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小話

恋するクルミを食べたら……

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■■■前書き■■■■

東カトルさんから、『恋するクルミ』はどんな味なのか?という疑問を頂きました。
せっかくなら誰かに食べてもらおうと思ったのですが、私では答えが出なかったので、読んでくださる方にアンケートを取らせて頂きました。ご協力、ありがとうございました!

1位の方にクルミを食べて頂こうと思ったら、その方が『1人だとつまんねぇ……』と文句を言うので、2位の方にも出演して頂きました。
なお、『恋するクルミ』はウィニストラ国王が管理する貴重品であるため、夢の中で食べてもらっています。


本編には関係のない小話ですので、気楽に読んで頂けると嬉しいです。

■■■■■■■

ウィニストラ王宮の地下エリアの1画には、各国から贈られた宝物を管理する宝物庫や、他国から送られた書簡や荷物といった重要な物を管理している保管庫がある。
兵士が3人1組のチームを組み、前を歩くチームの背中が見える間隔で延々と巡回する。そんな厳重な警備がされているから、異常や不審者を発見すればすぐに兵士達が集まってくるのだが。
保管庫の扉の横で、エニアスがバルジアラに壁ドンされるような状態になっていても、巡回する兵士は上官2人が相手であれば声をかけずに、チラリと見て去っていくだけだった。


「おいお前、手に何を持ってる?」

「手に……?あ、これは」

「これは『恋するクルミ』だな。しかも2個!なんでお前が持ってるんだよ。まさかお前、保管庫から盗み出したのか?!」

「盗み出すなんて、そんなことするはずありません!なぜか分かりませんが、手に握りしめていて……」

「よく見れば、1つは火を入れた状態じゃないか。陛下が管理するクルミを食おうとしてたのか?」

「そんなことするわけありません!私は自分が食べるよりもユーリにあげます!」

「俺が保管庫に戻しておくから寄越せ」

バルジアラは、シュンとしたエニアスの手から2つのクルミを奪い取ると、焦げ目がついたクルミを躊躇なくポイッと口に放り込んだ。
口をパクパクと動かしながら絶句しているエニアスの前で、バルジアラはガリガリと音を立てながら噛み砕き、不思議そうな顔をしたままゴクリと飲み込んだ。


「味はクルミじゃなくて、銀杏みたいだな。不味くはないが、ガンテツ屋の銀杏串の方が断然美味いな」

「あぁぁぁぁ!!!なんてことをなさるんですか!食べてしまうなんて、盗みよりも重罪ですよ!」

「ち、ちがっ!なんか手が勝手に動いたんだよ!」

バルジアラが必死に釈明しようとすると、白い煙が広い廊下を飲み込むように現れて、あっという間に2人を包み込んだ。煙はすぐに消えたが、いつの間にか2人は静かな酒場のカウンター席に座っていた。


「クルミといえばユーリだな。ユーリは主人を俺に替えないだろうか。
ディスコーニより俺の方が強いし、クローゼットだけでなく家も遊び道具も作ってやるのに。ユーリがどうしても主人を変更しないなら、生息地に行って俺を主人と認めるリスを探しに行きたいのに、書類ばっかり集まりやがって」

「バルジアラ様、何をおっしゃって……。むぐっ!」

酔っ払いのように目が座ったバルジアラは、隣に座るエニアスに身体を向けると、口の中に火を入れていないクルミを突っ込み、その大きな手で口を塞いだ。


「バブベビババァッ!もが!もが~っ!!(バルジアラ様!死ぬ!死ぬ~っ!!)」

「つべこべ言わずに噛んで飲み込め!」

バルジアラは一生懸命手を外そうともがくエニアスの口を力任せに押さえつけ続けると、エニアスはどうにもならない状況を諦めたのか、もがく動作と一緒に口の中をゴロゴロと動き回っていたクルミを噛んだ。
エニアスから手をはなしたバルジアラは、眉間にシワを寄せながら飲み込んだエニアスの顔をジッと見た。


「美味いか?」

「火を入れたクルミより少し柔らかいですが、味は銀杏のようです。1個で十分の美味しさだと思います」

エニアスは不思議そうな顔をしながら感想を言い終えると、急に暗い顔になり、カウンターに両肘をついて頭を抱えた。


「クルミと言えば、別れた彼女がクルミのフロランタンが好きで、よく食べました。今までデートがドタキャン続きだったから、ゴメンネのつもりで彼女の行きつけの菓子屋で買ったクルミのフロランタンを渡したら、すごく喜んでくれていたのに。その数分後にフラレてしまうなんて……。
注文をキャンセル出来ないし、テイクアウトはないし、大人は食べ残し厳禁なハンバーグレストランで。食欲なんてないのに、2人分のハンバーグを無理やり食べたら、トマトソースやオニオンソースがかかっているのに味がしなくて。

ディスコーニ様がいらっしゃる時は、残業する日が決まっていたからデートが出来ていたのに、腹心になってから毎日残業ばっかりで。やっと出来た時間にデートの約束を入れたら、バルジアラ様が急に残業を命じるからドタキャンすることが続いて。
きっかけはハンバーグのソースだったのに、ドタキャンのことを言われて。仕事だからごめんって謝ったけど、『確かに貴方の仕事は国を守る大事な仕事だと思うわ。でもね、私、ちゃんと約束を守る人がいいの!もう別れましょ』って言われて。
その時、自分のカケラをテーブルに置いて店を出ていったのに、フロランタンだけはしっかり持って帰ってたんです。持って帰ってもらえなかった俺は、フロランタンに負けたんです……」

机に突っ伏したエニアスの黒い頭にバルジアラの大きな手が添えられると、豪快にたわし掃除をするように頭をかき回した。


「お前はユーリに見捨てられないからいいじゃないか。俺はお前よりも先にユーリと遊ぶのに、いつもお前達の方に行って俺は置いてけぼりにされるから、お前の気持ちは分かるぞ。今日は無礼講だ。飲むぞ」

「はい!」

ここには2人以外誰もいないはずなのに、彼らが欲しいと思った酒やつまみが目の前に現れる。そんな不自然な状況に2人が違和感を覚えることもなく、カチンと音を立ててグラスを合わせると、グイッと酒を飲み干した。


「バルジアラ様はお付き合いされている女性はいらっしゃらないのですか?」

「いねぇなぁ」

「実はこっそり付き合っていたけど、最近フラれたとか……?」

「最後に特定の女と付き合ったのは、俺が副官になったばかりの随分昔の話だ」

「どうして別れたんですか?」

バルジアラは手に持っていた酒を飲み干すと、小さなため息を吐いた。


「俺が城下を巡回している時、昼間っから酔っ払った2組のカップルが派手な喧嘩を起こしてね。
その1件が俺の耳に入った時にはほとんど収拾がついていたが、念の為に現場を確認しに行ったら、付き合ってた女が男と一緒にいた。
『この男は自分のものだ』と言わんばかりに男にくっついていたくせに、俺を見たらその男を放ったらかして、『これは誤解なの』とか『しつこくナンパされて、ご飯食べただけなの』とか、俺に近寄れねぇっていうのに、兵士に阻まれながら大声で喚いてた。
事情聴取では、その女と男は交際1年って言ってたらしいから、俺は付き合った当初から二股されてたらしい」

バルジアラが手にした琥珀色の酒には、しかめっ面ながらもどこか哀愁が滲んだ顔が映っていたが、それを見たくないのか一気に飲み干した。


「バルジアラ様にそんな経験が……。バルジアラ様の女性関係のお話は耳にしたことがなかったので、もしかして童貞か男色なのかと思っていました」

「無礼講だからって遠慮なく言うなぁ。普段なら許さねぇが、メリハリがつけられる奴は好きだぞ。
童貞なんて大事に取っておくのはディスコーニのような変人くらいだし、もし男色だったら俺はここにいねぇよ」

「ディスコーニ様は本当に童貞なのでしょうか」

「こじらせ過ぎて変人になったお墨付きの童貞だ」

バルジアラの一言で、緊張がすっかり緩んでいたエニアスの顔が瞬時に引き攣った。


「た、たしかにそうですね…。ですが、誰の目もない中、あれだけシェニカ様と親しくなっていらっしゃるのですから、鍾乳洞にいる1週間でご卒業になられたのでは?」

「ファズ達に確認したが、ディスコーニはシェニカ様と同じ部屋にいる時は、人払いをしないし、気配を読んでもユーリを囲んで座っているだけで寝た様子は一切ない。それに、あいつが童貞を卒業したことを隠す必要性もないから、未だに童貞だというのは真実だと思う。
そういえば、シェニカ様がディスコーニのどこを気に入ったのか分からないんだが、お前は分かるか?」

「う~……ん。そうですね……。ディスコーニ様は、セナイオルやトゥーベリアス様のような女性にモテる顔立ちではありませんが、穏やかに見えますから、将軍らしい威圧感は少ないと思います。実際のところ人当たりも良く、気遣いをしてくれる方ですし、可愛いユーリもいるので女性の好感度は高いと思います」

しばらく考えたエニアスが答えると、バルジアラは『ハァ……』と深い溜息を吐き出した。


「ユーリと顔立ちは置いといて、人当たりが良くて気遣いが出来ると、女に良い印象を持たれるのか?」

「悪い印象を与えないので、ポイントは高いと思います」

「『お友達』になってキスをしただけで、あそこまで幸せになれるディスコーニが羨ましい。俺にもそういう相手が出来ねぇかな」

さっきは答えるまで時間がかかったエニアスだったが、その問にはすぐに返事が出た。


「バルジアラ様はいつも険しいお顔ですし、身体は壁のように大きいし、エメルバ様の奥方特製抹茶クッキーを独り占めするし、人使いが荒いし、可愛気はないし。
食にこだわりはないと言いながら、差し入れに串焼きを買ってきたら、『差し入れはありがたいが、串焼きだけは俺はガンテツ屋じゃないダメなんだよ。この串焼きはお前にやるから、今からガンテツ屋で買って来てくれ』と買いに行かされるし。
たまに串焼きを食べながら書類にサインをしているから、書類に飛んだタレを一生懸命拭き取らないといけないし。なにより、みんな早くユーリと遊びたいのに、いっつも一番最初だし。
総合的に判断して、バルジアラ様を選ぶ女性は大変奇特な方だと思いますので、当分独り身だと思います」

「占い師みたいなこと言いやがって。でもまぁ、全部本当のことだけどな!あはははは!」

返事が面白かったのか、バルジアラは豪快に笑い飛ばすと、エニアスともう一度グラスを合わせて2人で一気に飲み干した。


「何杯飲んでも、不思議と気持ちよく酔ったままでそれ以上酔いませんね」

「そういやそうだな。味はイマイチだが、食べただけで気持ちよく酔った状態になるし、酒を飲んでも悪酔いしないし、なんか喋りたくなるな」

「良いことばかりですが、食べるとユーリの可愛いスクワットおねだりが見れなくなるという最大最悪のデメリットがありますね」

「あぁぁ~。それは嫌だな。ユーリに恋するクルミをあげれば、可愛いおねだりも見れるし、ユーリからの好感度も上がるに違いない。それは気持ちよく酔えることよりも重要だな」

「そうですね!あれ?なんか急に……」

「なんだこれは?」

カウンター席に座っていたエニアスとバルジアラの周囲には、自分の目の前にかざした手すら見えないほどの濃い煙が広がった。その煙が目に染みるのか、2人が目を閉じると、煙と共に空間そのものも消え去った。



「なんか夢を見た気がするが……。覚えてねぇな」

カーテンの隙間から入ってくる朝の色に誘われるように目を覚ましたバルジアラは、素っ裸のまま洗面台の前に移動すると、少し伸びたヒゲを剃りながら口の中になんとなく感じる味に首を傾げた。


「なんかガンテツ屋の銀杏串をつまみながら酒を飲みたくなったな。たまにはエニアスでも誘って、ガンテツ屋で串焼き食べながら酒を飲むか」

顔を洗い、ツルツルになった顎や鼻下を撫でながら、バルジアラは顔がひしゃげるほどの大あくびをした。


■■■後書き■■■

①恋するクルミは銀杏に似たイマイチな味で、人間が食べると……
●お酒を飲まずとも『いい感じで酔っ払った』ハイな状態になる。
●元々喋る人も口数が少ない人も、普段言わないことを言ってしまうような饒舌になる。
●気持ちよく酔った状態のため、普段なら怒るような言動を取られても穏便に済ませられる。
●クルミにアルコールを分解する成分があるのか、クルミを食べた状態でお酒を飲んでも悪酔いしないし、二日酔いもしない。

という結果になりました。
お酒が苦手だけど酔った感じを体験したい人、お酒が好きなのに弱い人には便利な食べ物で、秘密主義な人、口数の少ない人などに食べさせたら、色々話してくれる面白い食べ物のようです。



②アンケートの上位5位までの結果は

1位 銀髪将軍
2位 エニアス
3位 シェニカ
4位 銀金コンビ
5位 ユーリ
5位 ディスコーニ
5位 ディスコーニの副官達

でした。
ダントツ1位だったバルジアラですが、プライベートな空間では素っ裸で歩き回っています。その行動が彼の人気にどう影響するのだろう……。

ちなみに、少数意見としてはウィニストラ国王、ウィニストラの悪ガキ王子、エアロスといった人の名前もありました。今回は小話に登場しませんでしたが、貴重なご意見をありがとうございました!

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