雑談する二人

ハチ助

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【リボンを奪ったガキ大将】

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【★9000文字程度の短編感覚でお読みください★】


「返して!! それ、お誕生日にお父さんがくれた大切なリボンなの!!」

 ミルクティーのような淡い茶色いの髪を持つ7~8歳くらい少女が、自分よりも二つほど年上であろう少年から、必死で白いリボンを取り替えそうと立ち向かっていた。

「お前みたいなチビにこんなリボン、似合うわけないだろ!」

 そして少女のリボンを奪ったのは、いかにもガキ大将という笑みを浮かべた10歳くらいの少年だ。
 こげ茶色の癖のある髪をし、少女が困っている姿をいかにも楽しそうに観察しながら、グレーの瞳をキラキラさせている。
 身軽そうで将来有望そうな容姿をした少年だが、その表情は自分が一番だという自信に満ち溢れていた。
 そして少年の周りには、子分のような少年が二人くっ付いており、彼らも同じように少女にニヤけた意地の悪い笑みを向けている。

「お願い! ロイ! 返して!」

 リーダー格の少年の名を叫びながら、必死で少女がリボンを取り返そうとする。
 しかしロイと呼ばれた少年は、それを簡単に躱し、更にニヤニヤした表情を少女に向けた。

「嫌だね! だったら自分で取り返してみろよ?」

 そう言って少年は、リボンを取り返そうとまとわり付いてくる少女を押しのけ、少女の手の届かない位置の木の枝にそのリボンを結び付けてしまった。

「そ、そんな高いところ、私じゃ届かないよ……」

 今にも泣き出しそうな少女が恨めしそうにその結ばれたリボンを見つめる。

「じゃあ、ずっとこのままだな。明日は雨が降りそうだから、この白いリボンもビショビショのドロドロになっちまうな!」

 それを聞いた少女が更に悲しそうに瞳を大きく見開いた。そしてそのままグっと唇を噛む様に俯く。
 しかし……次の瞬間、少女はキッとしながら顔を上げた。そしてその木に手を掛け登りだす。

「お、おい……」

 2メートル程の大人の背丈より少し高いその小ぶりの木は、非常に枝が細い。
 いくら少女が小柄な子供だからといって、足を掛ければ折れそうだ。
 それでもリボンを取り返したい少女は、その頼りない植木ほどの木に足を掛け、頂上辺りに手を伸ばす。
 普段はいつも泣き寝入りする少女のその行動をロイは、唖然とした表情で見つめていた。

 そんな状況だったからか……。
 少女がリボンに手を掛けようとした瞬間、その木がミシミシと横に倒れる事を予測出来なかった。
 その瞬間、その木は根を張った地面を盛り上げ、まるで地面を削るように横に傾きながら倒れだす。
 そしてその倒れる先は……草木が生い茂る先が見えない急斜面だったのだ。

「きゃぁぁぁぁぁー!」
「バカっ! 落ちるっ!!」

 その状況に瞬時に反応したロイは少女に手を伸ばし、自分の方へと引き寄せようとした。
 しかし思った以上に木が傾くのが早く、少女の手を掴みはすれど、ロイまでもが一緒にその急斜面へと吸い込まれてしまう。

「ロイ!! ターシャ!!」

 ロイの取り巻き的な少年二人が、真っ青な顔をしながら二人の名を叫び手を伸ばす。
 しかし二人は、そのまま地面ごと倒れた木と共に草木の生い茂る急斜面を滑り落ちていった。



 ――――どれくらい経ったのだろうか……。

 ふと少女が気が付けば、目の前にはリネン生地の柔らかさが頬に伝わってくる。
 しかし、それと同時に土の匂いも鼻をついた。
 近くにそこそこ流れの早い川があるのか、その流れる水音も耳に入ってくる。

「ここ……どこ?」

 先程ターシャと呼ばれた少女が、ゆっくりと体を起こそうとする。
 しかし、どうやら斜面を滑り落ちている際に自然に出来てしまった窪みにハマってしまった様で、身動きがあまり取れない状態だった。
 同時に今、自分がいる場所に驚く。
 ターシャは、眠っているかのように意識のないロイを下敷きにしていたからだ。

「ロイ! ロイ! 起きて!!」

 狭い窪みにハマってはいたが、ロイの上から降りるスペースを何とか確保し、横にずれたターシャは、横たわっているロイの両肩を必死で揺らした。
 しかし、ロイは一向に目を覚まさない。

 もしかしたら死んでしまったのでは……。

 そう思ってしまい、ターシャの目の前は真っ暗になった。
 しかし、慌ててロイの胸辺りに耳を押し当てると、ロイの心音が聞こえてくる。

「よ、良かった……。生きてる……」

 そう安堵したターシャだが、ロイをよく見ると腕や足が傷だらけだった。
 対してターシャの方は、泥で汚れてしまった部分もあるが、切り傷などは殆ど見られない。
 どうやら斜面を転がり落ちた際、ロイがターシャを抱え込んで守ってくれたらしい。

 しかし先程、意地悪をされたターシャには、ロイのその行動が理解出来ない。
 もしかしたら自分は年下だったから、ロイは仕方なく守ってくれたのだろうか……。
 それでもロイがあんなところにターシャのリボンを結び付けなければ、こんな事にはならなかったはずた。

 そう考えると、ロイに対する感謝の気持ちが、ターシャの中で少し薄れる。
 だからと言って、ロイをこのままにしておくのも不安だった。
 小さな自分でも何か出来ないかと思い、窪みから少し体を乗り出す。
 すると……

「ロォォォォォォォォーイ!!」
「タァァァーシャァァァー!!」

 男性の声と女性の声で二人を呼ぶ声が聞こえた。
 すぐにその声が、村長の息子のリクスと、いつも自分達を面倒見てくれるエナの声だと気付く。

「リクス兄ぃぃぃー!! エナ姉ぇぇぇー!!」

 普段から蚊の鳴くような小さな声でしか話せない小さなターシャだが、それでも今出せる精一杯の大声で二人の名を叫ぶ。
 しかし、木々のざわめきと近くを流れる川の流れる音にかき消されてしまうのか、こちらからの声が二人には届かないらしい。

「どうしよう……。私の声じゃ二人に気付いて貰えないよ……」

 しかしリクス達の会話は、ターシャの方にはしっかり聞こえてくる。
 話す時の声が大きいリクスの声は特にだ。

「もう少し頑張って大きな声で叫べば……」

 そう思ってターシャが息を大きく吸い込んだ時……。

「だぁぁぁぁぁぁー!! 何で二人とも見つからねぇーんだよっ!!」

 業を煮やしたリクスの叫び声が聞こえ、驚いたターシャは変な風に息を吸い込んでしまい咽てしまう。

「どうしよう……。二人がいなくなってから、もう一時間も経つよ……?」
「この辺に滑り落ちた事は間違いねぇーんだ! ただ……これだけ叫んでも反応ないって事は……」
「ま、まさか死……」
「エナッ!! 縁起でもない事言うなよ!! 大体、この高さからずり落ちたくらいじゃ死なねぇーよ!! それでも……意識は失ってる可能性は高いな……」
「そ、そんなっ!!」

 今にも泣き出しそうなエナの声が聞こえ、ターシャまでも瞳に涙が溜まり出す。
 だがロイがこの状態でいる限り、二人に気付いてもらうには自分が何とかするしかない。
 そう思ったターシャは、近くにある自分の片手よりも大きめな石を両手で掴む。
 それを下に向って思いっきり投げた。
 しかし石はあまり遠くには飛ばず、コロコロ転がるだけで途中で止まってしまった……。

 ならばと今度は、片手で掴めるくらいの小さな石を思いっきり投げた。
 しかし生い茂る木々の葉に阻まれ、カサッという小さな音しか立たない……。

 どうにかして二人に自分達の居場所を気付いて貰わなければ……。
 このままでは、二人はこことは別の場所を探し始めてしまう。
 かなり追い込まれた気持ちになったターシャは、大声を出して、二人に気付いて貰おうと再び大きく息を吸う。

「エナ姉ぇぇぇぇぇぇー!! リクス兄ぃぃぃぃぃぃー!!」

 しかし元からか細く甲高いターシャの声は、山が発する自然の音にかき消されてしまう。
 下にいるリクス達の声は、そこそこ聞こえてくるのに自分の声は何故か届かない……。
 どうやら二人よりも高い位置にいるターシャの声は上の方に抜けてしまうようで、下で自分達を探してくれている二人には、聞こえづらくなっているらしい。

「どうしよう……どうしよう、どうしよう!!!」

 小さく震えながら青い顔で、何かいい方法がないかとターシャは必至で考える。
 すると、またリクスの悪態を付く声が聞こえてきた。

「くっそ!! どこにいんだよ!!」
「リクス! 落ち着いて!」
「落ち着けるか! あと少ししたら日が暮れんだぞ!? そしたらお手上げだ!」

 吐き捨てるようなリクスの言葉を聞いたエナが、再び大声で叫ぶ。

「タァァァァーシャァァァァー!! ロイィィィィィィィー!! いたら返事してぇぇぇぇー!!」
「ロォォォォォーイ!! 早く出て来ないと、ぶっ飛ばすぞぉぉぉぉぉー!!」
「ちょっと!! それじゃ、余計に見つからないじゃない!!」
「脅しでもしねぇーと、あのクソガキは出て来ねぇーだろーがっ!!」

 近くにいるのに気づいて貰えないもどかしさから、ターシャの瞳にじわじわと涙が溜まる。
 同時に探してくれているリクスとエナも焦りと苛立ちを募らせている様だ。

 もう一度……もう一度、気付いて貰えるように叫び続けよう! 

 そう決心したターシャは、再び息を吸い込む。
 すると下の方から、苛立ったリクスの声が飛んできた。

「ああぁぁぁー!! もうぉぉぉぉー!! 大体、何であの二人、山からずり落ちたんだよ!!」
「一緒にいたワイズ達の話だと……ロイがターシャの大事なリボンを奪って、ふざけてそれを小ぶりの木に括りつけたら、ターシャが取り返そうとその木に登っちゃったみたい……。でもその木は不安定な場所に生えていたらしくて、ターシャの重さで木が斜面の方に傾いて、木と一緒に二人も巻き込まれて落ちていったって……」
「何だよ!! 結局は、あのクソガキのせいじゃねぇーかっ!!」

 ロイはイーベル村内でも大人達が警戒する程、イタズラ小僧として名を馳せている。
 リクスもかなりイタズラを仕掛けられた側だが……。
 そのイタズラ小僧精神は、代々上の世代から下の世代に受け継がれていくものなので、ロイがそうなってしまったのは、元イタズラ小僧だったリクスにも多少なりとも責任があった……。

「今はそんな事に腹を立ててる場合じゃないでしょっ!?」
「でも元はといえば、ロイのアホがターシャにクソ意地の悪い嫌がらせをしなければ、こんな事にはならなかっただろ!?」
「そうだけど……」
「大体あのクソガキは、ターシャにちょっかい出し過ぎなんだよ!! いくら自分が好きな女だからって、苛めて気を引こうとかバカだろ!? あれじゃターシャに嫌われる一方じゃねぇーかっ!!」

 急にリクスから出た爆弾発言を聞いたターシャは、思わず隣で倒れているロイを見やる。
 しかしロイは、まだ気を失ったままだ。

「大体、好きな相手苛めるとか、頭おかし過ぎだろ!?」
「でも小さい頃の男の子って、そうやって自分の好きな子にちょっかい出す子、多いよね? リクスだって、そういう経験あるでしょ?」
「無ぇーわっ!!」
「なんで言い切れるのよ!!」
「じゃあ、お前は俺がそういう事をしたところを見た事があんのか!? そもそもガキの頃の俺は、お前とつるんでばっかだっただろーが!」
「確かにないけど……。むしろリクスは、イタズラや嫌がらせを同世代の子じゃなくて、大人の人にしてた記憶しかない気がする……」
「ホレ、見ろ! 大体、好きな相手に嫌がらせして気を引こうとか、普通はガキでもやらねぇーんだよ!!」
「だから何で言い切れるのよ!! それはリクスが私にそういう感情を抱いた事がないから、してないって断言出来るだけでしょ!? それともリクスは子供の頃、私に異性としての好意を持った事があるの!?」
「いや、ないけど……。つか、エナは女じゃなくてエナっていう生き物だし」
「何よ!! それ!!」
「じゃあ、お前は俺をそういう対象で見た事あんのか!?」
「いや、ないけど……。リクスは性別関係なしにリクスという食い意地の張った生物せいぶつだと私は思ってる」
「お前だって俺の扱い、ほぼほぼ一緒じゃねぇーかっ!!」

 一見、ふざけながら漫才のような会話をしている二人だが……。
 先程からガサガサと大きな音を立てている様子から、恐らく棒などを使って草木をかき分け、自分達を必死で探してくれている事が、かなり伝わってくる。
 時折、『ザッ!』という音が何度も聞こえるのは、恐らくリクスがなたなどで草木を刈りながら捜索してくれているのだろう。
 会話だけでは、よく分からないが、それらの草木をかき分ける音からは、二人が本気で心配して探している事がよく分かる。
 しかし……今のターシャには、その二人の会話の方に興味が行ってしまっていた。

 ロイが自分の事を好き?

 それはターシャにとって、まさに衝撃的な情報だった。
 ロイはいつもターシャを見つけると、意地の悪い笑みを浮かべながら嬉々としてやってくる。
 そして何かに付けて、イタズラや嫌がらせをしてくるのだ……。
 ターシャが虫が苦手なのを知っているのにそれを見せびらかしてきたり。
 ターシャが友人と手作りのお菓子を食べていると、それを奪って全部食べてしまったり。
 追いかけっこをすれば、鬼になるといつもターシャばかりを狙い、ワザと捕まえなかったり。
 ターシャが泣きそうな顔でロイを見上げると、いつも意地の悪い笑みを浮かべていた。

 だから先程転げ落ちた際、何故ロイが自分を庇ってくれたのかが、ターシャには理解出来なかったのだ。
 それなのにリクスは、ロイがターシャの事を好きだと言った。
 好きなのに何故ロイは、自分に意地悪ばかりしてくるのだろうか……。
 それが理解出来ないターシャは、後ろで横たわっているロイに視線を向ける。
 ロイはまだ目を覚まさない。

「大体、相手の大事なモン奪って、それで気を引くとか最悪だろ……」

 再びリクス達の会話が聞こえて来たので、ターシャは助けを求める事を忘れて聴き入ってしまう。

「あー……。それにも理由があってね? ワイズ達の話だと、三日前がターシャの誕生日だったんだって。それでロイはターシャにピンクのリボンをあげようと準備していたらしいんだけど、どうやらターシャのお父さんが、同じようなリボンをプレゼントしたらしくって……。それでずっと渡せないで、ターシャがそのリボンをしていない日を窺ってたみたい」
「渡す前に誕生日プレゼントが被って、それが邪魔だったから奪ったって事か?」
「多分……」
「やっぱ、あのクソガキ、アホだろ!! つか、ガキの癖に女に物を贈るとか生意気過ぎる!!」
「最近の子は、ませてるよねぇ……」
「エナ、それババ臭い」
「うっさい!!」

 そのエナの抗議の声と共にひときわ大きく草木をかき分ける音がした。
 すると、エナが驚く声を上げる。

「リクス、これ!! この倒れている木に結ばれてるのターシャのリボンじゃない!?」
「って事は……やっぱりこの辺にずり落ちて来たんだな……」
「じゃあ、何でこんなに探しているのに二人は見つからないの!?」
「もしかしたら……ずり落ちてる最中にどこかに引っかかったのかもしれねぇ。俺、ちょっとこの上登って確認してくるわ。エナ、お前はここで待っとけ!」
「う、うん。気を付けて登ってね?」

 二人のその会話を聞き、ターシャは現在自分達が救助を求めている立場だった事を思い出す。
 そしてすぐに今いる窪みから体を乗り出し、登ってくるはずのリクスの姿を探した。
 すると、すぐにリクスの姿が視界に現れる。

 どうやらリクス達は、かなりターシャ達がいる場所から近い場所で捜索をしてくれていたらしい。
 同時にそれだけターシャが発する全力の声は、かなり小さい声だったという事だ……。
 しかし、姿が見える距離ならば流石に声が届くと思い、ターシャは再び、ありったけの声量で叫んだ。

「リクス兄ぃぃぃー!! ここっ! ここにいるよぉぉぉー!!」
「ターシャ! 無事か!? ロイは!?」
「ロイもここにいる! でも息してるけど目を覚まさないの!」
「分かった! 今そっちに行くから、お前はそこで、じっとしてろ!」
「うん!」

 そう返事をしたターシャは、リクスが救助に来てくれまで、大人しく待つ事にした。
 しかし……そうなると目の前で横たわっているロイの事が気になる。
 そしてターシャは、先程エナが話していた事を思い出した。

『ずっと渡せないでターシャがリボンをしてない日を窺ってたみたい』

 という事は、現在ロイはその渡そうとしていたピンクのリボンを所持している可能性が高い。
 その事に気付いてしまったターシャは、そっとロイのズボンのポケットに目をやった。

 もしかしたら、そのピンクのリボンをロイは、今も持っているかもしれない……。

 そう考えてしまったターシャは、未だに目を覚まさないロイのポケットを確認しようと、無意識でそっと手を伸ばした。

「うっ……」

 すると急にロイが呻きだす。
 その動きにターシャが、慌てて手を引っ込めた。

「ターシャ……? って、いっっってぇぇぇぇぇー!!」
「ロ、ロイ!! 大丈夫!?」
「大丈夫じゃねぇ……。あちこちスゲー痛ぇ……」
「私達、上から落っこちて、ここに引っ掛かったんだよ?」
「そういえば……」
「それでね、今リクス兄が助けに来てくれるから」
「げっ!! リクス兄が助けにくんのかよ!? 俺ぜってー怒られるじゃん!!」

 そう言ってロイがガックリと肩を落とし項垂れた。
 現状、村一番のイタズラ小僧のロイだが、それを捕まえられるのは、元最強イタズラ小僧だったリクスくらいなのだ……。
 その為、ロイはイタズラをしては毎回大人達から捕獲依頼をされたリクスに捕まり、ゲンコツの刑に遭っていた。
 すると、噂の主が救助に現れる。

「ターシャ!! 無事かっ!! ってロイ、目ぇ覚ましてるじゃねーか」
「うん。ちょうど今、起きたの」
「よ、よう! リクス兄!」
「お前、下に降りたら覚悟しとけよ……。村中総出でお前ら探したんだから、ゲンコツじゃすまねぇーぞ?」
「マ、マジかよ!?」
「マジだ。それより早くここから降りるぞ!」
「ま、待って! 私、こんな急な坂だと降りられないよ……」
「安心しろ。今俺が登りながらロープ張って来たから、それ掴んでゆっくり降りればターシャでも降りられる。もし万が一滑り落ちたら、その下にいるロイが支えてくれるから遠慮なく、ターシャはずり落ちて来い!」
「リクス兄! ひでぇぇぇー!!」

 そして二人が万が一足を滑らせも大丈夫なようにリクス、ロイ、ターシャの順でロープを伝いながら、急斜面を全員無事にゆっくり降りる。
 すると下で待っていたエナが駆け寄って来た。

「ロイ! ターシャ! 無事!? 怪我してない?」
「エナ姉ぇぇぇ~!!」

 ターシャが駆け寄り、エナに抱き付く。
 ロイの方はリクスから尻に蹴りを入れられていた。

「何すんだよ!! 俺一応、怪我人なんだぞ!?」
「怪我人だから一番肉付きのいいケツ蹴りにしてやったんだ! 感謝しろ!!」
「地味に痛すぎて、感謝なんか出来ねぇーよ!!」
「じゃあ、ゲンコツにするか?」
「ケツ蹴りでいいです……」

 そんな二人のやり取りを見て苦笑していたエナだが、ふと何かを思い出したようにターシャに向って両手を広げた。

「ターシャ、これ。さっき木に結び付けられてたのを見つけたの。ちょっと汚れちゃったけれど……洗えば落ちると思うから」

 そう言ってエナが差し出して来たのは、三日前にターシャが父親から貰った白いリボンだった。
 それをターシャが大事そうに受け取る。

「エナ姉、ありがとう! でもこのリボン、お洗濯したらしばらく使えないね……」

 残念そうな表情をしながらターシャが俯いた。
 すると……

「これ、やる」

 何かを握り締めたロイの手がズイっと自分の前に現れた。
 それをキョトンとした表情でターシャが見つめていると、受け取れとばかりにロイが更に拳を突き出してくる。
 慌ててターシャが両手を広げると、ロイの握り拳からピンクの細いリボンがハラハラと落ちてきた。

「言っておくけど……それは妹にあげようと思って、持ってただけだからな! 別にお前にあげる為に持ってたわけじゃないからな!!」

 そう言いながら、何故かロイは不機嫌そうな顔をしながら、明後日の方向を向いている。
 しかし、ターシャは先程のリクスとエナの会話から、ロイがこのピンクのリボンをずっとターシャに渡そうと持っていた事を知ってしまっている。
 だから思わず笑ってしまった。

「な、何で笑うんだよ!? 本当だからな!! 本当に妹にあげようとしてたんだからな!?」

 必死で言い訳をするロイの後ろには、前屈みになって小刻みに震えているリクスとエナがいた。


 その後、無事に村へ戻ったターシャとロイは、大人達にこっぴどく叱られた……。
 特にロイは、村の新米医師のカートから『擦り傷以外、特に異常なし!』と診断されるや否やリクスと自分の父親から、ダブルでゲンコツを貰っていた……。

 そしてターシャの方は、翌日からロイから貰ったピンクのリボンを髪に結んでみる。
 すると……何故かそのリボンを身に付けている日だけ、ロイが気まずそうな顔をしながらターシャを避けるようになったのだ。
 その為、その日を境にターシャはロイから、あまり意地悪をされなくなった。
 それに味を占めたターシャは、以降頻繁にそのピンクのリボンを愛用し始める。

 すると、何故か毎年ターシャの誕生日には、ロイからリボンが贈られるようになった。
 その際、毎年恒例のように「妹にあげようとして、……」というセリフと共に……。
 そしてそのロイの行動は最終的に10年以上続き、最後にターシャが贈られたのはリボンてはなく、ターシャの誕生日花がデザインされた髪飾りだったそうな。
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