雑談する二人

もも野はち助

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【献身的な彼】

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【★13000文字越えの短編作品感覚でお読みください★】


「おはよう、リレット。今日も畑の水やりと草取り、やっておいたよ?」

 そう言って額の汗を拭ったのは、朝焼けを思わせる金色の髪をした20代半ば過ぎくらいの青年だ。エメラルド色の瞳を優しげに細め、リレットと呼んだ女性に微笑みかける。

「オリバー! 今日も手伝ってくれて、ありがとう!」

 イーベル村は自給自足が基本の家が多い。
 特にリレットの場合、父親がかなり熱心に野菜作りに励んでいる為、取れ過ぎてしまった野菜や形がいびつで出荷出来ない野菜等をよく村人に無償で提供している。
 しかし……その父が五日前から腰を痛めてしまい、現状はリレットと弟の二人で畑の切り盛りをしている状態なのだ。

 もちろん、そんなリレットの状況に近所の村人達が、すぐに手を差し伸べてはくれる。そこはド田舎の小さな村特有の人情溢れる環境なのだが、それでもやはり手が回らない部分が出てきてしまう……。
 そんな状況を気遣い、4年前からこの村に滞在している詩人のオリバーが、頻繁に畑仕事を手伝ってくれているのだ。

 オリバーは元々は王都の城下町の方で執筆活動をしていた。
 しかし4年前に急にスランプになってしまい、出版編集者に勧めらてこのド田舎ではあるが、長閑のどかなイーベル村に癒しとインスピレーションを求めてやった来た。そしてその一ヶ月後に見事にスランプを乗り越え、現在は順調に執筆活動に励んでいる。

 だがオリバーは、そのままイーベル村に滞在する事を選んだ。
 どうやら余程この村の風景は、オリバーの創作意欲を駆り立てる環境であるらしい。スランプ脱出後もオリバーは、そのままイーベル村に居座り続けている。

「オリバー、これ良かったらお昼にでも食べて」

 そう言ってリレットは、朝作った野菜サンドが入っているバケスケットを渡した。

「こちらこそ、いつも美味しい昼食をありがとう! リレットの作る料理はどれも美味しいから、毎日が楽しみだよ」

 そう言ってオリバーが、笑顔でそのバスケットを受け取った。
 その様子は二人の関係をよく知らない者にとっては、仕事に行く夫にお弁当を渡しているような光景に見えてしまうであろう。
 そしてそう見えてしまうのは、オリバーもリレットも結婚していてもおかしくない年齢だからだ。

 今年で24歳になる未婚のリレットは、いわゆる行き遅れ扱いになる。
 だが結婚出来なかった理由は、決してリレットに魅力がないという事ではなかった。

 リレットの髪は、平民では珍しいプラチナブロンドだ。
 しかも毎日畑仕事をしているせいか、余計な脂肪が付いていないのでスレンダーな体型をしている。
 ド田舎にある村の住民とは思えない程、平民離れした容姿をしていた。
 そんなリレットが未だに結婚しない理由が、この家の事が心配だからだ。

 リレットの母は8年前に畑仕事の最中に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった……。
 その際、リレットは父とまだ幼い6歳の弟と三人で、しばらく現実を受け入れられず、茫然としてしまっていた。
 しかし、誰かが母の代わりに家を切り盛りしていかなければならない。
 当時16歳だったリレットは、必死で母の代わりを務めようと努力した。
 しかし、母の代わりを務める事は思った以上に大変で……。
 がむしゃらに頑張った結果、あっという間にこの年になってしまっていたのだ。

 その間、リレットに交際や結婚を申し込んで来てくれた男性もいた。
 しかし、まだ幼かった弟も抱えていた事もあり、家の事を切り盛りしなければならない理由で、全て断ってしまっていた。
 そして気が付いた時には周りの同世代の殆どが所帯を持っており、リレットだけが取り残されてしまったのだ……。

 そんなリレットだが、今現在もそこまで結婚願望はない。
 もうこのまま家に居残って行かず後家にでもなろうかと思っている。
 早くに母を失ってから、リレットの中では家族を失うかもしれないという恐怖が常に付きまとうようになってしまったのだ……。
 それ故に家族に対する執着は、かなり強いものになってしまっている。
 そしてそれは父や弟にも言える事で、二人共リレットの行き遅れな状態に対して何も言ってこない。
 それだけ母の死は、リレット達家族の大きなトラウマとなってしまっている……。

 しかしここ最近のリレットは、このオリバーという存在によって、周りからは近々結婚をするのではという目で見られていた。
 だが、リレット自身はオリバーに対して特別な感情を抱いていてはいない。
 それはオリバーに魅力がないからという訳ではなく、単にリレットの方に問題があるからだ。
 リレットは10年前から、ある青年との関係悪化が原因でその事に囚われたままなのだ。その青年の存在が、リレットに結婚願望を抱かせない……。

「リレット、そういえばロブさんの容体はどうなの?」

 そんな事を考えていたからなのか、オリバーの問いにすぐに反応出来ず、リレットが慌てて我に返る。

「えっと……今、カートが診察に来てくれているのだけれど……」

 リレットが何故か気まずそうに返答して来たので、オリバーが違和感を抱く。

「リレット? どうかし……」
「リレット、診察が終わった」

 その違和感をオリバーが確認しようとした瞬間、突然リレットの家の方から声が掛かった。二人同時に振り返ると、そこには半年程前に王都からイーベル村に戻って来た新米医師のカートがいた。
 カートは元々この村の出身だが、10年前に医者になりたいと言って一度村を出て王都の医術学校に通っていた。その後、医師資格を取得し、半年ほど前に医者不足のイーベル村に赴任という形で帰って来たのだ。

「カート……。あ、ありがとう。それで、お父さんの容体は?」
「あと二週間は安静にしていた方がいい」
「そう……。分かったわ」

 先程と違い、やけに気まずい雰囲気で返答するリレットの様子にオリバーの違和感は、ますます強まった。
 二人は確か幼馴染なはずなのだが……やけに会話が余所余所しい。
 すると、そんなリレットの様子にカートが盛大にため息をつく。

「それとリレット。ロブさんがあんな状態だから仕方ないとは思うが……小屋の裏の畑がかなり荒れているぞ? 正直お前と弟だけでは管理は無理なんじゃないか? 自分達で何とかしようとしないで、もう少し周りの人間に頼った方がいい」

 カートはオリバーとは真逆の容姿をしている。
 艶のあるサラサラの黒髪に薄い水色の瞳をしている上にあまり表情がないので、少々冷たい印象を受ける。
 医者のトレードマークでもある白衣や、銀縁の細いフレームのメガネもカートの冷たそうな雰囲気を更に強調していた。

「あなたに言われなくても分かっているわ。でも……ご近所だって、自分達の生活で忙しいのだから、そう簡単には頼めないでしょ?」

 カートと目を合わせない状態で、リレットが呟くように返答する。
 いつも笑顔で愛想の良いリレットしか見た事がないオリバーは、ますます違和感を募らせた。
 そんなリレットの態度に再びカートが小さく息を吐く。

「頼まれずにこの現状を見せられてる事の方が、周りの人間には迷惑なんだがな。普段、無償で売り物にならない野菜を配っているのだから、頼めば嬉々として周りの人間は手を貸してくれるはずだ。それをせずに大変な現状をアピールしてばかりの方がよっぽど迷惑だ」
「カート! 何もそんな言い方をしなくても……」

 あまりの冷たい言い方にオリバーがつい口を挟む。

「事実だろ? リレットは昔からいい子ちゃんぶる傾向が強かったから、それが逆に周りの人間の同情心を駆り立てる行為だと気付けてない事が多い。だからハッキリ言ってやらな……」
「勝手に人の性格を分析しないで!」

 カートの言葉を遮るようにリレットが叫んだ。

「あなたのそういう何でも分かり切っているように人の事を分析する所が昔から嫌なのよ! そんなに畑が荒れてるのが気になるのなら、あなたがやれば!?」
「頼まれもしないのに俺がやる義理はない」
「私だってあなたになんて頼みたくない! 父さんの診察は終わったのでしょ!? どうもありがとう! もう帰って貰って構わないわ!」

 一気に捲し立てるようにカートへの不満を口にしたリレットだが……その時でさえ、カートとは目を合わせようとはしなかった。
 その様子にカートは、三度目のため息をつく。

「分かった。もしロブさんの容体に何かあったら、呼んでくれ」

 そう言って、カートはさっさとその場を去って行った。

「リレット? カートと何かあったのかい?」
「あいつは昔からああいう嫌な奴なのよ……。10年前だって人の事に関しては、色々言ってくる癖に自分の事は全く話してくれないで……」

 そう言って、唇を噛みしたまま俯いてしまったリレット。
 二人の間に重苦しい沈黙が広がる。
 しかし、その沈黙をぶち壊すような能天気な声が、畑の入り口から聞こえてきた。

「リレ姉ぇ~! 売り物にならない野菜が余ってるって聞いたから、貰いにきたんだけど……。まだあるかなぁ?」

 重苦しい空気を一気に変える明るい声がリレットに掛かる。
 声の主は、この村に住む15歳の少女エナだ。
 ミルクティーのような薄茶色の真っ直ぐな髪を耳の後ろ辺りで二つに分けて結んでいる。明るい茶色の大きな瞳をクリっとさせている表情は、子供の頃から全く一緒だ。

 その後ろには、やや不貞腐れ気味な表情を浮かべた村長の息子のリクスがいる。くすんだ様なアッシュブロンドのフワフワの癖毛は、幼少期の頃から変わらないが、顔立ちはすっかり青年寄りだ。
 子供の頃は猫のような大きな瞳をしていたが、今現在では切れ長の涼し気な瞳になってしまった。
 この方が女性受けはいいだろうが、幼少期の姿を知っているリレットにとっては、何だか可愛さが無くなってしまったので勿体ないと感じてしまう……。

 ちなみに年齢はエナよりもリクスの方が一つ年上だ。
 しかし何故かこの二人は、幼少期の頃からセットでいる事が多い。
 それが年頃になっても続いているのは珍しいが、それもこの二人にとっては当たり前の事なのだろう。
 ちょうど今の二人ぐらいの時から、よく他の子供達と一緒にこの二人の事も面倒を見ていたリレットにとっても、いつまで経っても二人セットでいる事が当たり前となってしまっている。
 もちろんそれは、リレットだけでなくこの村の人間の殆どがそう感じているとは思うが。
 何より羨ましいのが二人の関係は、同じ幼馴染同士という間柄であったのに自分とカートでは築けなかった関係だという事だ……。

「エナ! 野菜貰ってくれるの? 大丈夫。まだまだたくさんあるから、好きなだけ持って行って!」
「わぁ~! ありがとう!」

 先程の重苦しい表情をどこかに置き去りにしたかのようにいつも通りの明るい表情を浮かべているリレットの様子にオリバーが少しホッとする。

「ところで……後ろのリクスは何で不貞腐れているの?」
「不貞腐れたくもなるわっ! 俺、荷物持ちでここに連れて来られたんだぞ!?」
「だって野菜、重いんだもん! リクスいっつも私の家にお昼たかりに来てタダでご飯食べてるんだから、荷物持ちくらいしてよ!!」
「だからって、こんなデカいカゴ持ってきやがって……。お前、確実に俺の両腕を酷使する気満々だろ!?」
「無駄に図体ばかり大きくなったんだから、少しは役に立ってもいいと思う!」
「お前がチビっ子過ぎるだけだろーが!!」

 幼少期の頃は、ほぼ同じ身長で年子の兄妹のような二人だったが、現状ではリクスの方が頭一つ半ほど、エナよりも身長が高い。
 それでも二人が、相変わらずの関係を維持している様子にリレットが苦笑する。
 そして同時にその関係を羨ましいとも思ってしまう……。
 そんな二人の様子を見て楽しんでいたリレットの隣にいるオリバーにエナが気づいた。

「あれ? オリバーさんもリレ姉から野菜貰いに来たの?」
「いや、僕はこの畑の世話を少し手伝いに来ただけだよ」
「オリバーは父さんが腰を痛めてから、手伝いに来てくれているの」

 すると、何故かエナの隣にいるリクスが驚くように目を大きく見開く。

「オリバーさんが畑、手伝ってんのか?」
「そうだけど……。何で?」
「いや、別に何でもない……」

 何故か腑に落ちない様な表情をしたリクスの様子から、エナが何かに気付いた様に声を上げた。

「ああーっ!! リクス、リレ姉をオリバーさんに取られるかもしれないって心配してんでしょ?」
「違ぇーよっ!!」
「リレ姉、美人だもんね!」
「ふざけんなよっ!! いくら美人でも俺は年増には興味ねぇ――――って、痛ぇぇぇぇー!!」
「妙齢の女性に年増とか言わないの!! リクスは本当に口が悪いわね……」
「だからって腕つねる事ないだろ!? あっ! 爪の痕付いてる!」
「自業自得だよ、リクス……」
「エナ……てめぇ……。元はと言えばお前が変な事言い出した所為だろーがっ!!」

 相変わらずギャイギャイ賑やかな様子の二人に呆れたのか、オリバーが苦笑しながら口を開く。

「それじゃ、僕はもう帰るね」
「ええ。オリバー、今日も手伝ってくれてありがとう!」
「他に手伝って欲しい事があったら、遠慮なく言って」
「本当にありがとう!」

 そう言ってオリバーに手を振っていたら、相変わらず腑に落ちない表情をしたリクスが、ボソリと質問してきた。

「リレ姉、オリバーさんって何時くらいに畑の手伝いに来てくれてんの?」
「えっ? 大体6時半前後くらいだけど……」
「そっか」
「え? さっきから何? リクス何か気になる事でもあるの?」
「いや? 別に?」
「別にって……余計気になるのだけれど」

 すると、すでに畑の方に向っていたエナにリクスが大声で呼ばれた。

「リクス~!! 早く来て野菜取るの手伝ってよぉぉぉ~!!」
「お前、それ絶対に人に物頼む態度じゃねぇーからなっ!!」

 怒鳴り返すようにエナに返事をしたリクスは、さっさとエナの元へ行ってしまった。

「一体、あの子は何をそんなに気にしてるのかしら……」

 そう呟くもやりかけの仕事があった事を思い出したリレットは、先程まで作業していた小屋の方へ慌てて向かう。
 ここでは出荷前の野菜に少し手入れをし、箱に詰めているのだ。
 その後、契約している行商人が回収しに来る。
 基本的に全て買い取りをしてもらう契約なので、出荷準備さえしてしまえば、ここにある野菜は無駄にはならない。
 しかし、現在畑に生えている野菜に関しては、出荷するには見栄えや大きさが規定範囲外の物が多い。
 そういった野菜を父の意向で村人達に無償で提供しているのだが……中には申し訳ないと物々交換してくれる村人も多い。
 閉鎖的な村だからこその気遣いある行動が、皆自然と出来る環境なのだろう。

 しかしカートに関しては、昔からリレットに対して気遣いどころか、ズケズケと物を言う事が多かった。
 それなのに……10年前に突如として王都にある医術学校に進学する際は、一番親しかった幼馴染のリレットには、ギリギリまで何も言ってくれなかった……。
 そして、その事をやっと告げてきたのはカートが王都に向かう一週間前だったのだ。

 しかしリレットの方は、すでに一カ月も前から友人達の噂で、その事は耳に入っていた。だがカート本人から聞かされるまでは、信じたくない思いが強かったので、いつその事を話してくれるのかと、ずっと待っていたのだが……。
 結局カートは、ギリギリになってもその気配がなく、痺れを切らしたリレットに問い詰められて、やっとその事を告げてきた。
 この事でリレットは一番信頼していたと思っていた幼馴染に裏切られた気持ちになり、別れ間際に大喧嘩をして、現状もそのままの状態が続いている……。

 しかしカートの方は、もう昔の事だと割り切っている様子だ。
 その態度が尚更、リレットの苛立ちを煽った。
 リレットの中では、昔の事だと簡単には片づけられない。
 憎まれ口を叩き合う仲でもあったが、カートはリレットにとって何でも相談出来る相手だったのだから。

 同時にカートの方も自分には、気兼ねなく話してくれていると自負していた。
 それは人との交流があまり得意ではなかったカートが、唯一自分には心を開いてくれているという優越感もあったかもしれない。
 それだけリレットの中で、カートは特別な存在だったのだ。

 そして10年が経ち、やっとその事が気にならなくなって来たと思ったら、カートは半年前にあっさりこの村に帰って来た。
 それまでは、ずっと村人たちを診てくれていた老医師のアルバートしかいなかったこのイーベル村では、非常にありがたい事だが、リレットにとっては体調を崩せばカートに頼らなければならないこの状況が嫌だった。
 だが、それはカート個人への嫌悪感からではない。
 診察される際にカートと一対一で向き合わなければならない状況が、また急に拒絶されるかもしれないという恐怖があり、それがトラウマとなってしまっているからだ。

 医術学校行きが決定したと思われる時期の当時のカートは、急にリレットを避け出していた。その時、リレットは必至で自分から遠ざかろうとするカートを引き留めようとした。

 一番の親友に見捨てられたくない――――そんな思いで必死だったのだ。

 しかしカートの方はまるで、その関係を清算するかのように黙って村を出ていこうとした。しかもリレットだけにその事をギリギリまで伝えずに……。

 もう10年も前の事なので、今でもそれを引きずっている自分の執念深さもどうかと思うが、それでもリレットの中では、カートのその行動が許せないままだ。
 だからなのか、昔の自分達のような関係を今でも維持出来ているリクスとエナを見ると、羨む気持ちと懐かしさ、そして悲しみが同時にこみ上げてくる……。
 そして何よりもあの二人には、ずっと今の関係のままでいて欲しいとも思ってしまう。

 そんな事を考えながら、小屋で野菜の出荷準備作業をしていたら、その二人の声が聞こえてきた。

「ああーっ!! リクス、それ取っちゃダメだよ!!」
「はぁ!? 何でだよ!! ここにあるモン、もう出荷しない野菜なんだろ!?」
「そうだけど……それぐらいの曲がり方だったら、もしかしたら半額とかで買い取ってくれる行商人がいるかもしれないでしょ!? 私達はタダで貰うんだから、なるべく形が変なのを選ぶの!」
「そんなの胃の中に入れば関係ねぇーだろーが!!」
「だったら変な形でもいいでしょ!? ホラ! なるべくこういう野菜選んで!」
「俺、お前のその無駄な気遣いと拘りが、よく分かんねぇーよ……」

 相変わらず漫才みたいな会話をしている二人の様子に小屋の中のリレットは、思わず吹き出しそうになってしまった。
 しかし、次に二人が話し始めた話題がリレットの耳を捕らえる。

「そういえば……リクスはさっき何で、オリバーさんが畑を手伝ってくれている事を何度もリレ姉に確認してたの?」
「あー……。アレなぁー」

 それはリレットも引っかかっていた事だ。
 それ故に思わず聞き耳を立ててしまう……。

「俺ん家さ、一応村長の役割として朝夕と村の見回りしてんだろ?」
「うん」
「で、俺今月ティクス兄に勝負で負けて、朝の見回り担当になった訳だわ」

 リクスには5つ年上の兄がいる。
 現状、村長はリクスの父親がやってはいるが、昨年その兄が結婚したので、しばらくしたら村長も交代になるかもしれない状態だ。
 しかしエナの方は、口をあんぐり開けてやや呆れ気味な表情をした。

「待って! 村の見回りってそんな勝負とかで決めるの!? そもそも一体何の勝負で負けたの!?」
「え? 酒の飲み比べ?」
「しょうもなっ!! そんな事で見回り担当って決められてるの!? というか何で朝の見回りは負けた方が担当なの!?」
「だってよぉー……。朝の見回り、まだ日も昇ってすらいない明け方の五時からだぞ? もの凄い辛いんだわ……。でもにーちゃんの方は、去年結婚してから『絶対に朝は担当やりたくねぇぇぇーっ!』って、ずっと叫んでるし……。シーナ義姉ねえと明け方までシッポリしたいの分かるけど、俺だって朝弱いから嫌なんだわー」
「嫌ぁぁぁぁぁぁー!! 年頃の乙女にそういう生々しい夫婦の事情を話さないでぇぇぇぇー!!」
「年頃の乙女って誰だよ? エナはエナっていう生きモンだから乙女じゃねーじゃん」
「私、リクスのそういうデリカシーがない所、本当に嫌なんだけど!!」

 そうエナに抗議されたリクスだが、そのまま無視して話を進めた。 

「それでな? この三日間、全く開かん目を何とか覚醒させて、村の見回りをやってたんだけどさ。そしたらこの畑で怪しい人影がいたんだわ。もしかしたら野菜泥棒かと思って様子を見てたら……」

 そこでリクスが話をワザと止めたので、思わず盗み聞きをしていたリレットの方も息を呑む。

「全身黒ずくめの格好をしたカート兄が、何かガサガサやってんだよ。そんでよく見たら、日も昇ってない状態なのに草取りとかやってて……」

 その瞬間、リレットが大きく目を見開く。同時にエナも叫んだ。

「カート兄ぃー!? 何で!? だってカート兄って昔は仲良かったリレ姉とは、今ものすごく険悪な仲じゃなかった!?」
「だよなー。だから変だと思ったんだけど……。そしたら今日もっと変な事聞いちまったからさー」
「変な事って……オリバーさんの事?」
「おう。だって明け方の5時頃には、もうカート兄が草取りと水やりやってる訳だろ? だったら6時半に来てるオリバーさんが、それやる意味ねぇーじゃん」
「た、確かに……」
「だから、おっかしいなぁーって……」

 その話を聞いた瞬間、リレットが思わず口元を抑える。
 カートがこの畑の管理を手伝ってくれていた?
 だったら何故、先程その事を言ってくれなかったのだろうか……。
 すると、リスク達は更にその件で話を続けた。

「でもさ、もしかしたらオリバーさんはカート兄がやってるのに気付かないで、二重でやってたんじゃないのかな?」
「それはねぇーだろ」
「何で言い切れるのよ……」
「だって、さっきのオリバーさんの服、見ただろ? 何で草取りしたのにあんなに服がキレイなんだよ?」
「そ、そういえば……。しかもオリバーさん、今日は白い服着てたから、もし草取りしてたら汚れが目立ってるはずだよね?」
「だろ? でもそう考えると……オリバーさんはカート兄がやってる畑の手伝いを自分がやってるって嘘ついてる事になるよな?」
「確かに……。でももしそれが本当なら、何でカート兄は本当の事をリレ姉に言わないの? だって今、カート兄はロブさんの腰の診察で、リレ姉の家には頻繁に往診にきてるよね?」
「そんなの俺が知るかっ!」

 その話を聞いたリレットは、サッと血の気が引いてしまった……。
 先程、自分はカートにかなり酷い事を言ってしまったのでは――――と。
 同時に今まで親切心の塊のように接してくれていたオリバーに関しても裏切られたような気持になる。
 そもそも何故カートはあの時、オリバーの嘘を暴こうとしなかったのだろうか。
 その考えに至ったリレットは、小屋の窓を勢いよく開け放った。

「リクス!! その話、詳しく聞かせてっ!!」
「げっ! リレ姉!! 何でそんな所に!!」
「それよりも……今の話って本当なの!?」
「あー……。ええっと……」

 返答に困っているリクスの様子にエナがハッとなる。

「リ、リクス!! そろそろ私、お昼の準備しないと! お父さん達が帰ってきちゃうよ!!」
「お、おう! そうだな! 悪い、リレ姉! 俺ら、ちょっと急いでるから!!」

 面倒事に巻き込まれたくなかったのか、返答を渋っていたリクスに絶妙なタイミングでエナが助け舟を出す。

「ま、待って! 今の話、もう少し詳しく……」

 そう声を掛けるも二人は、物凄い速さで野菜の入ったカゴを抱えて去って行ってしまった。
 その為、残さたリレットは、ただただ茫然とするしかなかった……。


 ――――翌日。
 リレットは6時半頃に畑を手伝ってくれているオリバーを仁王立ちで待ち構えていた。

「お、おはよう、リレット。今日はやけに早いね……」
「ええ。今日はどうしてもオリバーに聞きたい事があって!」

 そう宣言したリレットの様子から、オリバーが何かを察し、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「その様子だと……僕が畑の手伝いをしているふりがバレてしまった感じかな?」
「オリバー……どうしてそれを?」

 すると、オリバーが罪悪感を抱きつつも穏やかな口調で語り始めた。

「僕がリレットの畑仕事を手伝いたいと思っていた事は本当だよ。だけど僕が来る前にカートが草取りや水やりをやっていた事も知っていたんだ」
「なっ……!! し、知ってて自分がやったと言い張っていたの!?」
「うん。というか……カートにそう言っていいと言われた……」
「カート……に?」

 すると今度は、やや困ったような笑みを浮かべるオリバー。

「僕が初めてリレットの畑を手伝おうとしたのは、ロブさんが腰痛で動けなくなってから三日目の事だったんだ。でもその前からカートは、朝5時頃に来てこの畑の世話をしていた……。だから僕も一緒に手伝うといったのだけれど……。カートは医者の仕事があるから、この時間帯でしか出来ないと言って。だから畑の世話は自由な時間帯の仕事をやっている僕が引き受けると申し出たんだけど……どうやらカートは、素人の僕には任せたくなかったみたいで」

 後半は情けない表情を浮かべながら、オリバーが恥ずかしいそうに語る。
 確かにカートの家も昔から畑をメインで自給自足していたので、農業知識や経験は豊富だ。
 その為、王都出身の商家生まれのオリバーに自分の代わりを任す事は気が引けたのだろう。

「それならばカートが出来なかった事を僕が引き継ぐという形で、リレットの負担を減らそうという話を僕が持ちかけたのだけれど……。カートは完璧主義みたいで、僕が引き継ぐ分が無いほど、全部一人でやってしまうんだよね」
「でもこの間は……」
「あれに関しては、多分その日にその指摘した場所が荒れている事に気付いたんだと思う。でもあまりにも口出ししてしまうと、自分が畑仕事を手伝っている事に勘づかれてしまうと思って、軽くしか指摘しなかったんじゃないかな?」

 そう言って再びオリバーが困った様な笑みを浮かべた。

「どうしてそんなこっそり手伝う真似なんて……」
「僕もその事が凄く引かかってね……。どう見てもカートが一人でやってしまっているから、君にその事を話していいかと提案したら、絶対にやめてくれって……」
「ど、どうしてっ!?」

 思わず前のめりになって問いただすと、更にオリバーが困り果てたような笑みを浮かべた。

「『嫌いな相手に手伝われていたと知ったら、リレットが不快に思う』って。だから出来れば、このまま僕が君の手伝いをしているという事にして欲しいって言われたんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、リレットが泣き出しそうな表情をする。

「嫌いな相手って……」
「カートから聞いたよ? 君達は10年前に仲違いしたまま、それっきり和解していないって。そしてその原因を僕はカートのお兄さんから、こっそり教えて貰ったんだ」
「原因……」
「カートが王都の医術学校に通う事になった際、ギリギリまで君に告げなかったのは、もし話してしまったら自分の決心が揺らぐと思ったからだって。彼はこの村が医者不足な事をかなり深刻に捉えていたから、医者になる夢は絶対に叶えたかったらしい。でももし君に行かないで欲しいと言われてしまったら、その決心が鈍ると思って言い出せなかったそうだよ」

 それを聞いた途端、リレットの瞳が涙でブワリと膨らんだ。

「な、何で!? 私、そんな事言ったりしなかったのに!! そもそも私にそう言われたくらいで何でカートの決心が揺らぐの!?」
「当時の君の中でカートが特別な存在だったようにカートの中でも君は特別な存在……もしかしたら君がカートに抱いていた気持ち以上に特別な存在だったんじゃないかな?」
「だったら尚更、言ってくれれば!!」
「一人前の医者になるには最低でも医術学校で5年以上勉学に励み、その後は二年以上は実務経験がないと、この村で医師をする事は出来ない。そんな長い間、待っててほしいと意中の女性にお願いする事は同じ男の立場で考えると、ちょっと言い出せないかな?」
「ま、待ってて欲しいって……」

 もうリレットの瞳からは、すでに涙がポロポロと溢れ出ていた。
 するとオリバーが、真っ白なハンカチを差し出す。

「いくら本人の了承を得ていたとは言え、カートの手柄を横取りして、彼が君にアプローチ出来ない状況に付け込んでいた僕が言える立場ではないけれど……。君達は早く話し合いをして和解するべきだと思うよ。だって君は無意識で、カートがこの村に戻ってくる事を待っていたのではないかな?」
「わ、私……そんなつもりじゃ……」
「でも君は誰からの交際や婚約の申し出も受けなかった。そして僕も君の中で異性として入れる隙間は得られなかった……。君は誰か分からない相手にずっと囚われている――――そんな印象があったからね」

 悲しそうな、それでいてどこか慰めるような笑みを浮かべたオリバーの様子に何故かリレットは、罪悪感に駆られてしまった。

「オリバー……。ごめんなさい……」

 すると、オリバーが何とも気まずそうな笑みを浮かべる。

「謝らなければいけないのは僕の方だよ? 君をだまし、君がずっと待っていた相手の功績を横取りしていたのだから。正直、あわよくば君が流されて、僕の方へ転がり落ちて来てくれないかと思っていたのだけれど……。どうやら僕にはそういう暗躍は向いていないらしい。そもそも愛を語る詩人の僕が、君達二人の仲を裂くだなんて、あまりにも無粋過ぎて、今度こそ良い詩が書けなくなりそうだ」
「オリバー……」
「そんな無粋な真似をするくらいなら、ライバルの背中を後押しし、失恋に酔いしれる方が僕はきっと素晴らしい詩が思い浮かぶと思うからね」

 そう言って、イタズラめいた表情を浮かべたオリバーは、先程手渡したハンカチを優しく奪い取り、リレットの涙袋辺りにそっと押し当てる。

「だから明日の朝、カートとよく話し合ってごらん? 彼の場合、陰ながら君の事をこっそり守ってはくれるだろうけれど……。歩み寄りは君から行動を起こさないと、ずっとそのままになってしまうよ?」

 そのカートの様子が容易に想像出来てしまったリレットは、思わず笑みをこぼしてしまった。


 そんなオリバーの助言もあり――――。
 現在リレットはまだ日も昇らない青白く染まった自身の家の畑で、ひっそりとカートが来るのを待っている。

 こっそり畑を手伝っていた事を知られてしまったカートは、一体どういう反応をするのだろうか。
 恐らくカートの性格からすると無言でその場を早々に立ち去ろうとするだろうが、リレットは一切取り逃がすつもりはない。
 10年間、訴えられなかった不満と、伝えられなかった想いをここぞとばかりに浴びせてやろうと、待ち構えている。

 すると、リクスが言っていた通りの全身黒づくめのカートの姿が、青白い風景の中で密かに揺らぐ濃い影のように現れた。
 その姿を確認するもカートが作業に入るまで、リレットは身を潜める。
 恐らく自分とカートは、もうリクス達のような幼馴染の関係には戻れない。
 だが、それ以上の満たされた関係を築く事は、きっと出来るはず。
 そう確信したリレットは、畑作業を始めたカートを確認し、そっと近づいた。


 ――――その後、二人がどうなったか……。
 それは後に出版されたオリバーの意欲作である詩集の中で、彼の素晴らしい感性を介して赤裸々に語られる事になったのだが……。
 カートはその事を自分達の門出の日にその詩集をオリバーから贈られるまで、知らなかったらしく、その詩集が世に出回った事を酷く後悔したそうだ……。

 ちなみに今回、雑談という形でカートが、こっそり畑仕事の手伝いをしていた事をリレットに暴露するような行動になってしまったリクスだが……。
 その所為でしばらくの間、怪我や病気をしても自力で治すしかない状況に追い込まれてしまった。
 何でもカートは、顔を会わす度にリクスの口を思いっきり掴み、引っ張りあげるように捻るという行為を繰り返すらしい……。

 その愚痴を聞かされたエナは「またそのパターン? リクス、口は災いの元だよ?」と呆れていたが……。
 リクスにしてみれば、一緒に会話をしていたエナも同罪なのに何故、毎回自分だけが責められるのか納得出来なかったそうだ。
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