天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18.5章 流れる先に

4.異色の部隊(3)

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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。


4話は3話構成になっています。3話同時更新となっておりますので、(1)から読んで頂けますと幸いです。

■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。

(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル

(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)

(銅の階級章を持つ上級兵士)
●ダルウェイ(リスドーの部隊所属)
●リーベイツ(モルァニスの部隊所属)

■■■■■■■■■


「ディスコーニ、大丈夫?」
「はい、なんとか…」
「時間はまだ余裕があるから、ちょっと休憩しようか」
「いえ、大丈夫です」

郊外演習場は首都の北にある山へ向かう途中にあるのだが、そこには広大な砂地を分割するように周囲を高い壁で囲んだものが6つある。1区画だけでも街1つ分の面積がありそうなほど巨大なもので、それぞれの壁には数字が大きく書かれているのが遠目でも分かる。首都から歩いて行ける距離だと分かってはいるのだが、動きにくい上に重い甲冑を装備したままだと、歩くだけで体力が奪われるからかなりしんどい。でも自分を励ましてくれるロア達を前に、弱音を吐くことは憚られた。


「よし到着!」
「ディスコーニ、よく頑張ったな」

指定されていた6区画の鉄扉を開くと、広大な砂地の中央部分に王宮と同じ面積くらいの大きな湖があり、壁沿いに武器倉庫とシャワー室が並んでいるだけの殺風景な場所が広がっていた。
入り口に一番近い武器倉庫の前に、バルジアラ様とリスドー様を除いた部隊全員が集まっていた。


「ここまで移動するのは大変だっただろ。少し休憩する?」
「…大丈夫です」

部隊ごとに並ぶとイスト様がそう声をかけて下さった。正直に言えば食後だし、重い甲冑を着ての移動は疲れたから休憩したい。素直に休憩を貰ったとしても問題はなさそうな雰囲気なのに、なんとなくその言葉に甘えるのは憚られた。


「酒と同じで自分の限界を知るのが大事だから。無理して身体と精神を壊すのはバルジアラ様も本望じゃない。初日から無理しなくて良いから」
「はい、ありがとうございます」

イスト様から励まされると、1冊の魔導書を渡された。


「この魔導書の魔法は一般人や傭兵、地方兵士には教えないから、他言無用を必ず守って。魔導書は貸し出し出来ないから鍛錬中に覚えるようにするんだ」
「わかりました」

イスト様が自分から離れると、それぞれの部隊の上級兵士達が全員に黒魔法の魔導書を配り終えたところだった。


「じゃあまず魔導書の読み込みから行います。すでに呪文を覚えている者以外は、最初のページに書いてある水の魔法の呪文とイメージを覚えて下さい。準備が整った人はその線の所に1人ずつ立って、湖に向かって魔法を放って下さい。まずは各部隊の上級兵士から始めましょうか」

線の前に立った上級兵士は、大きな鳥の形をした水の魔法を生み出すと、街の1区画分くらい先にある湖に向けて水の鳥を放った。見たこともない魔法に興味が湧いて魔導書を確認してみると、どのページにも学校で習った魔法の上位級のものばかりが書いてある。
イメージを具現化する黒魔法だから、魔法の形や効果を描いた絵が緻密なのは今まで読んできた魔導書と変わらないが、呪文の言葉が極端に短いことに驚いた。
それは覚えやすくて良いのだが、頭の中を瞬時に切り替え、詠唱が終わる短時間に正確なイメージを思い浮かべて魔力を練り上げなければ、中途半端な威力の魔法になるか発動しないだろう。それに加え、威力の高い魔法は魔力を使う量も多いから、魔法をぶつけて押し合いになったら、あっという間に魔力が尽きてしまう。自分は魔力量が多い方ではあるが、魔力量のコントロールも今まで以上に気を付けなければならないだろう。
最初はゆっくり詠唱をしながらの練習になるだろうが、戦場だと頭で色々考える暇がないだろうから、条件反射的にどの魔法を使うかといった判断も重要になりそうだ。


下級兵士や中級兵士達も同じ魔法を湖に向かって放っているのだが、大きくても鳥の形がいびつだったり、正しい形が生み出せても鳩くらいの大きさだったり、湖に向かう途中で大きな鳥が崩れてしまったりと上手く行っていない。
魔力量が少ない人が途中で魔法を維持出来なくなるのは学校でも見たことはあるが、形作るのが難しいということは適性が低いということだろうか。学校の時は気にしていなかったが、適性の高さがこういう形で現れるのだろうかとなんとなく実感した。

「ディスコーニ覚えた?」
「はい」
「俺、まだイメージが出来ないから先に試してみなよ」


自分の番が来ると、副官方を含めた部隊全員の興味津々な視線を感じる。その視線は食堂の時のようなものではなく、単純にどうなるのかという好奇心だと分かる。
そんな視線に安心しながら線の前に立ち、目を閉じて呼吸を整えて頭の中を一度真っ白にした。そして、魔導書にあったイメージを膨らませながら詠唱を終え、湖に向かって魔法を発動させた。
すると自分の何倍も大きな鳥が前進しながら鋭い鉤爪で地面を抉り、水の羽を矢のように飛ばしながら滑空していった。湖まで到達したから魔力を注ぐのをやめると、砂地に刺さった水の羽も形が崩れ、その場に空けていた穴を水で満たした。

「うわぁ…」
「俺たちの作った鳥じゃ羽を飛ばしても小さな穴しか出来ないけど、ディスコーニの鳥の羽は奥までしっかり刺さってるな…。大きさといい、威力といい、やっぱり黒魔法の適性が高いと違うなぁ」

ロア達だけでなく上級兵士達も感想を言い合っていると、イスト様が自分の隣に歩いてきた。


「ディスコーニ、もう一度出来る?」
「はい」
「今度は鳥が低い場所を旋回しながら湖に行く感じでイメージしてみて」
「わかりました」

イスト様から指示されたイメージを頭にはっきり浮かばせて魔法を発動させると、水の鳥は自分の目線と同じ高さを維持した状態で旋回と蛇行を繰り返しながら湖に向かった。鳥が通過した周辺には水の羽が大量に刺さっていて、通った場所には溝のような深い爪痕が残っている。


「魔力の消費に耐えれそう?」
「はい、大丈夫そうです」
「どれくらい余力がある?」
「まだ全然大丈夫です」
「軍でしか教えない魔法は、怒りや憎しみといった負の感情を乗せると効果が増すんだ。今の状態でも威力は結構あるんだけど、今度やる時はそういう感情を乗せてやってみてくれる?」
「負の感情…ですか」

よくよく考えてみると、今まで何にも興味を持ったことがなかったからなのか、怒りを覚えたこともなければ、誰かに憎しみを抱いたこともない。だから、負の感情を乗せてみてと言われても、どうすれば良いのか分からなかった。


「怒りや憎しみって感じたことがなくて…」
「え。そうなの?まぁ、今は呪文とイメージを覚えることから始めよう」

その後、何度も感情を乗せようとやってみたものの、やはり怒りや憎しみを感じたことがないからか効果は変わらなかった。それでも自分の結果は周囲の期待に応えられるものだったのか、ロア達だけでなく副官方まで含めた全員が満足そうな顔をしていた。


「では今日の鍛錬はこれで終わりです。首都に到着次第解散とします」

副官方から終了を告げられ、全員で首都に向かって歩き始めると、隣の部屋のロアやマルア達だけでなく、担当副官の違う下級、中級、上級兵士も集まってきた。


「へぇ~。ディスコーニはアミズ出身なんだ。フラワーパフェって知ってる?」
「いえ、知りません」
「去年くらいだったか、フラワーパフェっていう食用花がてんこ盛りのパフェが人気になったらしくてさ。嫁さんが食べたい食べたいって言ってるんだ」
「俺も食べたいなぁ」
「お前はその前に一緒にデート出来る相手探さないとダメだろ」

疲労が蓄積して自分の歩くペースは非常に遅いというのに。彼らはそれが好都合とばかりに、出身地方の話や城下で人気のレストランの話、腕の良い鍛冶屋の話など色んな話をしてくれた。どの人たちもおしゃべりが好きで、年齢も階級も感じさせないような話題で盛り上がり、遠いように見えていた首都があっという間に近付いてきた。



「はぁ、疲れたな」
「ディスコーニ大丈夫?」
「なんとか…」
「これから食堂行こうぜ!」
「食堂に行く体力も残っていなくて。私は部屋で休もうと思います…」

郊外演習場から首都に戻った頃には、空はすっかり茜色に染まる時間になっていた。どうにか寮の前まで来た時にはすでに体力も気力も限界で、食事よりもとりあえず身体を休ませたかった。


「それじゃ甲冑外そうか」
「お願いします」
「じゃ、そこの隅で外そうか。みんなも見てて」

植木が密集している場所で甲冑を外してもらうと、解放されて身体がすごく軽くなったからか、疲労感が少し和らいだ気がした。今のうちにシャワーを浴びて、ベッドに横になりたい。


「初日なのに本当に頑張ったな。俺だったら郊外演習場に着いた時に倒れてるよ」
「メシ食ったら予定のない人達で自主鍛錬するんだけど、一緒にしたい人いる?」
「行きます!」

1日中甲冑をつけてヘトヘトの自分と違い、ほとんどの人達は上級兵士と一緒に鍛錬場へ行くようだ。
自分は甲冑を着ていなくても、自主鍛錬なんて行わず部屋でダラダラと過ごしたいと思うだろう。午前中は剣の素振りに鬼ごっこ。午後は黒魔法の鍛錬。1日中疲れることばかりだったのに、これから自主鍛錬をするなんて、彼らの向上心の高さは尊敬に値すると思う。


「ディスコーニはしっかり休んで、次の機会に一緒に自主鍛錬しよう」
「はい」
「明日から朝食前に部屋に行って甲冑をつけてあげるから。一緒に朝メシも食べに行こう」
「ありがとうございます」

重い甲冑を抱えて部屋に戻ると、すぐにタオルや着替えを持って共用の風呂場で汗を流した。シャワーを浴びるだけで今までにないくらい爽快感がある。歩くだけで全身がこわばった感じがするから、もう確実に全身筋肉痛だろう。


ーーあぁ。本当に疲れた。明日も甲冑を着るのかと思うと憂鬱だ…。

光量を抑えた光を生み出してベッドに横になると、疲れがどんどん滲み出してくる。
無理はしないで良いと言われたから、自分の素直な気持ちに従って『無理なので脱ぎます』と言いたくなったのだが。自分を気にかけてくれる人たちから『大丈夫?』『頑張れ』と優しい言葉をかけられると、それが遠回しに来る無言のプレッシャーのようになって「大丈夫です」と自然と言葉がこぼれ落ちてくる。

士官学校での鍛錬が話にならないほどの濃ゆい1日を振り返り、憂鬱な明日のことを少し考えた辺りで、意識がどんどん薄れて深い眠りに落ちてしまった。



一日中甲冑を着て4日後。
午前中は部隊全員でバルジアラ様や副官方から体術や剣術などの指導を受け、午後は副官の方から講義室で書類の書き方、戦術論などを教わったり、郊外演習場で黒魔法の鍛錬を積むのだが、自分だけ甲冑を着たままだから1日が終わる頃には人一倍疲れている。
4日経っても相変わらず全身筋肉痛で、甲冑を着ていなくても座るのも歩くのもぎこちないし、寝返りの時には痛みで起きてしまう。


「だんだん慣れてきたみたいだな」
「はい…」

相変わらず動作も遅いままなのだが、初日に比べるとマシに見えるのだろうか。講義が終わったタイミングでやってきたバルジアラ様は、自分にそう言って満足そうな顔をした。すると、講義室の片付けをしていた下級、中級兵士たちが何かに呼び寄せられるように集まってきた。


「バルジアラ様。私達にも鍛錬の一貫として甲冑をお与え下さい!」

「お!流石俺が引き抜いた奴らだな。やる気になったのは良いことだ。これからもそうやって自主的に何がしたいか言ってけよ。知識も実力も貪欲になれ。時間はかかっても、やったらやった分だけ必ず身につく。お前ら、倉庫に行って装備させてやれ」

仲間たちは自分の苦しそうな姿を前向きに捉えていたのか、バルジアラ様の部隊にいる下級、中級兵士の全員が甲冑を身につけることになった。


「き、きっつ…」
「動きにくい!」
「重すぎ…。ディスコーニ、よく耐えてるな」

鍛錬場の近くにある倉庫に移動すると、甲冑を身に着けた下級、中級兵士達は揃って同じことを呟き、苦しそうな表情を浮かべた。そんな姿を静かに見ていた上級兵士達は、にっこりと笑顔を作って自分達を見た。


「じゃあこれから自主鍛錬やろうか」
「はい!」

『甲冑を着ているから疲れている』という理由で今日も早く部屋に戻りたかったのだが、甲冑を着てもヤル気に満ちた仲間たちを前に1人戻るとは言いにくい。流されるまま、ぎこちなく歩くみんなと一緒にそばにある鍛錬場へ向かうと、先導していた上級兵士達は隅にある高い鉄棒の前で立ち止まった。

「さ、懸垂しようか」
「えー!いきなりですか!?」
「もちろん」

自分の身長よりも高い場所にある鉄棒で懸垂をする時、小さな踏み台に乗って棒に掴まるのだが、甲冑を着ていると重心が取りにくくなったのか、仲間たちは踏み台に乗った瞬間にふらついてしまっていた。上級兵士に支えられ、なんとか棒に掴まって踏み台が外された瞬間、すぐに手が棒から離れる上に、甲冑の重さを支えきれずグシャリと膝から崩れ落ちてしまう。


「お、重くて腕を上げるのもしんどいです…」
「最初はそんなもんだよ。千里の道も一歩からってね。ディスコーニ、次どうぞ」
「はい」

甲冑を着たまま懸垂をするのは初めてだから、自分もふらつかないように踏み台に乗ると、思った以上に足元がふらつくことはなく棒に掴まることが出来た。踏み台を外された数秒はぶらさがった状態で耐えることが出来たのだが、体重を支えることが出来ず、棒を掴む手から力が抜けて地面に足が着いてしまった。


「やっぱり早くやってると違うんだなぁ」
「もっと早く俺もやりたい!って言うんだった」

自分を含め、甲冑を着た仲間は懸垂を1回もすることが出来なかったのだが、上級兵士達はそんな状況で声を荒げることも落胆した様子もなく、微笑ましく見ながら「頑張れ」と励ましていた。
他の鍛錬場でも同じように自主鍛錬に励む人たちがいるのだが、ほとんどが1人か数人でやっているだけで、自分達のように部隊内の階級の違う者達が集まってやっている人は誰も居ない。彼らは騒がしい自分たちを疎ましく思っているようで、無遠慮な冷たい視線を送ってくるが、それを気にする人は誰もいなかった。


「じゃあ今日はこれくらいにしよう。お疲れ様」
「今日もありがとうございました!」

どこからともなく食事の匂いがしてきた頃、ようやく自主鍛錬が終わった。それぞれが鍛錬場から出て行き始めると、隣の部屋のロンド達と、銅の階級章をつけたリスドー様の部隊所属のダルウェイ様と、モルァニス様の部隊所属のリーベイツ様が声をかけてきた。


「ディスコーニ、これから飯にするだろ?一緒に食べようぜ!」
「はい」

7人で食堂に行ったのだが、やはり5人が甲冑姿ということもあり、いつもどおりの悪意に満ちた視線が浴びせられる。でも、ここでもそんな視線などまったく気付いていないように、自分以外の人たちは美味しそうに料理を頬張っている。彼らは戦場に何度も赴いているから、こういう悪意などにはすっかり慣れてしまったのだろうか。


「そうそう。俺の嫁さん、来月こっちに引っ越してくるんだ」

家族の話、最近口にした酒の話など、いろんな話題が飛び交っているなか、リーベイツ様は嬉しそうに話し始めた。


「新居はレノアールの家族寮ですか?」
「そうなんだ。引っ越しの挨拶に行ったら、俺の借りる部屋の真上がダルウェイの部屋だったのにはビックリしたよ」
「いいですね~!」
「子供が飛び跳ねる音に混じって、たまに嫁さんや子供の大声と豪快な音が聞こえると思うけど。まぁ、あしからず」
「ははは!大丈夫だよ。そんなの日常茶飯事だし」

リーベイツ様がそう返事をしたのに、ダルウェイ様は困ったような苦笑いを浮かべてしまった。


「いや、それが…。前に隣の人から嫁さんの『うるぁぁぁぁ!』って雄叫びと、ドスドスドス!って鈍い音が時折聞こえるんですけど、一体何をしてるんですか?って聞かれたんだ。
何事かと思って嫁さんに確認したら、トンカツにする肉を拳で殴打する時の音らしくて…。肉を柔らかくするなら包丁の背を使うんじゃないの?って聞いたら。
『肉を叩く時は吊るしたサンドバックに肉を巻きつけて、気合を入れた拳で連続殴打するのが一番。汁が出ない程度に加減出来るようになれば免許皆伝よ』って言われてさ…。
実際に目の前でやってもらったんだけど、フリフリのかわいいエプロン姿なのに気合の入った雄叫びをあげて、高速で肉を殴りつけてるのを見たらさ。だんだん殴られる肉が自分の顔に見えてきて…。逆らわないほうが良い、喧嘩した時は即謝ろうと素直に思ったよ。
お隣さんに説明したら爆笑されて。それ以来、なぜか近所でトンカツをする時には肉をウチに持ってきて、嫁さんが肉を殴ってあげてるらしいんだ。最近は子どもたちが嫁さんの雄叫びのマネを始めちゃって…」
「ダルウェイの奥さん、童顔で可愛い人なのに。今度嫁さんと一緒に見学させてもらおう。あははは!」

下級、中級、階級章のない上級兵士は軍の敷地内にある寮で共同生活を行い、リーベイツ様やダルウェイ様のような階級章をもつ上級兵士は個室を与えられているが、どの階級の人も結婚すると家族の待つ家での生活も認められている。
温かい家庭の話を聞きながら、自分の想い人。運命の人は今頃何をしているのだろう、もし無事に出会えたら、どんな家庭になるのだろう。どんな生活を送ることになるのだろうと、上官達の話を聞きながら想像を膨らませた。






慣れない甲冑に誰もが筋肉痛になり、ただでさえ厳しい鍛錬がより一層辛くなる。そんな状況にも関わらず、同僚の下級兵士や中級兵士達は胸を張って甲冑姿で歩き回り、眠気と戦いながら書類作成のやり方や戦術論、周辺国との関わりといった講義を受ける。
そんな状態が1ヶ月経つ頃には、自分を含めた全員が筋肉痛を感じにくくなり、甲冑を着たままの剣術や体術、黒魔法の鍛錬をするのも慣れてきた。その上、すれ違う人に嘲笑われる様子が賛辞を送られているとすら感じるようになったのは、自分でもとても驚く変化だった。向けられる悪意にも慣れたおかげで、少しずつではあるが、人それぞれが持つ独特の気配を区別出来るようになっていった。

そうして少し余裕が出てきたのか、他の直轄部隊の様子も見えるようになってきた。
複数ある鍛錬場では下級、中級兵士が指導を受けているのだが、どの部隊も指導しているのは銅の階級章を胸につけた上級兵士か数人の副官だった。マルア達に聞いてみれば、直轄部隊とはいえ下級兵士相手に将軍が直々に鍛錬の相手になるのは週に1回程度で、自分達のように毎日指導してもらえるのはとても珍しく、25人いる将軍の中でもそんな事をしているのはバルジアラ様だけらしい。


「今のでも悪くはないが、もう少し意表を突く行動が欲しい」
「はい」

バルジアラ様を相手に剣の練習をしていると、手を止めることなく改善点を指摘される。
相手の剣を受け止めながら、攻撃に転じるという訓練をしているのだが、相手の次の動きを予測し、かつ、自分の動きが読まれないようにと色々なことを考えながら動くうちに、『注意力が散漫になって、剣を持つ腕から力が抜けそうになっている』と前に指摘されたことが出来なくなりそうだった。
当然バルジアラ様はそれに気付いているが、何度も同じ言葉を指摘するのはやる気を削ぐと考えているのか、重複する指摘は言葉にせず、自分の剣を受け止める剣をググッと押し返す形で気付かせてくれる。


「気付いた改善点は次に活かせ。こういうのはダルウェイが得意だ。あいつは教えるのが上手いからな」
「はい」

バルジアラ様は『改善した方が良いところは指摘するが、具体策は自分で考えさせ、確かめて答えを導く』というのをさせたいらしく、指導する時には不十分な言葉しか与えないことが多い。鍛錬中に答えが出なかったり、上手くいかなければ、こうして相談できる相手を教えてくれる。
学校で行われていた型に嵌める教え方ではなく、自分で仮説を立て、検証させて答えを導かせる指導もあるのかと勉強になることばかりだった。延々と怒鳴り続け、1つの答えを押し付けられている他の部隊を見れば見るほど、自分が上官や仲間に恵まれたことを実感出来た。




「バルジアラ殿、彼らに甲冑を装備させるには早すぎませんか? それとも、入隊したばかりの下級兵士まで甲冑を着させなければならないほど、貴殿の部隊は人材不足で困っていらっしゃるのですか?」

鍛錬場での指導が終わり、昼食にしようと部隊全員で片付けをしていると、隣の鍛錬場にいた将軍がバルジアラ様にそう声をかけてきた。
バルジアラ様に対する嘲笑と、『いい加減負けを認めろ』と言わんばかりの口振りは明らかに挑発するものだったが、バルジアラ様は余裕に満ちた表情で見下ろした。


「甲冑は身を守るものですが、慣れていなければ動きを制限するだけのものになってしまいます。今はまだ彼らに甲冑を装備させて戦場に行かせることはしませんが、そのうち装備して戦場で活躍してくれると確信しているからやっているんですよ。
私の部隊は少数精鋭ですが、貴殿の部隊にいる多くの特別クラス出身の兵士達は、どれもこれも見込み違いで、甲冑を着ないままの中級兵士止まりになりそうですか?」

バルジアラ様の挑発に苛立った様子の将軍は、上官を鋭くにらみつけると自分に視線を移してきた。
その冷たく蔑んだ瞳には、『お前が選んだ特別クラスの奴は大したことがないが、自分の部隊にいるのはそいつよりも何倍も優秀だ。そいつだけを選んだお前こそ見る目がない』と言っているのが伝わってくる。


「私の部隊の者達は全員将軍になってもおかしくない実力を持っています。それは誰が見ても明白だと思いますが、貴殿にはお分かりにならないようですね。貴殿の部隊が防衛戦から帰ってきた時、部隊が壊滅になっていないことを祈っていますよ」

その将軍はそう言い残すと、5人の副官と共に去っていった。


「まったく懲りねぇ奴らだ。お前らの部隊はいつも連携が取れず、兵士達の個人戦になってるだろうが。だからいつも誰かが死んでるんだよ。貴重な人材を無駄遣いしやがって。
いいか。戦場に行けば普段から顔を合わせてる奴が死ぬなんて当たり前だが、俺はお前らを戦場で死なせたくない。苦手なところは得意なやつがフォローすればいいが、これから先お前たちにも部下が出来る。苦手なこと、出来ないことをそのままにしておけば、いつまで経ってもそこが弱みになり続け、危険にさらされた可愛い部下達を助けられない時が来る。
自分の弱点、改善点を見つけたら紙に書き出して1つずつ潰していけ。そうやっていけば必ず他の部隊より強くなり、生存率の高い部隊になる。
置かれた環境を嘆いたり、悪い結果になった場合について想定するのは結構だが、それに気を取られていれば、それが現実になる。
だから、悪条件は自分が望む未来への経験と盤石な土台作りに必要な通過点に過ぎないと考え、常にその先にある望む未来を考えてろ」

「はい」


担当する副官や階級に関係なく、部隊全員と色んな接点をもったからなのか。
人の良い仲間たちから色々な話を聞くうちに自分も影響を受け、彼らのようにバルジアラ様を純粋に尊敬するようになったからなのか。
バルジアラ様が自分たちに期待している、戦場から生きて返ってこさせたい、仲間を大事にしろと本気で言っているのが伝わってきたからなのか。

自分が流される川は凹凸のない平面だったのに。流された先にあった石が集まって岩になり、せき止められた岩場に小さな種が芽吹いて苗木になったことで、自分を運ぶ風と水量が変わり、流れに緩急がついたような感覚に陥った。
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