雑談する二人

ハチ助

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【お節介な少女】

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【17000文字の短編(長くてすみません!)としてお読みください】
※尚、作中前半はリクス(12)、エナ(11)の年齢設定になります。



「もぉぉぉー! エディ、何やってんのよ!? いいから、それ貸して!」

 そう叫びながら、エディと呼んだ少年からリンゴとナイフを奪ったのは、フワフワな赤毛の気の強そうな少女だ。

「ご、ごめん……。僕、こういうの苦手で……」

 対してエディと呼ばれた少年は、榛色の艶やかな髪に華奢な体格をしており、12歳にしては小柄で一つ年下の少女よりも幼く見える。
 温厚そうな雰囲気をまとってはいるが、同時に気の弱そうな印象も強い。

「折角、リンゴを持ってきてあげたのにナイフも使えないなんて……。このままじゃ、大人になっても一人で生活なんて出来ないよ!?」
「だ、だって……。刃物って何か持つのが怖くて……」
「男の子なのにそんな臆病でどうるすの!? それじゃ、将来結婚した時に奥さんと子供を守れないじゃない!!」
「うん……。そうだよね……」
「もう! しっかりしなさい!!」

 まるで母親のような小言を言った少女は、エディの目の間でシュルシュルとリンゴの皮を剥いていく。
 その見事な腕前にエディは、瞳を大きく開けて見入っていた。

「アリス、凄いね! あっという間にリンゴの皮を剥いちゃった!
「うちは食堂をやってるし、これぐらい出来て当たり前なんだから!」

 アリスの家はイーベル村で唯一の食堂を営んでいる。その為、幼い頃から二人の兄と一緒に両親を手伝っていたアリスは、野菜や果物の皮むきが得意だった。
 そんなアリスが見事に剥き切ったリンゴの皮の残骸を一つまみしながら、エディが瞳をキラキラさせる。
 そのエディの反応にアリスの方も満足げに笑みを浮かべた。

 キビキビとした行動が出来るアリスと違い、おっとりでマイペースなエディは、やや要領が悪い。そんなエディは一つ年下のアリスにフォローして貰う事が多く、同世代の少年達からは『鈍くさい』と、よく揶揄われていた。

 だが、銅版画家の父を持つエディは、その影響なのか非常に美しい絵を描く少年だった。そんな特技を持つエディに密かに憧れを抱いていたアリスは、世話を焼くふりをしながら、頻繁にエディとの接触を図っていた。
 しかし、そんな二人のもとに同じくらいの年頃の少年三人組がやってくる。

「あー!! エディの奴、またアリスに何かやって貰っているぞ!?」
「本当だ。確かあいつ、ナイフとかの刃物が怖くて扱えないんじゃなかったっけ?、それでリンゴの皮を剥いて貰ってたんじゃないのか?」
「ダッセェ~!! 赤ん坊かよ!!」
「エディ君はアリスママに剥いて貰えないと、リンゴも食べられないんでちゅか~?」

 二人に絡んで来たのは、現在この村で『悪ガキ』と称される三人組のコールとケビンとノインだ。三人とも内気でオドオドしがちなエディに日常的によく絡んでいるのだが、アリスと一緒にいる時は、特に嬉々としてちょっかいをかけてくる。
 現に今のエディは、怯えるように縮こまってしまった。

「ちょっと! 変な言い方しないでよ!! 大体、人には得意不得意があるのよ!? 出来ないだけで、そんな言い方をするのは間違っているんだから!!」
「それが事実だろ? こいつ、男のくせに刃物が怖いとか言ってアレックス村長の剣術稽古をいっつも見学してんだぜ? ダサい奴にダサいって言って何が悪いんだよ!」
「何よ! ちょっと剣術が得意だからって調子に乗って! いくら強くても自分より弱そうな人にだけ偉そうにするケビンの方がダサいんだから!!」
「何だと!? 大体お前、生意気でウザいんだよ!! 自分が陰で何て言われているか知ってるか? あれもダメこれもダメって小うるせぇーから、お前と遊んでも楽しくないって皆に言われてんだからな!」

 三人の中で特に二人に絡んでくるケビンという少年が、何故か勝ち誇ったようにニヤニヤしながら言い放つ。
 すると、その言葉にアリスが一瞬だけ傷つき、ビクリと肩を震わせた。
 だが、すぐに立て直し、キッとケビンを睨みつける。

「別にいいわよ!! だったら私、ずっとエディとだけ遊ぶから!!」
「お前、バカか? そのエディだって、本当はお前の事が鬱陶しいって思ってる事に気付かねぇーのかよ!! 毎日毎日用もないのに家に来られて、ブツブツ小言いわれたら、俺は嫌だね! エディだって、そうだろう!?」

 急に渦中の討論に引きずり込まれ、今度はエディがビクリと肩を震わす。
 同時にアリスの方も思う事があった為、小さく息をのんだ。

「ぼ、僕、そんな事思っていな……」
「ああ!? そんな小っせぇー声じゃ聞こえねぇーよ!! お前だってアリスの事、口うるさくて鬱陶しいって思ってんだよな!?」
「ぼ、僕……」

 段々と涙目になって来たエディの様子に気が付いたアリスが、威圧的な態度でエディの返答を誘導し始めているケビンに食って掛かる。
 そんなやり取りを始めた二人をコールとノインは、やや呆れ気味な表情で傍観を決め込んでいた。それだけアリスとエディが一緒にいる時にケビンがつっかかってしまう状況は、最早お馴染みのパターンなのだ。
 だが呆れ気味の二人とは違い、アリスとケビンは口論をヒートアップさせていく。

「そうやって大を声出して相手を脅すように自分の思い通りな返答をさせようとする行動が、物凄くカッコ悪いって気付かないの!? そういうのを弱い者いじめって言うんだから!!」
「はっ! 俺はイジメなんてしてねぇーし。こいつが勝手に俺の声にビビってるだけだろう?」
「じゃあ、今みたいな態度、リクスにもしてみなさいよ!! 自分よりも強いリクス相手だと、絶対にそんな態度しないじゃない!! リクスには逆らえない癖に何でエディには、そんなに強気な態度になるのよ!!」
「ふ……ふざけんなっ!! 俺は別にリクスにビビったりしてねぇー!!」
「嘘よ!! この間、リクスが来たらすぐにエディを苛めるのをやめて逃げて行ったじゃない!! 弱い相手にしか強く出れないなんて最低なんだから!!」

 両手で握りこぶしを作りながらアリスがそう叫ぶと、ケビンが肩を震わせながら怒りの所為で顔色を赤へと変化させる。
 その様子にアリスが一瞬、怯えるような反応を見せた。
 だが次の瞬間、ケビンは素早く一歩踏み出し、アリスの事を突き飛ばした。
 するとアリスが大きく尻もちをついてしまう。

「ア、アリス!! 大丈夫!?」

 その状況にエディが慌ててアリスに駆け寄りしゃがみ込んだ。そして、そっと背中を添えながらアリスが立ちやすいように手助けをする。
 そんな二人に向かって、ケビンは大声で怒鳴りつけた。

「お前みたいに生意気で口うるさい女に付きまとわれているから、エディがいつまで経っても情けない男のままなんじゃねぇーか!! お前の所為でエディが弱っちい奴に見られてんだよ!! だからエディもお前とは一緒に居たくないって思ってるはずだっ!!」

 その瞬間、アリスの瞳にジワジワと涙が溜まり出す。
 それはずっとアリスが心のどこかでは感じていた事だったからだ。

 エディは気が弱い分、いつも穏やかな雰囲気をまとい、誰かに怒りを露わにするような事が一切ない子供だった。
 ケビン達に揶揄われ、どんなに意地の悪い事を言われて泣いてしまう事があっても、今のアリスみたいに感情的に怒りを訴えたりした事は、少なくともアリスは見た事がない。

 特にアリスとケビンが今のようにエディの事で言い争いを始めてしまっても悪いのは自分だと言い出し、何の落ち度もない状況でも先に謝ってしまう……。
 その後はケビンがエディを嘲笑いながら、勝ち誇った顔をして去っていくという状況が多かった。

 だが、本当はアリス自身もエディを庇い過ぎてはいけないとは感じていた。
 毎回、先に折れてしまうエディの態度は、ケビンの横柄な態度を助長させてしまう。そしてそれは、自分がケビンの口論を仲裁する為のエディなりの解決だと言う事も気付いてはいるのだ。

 それでもアリスはエディを庇う事をやめられなかった……。
 自分がエディを守っているという実感が得られるこの状況をアリスは好んだ。

 そうなってしまった経緯は、先程ケビンが指摘した通り、アリスのお節介な部分が、周りの子供達から煙たがられやすく、孤立する事が多かったからだ……。
 だがエディだけは、そんなアリスを煙たがらずに頼りにしてくれていた。
 そしてそんなエディから、もっと頼られたいアリスのお節介は、どんどん過剰になっていってしまった。

 これでは自身の強さを誇張したいが為にエディに横柄な態度を取っているケビンと、左程変わらない。自己顕示欲や自己満足を満たす為にエディを利用している自分に薄々気付いていたアリスにとって、先程ケビンから放たれた言葉は深く心に突き刺さるものだった。

「何、よぉ……。自分だって……自分だって同じじゃない!!」

 そう叫んだアリスは、立ち上がると同時にケビンに掴みかかった。
 急に不意をつかれたケビンの反応が一瞬だけ遅れる。

「……っ!! いきなり何すんだよ!! この狂暴女!!」
「自分だってエディに嫌われてるくせに!! 偉そうな事、言わないでよ!!」
「俺は別にこいつに嫌われてたって痛くも痒くもねぇーよ!! でもお前は違うだろ!? 必死でエディのご機嫌とりをしてるのに嫌われてんじゃねぇーか!!」
「うるさい!! うるさい!! うるさい!!」

 大粒の涙を零しながらアリスは、思いっきりケビンの髪に掴みかかった。
 だが、ケビンも負けておらず、全力で髪を掴んでくるアリスを今度は勢いよく突き飛ばす。すると再び尻もちをついてしまったアリスにケビンが馬乗りになったが、アリスの方も両手を勢いよく振り回してケビンに反撃し始めた。

 まさに泥試合と化した二人の取っ組み合いにエディだけでなく、コールとノインも唖然としたまま固まってしまう。
 だが、興奮状態になったアリスは、腕を横に振り切った際にケビンの頬を爪で引っ掻いてしまった。

「――――っ!!」

 苦痛な表情を浮かべたケビンの左頬に薄っすらと赤い一筋の線が浮かび上がる。物理的に初めて故意に人を傷付けてしまった恐怖から、アリスの動きが一瞬だけ止まった。だが、これが切っ掛けとなり、ケビンの表情は鬼の形相へと変化する。

「この……狂暴女がぁぁぁぁーっ!!」

 そう叫んだケビンはて片手でアリスの両腕を拘束し、もう片方の手を開いた状態で大きく振りかぶる。そしてその手をアリスに向って勢いよく振り下ろそうとした。
 その瞬間、アリスは平手で殴られると思い、ギュッと目を瞑る。
 だが……ケビンの腕はアリスに振り下ろされることはなかった。

「何ダッセェー事してんだよっ!!」

 自分達の方に駆け寄って来た誰かが、横からケビンを勢いよく蹴り飛ばしたからだ。その方向に視線を向けたアリスは、左程息を切らしていないリクスと、かなり息を切らしたエナの姿を確認する。
 どうやら騒ぎに気付いたエナが、リクスを呼んで来てくれたらしい。

「お前ら、何やってんだよ!! 女に手ぇあげるなんてクズ以下だかんな!!」
「はぁ!? 先に手ぇ出してきたのはアリスだぞ!? 俺のは正当防衛だ!!」
「圧し掛かって殴りつけようとしてたくせに何が正当防衛だよ!! そういうのは過剰防衛って言うんだ!! このクソヤロー!!」

 蹴り飛ばされて地面に転がっているケビンの前に仁王立ちしたリクスが、両手を組んで声高らかに指摘する。
 だが、思いっきり蹴り飛ばされたケビンは納得がいかなかったようだ。

「お前のさっきの飛び蹴りは過剰防衛じゃねぇーのかよ!!」
「あの飛び蹴りはクズなお前に対する必須制裁だから、正当防衛だ!」
「そんなの納得出来るかぁぁぁー!!」

 リクスがケビンと対峙している間、エナがアリスに近づき、エディと一緒に立ち上がれるように手を貸し始める。

「アリス、大丈夫!?」
「う、うん……。エナがリクスを呼んできてくれたの? あ、ありがとう」
「だってケビン、強いのにアリスの事を突き飛ばしてたから……。だからすぐにリクスを呼んだ方がいいと思って!」

 鼻息を荒くしながら誇らしげにエナが主張すると、安堵からか再びアリスの瞳に涙が溜まり出す。そんなアリスに同じく瞳に涙を溜めたエディがハンカチを差し出して来た。

「ご、ごめんね……。僕のせいでアリスがこんな目に……」

 自分よりも更に大粒の涙を零し始めたエディにアリスが、差し出されたハンカチを押し返した。

「私よりもエディの方が泣いてるじゃない……。私はいいから、これはエディが使って?」
「ダメだよ! これはアリスが使って! ぼ、僕は平気だからっ!!」

 必死で涙を堪えながら、エディが再度ハンカチを差し出してくる。
 それを困った笑みを浮かべながらアリスは受け取り、自分の瞳に押し当てた。
 するとハンカチから、エディの家の香りが漂い、更に安堵感を与えてくる。
 同時に先程ケビンに指摘された心を抉るような言葉も蘇って来た。
 すると、アリスの涙が再びエディのハンカチを湿らせ始める。

「アリス……。泣かないで? 今リクスがケビン達をボコボコにしてくれているから……」

 自分と同じ11歳のエナが、まるで幼子と労わるように頭を撫でて来た。
 だが言っている事はかなり物騒で、アリスは思わず吹き出してしまう。
 そんなアリスの様子にエナとエディは、少しだけ安心したような表情をする。
 だが、リクス達の方は何故か無駄に盛り上がっていた。

「お前、さっきアリスの方が先に手ぇ出したって言ってたよな……? でも今のエナの話じゃ、お前の方が先に手ぇ出してんじゃねぇーかっ!!」
「違う!! 先に俺に掴みかかって来たのはアリスで――――っ」

 そうケビンが言いかけるが、二人の喧嘩を一部始終傍観していたコールとノインは口を揃えて、それと否定した。

「いや、先に手を出したのはケビンの方だぞ?」
「えっ……?」
「さっきお前、アリスに『弱い相手にしか強くなれないなんて最低』って言われて、カッとなってアリスの事を突き飛ばして先に手を出しただろ?」
「あっ……」

 その事を聞いたリクスが、胸の前で両手をボキボキと鳴らし始める。

「ほぉ? お前らは女に手ぇあげただけでなく、先に暴力行為に出たと……」
「ちょっと待て!! アリスに手をあげたのはケビンだけだぞ!? 何で俺とノインまでボコる流れになってんだよ!!」
「止めもせず、傍観していた罪もまた重い……」
「何カッコつけた言い方してんだよ!! リクス、お前……単に暴れまわりたいだけだろう!?」
「当たり前だぁぁぁー!! お前らが揉めた所為で、俺はエナにここまで引っ張られて、おやつ食い損ねたんだぞ!? どうせ今から戻ったって、絶対に兄ちゃんに食われちまってる……。お前ら三バカで、俺のおやつの責任を取れ!!」
「「それ、俺らが理不尽すぎだろっ!?」」

 コールとノインから同時にツッコまれたリクスだが、お構いなしにケビンに向かって走り出し、再び飛び蹴りを放った。それをケビンは、かろうじて避けたのだが……リクスは着地と同時に足払いを掛け、ケビンを転ばせる。
 その隙にエナが小声で、アリス達にこの場を去るように促し始めた。

「二人共!! ここはリクスに任せて、早く逃げて!!」
「で、でも!!」
「大丈夫! 一通り暴れたらリクス、すぐに飽きるから!!」

 どちらかと言えばケビン達を心配してオロオロし始めたエディの手をアリスは素早く掴み、そのまま駆け出した。

「エナ! ありがとう!」
「二人共、気を付けて帰ってね!」

 エナに礼をいいながらアリスは、エディの手を引っ張りながら、その場から逃げるよう駆け出す。その際、チラリと見えたリクスは実に楽しそうに三人に飛び蹴りを放っていた……。

 そんな状態でケビン達の元から逃げ出したアリス達だが……全力疾走で逃げてきた為、体力がないエディが先に根を上げ、足を止めた。

「ア、アリス! ここまで来たら……もう、大丈夫……じゃないかな?」
「そ、そうだね……」

 そう言って二人は、両膝に手を突き、項垂れながら息を整える。
 すると先に呼吸が整ったエディが、再度アリスに謝罪してきた。

「ごめんね……アリス。僕の所為でケビン達にまた絡まれちゃって……」
「何でエディが謝るの!? 一番悪いのは、すぐにエディに意地悪をしてくるケビンじゃない!!」
「でも……ケビンが面白がって意地悪をしてくるのは、僕が弱虫だから……」
「だからそれがおかしいの!! だってケビンはエディに大しては強気な態度だったくせにリクスが来たら、すぐに大人しくなっていたでしょ!? 弱い人にだけ横柄な態度をしてくるケビンが最低なの!! あとエディもすぐに謝らない!! 自分が悪くないのに謝ってばかりだから、尚更エディが弱く見えちゃって、そのせいでケビンが調子に乗るのよ!?」

 アリスが鼻息を荒げながら主張すると、何故かエディは視線を地面に落としてしまう。その反応にアリスが怪訝そうな表情でエディを見つめた。

「エディ?」
「アリスも……僕がウジウジして弱虫過ぎるから、一緒にいるとイライラしちゃう?」

 その言葉を聞いた瞬間、アリスが大きく目を見開く。

「な、何で……何でそんな風に思っちゃったの!?」
「だって……僕、皆が普通に出来る事がすぐに出来ないし。それでいっつもアリスに助けて貰ってるのに少しも出来るようにならないから……。それでいつもアリスを怒らせちゃって迷惑かけてるし……」

 申し訳なさそうにそう語るエディ。
 だが、その言葉はアリスに深い悲しみと憤りを抱かせる。

「何で……何でそんな事を言うの!? 私、エディに怒った事なんて一度もないのに!! 私は……私はただエディにもっと一人で色々出来るようになって欲しかったから……。何度も注意して教えてあげたら、きっとエディも出来るようになると思ってたから……。だから、余計な事だって分かってたけれど、注意したりしていただけなのに!!」

 再びジワリと瞳に涙を溜め出したアリスの様子から、自分が失言をしてしまった事にエディが気付き始める。
 アリスにとって、いつもエディに過剰にお節介を焼いていたのは、エディともっと仲良くしたいという思いからの行動だった。しかしそれはエディにとって、ずっとアリスに怒られているという感覚だったらしい。

 同時にエディにそう思われてしまう程、お節介をやいていた時の自分はエディに対し、かなり上から目線で接していた事にも気付き始める。
 それは自分もケビン達のように皆よりワンテンポ遅いエディの事を無意識で見下し、優越感に浸っていたように見えていたのかもしれない……。
 その考えに至ってしまったアリスは、更に涙をこぼし始める。

「そんな風に感じるって事は、ケビン達と同じようにエディも私にいちいち口出しされるのが嫌だったんでしょ!!」
「待って、アリス!! それは違―――っ」
「もういい!! これからは私、エディに関わるのやめる!! そんな風に思われてまで仲良くして欲しくない!!」
「アリスっ!! 待って!!」

 エディの言葉も聞かず、アリスは逃げるようにその場を離れようとした。
 その事に気付いたエディが慌ててアリスの腕を掴むが、それをアリスは勢いよく振りほどいた。
 その瞬間、今にも泣き出しそうなエディの顔が視界に入る。
 だが、それ以上に傷ついたアリスは、そのままエディを置き去りにし、自宅に向って必死に走り出す。
 そして自宅に着くなり、自室に駆け込もうとした。
 しかし、その途中で兄のヨハンと遭遇し、声をかけられた。

「アリス?」

 様子がおかしい妹を心配したヨハンが引き留めようとしたが、そんな兄から逃げるようにアリスは、素早く自室に逃げ込み、ベッドに潜り込む。
 すると、先程のエディの言葉が頭の中で蘇る。

『いつもアリスを怒らせちゃって迷惑かけてるし』

 親切心で行っていたアリスのお節介な行動は、エディにとっては毎日アリスに怒られているような感覚だったのだ……。
 それはアリス自身もそう勘違いされてしまう可能性を懸念していた。
 だが、実際にエディ本人の口から、そのように思われている事を告げられたアリスのショックは大きかった……。

 同時に自分自身も心のどこかでエディよりも自分の方が優れているという自負があったという事をアリスに突き付けてくる。
 エディに誤解されていた悲しさ。
 無意識にエディに対して優越感を抱いていた自分自身の浅ましさ。
 ずっと目を背けていた事だが、それは頭の片隅で常に燻っていた事だ。
 だが、先程のエディの言葉から、それを実感せずにはいられない。

 だがアリスは、ケビン達のように優越感を得たいが為にエディと一緒にいた訳ではない。自分にはない朗らかでおっとりとしたあのエディの雰囲気が好きで、一緒にいたいと思って過剰に絡んでしまっただけだ……。
 それでもエディにとって、頻繁に小言を言ってくるアリスに接触される事は、あまり歓迎出来る状況ではなかったのだろう。

「怒ってるつもりなんてなかったのに……」

 そう呟くと再びアリスの瞳からポロリと涙が零れる。
 それを堪えるようにアリスはギュッと右手を握りしめた。
 すると先程から自分が何かを掴んでいた事に気が付く。

「あっ……。エディのハンカチ……」

 先程エディから差し出されたハンカチをアリスは、握りしめたままだった。
 自給自足が当たり前のイーベル村の住人からすると、父親が銅版画家という芸術家であるエディの家は、裕福と見なされる家庭環境だ。
 その為、子供にハンカチを持たせられる余裕があるのだろう。

 だが、イーベル村の生活水準からでは子供にハンカチを持たせられる余裕がある家庭は、かなり少ない。もちろん、アリスも持っておらず、大抵は着ているエプロンドレスを手拭き代わりに使う事が多かった。
 それだけハンカチという物は村の住人からすると、贅沢品扱いになる。

「どうしよう……。ハンカチって安くないし、もしおばさんがお洗濯する時に気付いたら、エディが失くしたと勘違いされて怒られちゃうかも……。一応、おばさんには『ハンカチ預かってます』って言っておいた方がいいかな……」

 洗って返すにしても自分が所持している事を一言伝えた方がいいと思ったアリスは、左腕で涙を拭いながら、渋々エディの家に向おうと部屋を出る。
 すると、兄ヨハンがまた声をかけて来た。

「アリス? 物凄い勢いで帰って来たのにまた出かけるの?」
「うん……。ちょっとエディの家に行ってくる……」

 すると、ヨハンが苦笑するような表情を浮かべた。

「アリスがエディの事を気に入っているのは分かるけれど……。あまり絡み過ぎてもエディが困ってしまうから、程々にね?」

 その瞬間、引っ込みかけていた涙がブワリとアリスの瞳に溜まりだす。

「ヨハン兄まで、何でそんな事言うの!?」
「ええ!? アリス!? 何で泣い――――」

 兄の言葉を最後まで聞かず、アリスはそのまま家を飛び出した。
 だが、途中でその足取りは失速する……。
 今からエディに会ってもどんな顔をしていいのか分からないからだ。
 恐らくエディの家に行っても母親が出て来てくれる可能性は低い。
 だが、他人のハンカチを黙って手元に置き続けている事も心苦しい……。

 そんな事を思いながら、アリスが重い足取りでエディの家に向っていると、道を外れた傾斜下の湖畔から先程自分達を助けてくれたリクスとエナの会話が聞こえて来た。

「くっそぉ~!! ケビンの奴、さっさと逃げやがった!!」
「でもコールとノインがクッキーくれたんだから、もういいじゃん」
「こんなちょっとじゃ足りねぇーよ!! つか、何でエナまで食ってんだよ!!」
「こんなにいっぱい一人で食べたらリクス、夕飯食べられなくなるよ?」
「舐めんな! 俺の胃袋は底なしだ!」
「知ってる。でもいつもそう言って食べ過ぎてお腹壊してるじゃん」

 どうやらおやつの代償は蚊帳の外だったコールとノインがリクスに支払ったらしい……。アリスの中で、ますますケビンに対する嫌悪感が増していく。

「つか、エディの奴は本当にダメなー」
「あー……。確かに。いっつもアリスに頼りっきりだもんね」
「そもそもアリスに戦わせないで、自分で戦えよ!」
「皆が皆、リクスみたいに血気盛んで狂暴って訳じゃないんだよ?」
「お前……俺のおやつタイムを妨害しておいて、それはねぇーだろ!!」
「ケビンに嬉々として飛び蹴りを三回もしてたリクスが言う権利はないと思う。リクス、最近飛び蹴りを覚えたから試したかったんでしょう?」
「あいつ、ちょうどいい練習台になった」
「それ、ある意味いじめだからね!?」
「いじめやってた奴は、いじめられても仕方がないだろう?」
「そういう考え方が、負の連鎖を生むんだと思う……」

 呑気にボリボリとクッキーと食べている二人の会話が気になったアリスは、こっそり草影に隠れて二人の話を盗み聞きし始める。
 すると、またしてもアリスの傷口を抉るような内容が耳に入って来る。

「そもそもアリスもアリスだろ? あいつ、エディに構い過ぎなんだよ! 他の奴らも言ってるけど、アリスって口うるさ過ぎるんだよなー……」
「え~? でもアリスみたいに抑制してくれる子いないと、皆が好き勝手にやって大変な事になると思うよ?」
「お前は自分がアリスと同じようなお節介タイプだから、そう思うんだろ?」
「何それ!? 私のお節介が酷いとでも言いたいの!?」
「お節介の塊みたいな人間のくせして何言ってんだよ……」
「私、お節介が酷いんじゃないもん! 面倒見がいいだけだもん!」
「自分で面倒見がいいとか言うなよ! 自画自賛か!」

 そう言ったリクスは、大量のクッキーを豪快に口の中に放り込んだらしく、アリスの方にもその噛み砕く音がボリボリと聞こえてきた。

「でも確かにアリスのあのお節介というか……真面目で正義感の強い所は女の子達の間でも色々言われてんだよねー……」
「ほれ見ろ! やっぱり皆、ウザいって言ってんだろ!」
「そこまでは言われてないよ。でも……何というか、場がしらける事が多くて、それで微妙な空気になりやすいんだよね……。でもアリスが言っている事は間違ってはいないから、たまに他の子と言い合いになっちゃう事があるかなー」
「それ、単にアリスが空気読めてないだけじゃねーか?」
「うーん。というか、アリスって凄く真面目なんだよね」

 今度は自分の事について話し出した二人の会話にアリスの耳が釘付けとなる。
 聞きたくはないはずのその内容だが、聞かずにはいられない……そんな状況だ。
 だが次にリクスから放たれた言葉が深くアリスの胸に突き刺さった。

「でももし俺がエディの立場なら、アリスとつるむのは絶対に無理だわー」
「何で? お節介の塊な私は平気なのに?」
「エナはある程度、融通が利くだろ? でもアリスの場合、『これが正しい』ってなったら、もうそれ以外は認めないって感じじゃねーか……。それを毎回押し付けられているエディのストレスは、ハンパないと思うぞ?」
「それはリクスの場合でしょ? もしかしたらエディにとっては、アリスのそのお節介がありがたいって思ってるかもしれないよ? だって苦手な事で苦戦している時にすぐ気が付いてくれて、代わりにやってくれるんだよ?」
「だーかーらー! それが俺は無理だって言ってんだよ!! そもそも自分でやろうとしていたのに『そのやり方じゃダメ!』って頭ごなしに何回も言われたら、俺ならやる気無くすわー」
「でも私、結構リクスにダメ出ししてると思うんだけれど……」
「お前はダメ出ししてきても俺の主張を聞いて納得出来た場合は、すぐに引き下がるだろう? アリスの場合は引き下がらねーじゃん」
「あー。確かに」

 二人の会話から、目を背けて来た自分のダメな部分を痛感し始めたアリスの瞳にまた涙が溜まり出す。しかも自分で認識していた以上に周りから鬱陶しがられていた事をアリスは今日初めて知った。
 そんな傷心のアリスが聞いている事を知らないリクスは、まるでアリスに止めを刺すように会話を続け出す。

「大体、男が女に甲斐甲斐しく世話されたり庇われたりしたら、エディが周りのヤローに情けない奴って見られやすくなるのは、当然じゃね? 俺だったらそれ、スゲー迷惑だわー」

 その言葉で今まで、ずっと気付かないふりをしてきた『エディに良く思われていない』というアリスの不安が、ブワリと膨れあがる。

「そもそもエディがあんなに気が弱くなったのって、頻繁にアリスから『あれはダメ。これは違う』って否定されまくったからじゃね? あいつらの場合、俺らみたいにお互いの考えをぶつけあうとかじゃなくて、一方的にアリスの考えをエディに押し付ける感じだろ。そうなると、エディの方もアリスに反論するだけ無駄だってなっちまって、自己主張しなくなっちまったんじゃね?」
「確かにそれは、ちょっとあるかもねー。でもアリスって、そんなにきつい言い方してるかな?」
「してるじゃねーか!! つか、アリスの場合、相手のやり方を全否定でダメだって言い方しくるだろう!? あれ、本当腹立つんだけど。自分が絶対正しいって感じで『お前は何様だよ、女王様か!』ってツッコミたくなるわー」
「あー……。それ、前にレイリー達が言ってたかも……」
「俺、エディにはっきり言おっかなー。アリスに『もう迷惑だから絡んでくるな』って言った方がいいって。でないとエディの奴、アリスに依存しまくった人間になっちまって、自分では何も出来ない奴になっちまいそうじゃん」

 それはアリス自身も薄々感じていた事だった……。
 だが、ずっと『エディが困っているから』と自分に言い聞かせ、気付かないふりをしてきた。そうする事で、エディが自分を必要とする状況を故意に作り出せていたからだ。しかし、第三者の目から見ても、自分達がそのような関係に映っていた事には、気付いていなかった……。

 だが、今回第三者のリクスの口から出た言葉で、自分が過剰に行っていたエディへのお節介行動が、エディをダメにしていたという事実を突き付けられる。
 すると、再びアリスの瞳からボロボロと涙が溢れだす。
 
 そんな堪えきれなくなった涙を隠そうとアリスが俯くと、先程からずっと握りしめていたエディのハンカチが視界に入って来た。
 そのハンカチをそっと撫でていると、ふとしゃがみ込んでいた自分に対して、何かの影が掛かった。その事に気付いたアリスが、そっと顔を上げる。
 すると、そこには同じように瞳から涙をボロボロと零しているエディがいた。

「エディ……?」

 震える声でそっと名前を呼ぶと、急にエディは道をはずれ、勢いよく湖畔に続く傾斜面をザザーっと駆け下りて行った。
 すると、先程まで会話をしていたリクスとエナが驚きの声をあげる。

「うわっ! エディ!?」
「お前、何で――――って、痛っ! ちょっ……急に何だよ!! つか、痛っ! 痛いって言ってんだから、やめろぉぉぉぉー!!」

 リクスの叫び声を聞いたアリスが、傾斜面下の湖畔を見下ろす。
 すると、何故かエディがリクスに飛び掛かっており、ボロボロと涙をこぼしながら拳を作った腕を振り回し、リクスの事をポコポコと殴りつけていた。
 温厚な印象しかないエディの予想外の行動と、その拳のあまりにも威力の無い状態にエナは茫然としながら傍観していたが、エディに馬乗りになられたリクスは、たまったものではない。必死でエディを宥め始める。

「エ、エディ!! とりあえず、一端、落ち着け! な? は、話はちゃんと聞くから!!」
「何で……何で、皆でアリスの事を悪く言うの!? アリスは悪くないのに!! アリスは、ただ鈍くさい僕を手助けしてくれているだけなのにぃ!!」
「ちょ……っ! わ、分かった! 分かったから落ち着け、エディ!!」
「リクスだってエナのお節介を迷惑って感じた事ないだろ!? なのに……何で僕の時だけ迷惑だって決めつけるの!? 僕はアリスが手助けしてくれたり、注意してくれたりしてくれる事を一度も迷惑だなんて思った事はないよ!! アリスが僕に色々教えてくれたり、気にかけてくれる事は、僕にとって凄く嬉しい事なのに……。皆して勝手に僕の気持ちを決めつけないでよぉぉぉー!!」

 最終的にリクスの胸辺りに拳を叩きつけたエディが泣き叫ぶ。
 その様子をエナが唖然とした状態で見つめていると、今度はアリスが傾斜面を駆け下りる。

「エディ!!」

 そしてそのまま、リクスに馬乗りになっているエディに抱きついた。

「ぐえっ!!」
「ごめん……ごめんねぇ……。今まできつい言い方ばかりして……。私、エディにイライラした事なんて一度もないよ? だってエディ、いつも私が教えた事を一生懸命練習してくれるし、すごく努力してるの知ってるもの!」
「ちょっ、お、お前ら――――」
「ぼ、僕もごめんねぇー……。僕がさっきケビンに『迷惑じゃない』ってすぐに言えていれば、こんな事にはならなかったのにぃ……。ぼ、僕が弱いから……はっきりとケビンに言い返せなかったから! だからアリスの事を傷付けちゃって……。嫌な思いもいっぱいさせちゃってぇー……」
「な、なぁ……? お前ら、俺、下敷きにされてんだけど……気付いてる?」
「エディは弱くなんてない!! だってさっきケビン達がリクスにボコボコにされてるの心配してたでしょ? 自分が意地悪されたのに相手の事を心配出来るエディは、凄く心が強いと思う!!」
「ア、アリス……。ごめん……。本当にごめんねぇー……。僕……僕、これから絶対に強くなる! 僕のせいで一緒にいるアリスが悪く言われないように……。今度は僕がアリスを守れるように強くなるからぁー……」
「だぁぁぁー!! お前ら、いい加減にしろよ!! 俺を殺す気か!! 俺が下にいんのに無視すんなぁぁぁー!!」

 号泣しながら、ヒシっと抱き合って和解をする二人だが……。
 湖畔中にリクスの悲痛な叫び声が響き渡るまで、自分達がリクスを下敷きにしている事をすっかり忘れ去っていた……。



 それから4年後――――。
 村に設置されている休憩用のテーブル席で、エナが割ったクルミを片っ端から食べていたリクスは、ふと視界に入ってきた仲睦まじい様子の男女に白い目を向けていた。

「エナさんよ……」
「何さ。人が割っているクルミを片っ端から食べているリクスさん」
「俺、最近ちょっと納得出来ない事があるんだが……」
「それよりも人が割ったクルミを食べるのはやめてくださーい。食べたかったら自分で取って来て割ってくださーい。クルミパンが作れなくなりまーす」

 そう抗議しながら、エナは割ったクルミを入れていた籠をサッと自分の後ろに隠してガードした。その為、リクスの手は見事に空を切る。
 その不満も交えながら、もう一度その男女に目を向けたリクスは、再びぼやき始めた。

「何であの泣き虫エディが、今現在正式な剣術試合をすると俺より強い訳? おかしくね? 俺、この村の未成年者の中じゃ最強だったんですけど」
「おかしくありませーん。それはエディの努力の賜物でーす。エディのアリスに対する深い愛情が奇跡を起こしたのでーす」
「はぁ!? あいつら、そういう仲なのか!?」
「ええっ!! リクス、知らなかったの!?」
「そんな他人の色恋事なんて知るかよっ!!」
「うわぁ……。村長の息子なのに村人の交流関係を把握していないとか、信じられないんだけれど……」

 現在、年頃の少年少女達の間では二人の事は、かなり有名なのだが……興味が一切なかったリクスの耳には届かなかったらしい。
 そんな渦中の一人でもあるエディだが、この4年間でかなり身長が伸び、今ではリクスよりも背が高い。
 何よりもあの出来事で宣言した通り、この4年間エディは必死でリクスの父が主催する剣術稽古に率先して励み、正式な試合ではこの村一番の実力者となっていたのだ。

 そしてエディのその向上心は、アリスを守れるくらい強くなりたいという思いからだという事を村の殆どの人間が知っている。
 しかしその情報を何故か見事にスルーしてしまったリクスは、納得がいかないらしい。その為、知らなかった事を咎めてきたエナに抗議し始める。

「うるせー!! じゃあ、お前はどうやってあいつらの事、知ったんだよ!!」
「ヨハンから聞いたー。エディがアリスに告白しようとしているらしいから、相談があったら私にも協力して欲しいって」
「え? 何でヨハンの奴、一番縁の無さそうなエナにそれを頼む訳?」
「失礼な! でも多分、私とアリスが仲がいいからだと思うけど」
「あー。そういや結局、アリスってあの過剰お節介が原因で、親身になって話せる友達はエナ以外にいないっぽいもんなー」
「リクス、その言い方だと悪意があるよ」
「悪意も抱きたくなるわ! あいつら昔、俺が助けてやった恩を仇で返すような真似して、俺を下敷きにしたまま、そこで仲直りをした事があんだぞ!?」
「あれはアリスの悪口を言っていたリクスが悪いと思う」
「お前だって似たような事、言ってたじゃねぇーか!!」
「私は悪口なんて言ってないよ? そもそもアリスのお節介が迷惑だなんて言ったら、私だってそれに該当しちゃうもの」
「確かに。お前も相当なお節介人間だもんなー」
「でも私のは、空気が読めるお節介だから大丈夫!」
「自分で空気が読めるとかいう奴は、大抵は空気が読めない奴だと思う」
「リクスより読めてますぅー」

 そう言ってエナが、割ったクルミの殻を片付けだす。

「そんな事より……今年の剣術大会、何とかしてくれよぉ……。エディの奴、試合当日に腹とか下してくんねぇーかなー」
「もしそういう状況になってたら、私は真っ先にリクスがエディに一服盛ったって証言するよ。大体、何でそんなに優勝したいの?」
「したいにきまってんだろ!! 青年の部の剣術大会の優勝賞品は、ヨハンとこの食堂の厚切り牛肉の鉄板焼き食い放題券一週間分なんだぞ!? 必死になるのは当然だろーが!!」

 イーベル村は、ある子爵家の管理下にあるのだが……その子爵邸からイーベル村への間に別の村の集落が一つある。その間での護送業務をイーベル村人の腕っぷしの強い男達が生業としている為、イーベル村は意外と武闘派な男達が多い。その事もあって村の自警団主催で年に一回剣術大会が行わているのだ。

 大会は幼年の部、少年の部、青年の部、成人の部と年齢別に分けられており、娯楽が少ない田舎村では、かなり盛り上がるイベントとなる。
 リクスは13歳の頃、少年の部で優勝した事があるのだが、優勝賞品が食べ物でなかった為、それ以降は参加を辞退していた。

 だが16歳から参加出来る青年の部では、一位と二位の景品が食べ物関連なのだ。その為、是が非でも優勝したいリクスだが……昨年くらいからメキメキと腕を上げてきたエディに最近は押され気味なのだ……。

「でも二位の景品も食べ物関連じゃなかった? 確か……王都で人気のパン屋さんのミートパイの一カ月無料券」
「エナよ……。その無料券には大きな落とし穴がある事を知っているか?」
「大きな落とし穴?」
「その無料券は王都の城下町に行かなければ使えない……。すなわち! 早馬でも一時間もかかるその場所に食いに行こうとしたら、そいつは村の連中から王都へのおつかい事を大量に頼まれるという落とし穴があるんだよ!!」
「なんとっ!!」
「青年の部の剣術大会で準優勝の実力があるくらいだから、道中山賊に襲われても一人で対応出来るという部分も視野に入れられた呪われし景品なんだ!!」
「うわぁ……。誰? その景品案を考えたのって……」
「うちのクソ兄貴」
「ティクス兄! 最低ー!!」

 次期村長でもあるティクスのあまりにも心無い景品チョイスに引き気味のエナだが、その目の前では再びリクスが頭を抱え込みだしている。

「ああ! もう! エディの奴、大会辞退してくんねぇーかなー!」
「別に辞退して貰わなくても景品を取り替えて貰うって事は出来ないの? だってアリスとエディが付き合ったら、デートで王都の城下町に行く機会って増えそうじゃない?」
「甘いな、エナ。肉を提供する食堂はアリスの家だぞ?」
「それが何さ?」
「俺がその食い放題券を手にするより、アリスといい仲のエディが所持していた方が使用頻度は各段に低くなる……。すなわち! タダ飯食いに命を懸けている俺よりもアリス一家は、エディが手にしている方が出費を抑えられるって事だ!!」
「いや、それは考えすぎじゃ……」
「考えすぎじゃない。すでにヨハンのバカがアリスの兄の権限という名目で、エディに優勝するよう発破をかけている……」
「うわー……。ヨハン、相変わらずの策士だね……」
「あいつ、俺の毛根の死滅を謀ったばかりか、牛肉パラダイスの権利まで邪魔しやがってぇー……」

 そう言ってテーブルに突っ伏したリクスにエナが白い目を向けた。

「ところでリクスさん、何か悲しい事実に気付きませんか?」
「肉以外でか?」
「そう。肉以外で」
「分からん」
「実はこの度、エディがアリスと付き合う事になると、リクスが親しいお仲間全員が彼女持ち、あるいは妻帯者となります」
「………………」
「一人だけ独り身として取り残された今のお気持ちをどうぞ!」
「それを言ったらお前も同じだからな? 俺のつるんでいる奴の相方、殆どお前の親友じゃねーか」
「あっ……」

 リクスの鋭いツッコミにエナが一瞬で黙り、沈黙が訪れる。

「私、クルミパン焼きたいから帰るね……」
「おう。後で食いに行く」
「いや、来なくていいから」

 結局、この年の剣術大会の青年の部はエディが優勝し、リクスは望んでいなかったミートパイの一カ月間無料券を獲得したそうな……。
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