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第18章 隆盛の大国
21.リス達が住む場所
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■■■前書き■■■
大変お待たせいたしました。m(__)m
更新が遅くなっている間に、連載4年目に突入いたしました。
これからも頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。m(__)m
今回はシェニカ視点です。
■■■■■■■■■
「あれがリュゼット山?色んな色があってキレイね!」
「山にはたくさんの種類の木が生えていて、それぞれ開花、紅葉、落葉の時季が違うので、1年中とてもキレイなところなんです。立入禁止になる前は、ハイキングに来る人が多かったそうですよ」
私やルクト、ディズ、ファズ様達の前後左右をディズの部隊の人たちが取り囲んで馬を走らせていると、目的地のリュゼット山が見えてきた。
連なるゼルジオ山の半分くらいしかないけど、葉っぱの緑と赤、黄色、枝の茶色、ピンクや薄紫、赤といった花の色があちこちに見える山だった。
時間の経過と共に段々ハッキリ見えてきた山の麓には、灰色の石造りの大きな建物がある。その建物から山を囲むように柵が続いているから、あの建物が軍の拠点のようだ。
早い時間に首都を出たこと、休憩は最低限にしたこともあってか、軍の建物に到着したのは煌々と照らす太陽が一番高い場所を少し過ぎた頃だった。
灰色の石造りの大きな拠点の前では、出迎えの兵士達が敬礼した状態で待っていたから、なんだかちょっと緊張しながら馬から降りた。
「この先が生息地になります。30分ほど徒歩での移動になりますが、中で休憩していきますか?」
「ううん、私は大丈夫。ルクトはどう?休憩する?」
「大丈夫だ」
今いる場所から少し離れたところにある格子状の柵を見ると、ルクトを見下ろすくらいの高さがあり、太い木材が子供も通れないくらいの隙間しかない組み方で頑丈に造られている。
柵といえば国境を隔てる柵もあるけど、そっちの柵の高さは私の腰くらいで、真ん中と上に横にした木を括り付ける程度の簡素なものだ。こっちの柵の方が頑丈そうなのは、密猟者対策なのだろうか。
「柵が頑丈なのは密猟者対策?」
「えぇ。国境の柵は戦争が起きると最初に壊されるので、それを前提に簡素な造りになっていますが、ここは外からの密猟者を入れない、逃さないためのものですので厳重なんです」
「逃さないってことは、こんだけ頑丈にしていても入る人がいるの?」
「山にはオオカミリスだけでなく、熊や鹿、イノシシ、狼といった動物も生息しています。山全体を完全に封鎖してしまうと、そういった動物も出れなくなるので柵がない場所もあるんです。
そういう場所は警備の者がいるのですが、隙を見て入る者がいるので、彼らを逃さずに捕まえるために柵を頑丈にしているんです」
「そうなんだ」
ディズの説明を聞きながら出迎えの兵士達の前を通り抜け、建物の中を静かに歩いていけば、馬が数頭くつろぐ広い中庭に出た。
草を美味しそうに食べたり、身体を丁寧に拭いてもらって気持ちよさそうにする馬を横目で見ながら通り抜けると、薄暗く長い廊下の突き当りに鉄製の大きな扉が見えた。
その扉の両脇に控えた兵士が重そうな扉を開き始めると、扉の隙間から明るい光が空間を引き裂くように差し込んできた。
そして廊下が光で満たされると、石造りの床がプツリと途切れた先に、緑があふれる明るい世界が広がっていた。
ーーうわぁ……。扉の先が今までの空間と違うと、別世界って感じがしてドキドキワクワクするなぁ。
風で揺れる葉の僅かな音しか聞こえない世界には、緑に囲まれた木々の間に、草が刈られた程度のなんとなく整備された小道が走っている。そこをファズ様、私達が歩き、その後ろを大きな鞄を背負い、お酒や食材などが詰まった木箱を抱えたセナイオル様達4人が続いている。
普通に考えれば背中には重い鞄、前には木箱なんて結構大変だと思うけど、4人は何も持っていないみたいな余裕の表情で歩いている。
どこからともなく聞こえる鳥の囀りや、静かで少し冷たい空気、土の匂いがとても素敵なこの森には、人の手がほとんど入っていないのがなんとなく感じ取れた。
「休憩を取らなかったので疲れたでしょう?屋敷に着いたらゆっくり休んで下さいね」
「ううん、全然大丈夫!可愛い子たちに会えると思ったら、疲れなんて感じなくて。早く会いたいなぁ」
ディズは心配してくれるけど、私は早く可愛いリス達に会いたくて堪らない。
まだ太陽があるこの時間だったら少しは姿を見れるかもしれないと思うと、休んでいる時間が惜しい。
オオカミリスは警戒心が強いらしいから、ユーリくんみたいにすぐに懐いてくれるなんて期待していないけど、可愛らしい姿をひと目でも見たい。
どんな子達がいるか分からないけど、その中に私を主人と認めてくれる子がいるかもしれない!
『え、私を主人って認めてくれるの?嬉しいっ!』
『お名前は何にしようか。男の子でも女の子でも良いように、ミルクにしよう!うん、良いお名前!』
『ミルクちゃん!今日はとっても頑張ってくれたから、恋するクルミをあげるね!』
『今日はどんなお洋服にする?フリフリメイドさんなりきりお洋服にする?それとも羽がついた天使ちゃんのお洋服にする?うーん、迷っちゃうなぁ。じゃあ、間を取って風呂敷を担いだ商人のお洋服にしよっか!この唐草模様の緑の風呂敷、すごく似合うよ!』
『ミルクちゃん…。今日は初めてのお風呂だね。もう、なんか!ドキドキしちゃう!』
『毛繕いする姿、もっと……。もっと近くで見ていい?』
『おやすみのチューとか、ダメ?』
『ミルクちゃんが寝るまで、ずっと見てていい?』
『くぅっ!眠気と戦う姿、なんて可愛いの!眠りに入る寸前の姿も、眠る姿も可愛いっ!この可愛さをどう表現して、誰に伝えたら良いのか分からない!もう今日は眠れないわ!』
「ハァハァ……」
「息が上がっているようですが大丈夫ですか?」
「あ、ううん!全然大丈夫だよ!」
いけない、いけない。つい妄想が進んで、息が上がってしまっていた。
「もう少し歩きますが、頑張って下さいね」
「うん!」
段々と森が深くなるに連れて、土や木の匂いが濃くなり、空気が澄んできた。
おしゃべりをしている鳥達の下を、ディズと他愛のない会話をしながら歩いていると。やがて、鬱蒼とした森の中に隠れるように佇む2階建ての立派なお屋敷が現れた。
そのお屋敷は灰色の石造りの建物だけど、その色を隠すように大きな緑の葉の蔦が生えている。
「うわぁ。すごい。なんだか歴史を感じるね」
「この辺りは短いですが雨季があるんです。建物自体は古く無いのですが、その雨季の時に蔦が一気に成長するので、あっという間に緑に覆われたそうです」
お屋敷に近付くと、建物の真ん中にある大きなアーチ型の扉から、黒髪の中に所々白が混じった初老の男女と、青碧色の軍服を来た兵士が4人出てきた。扉の前に立つのは初老の男女で、その両脇を固めるように銅の階級章をつけた兵士が2人ずつ並んだ。
「ようこそいらっしゃいました」
黒を基調とした執事服を来た男性と、白のブラウスに黒のエプロンドレスを着た女性は私に向かって恭しく頭を下げ、その両脇にいる兵士達は敬礼した姿で迎えてくれた。
「シェニカ様、はじめまして。ベーダと申します。ご滞在中は妻のエイマと共に、身の回りのお世話をさせて頂きます」
「はじめまして、エイマと申します。何なりとお申し付け下さい」
「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトと申します。どうぞよろしくお願いします」
「では早速、お部屋にご案内させて頂きます」
私が頭を下げると、目の前の2人はもう一度頭を下げ、兵士が開けた扉の中に入った。
その2人に倣ってお屋敷の中に入ると、白い大理石で出来たピカピカの床と2階に続く階段が左右にある大きな半円形のホールが出迎えた。
今入ってきた扉から2階の階段に続くように赤い絨毯が敷かれていて、前を歩く2人はゆっくりとした足取りで階段を登っていく。
階段を踏みしめながら後ろを振り返ってみると、扉の前で出迎えた4人の兵士はファズ様や木箱を玄関の隅の方に置いたセナイオル様達に敬礼をして、外に出て行くところだった。
そんな様子を見ていたのか、視線を前に戻した時にニコニコしたベーダさんと目が合った。
「ここにいるのはシェニカ様と護衛の方、ディスコーニ様とその5人の副官の方々。そしてお世話をさせていただく私達だけとなります。
彼らは私達の見張りをする必要がなくなったので、拠点に戻っていきました」
「見張り、ですか?」
「オオカミリスが絶滅危惧種に指定される前までは、乱獲は主に貴族が行っていました。しかし、個体数が激減して絶滅危惧種に指定されると、この生息地が保護地となり人の出入りが制限されました。すると、この場所を警備していた兵士が、貴族に高く売ろうと密猟することがあったのです。
今のところ密猟は落ち着いていますが、国王陛下がここにご滞在される場合でも、この場所に入ることが許されるのはごく僅かな者だけなのです」
「そうだったのですか…」
「シェニカ様のお部屋はこちらです。護衛の方はこちら、ディスコーニ様のお部屋はこちらでございます」
部屋に案内するとベーダさんとエイマさんは、お辞儀をして歩いてきた廊下を静かに戻っていった。
私の部屋は廊下の一番奥の突き当りで、ルクトはその右手前、ディズはその左手前の部屋だ。この場所には扉が3つしかないから、ファズ様達の部屋は別の場所のようだ。
「まだ日も高いので外を散歩してみますか?」
「うん!ルクトも行かない?」
「行く」
「きちんと警備をしますから、荷物を置いたまま外に出ても大丈夫ですよ」
「じゃあ鞄置いてくるね」
ドアを閉め、ふかふかの黒い絨毯を数歩進んで、鞄をどこに置こうかと広い部屋を見渡すと。ドアを開けてすぐ左手に、ドアと向かい合う位置にある奥の窓近くまで、装飾のないシンプルな木製の衝立が真っ直ぐに続いている。
部屋の右側には洗面スペースに繋がるドアがあって、2人同時に使えるくらい大きな洗面台にはポカンと口を開ける私が映っていた。
洗面スペースの左手側にはトイレに繋がる引き戸、右手側にはクローゼット付きの脱衣所に続く引き戸があって、その先は私が横になっても余るくらいの長い浴槽が特徴のお風呂場があった。
洗面スペースを出て部屋に戻ると、数歩先にはガラスのローテーブルを挟んで2人掛けの茶色のソファが2脚あり、すぐ近くの壁には首都の白い王宮の絵があった。
王宮の部屋に比べてシンプルな家具が多いけど、きっと高いものなんだろうなと思いながら衝立に近付いた。
私の背の高さくらいある衝立の内側を覗くと、そこには天蓋付きの大きなベッドが置いてあった。ベッドに近い壁にはレースカーテンがかかった窓と、キレイな長方形のランプシェードにリスの透かしが入ったスタントランプがあり、ベッドと衝立の間には赤や紫、ピンクといったポプリが入った小さなガラス壺が乗ったサイドテーブルがあった。
「鞄はクローゼットじゃなくて、ベッドの近くに置いておこう」
鞄をサイドテーブルの下に置くと、廊下に早足で戻った。するとそこには鞄を部屋に置いたルクトと、肩にユーリくんを乗せたディズが待っていた。
「おまたせ。ユーリくん、今日は緑のシャツなんだね。とっても似合ってるよ!」
「チチッ!」
今日のユーリくんは、緑色の生地に白の水玉模様のシャツを着ている。この緑の世界に溶け込むような可愛らしい姿に、思わず目が釘付けになった。
ーー上手く行けば。私にもこんな可愛い相棒が、もうまもなく出来るかもしれない……。ミルクちゃんとあ~んなことや、こ~んなことも……。ふふっ!
ユーリくんがディズの軍服の中に潜り込む姿を見送りながら、私の胸はたくさんの期待と想像で、はち切れそうに膨らんだ。
「では行きましょうか」
廊下を進もうとした時、ルクトと目が合うとフイと視線を横にずらされた。一瞬だったから分からないけど、何か言いたそうな目をしていた気がする。
ルクトはディズが近くにいると口を開かないから、何か言いたいことがあるけど黙っているのかもしれない。
後でルクトと話す時間を取ったほうが良いのかもしれない。
「ユーリくんとはここで出会ったの?」
「えぇ、そうです」
「どんな出会いだったの?」
「首都の路地裏で、オオカミリスを売りさばく商人を捕まえました。その商人は、密猟したオオカミリスを闇商人から買い取ったと話していたので、ここに来て大元の密猟者を捕まえたんです。その時に助けたのがユーリを含むオオカミリスの一家でした。
怪我もなかったのでその場で放してあげたのですが、他のリス達は森に戻っていくのにユーリは私から離れなくて。それから私の相棒になってくれました」
「じゃあディズはユーリくんの恩人なんだね」
玄関を出て屋敷の裏手に行くと、そこは今までの景色と変わらないたくさんの緑を茂らせる木々と、エイマさんがテキパキと動いている厨房の窓と勝手口くらいしかない。
姿は全然見えないけど、この付近にリスたちは住んでいるのだろうか。
「久しぶりに来ましたから、お友達に挨拶をしておいで」
ディズがそう言うと、彼の胸元から顔を出していたユーリくんは軍服を駆け下り、森の奥に勢いよく駆けていって姿が見えなくなってしまった。
大丈夫だろうかと心配していると、隣にいるディズはニコニコして私を見ていた。
「オオカミリスがこの屋敷の周辺にしかいないのは、人工物があると猛禽類や蛇などの捕食者が警戒するからではないかと学者が推測していました。すぐに戻ってくると思うので、大丈夫ですよ」
ディズがそう話していると、勝手口から折りたたみ椅子を4脚もったベーダさんがやってきて、いつの間にか近くにいたファズ様がそれをすべて受け取った。
ルクトはファズ様から1脚受け取ると、こっちに歩きながら手早く組み立て、私の側に置いてくれた。
「ありがとう」
ルクトにお礼を言うと彼は小さく頷き、ファズ様からもう1脚受け取ると、1人分くらいの空間をあけて私の右隣に座って、すぐに目を閉じてしまった。
鳥のさえずりや風で葉っぱがこすれる音がよく聞こえる中、ぽつりぽつりと左側に座るディズと話したり、目を閉じたままのルクトの様子を垣間見ていると、ユーリくんが森の奥からこちらに向かって勢いよく走ってきた。
ディズの軍服のズボンを駆け上がったユーリくんは、彼の膝の上で両手をスリスリしておねだりを始めた。
「お腹が空きましたか?」
ディズがクルミを1つ渡すと、ユーリくんはそれを咥えて少し離れた幹が太い木の下に置いた。二本足で立ち上がったユーリくんが「チチチ」と鳴くと、その木の上から20匹くらいのリスの集団が地面に駆け下りてきた。
ユーリくんのように茶色一色の子もいれば、お腹や背中に白っぽい部分がある子もいる。
そして1個のクルミの争奪戦が始まると、あちこちから「ジジジ!」という威嚇の声や、噛み付き合っているのかグルグルと回りながら喧嘩する子たちが出てきた。
どの子も毛はふさふさしているけど、ユーリくんよりも一回りも二回りも身体が小さいから、ユーリくんが大きく見える。
「随分と小さくて、痩せていますね」
「お腹空いてるみたいね」
もっとクルミをあげようと椅子から立ち上がると、その行動が警戒されたらしく、喧嘩していたリス達が一気に木を駆け上がって逃げてしまった。
「ユーリくん、クルミを運んでくれる?」
椅子にもう一度座って声をかけると、ユーリくんはすぐに走ってきて私の膝の上でおねだりポーズをしてくれた。クルミを受け取ったユーリくんは、同じ木の下にクルミを置いて、また私のところに戻っておねだりしてくれる。
そんな様子を枝の上から見ていたリス達は、木の下にクルミが4つ集まった頃には下りてきて、また争奪戦を始めた。
「この様子だと、クルミやドングリは不作だったのかもしれませんね」
ディズがそう言った時、勝手口から歩いてきたベーダさんが、私達に木の器に入ったお菓子を配ってくれた。
「ゼルジオ山のほうは普段通りだったのですが、このリュゼット山の方は雨季が長かったので木の実は不作だったようです。イノシシや鹿、熊といった他の動物はゼルジオ山の方に移動したようですが、オオカミリス達は移動の危険よりも、花や草の実を食べて耐え忍ぶ方を選んだようです」
「オオカミリスって花も食べるんですね。あ、ユーリくん。おねだりしなくても大丈夫だから、みんなに持っていってあげて」
何度も往復するユーリくんは、律儀に毎回おねだりポーズをしてくれる。みんなのために頑張るユーリくんがとても健気で、彼がおねだりを始める前にクルミを差し出すと、それを咥えて一目散にみんながいる木の下に走って行った。
「木の実が無い時は花も食べるんです。もう散ってしまいましたが、雨季が続く中でも『恋するクルミ』の木が花をたくさん咲かせたので、それを食べて飢えをしのいだようです。
私達はこの屋敷の管理を任されておりますが、ここに入ることを許されているのは新月と満月を迎える日の日中だけで、普段は外の拠点で生活しています。ここに来た時に餌をあげたいのですが、許されているのは屋敷の管理だけですので、私も妻も何も出来ませんでした。なので、今日のクルミはオオカミリス達にとって特別美味しいと思います」
「『恋するクルミ』の木はこの近くにあるんですか?」
「ユーリのいる木が『恋するクルミ』の木ですよ」
ユーリくんたちを見下ろす『恋するクルミ』の木は、王宮にあったクルミの木と比べて表面にボロボロの所が多いくらいで、太い幹や緑の葉をたくさん茂らせているのは同じだ。
「あの木がそうなんだ…。じゃあ、食べるのが落ち着いたら『恋するクルミ』を育ててみようかな」
「魔力をかなり使うのでしょう?移動続きで大変だったと思いますが、大丈夫ですか?」
「うん!はやくみんなに美味しいクルミをプレゼントしてあげたいから頑張る」
最初は奪い合いや喧嘩をしていたけど、ユーリくんがたくさんのクルミを運んでくれたおかげで、みんなに行き渡ったらしく、そのうち静かにクルミを食べていた。
頬袋は膨れていないけど、クルミを食べて落ち着いたからか、食事を終えたリス達は、ユーリくんを含めた他のリス達と喧嘩せずにじゃれつきはじめた。
「どのへんで育てたらいい?」
「そうですね…。リス達が出来るだけ安全に食べられるように、屋敷の周辺であればどこでも大丈夫だと思います。あちらに少しひらけた場所があるので、そこに行きましょうか」
「うん!」
「ユーリ、あっちに行っていますね」
ディズが声をかけると、遊んでいたユーリくんは動きを止めたけど、すぐにお友達と追いかけっこを始めた。
楽しそうなユーリくんの邪魔にならないように静かに立ち上がり、お菓子が入っていた木の器をベーダさんに返し、蔦が絡みついた壁に沿って歩いていくと、屋敷の半分を過ぎた辺りに家一軒分ほど空いた場所があった。
「ここなら大丈夫ですよ」
「じゃあ始めるね」
開けた場所の中央あたりで立ち止まり、ずっしりと重い革袋から『恋するクルミ』を1つ取り出すと。
「チチ~♪」
「チチチチッ♪」
ユーリくんの嬉しそうな声が聞こえたと思って声のした方に視線を向けると、私から1歩離れた地面に5匹のリスが後ろ足で立ち上がっていた。ここにユーリくんは居ないけど、彼と同じように目をハートにし、私に向かって忙しそうに上下に揺れつつ両手をスリスリしている。
ーーユーリくんだけでも可愛い熱烈なおねだりポーズを!5匹の子達が!!かっ!!可愛い~♪
「あ……!」
可愛らしい姿に感動していると、あれよあれよと言う間にリス達が集まってきた。
その中にはお洋服を着たユーリくんも居て、みんなが同じリズムでスクワットをしながら小さなお手々をスリスリと上下に動かしている。
数え切れないほどのオオカミリス達が、水色のお目々をハートにして私を見て。
「お願いっ!お願いっ!」「それが食べたいの!おねが~い!」と集団で訴えて。
小さな後ろ足で立ち上がってスクワットしていて。
小さなお手々を一生懸命上下にスリスリ動かしていて。
クルミを持つ手を右に動かすと、おねだりを続けるみんなの顔が同じ方向に少し動いて。
左に動かすと、今度はそっちに首をかしげる様に動いて。
そんな一生懸命で可愛い姿を見続けると、身体の奥底から形容できない大きな歓喜が湧き上がってくる。
『シェニカ好き!結婚して~!』と聞こえてきて。
わ、わたしも……。みんな大好きっ!みんなまとめて結婚しよう!
これからはみんなと一緒にハーレム生活!
数が多いから、これからの旅はスペースがある荷馬車移動にしよう。荷台ではみんなが私の服の中に入るために競争して。いやぁん!
ご飯の時間になったら、みんなで輪になって仲良く食べて。食後のデザートは『恋するクルミ』で。毎日3回はみんなから熱烈なおねだりをしてもらえるなんて!
何回かに分けてお風呂に入って、寝る前とおはようは鼻先をちょん!と合わせるキスをして。
『今日のお洋服はメイドさんだよ!』とか、『ちょいワルな悪魔な格好もキマってる!』『リスの気ぐるみを着ると、おんぶしてるみたいで良いね!』『ウエディングドレスもタキシードも良いね!何回でも結婚式しようね!』とか。きゃぁぁ!
治療院ではみんなが誘拐されないように、部屋の中に特大テントを置いて。みんなにはぬいぐるみやコッチェルくんで遊んでもらって。私が一息つきたい時はテントに入って、イチャイチャしてエネルギーを充填して。
あ、でも!みんなとイチャイチャしてたら、休憩時間が長くなりそう!
お仕事は真面目にしないといけないけど、休憩時間がすこ~し長くなっても可愛いから仕方がないよね。でもやっぱり。一度テントに入ったら、みんなとイチャイチャしたくて、もう出られないかもしれない!
はっ!みんなが寝た後に治療院を開くのも良いかもしれない。日中治療院を開きつつ、何日かは夜間から早朝に開くのも、日中お仕事に忙しい人には良いかもしれない。
夜間から早朝に治療院を開いたら、みんなが起きてる日中は街の中をデートしたり、パン屋さんに行ったり、クルミを食べ比べしに行ったり。木がいっぱいあるところに行って、みんなで走り回ったり。
あぁ、どうしよう。なんだかすごく楽しくて、幸せ!
お父さん。お母さん。ローズ様。私、みんなと結婚します!
今度ダーファスに帰る時は、可愛いお嫁さんと旦那さんを紹介するね!
ハネムーンはどこにしよう。のんびり出来る温泉かなぁ。それともリゾート気分を味わえるところかなぁ。
そのうちハーレムの中で赤ちゃんがいっぱい生まれて、荷馬車やテントがにぎやかになって。
やんちゃざかりのチビっ子が、いたずらばっかりして悩んだり。
お名前つけるのも、覚えるのも大変だなぁ!もう、困っちゃう!いやぁぁん♪♪
「シェニカ?!」
ディズの慌てたような声と、ブバッ!という聞いたことのない音が聞こえたと思ったら、なぜかふわっとした浮遊感を感じた。
■■■後書き■■■
シェニカの興奮は、とうとう限界を超えてしまいました。
大変お待たせいたしました。m(__)m
更新が遅くなっている間に、連載4年目に突入いたしました。
これからも頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。m(__)m
今回はシェニカ視点です。
■■■■■■■■■
「あれがリュゼット山?色んな色があってキレイね!」
「山にはたくさんの種類の木が生えていて、それぞれ開花、紅葉、落葉の時季が違うので、1年中とてもキレイなところなんです。立入禁止になる前は、ハイキングに来る人が多かったそうですよ」
私やルクト、ディズ、ファズ様達の前後左右をディズの部隊の人たちが取り囲んで馬を走らせていると、目的地のリュゼット山が見えてきた。
連なるゼルジオ山の半分くらいしかないけど、葉っぱの緑と赤、黄色、枝の茶色、ピンクや薄紫、赤といった花の色があちこちに見える山だった。
時間の経過と共に段々ハッキリ見えてきた山の麓には、灰色の石造りの大きな建物がある。その建物から山を囲むように柵が続いているから、あの建物が軍の拠点のようだ。
早い時間に首都を出たこと、休憩は最低限にしたこともあってか、軍の建物に到着したのは煌々と照らす太陽が一番高い場所を少し過ぎた頃だった。
灰色の石造りの大きな拠点の前では、出迎えの兵士達が敬礼した状態で待っていたから、なんだかちょっと緊張しながら馬から降りた。
「この先が生息地になります。30分ほど徒歩での移動になりますが、中で休憩していきますか?」
「ううん、私は大丈夫。ルクトはどう?休憩する?」
「大丈夫だ」
今いる場所から少し離れたところにある格子状の柵を見ると、ルクトを見下ろすくらいの高さがあり、太い木材が子供も通れないくらいの隙間しかない組み方で頑丈に造られている。
柵といえば国境を隔てる柵もあるけど、そっちの柵の高さは私の腰くらいで、真ん中と上に横にした木を括り付ける程度の簡素なものだ。こっちの柵の方が頑丈そうなのは、密猟者対策なのだろうか。
「柵が頑丈なのは密猟者対策?」
「えぇ。国境の柵は戦争が起きると最初に壊されるので、それを前提に簡素な造りになっていますが、ここは外からの密猟者を入れない、逃さないためのものですので厳重なんです」
「逃さないってことは、こんだけ頑丈にしていても入る人がいるの?」
「山にはオオカミリスだけでなく、熊や鹿、イノシシ、狼といった動物も生息しています。山全体を完全に封鎖してしまうと、そういった動物も出れなくなるので柵がない場所もあるんです。
そういう場所は警備の者がいるのですが、隙を見て入る者がいるので、彼らを逃さずに捕まえるために柵を頑丈にしているんです」
「そうなんだ」
ディズの説明を聞きながら出迎えの兵士達の前を通り抜け、建物の中を静かに歩いていけば、馬が数頭くつろぐ広い中庭に出た。
草を美味しそうに食べたり、身体を丁寧に拭いてもらって気持ちよさそうにする馬を横目で見ながら通り抜けると、薄暗く長い廊下の突き当りに鉄製の大きな扉が見えた。
その扉の両脇に控えた兵士が重そうな扉を開き始めると、扉の隙間から明るい光が空間を引き裂くように差し込んできた。
そして廊下が光で満たされると、石造りの床がプツリと途切れた先に、緑があふれる明るい世界が広がっていた。
ーーうわぁ……。扉の先が今までの空間と違うと、別世界って感じがしてドキドキワクワクするなぁ。
風で揺れる葉の僅かな音しか聞こえない世界には、緑に囲まれた木々の間に、草が刈られた程度のなんとなく整備された小道が走っている。そこをファズ様、私達が歩き、その後ろを大きな鞄を背負い、お酒や食材などが詰まった木箱を抱えたセナイオル様達4人が続いている。
普通に考えれば背中には重い鞄、前には木箱なんて結構大変だと思うけど、4人は何も持っていないみたいな余裕の表情で歩いている。
どこからともなく聞こえる鳥の囀りや、静かで少し冷たい空気、土の匂いがとても素敵なこの森には、人の手がほとんど入っていないのがなんとなく感じ取れた。
「休憩を取らなかったので疲れたでしょう?屋敷に着いたらゆっくり休んで下さいね」
「ううん、全然大丈夫!可愛い子たちに会えると思ったら、疲れなんて感じなくて。早く会いたいなぁ」
ディズは心配してくれるけど、私は早く可愛いリス達に会いたくて堪らない。
まだ太陽があるこの時間だったら少しは姿を見れるかもしれないと思うと、休んでいる時間が惜しい。
オオカミリスは警戒心が強いらしいから、ユーリくんみたいにすぐに懐いてくれるなんて期待していないけど、可愛らしい姿をひと目でも見たい。
どんな子達がいるか分からないけど、その中に私を主人と認めてくれる子がいるかもしれない!
『え、私を主人って認めてくれるの?嬉しいっ!』
『お名前は何にしようか。男の子でも女の子でも良いように、ミルクにしよう!うん、良いお名前!』
『ミルクちゃん!今日はとっても頑張ってくれたから、恋するクルミをあげるね!』
『今日はどんなお洋服にする?フリフリメイドさんなりきりお洋服にする?それとも羽がついた天使ちゃんのお洋服にする?うーん、迷っちゃうなぁ。じゃあ、間を取って風呂敷を担いだ商人のお洋服にしよっか!この唐草模様の緑の風呂敷、すごく似合うよ!』
『ミルクちゃん…。今日は初めてのお風呂だね。もう、なんか!ドキドキしちゃう!』
『毛繕いする姿、もっと……。もっと近くで見ていい?』
『おやすみのチューとか、ダメ?』
『ミルクちゃんが寝るまで、ずっと見てていい?』
『くぅっ!眠気と戦う姿、なんて可愛いの!眠りに入る寸前の姿も、眠る姿も可愛いっ!この可愛さをどう表現して、誰に伝えたら良いのか分からない!もう今日は眠れないわ!』
「ハァハァ……」
「息が上がっているようですが大丈夫ですか?」
「あ、ううん!全然大丈夫だよ!」
いけない、いけない。つい妄想が進んで、息が上がってしまっていた。
「もう少し歩きますが、頑張って下さいね」
「うん!」
段々と森が深くなるに連れて、土や木の匂いが濃くなり、空気が澄んできた。
おしゃべりをしている鳥達の下を、ディズと他愛のない会話をしながら歩いていると。やがて、鬱蒼とした森の中に隠れるように佇む2階建ての立派なお屋敷が現れた。
そのお屋敷は灰色の石造りの建物だけど、その色を隠すように大きな緑の葉の蔦が生えている。
「うわぁ。すごい。なんだか歴史を感じるね」
「この辺りは短いですが雨季があるんです。建物自体は古く無いのですが、その雨季の時に蔦が一気に成長するので、あっという間に緑に覆われたそうです」
お屋敷に近付くと、建物の真ん中にある大きなアーチ型の扉から、黒髪の中に所々白が混じった初老の男女と、青碧色の軍服を来た兵士が4人出てきた。扉の前に立つのは初老の男女で、その両脇を固めるように銅の階級章をつけた兵士が2人ずつ並んだ。
「ようこそいらっしゃいました」
黒を基調とした執事服を来た男性と、白のブラウスに黒のエプロンドレスを着た女性は私に向かって恭しく頭を下げ、その両脇にいる兵士達は敬礼した姿で迎えてくれた。
「シェニカ様、はじめまして。ベーダと申します。ご滞在中は妻のエイマと共に、身の回りのお世話をさせて頂きます」
「はじめまして、エイマと申します。何なりとお申し付け下さい」
「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトと申します。どうぞよろしくお願いします」
「では早速、お部屋にご案内させて頂きます」
私が頭を下げると、目の前の2人はもう一度頭を下げ、兵士が開けた扉の中に入った。
その2人に倣ってお屋敷の中に入ると、白い大理石で出来たピカピカの床と2階に続く階段が左右にある大きな半円形のホールが出迎えた。
今入ってきた扉から2階の階段に続くように赤い絨毯が敷かれていて、前を歩く2人はゆっくりとした足取りで階段を登っていく。
階段を踏みしめながら後ろを振り返ってみると、扉の前で出迎えた4人の兵士はファズ様や木箱を玄関の隅の方に置いたセナイオル様達に敬礼をして、外に出て行くところだった。
そんな様子を見ていたのか、視線を前に戻した時にニコニコしたベーダさんと目が合った。
「ここにいるのはシェニカ様と護衛の方、ディスコーニ様とその5人の副官の方々。そしてお世話をさせていただく私達だけとなります。
彼らは私達の見張りをする必要がなくなったので、拠点に戻っていきました」
「見張り、ですか?」
「オオカミリスが絶滅危惧種に指定される前までは、乱獲は主に貴族が行っていました。しかし、個体数が激減して絶滅危惧種に指定されると、この生息地が保護地となり人の出入りが制限されました。すると、この場所を警備していた兵士が、貴族に高く売ろうと密猟することがあったのです。
今のところ密猟は落ち着いていますが、国王陛下がここにご滞在される場合でも、この場所に入ることが許されるのはごく僅かな者だけなのです」
「そうだったのですか…」
「シェニカ様のお部屋はこちらです。護衛の方はこちら、ディスコーニ様のお部屋はこちらでございます」
部屋に案内するとベーダさんとエイマさんは、お辞儀をして歩いてきた廊下を静かに戻っていった。
私の部屋は廊下の一番奥の突き当りで、ルクトはその右手前、ディズはその左手前の部屋だ。この場所には扉が3つしかないから、ファズ様達の部屋は別の場所のようだ。
「まだ日も高いので外を散歩してみますか?」
「うん!ルクトも行かない?」
「行く」
「きちんと警備をしますから、荷物を置いたまま外に出ても大丈夫ですよ」
「じゃあ鞄置いてくるね」
ドアを閉め、ふかふかの黒い絨毯を数歩進んで、鞄をどこに置こうかと広い部屋を見渡すと。ドアを開けてすぐ左手に、ドアと向かい合う位置にある奥の窓近くまで、装飾のないシンプルな木製の衝立が真っ直ぐに続いている。
部屋の右側には洗面スペースに繋がるドアがあって、2人同時に使えるくらい大きな洗面台にはポカンと口を開ける私が映っていた。
洗面スペースの左手側にはトイレに繋がる引き戸、右手側にはクローゼット付きの脱衣所に続く引き戸があって、その先は私が横になっても余るくらいの長い浴槽が特徴のお風呂場があった。
洗面スペースを出て部屋に戻ると、数歩先にはガラスのローテーブルを挟んで2人掛けの茶色のソファが2脚あり、すぐ近くの壁には首都の白い王宮の絵があった。
王宮の部屋に比べてシンプルな家具が多いけど、きっと高いものなんだろうなと思いながら衝立に近付いた。
私の背の高さくらいある衝立の内側を覗くと、そこには天蓋付きの大きなベッドが置いてあった。ベッドに近い壁にはレースカーテンがかかった窓と、キレイな長方形のランプシェードにリスの透かしが入ったスタントランプがあり、ベッドと衝立の間には赤や紫、ピンクといったポプリが入った小さなガラス壺が乗ったサイドテーブルがあった。
「鞄はクローゼットじゃなくて、ベッドの近くに置いておこう」
鞄をサイドテーブルの下に置くと、廊下に早足で戻った。するとそこには鞄を部屋に置いたルクトと、肩にユーリくんを乗せたディズが待っていた。
「おまたせ。ユーリくん、今日は緑のシャツなんだね。とっても似合ってるよ!」
「チチッ!」
今日のユーリくんは、緑色の生地に白の水玉模様のシャツを着ている。この緑の世界に溶け込むような可愛らしい姿に、思わず目が釘付けになった。
ーー上手く行けば。私にもこんな可愛い相棒が、もうまもなく出来るかもしれない……。ミルクちゃんとあ~んなことや、こ~んなことも……。ふふっ!
ユーリくんがディズの軍服の中に潜り込む姿を見送りながら、私の胸はたくさんの期待と想像で、はち切れそうに膨らんだ。
「では行きましょうか」
廊下を進もうとした時、ルクトと目が合うとフイと視線を横にずらされた。一瞬だったから分からないけど、何か言いたそうな目をしていた気がする。
ルクトはディズが近くにいると口を開かないから、何か言いたいことがあるけど黙っているのかもしれない。
後でルクトと話す時間を取ったほうが良いのかもしれない。
「ユーリくんとはここで出会ったの?」
「えぇ、そうです」
「どんな出会いだったの?」
「首都の路地裏で、オオカミリスを売りさばく商人を捕まえました。その商人は、密猟したオオカミリスを闇商人から買い取ったと話していたので、ここに来て大元の密猟者を捕まえたんです。その時に助けたのがユーリを含むオオカミリスの一家でした。
怪我もなかったのでその場で放してあげたのですが、他のリス達は森に戻っていくのにユーリは私から離れなくて。それから私の相棒になってくれました」
「じゃあディズはユーリくんの恩人なんだね」
玄関を出て屋敷の裏手に行くと、そこは今までの景色と変わらないたくさんの緑を茂らせる木々と、エイマさんがテキパキと動いている厨房の窓と勝手口くらいしかない。
姿は全然見えないけど、この付近にリスたちは住んでいるのだろうか。
「久しぶりに来ましたから、お友達に挨拶をしておいで」
ディズがそう言うと、彼の胸元から顔を出していたユーリくんは軍服を駆け下り、森の奥に勢いよく駆けていって姿が見えなくなってしまった。
大丈夫だろうかと心配していると、隣にいるディズはニコニコして私を見ていた。
「オオカミリスがこの屋敷の周辺にしかいないのは、人工物があると猛禽類や蛇などの捕食者が警戒するからではないかと学者が推測していました。すぐに戻ってくると思うので、大丈夫ですよ」
ディズがそう話していると、勝手口から折りたたみ椅子を4脚もったベーダさんがやってきて、いつの間にか近くにいたファズ様がそれをすべて受け取った。
ルクトはファズ様から1脚受け取ると、こっちに歩きながら手早く組み立て、私の側に置いてくれた。
「ありがとう」
ルクトにお礼を言うと彼は小さく頷き、ファズ様からもう1脚受け取ると、1人分くらいの空間をあけて私の右隣に座って、すぐに目を閉じてしまった。
鳥のさえずりや風で葉っぱがこすれる音がよく聞こえる中、ぽつりぽつりと左側に座るディズと話したり、目を閉じたままのルクトの様子を垣間見ていると、ユーリくんが森の奥からこちらに向かって勢いよく走ってきた。
ディズの軍服のズボンを駆け上がったユーリくんは、彼の膝の上で両手をスリスリしておねだりを始めた。
「お腹が空きましたか?」
ディズがクルミを1つ渡すと、ユーリくんはそれを咥えて少し離れた幹が太い木の下に置いた。二本足で立ち上がったユーリくんが「チチチ」と鳴くと、その木の上から20匹くらいのリスの集団が地面に駆け下りてきた。
ユーリくんのように茶色一色の子もいれば、お腹や背中に白っぽい部分がある子もいる。
そして1個のクルミの争奪戦が始まると、あちこちから「ジジジ!」という威嚇の声や、噛み付き合っているのかグルグルと回りながら喧嘩する子たちが出てきた。
どの子も毛はふさふさしているけど、ユーリくんよりも一回りも二回りも身体が小さいから、ユーリくんが大きく見える。
「随分と小さくて、痩せていますね」
「お腹空いてるみたいね」
もっとクルミをあげようと椅子から立ち上がると、その行動が警戒されたらしく、喧嘩していたリス達が一気に木を駆け上がって逃げてしまった。
「ユーリくん、クルミを運んでくれる?」
椅子にもう一度座って声をかけると、ユーリくんはすぐに走ってきて私の膝の上でおねだりポーズをしてくれた。クルミを受け取ったユーリくんは、同じ木の下にクルミを置いて、また私のところに戻っておねだりしてくれる。
そんな様子を枝の上から見ていたリス達は、木の下にクルミが4つ集まった頃には下りてきて、また争奪戦を始めた。
「この様子だと、クルミやドングリは不作だったのかもしれませんね」
ディズがそう言った時、勝手口から歩いてきたベーダさんが、私達に木の器に入ったお菓子を配ってくれた。
「ゼルジオ山のほうは普段通りだったのですが、このリュゼット山の方は雨季が長かったので木の実は不作だったようです。イノシシや鹿、熊といった他の動物はゼルジオ山の方に移動したようですが、オオカミリス達は移動の危険よりも、花や草の実を食べて耐え忍ぶ方を選んだようです」
「オオカミリスって花も食べるんですね。あ、ユーリくん。おねだりしなくても大丈夫だから、みんなに持っていってあげて」
何度も往復するユーリくんは、律儀に毎回おねだりポーズをしてくれる。みんなのために頑張るユーリくんがとても健気で、彼がおねだりを始める前にクルミを差し出すと、それを咥えて一目散にみんながいる木の下に走って行った。
「木の実が無い時は花も食べるんです。もう散ってしまいましたが、雨季が続く中でも『恋するクルミ』の木が花をたくさん咲かせたので、それを食べて飢えをしのいだようです。
私達はこの屋敷の管理を任されておりますが、ここに入ることを許されているのは新月と満月を迎える日の日中だけで、普段は外の拠点で生活しています。ここに来た時に餌をあげたいのですが、許されているのは屋敷の管理だけですので、私も妻も何も出来ませんでした。なので、今日のクルミはオオカミリス達にとって特別美味しいと思います」
「『恋するクルミ』の木はこの近くにあるんですか?」
「ユーリのいる木が『恋するクルミ』の木ですよ」
ユーリくんたちを見下ろす『恋するクルミ』の木は、王宮にあったクルミの木と比べて表面にボロボロの所が多いくらいで、太い幹や緑の葉をたくさん茂らせているのは同じだ。
「あの木がそうなんだ…。じゃあ、食べるのが落ち着いたら『恋するクルミ』を育ててみようかな」
「魔力をかなり使うのでしょう?移動続きで大変だったと思いますが、大丈夫ですか?」
「うん!はやくみんなに美味しいクルミをプレゼントしてあげたいから頑張る」
最初は奪い合いや喧嘩をしていたけど、ユーリくんがたくさんのクルミを運んでくれたおかげで、みんなに行き渡ったらしく、そのうち静かにクルミを食べていた。
頬袋は膨れていないけど、クルミを食べて落ち着いたからか、食事を終えたリス達は、ユーリくんを含めた他のリス達と喧嘩せずにじゃれつきはじめた。
「どのへんで育てたらいい?」
「そうですね…。リス達が出来るだけ安全に食べられるように、屋敷の周辺であればどこでも大丈夫だと思います。あちらに少しひらけた場所があるので、そこに行きましょうか」
「うん!」
「ユーリ、あっちに行っていますね」
ディズが声をかけると、遊んでいたユーリくんは動きを止めたけど、すぐにお友達と追いかけっこを始めた。
楽しそうなユーリくんの邪魔にならないように静かに立ち上がり、お菓子が入っていた木の器をベーダさんに返し、蔦が絡みついた壁に沿って歩いていくと、屋敷の半分を過ぎた辺りに家一軒分ほど空いた場所があった。
「ここなら大丈夫ですよ」
「じゃあ始めるね」
開けた場所の中央あたりで立ち止まり、ずっしりと重い革袋から『恋するクルミ』を1つ取り出すと。
「チチ~♪」
「チチチチッ♪」
ユーリくんの嬉しそうな声が聞こえたと思って声のした方に視線を向けると、私から1歩離れた地面に5匹のリスが後ろ足で立ち上がっていた。ここにユーリくんは居ないけど、彼と同じように目をハートにし、私に向かって忙しそうに上下に揺れつつ両手をスリスリしている。
ーーユーリくんだけでも可愛い熱烈なおねだりポーズを!5匹の子達が!!かっ!!可愛い~♪
「あ……!」
可愛らしい姿に感動していると、あれよあれよと言う間にリス達が集まってきた。
その中にはお洋服を着たユーリくんも居て、みんなが同じリズムでスクワットをしながら小さなお手々をスリスリと上下に動かしている。
数え切れないほどのオオカミリス達が、水色のお目々をハートにして私を見て。
「お願いっ!お願いっ!」「それが食べたいの!おねが~い!」と集団で訴えて。
小さな後ろ足で立ち上がってスクワットしていて。
小さなお手々を一生懸命上下にスリスリ動かしていて。
クルミを持つ手を右に動かすと、おねだりを続けるみんなの顔が同じ方向に少し動いて。
左に動かすと、今度はそっちに首をかしげる様に動いて。
そんな一生懸命で可愛い姿を見続けると、身体の奥底から形容できない大きな歓喜が湧き上がってくる。
『シェニカ好き!結婚して~!』と聞こえてきて。
わ、わたしも……。みんな大好きっ!みんなまとめて結婚しよう!
これからはみんなと一緒にハーレム生活!
数が多いから、これからの旅はスペースがある荷馬車移動にしよう。荷台ではみんなが私の服の中に入るために競争して。いやぁん!
ご飯の時間になったら、みんなで輪になって仲良く食べて。食後のデザートは『恋するクルミ』で。毎日3回はみんなから熱烈なおねだりをしてもらえるなんて!
何回かに分けてお風呂に入って、寝る前とおはようは鼻先をちょん!と合わせるキスをして。
『今日のお洋服はメイドさんだよ!』とか、『ちょいワルな悪魔な格好もキマってる!』『リスの気ぐるみを着ると、おんぶしてるみたいで良いね!』『ウエディングドレスもタキシードも良いね!何回でも結婚式しようね!』とか。きゃぁぁ!
治療院ではみんなが誘拐されないように、部屋の中に特大テントを置いて。みんなにはぬいぐるみやコッチェルくんで遊んでもらって。私が一息つきたい時はテントに入って、イチャイチャしてエネルギーを充填して。
あ、でも!みんなとイチャイチャしてたら、休憩時間が長くなりそう!
お仕事は真面目にしないといけないけど、休憩時間がすこ~し長くなっても可愛いから仕方がないよね。でもやっぱり。一度テントに入ったら、みんなとイチャイチャしたくて、もう出られないかもしれない!
はっ!みんなが寝た後に治療院を開くのも良いかもしれない。日中治療院を開きつつ、何日かは夜間から早朝に開くのも、日中お仕事に忙しい人には良いかもしれない。
夜間から早朝に治療院を開いたら、みんなが起きてる日中は街の中をデートしたり、パン屋さんに行ったり、クルミを食べ比べしに行ったり。木がいっぱいあるところに行って、みんなで走り回ったり。
あぁ、どうしよう。なんだかすごく楽しくて、幸せ!
お父さん。お母さん。ローズ様。私、みんなと結婚します!
今度ダーファスに帰る時は、可愛いお嫁さんと旦那さんを紹介するね!
ハネムーンはどこにしよう。のんびり出来る温泉かなぁ。それともリゾート気分を味わえるところかなぁ。
そのうちハーレムの中で赤ちゃんがいっぱい生まれて、荷馬車やテントがにぎやかになって。
やんちゃざかりのチビっ子が、いたずらばっかりして悩んだり。
お名前つけるのも、覚えるのも大変だなぁ!もう、困っちゃう!いやぁぁん♪♪
「シェニカ?!」
ディズの慌てたような声と、ブバッ!という聞いたことのない音が聞こえたと思ったら、なぜかふわっとした浮遊感を感じた。
■■■後書き■■■
シェニカの興奮は、とうとう限界を超えてしまいました。
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