〇〇と言い張る面倒な王子達

もも野はち助

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番外編:『君は最高の親友だと言い張っていた夫』

2.無表情で無口な王太子

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 アデリーナとフィリクスの出会いは、アデリーナが10歳の頃だった。

 兄妹もおらず次期国王と確定していたフィリクスは、ちょうどこの時に立太子の儀を終えたばかりだったので、各有力貴族達がこぞって自分達の娘をフィリクスの婚約者にと城に送り込んで来た。
 しかし今でこそ社交性が高いと言われているフィリクスだが、この当時は後に生まれる長男リシウス以上に表情筋が死滅した無口な少年だった。

 その原因が、三男フィリップと同じ極度の人見知り。

 初対面の相手限定でフィリクスは緊張からか顔が強張り無口になる為、その重苦しい雰囲気から当時婚約者候補として上って来た令嬢達に冷たい印象を与えてしまい、婚約者がなかなか決まらなかったのだ……。

 そんな中、婚約者候補として白羽の矢が立ったのがアデリーナだった。
 アデリーナの父は、三大侯爵家の一つでもあるフレイノール家の次男であり、長男が家督を継いだ際、アデリーナから見ると祖父になる父親から伯爵位を譲り受け、フレイノール家の傘下として伯爵領を治めていた。
 その為、アデリーナは伯爵令嬢と言っても侯爵家寄りの家柄と見られている。

 しかし、いくら何でも王太子の婚約者として伯爵令嬢はという不満の声は、当然上がってくる。だが、当時の有力な婚約者候補だった令嬢達では、このフィリクスの無表情と長い沈黙の面会時間に堪えうる事が出来なかったのだ。

 その点、アデリーナは違った。
 父の生家でもあるフレイノール侯爵家は、三大侯爵家の中でも特に厳格な家柄だった為、アデリーナは幼少期からかなり厳しく躾けられた。
 そんな厳格なフレイノール侯爵家の元令息だった父の口癖は『フレイノールの名において常に誇り高くあれ』だった。
 その為、たとえ自分よりも身分の高い相手であっても凛とした態度を常に心掛ける事がアデリーナにも身に付いていた為、当時冷徹な雰囲気と恐れられていたフィリクスに対しても全く動じなかったのだ。

 その事に目を付けた当時の国王夫妻は、早々に二人の縁談の場を設けた。
 だが一つ年上のフィリクスは、アデリーナをリードするどころか、無言と無表情を貫き通す。もちろん、今ではそれは極度な人見知りと緊張によるものだったと分かるのだが、当時その事を知らなかったアデリーナは「なんて横柄な態度の王太子だ」と感じていた。
 それでも厳しい貴族教育を受けていたアデリーナは、淑女のマナーとして体裁的な交流を王太子フィリクスに試みる。

「フィリクス殿下は、何かご趣味などはございますか?」
「いや、特に無い」
「ではお好みのお菓子などはございますか? もしよろしければ、今度お土産でお持ちしたいのですが」
「甘いものは苦手だ……」

 全く会話が膨らまない……というよりもフィリクス自身が会話を膨らます気がないように思えたアデリーナは、ニコリと微笑みながら心の中で悪態を吐いた。

 この王太子は……人を呼びつけた立場であるくせに何様だ……。

 まぁ、次期国王確定の尊い身分であらせられる『王太子様』なのだが……。
 それにしてもこの態度は婚約者候補に対して、あまりにも酷過ぎる。
 これではいくら見た目に恵まれている王太子とはいえ、好意など抱けない。
 このフィリクスの態度は、誇り高きフレイノールの血が流れるアデリーナの事を完全に見下している態度にしか見えず、アデリーナの怒りは静かに募り始めた。
 そんな相手の様子に一切気付かないフィリクスは、無言と無表情を貫き通す。
 その態度についにアデリーナの怒りが臨界点を突破した。

「殿下、不敬である事は承知の上で伺ってしまうのですが、もしやわたくしと会話なさる事を不快と感じていらっしゃいますか?」

 優雅に微笑みながら、その不満をぶつけたアデリーナの言葉にフィリクスは大きく目を見開く。

「そ、そのような事は……」
「ですが、先程からわたくしと会話をなさるご様子が一切感じ取れないのですが?」
「それは……」
「このままではこの面会時間が、お互いにとって無駄な時間になってしまいますわね。ならばこの貴重な時間を無駄にしない為にお互いに好きな事を行う時間に致しませんか?」
「好きな事?」
「わたくしの趣味は読書です。ですので、わたくしは読書時間にこの無駄になりかけている時間を廻しとうございます。殿下もどうぞ、お好きなように過ごされてはいかがですか?」
「私には……あなたのような趣味は特にないのだが……」
「では時間が空いた際になさりたい事は?」
「そうだな……。ならば少し溜まり出した公務を片付けたい」
「では次回の面会時は、是非殿下の執務室でお会いしましょう」
「え……?」
「殿下は気になっておられるご公務の処理を。わたくしは趣味である読書を楽しませて頂きます」
「だ、だが! それでは婚約者である君との関係醸成と言う目的が!」
「今現在、その目的が達成されていると思われますか?」
「………………」
「では次回からは殿下の執務室で面会をするよう手配をお願い致しますね?」

 押し切るように言いきったアデリーナは、ニコリと微笑んだ後、控えている自分の侍女に読みかけで預けておいた小説を寄越すように指示を出す。
 すると一瞬、侍女がビクリと肩を震わせた。
 しかし落胆した様子で、すぐにアデリーナにしっかりとした装丁の本を手渡す。
 結局、初の顔合わせをしたこの日は、アデリーナが王太子を放置した状態で、堂々と小説を楽しむ事で終了した。



 そして翌週、再度婚約者候補としての二人の面会日が訪れる。
 場所はもちろん、フィリクスの執務室だ。

「アデリーナ嬢……流石にこのような面会の仕方では……」
「お構いなく。むしろわたくしは、この方が有意義に時間を過ごせますので」

 そう言い切ったアデリーナの目の前のテーブルには、フィリクスが接待用に用意させたアフタヌーンティーセットと、アデリーナ自らが持参した小説が三冊ほど積み上がっていた。アデリーナのその状態を横目にしながらフィリクスは、後ろめたそうな様子で公務に手をつけ始める。
 するとフィリクスが走らせるペンの音のみが、主張するように響き出す。
 その気まずさから、どうしてもフィリクスはアデリーナの方へと視線を向けてしまうのだが、対するアデリーナは視線があった際にニコリと微笑みを返すのみで、すぐに小説の方に集中し出してしまう。

 そんな面会時間を過ごすようになってから、早二カ月が経った頃。
 ついにフィリクスの方が、その気まずい雰囲気に先に音を上げた。
 その為、この日のアデリーナは、初めてフィリクスと対面した時と同じように中庭の四阿あずまやの方へ案内された。どうやら今回はここでお茶に興じるらしい。

「アデリーナ嬢。その……この面会時間のお陰で、大分公務も捗ったので、そろそろ通常の婚約者同士の交流に戻したいと思うのだが……」
「まぁ。さようでございますか……。かしこまりました」

 少し残念そうにアデリーナは、いつも側に仕えている侍女に持参させた小説を回収するように指示を出す。その残念そうなアデリーナの様子に何故かフィリクスが、怯えるように肩をピクリとさせた。

「その……貴重な読書時間を奪ってしまう事は大変申し訳ないとは思う……」
「まぁ。そのようにお気になさらないでくださいませ。そもそもこの時間は、本来フィリクス殿下との関係醸成がメインでしたので。今後は本来の目的である時間の使い方に戻すだけですわ」
「そうなのだが……」

 アデリーナの返答に何故かバツが悪そうにフィリクスがモゴモゴと口ごもる。
 その様子に思わずアデリーナはため息を吐きそうになり、キリっと姿勢を正して気を引き締めた。するとフィリクスが、アデリーナを窺うように上目遣いでジッと見上げてきた。

「その……実は……私は極度の人見知りで……」

 フィリクスがポツリと溢したその言葉にアデリーナが大きく目を見開く。

「で、ですが……殿下はお茶会等では問題なく接待をこなされていたと記憶しているのですが?」
「いや、あれは慣れ親しんだ間柄の者達のみで周りを固めていただけで、実際は初対面の相手との交流はほぼしていない……」
「ええっ!?」

 思わず声をあげてしまったアデリーナは、慌てて自身の口元を扇子で隠す。

「ご、ご無礼を失礼致しました……」
「いや。驚かれてしまうのも当然だと思う。私は免疫のない相手との交流だと、どうしても緊張からか表情が強張り、口数がすくなくなってしまう」
「ですが……今はそのような様子は見受けられないのですが……」
「あまり会話をしていなかったとは言え、週に一度二カ月も同じ室内で過ごせば流石の私でも君という人に免疫がつく」
「な、なるほど……」
「だが、正直このままでは王太子として、とても致命的だという事にも十分危機感を抱いている……。そこで君にお願いしたい事がある」
「お願い……でございますか? お受けするには内容にもよりますが……」
「君には婚約者という関係の前に私の友人になって欲しい」
「殿下のご友人……。ですが、殿下はすでに将来の側近候補の令息の方々と友情を築かれていらっしゃるのでは?」

 すると、テーブルに両肘をついて手を組んでいたフィリクスは、その組んだ手の上に額を押し付けながら、盛大に項垂れた。

「私がこのように無表情で無口な状態になる為、皆が不興を買ってしまうのではと恐れ、挨拶と天気の話以外の会話しかされなくなった……」
「何をなさっているのですか……。そもそもその側近候補の方々も長く殿下のお側にいらっしゃったのだから、免疫が付いたのではないのですか?」
「君のように周りの人間から話しかけて貰えないと私は免疫が付かない……」
「殿下は……非常に面倒な性質のお方なのですね」
「その通りだ。返す言葉もない……」


 そう言って膝上に視線を落としながら、フィリクスが盛大に落ち込み出す。
 だが次の瞬間、スッと顔を上げたかと思うとテーブル越しにアデリーナの右手を両手でガッシリと掴んで来た。

「だから君に頼みたい! 私のこの重度な人見知りにも動じず、尚且つ社交スキルが高そうな君には、是非私のこの欠点を改善する為に友人として、私と交流する事でこの酷い人見知りの改善に協力してい欲しい! その際には茶会や夜会等で常に私の隣に並んで、私が来賓客との交流を円滑にこなせるように補佐をして欲しいんだ!」
「殿下……」

 表面部分だけで読み取れば、王太子でありながら極度の人見知りで強面になる欠点を克服しようと努力する姿勢を見せているように感じるが……。よくよく話を整理すると、要は公の場に出た際に人見知りによる対人スキル不足を全力でフォローして欲しいというのが、一番の目的のように感じられる。

「そこまで社交での交流は苦手でいらっしゃるのですか?」
「苦手だ……。野心に満ち溢れて声を掛けてくる彼らの瞳が怖い……。特に年の近いご令嬢方のあの獲物を狙うような猛禽類的な視線には、身の危険すら感じる……」
「それは……かなり重症でございますね……」
「頼む! このような事、父上や母上にも恥ずかしくて相談など出来ない!! 長年使えている側近が二人いるが、相談したら鼻で笑われてしまった!!」

 悲痛な表情でそう訴えてきたフィリクスの言葉にアデリーナは、思わず空気のように後ろに控えている一人の側近に視線を向ける。
 すると目が合うと、ニッコリと微笑まれてしまった。

 フィリクスよりも5歳程年上と言ったところだろうか。
 鼻で笑っても不敬扱いにならない事を考えると、余程フィリクスとは付き合いが長いのだろう。これは確実にフィリクスのこの情けない部分を日常的に揶揄っている様子が窺える。同時に彼らにとって、この極度な人見知りの改善がお手上げ状態になってしまっている事も感じられた。

「かしこまりました。それではこれからは出来るだけフィリクス様のお側に付き、可能な限り社交界での交流をフォローさせて頂きます」
「ほ、本当に!? ああ! アデリーナ嬢、ありがとう!!」

 そう言って更にアデリーナの右手をガッシリと握りしめてきたフィリクスは、今まで見た事もない程の満面な笑みをアデリーナに披露した。
 その笑みに思わずアデリーナが息をのむ。

 薄茶色の少し癖のあるフワフワの猫っ毛に濃いエメラルドの瞳が、極度の人見知りを発動している時の冷たい印象と違って、とても柔らかい印象を与えてくる。それを国王夫妻譲りの整った顔立ちでされてしまったのだから、大抵の年頃の乙女なら、皆コロリと心を奪われてしまう。

 だがアデリーナは、心を打ち抜かれないように何とか踏ん張った。
 誇り高きフレイノールの血を持つ自分は、そう簡単に落ちる安い女ではない。
 それにこれは完全なる人助けだ。
 この対人スキルが壊滅的な王太子を何とかしなければ……。

 何故か責任感に駆られていたこの時のアデリーナは、すでに自分がその笑顔に篭絡されてしまっていた事に全く気付いていなかった。
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