッと歯を見せながら親指を立てて宣言した。

「殿下は城に戻られたら、まず基礎鍛錬からやり直しですな!」
「嬉しそうに言うな!!」

 そんなじゃれあいとも取れる会話を繰り広げている主君と臣下をよそにフィリックスとロアルドは、意識を飛ばし長椅子にもたれ掛かるようにして座り込んでいるパルマンに拘束系の地属性魔法を施す。

「父上…‥僕らの魔法でパルマン殿を拘束出来ますかね…‥?」
「私とお前でそれぞれ二重で拘束魔法をかけ、尚且つこの後、殿下お二人の魔力を注ぎ込んだ魔封じの首輪を装着させるので、大丈夫だと思うが…‥」
「先程の魔封じの首輪にもアルスの魔力が注ぎ込まれていたのですよ? それなのにパルマン殿は…‥」
「それだけパルマン殿の魔力が高すぎるという事だ。先程の属性魔法を調べる水晶が映し出した結果といい、これでパルマン殿にも直系の王族の血が流れている事が、ほぼ確定したな……」

 その父親の話で、先程パルマンが水晶に触れた際に現れた黒いモヤのような物をロアルドが思い出す。恐らくあれが闇属性魔法の反応なのだろう。
 その事が明るみになった瞬間、信じられない程の豹変を見せたパルマンは、必死でそのことを隠そうとしたのだろう。そんなパルマンが先程叫んでいた事が、何故かロアルドの中で大きく引っかかる。

「父上、先程パルマン殿が口走っておられた事なのですが……」
「『騙したな』……か?」
「はい。容疑が掛かっていた他の二人と同じ水晶で属性魔法検査に強くこだわったパルマン殿が、何故そのような事を口にされたのか。あの状況で考えますと……」
「パルマン殿は他二人と同じ水晶で検査をされれば、自身の闇属性魔法が検知される事はないと考え、検査に同意した……という事になるな」
「はい……。何故、そのように思われたのかは分かりませんが……。もし実際に先行で検査をされたお二人に使った水晶が、本当にそのような結果しか出さない物だったとしたら……」

 そこまで語ったロアルドだが、その先はあまりにも受け入れ難い考察結果にしかならなかった為、口を閉ざしてしまう。しかし、父フィリックスはその続きを敢えて口にした。

「先行で属性魔法検査を受けたラッセル卿の検査結果が、正しいものではなかった可能性が出てくる……」

 その会話をつい先程までマルコムとじゃれ合っていたアルスが耳にした途端、バッと二人の方へ振り返った。

「ラッセルが……属性魔法検査の結果を偽装した可能性があるのか……?」

 アルスのその呟きで、耳が痛くなるほど室内が静まり返った。
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