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第6章 新たな出会い
5.傭兵街での治療院1
しおりを挟む翌日の早朝。3人で治療院に使う場所へと行くと、既に私の話が回っていたからか、治療を求める行列が出来ていた。
屋敷から派遣されたお手伝いの人達が、その行列を忙しそうに整理してくれていた。
「まだ朝早い時間なのにもうこんなに?」
「白魔道士がいなくなって時間が経ってるから、患者はかなり居るはずだ。待ち切れなかったんだろ」
私の問いかけにレオンさんが答えてくれた。
昨日の夕食で散々笑われてから、私とルクト、レオンさんの3人は打ち解けた関係になった。無言の時間があっても、居たたまれない気持ちになることはなくなったのは、私も笑われた甲斐もあるというやつだ。
「そっか、じゃあ早く治療を始めないと…」
私はレオンさんに案内されて、建物の裏口から中へと入った。
建物の中には椅子やテーブル、診察台などの設備はあったが、その上にかけてある布の上には埃が積もっている。
随分と長い間使われずに放置されたのだろう。
多分お手伝いの人が掃除のために早く来てくれたが、既に患者達が行列を作っていたのでそっちの整理にかかりきりになったらしい。
「うわぁ。埃っぽい……。掃除なんてしてる時間なんてないし。ルクトとレオンさんはちょっと離れててくれる?」
私は部屋の中の全ての窓を開けた。
「はいはい」
ルクトは何をするのか分かったらしく、大人しく裏口の扉の側に行ったが、レオンさんは不思議そうな顔をしながらルクトの隣に移動した。
私は呪文を口ずさみ、風の中級レベルの魔法を発動させた。
私を中心に風が巻き起こり、ベッドや机の上にかけられていた布が激しくはためいて、積もった埃が一気に巻き上がった。
私は窓の外へと風を押しやり、掃除は完了した。
「相変わらずの威力だが、掃除には持って来いだな」
ルクトは感心した様子でそう言うと、埃のなくなった布を外して回り始めた。
「こんなものでも使いようよ!」
レオンさんはポカンとした顔をしているが、どうせ中級の魔法が初級以下の威力なのに驚くのと同時に、嘲笑っているのだろう。
こういう反応は私が生国の中等科にいる時からなので、もう随分と慣れた。
部屋の中を簡単に整えると、扉を開けて治療を始めた。
最初の患者は、左肩を抑えながら入ってきた傭兵のお兄さんだ。
「この間の戦いで負ったこの傷なんですが、白魔道士に治療してもらっても、ずっとジュクジュクしたままなんです」
「傷口を見せてもらって良いですか」
お兄さんが服を脱ぐと左肩に分厚い布が当てられていて、包帯でしっかり固定されている。
包帯と布を取った肩の傷口は、黒色に変色してジュクジュクとしている。
傷口が紫色や黒色に変色しているのは、毒を受けている典型的な特徴だ。
黒色の傷口に手をかざし、傷の状況を確認して上級の解毒魔法をかけた。次は傷口に治療魔法をかけて、ジュクジュクした部分を綺麗な元の肌に戻せば終了だ。
「武器に毒が塗られていたみたいですね。はい、治療終わりました」
「毒ですか…。白魔道士でも解毒できない毒なんですか?」
お兄さんは、傷が綺麗サッパリなくなった肩を何度も手で撫でながら確認している。
「温暖な気候の森に良くいるミィガーと言う毒蛇の毒なんですけど、傷口から体内に入ると傷の奥深くまで浸透して、毒素が一気に集まって核を作るんです。
その核がある限り、傷口を治療しても毒素が出続けるのでいつまで経っても治らないんです。
中級の解毒魔法ではその毒素の核を消すまではいかないので、上級の解毒魔法が必要になるんです」
「そうだったんですか…。道理で治療魔法をかけてもらっても、すぐまたジュクジュクしていつまでたっても治らないわけだ。治療ありがとうございました」
次に入って来たのは、なぜがシクシクと泣いている線の細い傭兵姿の若者だった。
「先生、俺、今年傭兵になったばっかりなんでランクFなんです。早くいっぱい稼ぎたいんで早くランクが上がるように頑張りたいんですけど、見ての通りひ弱なんです。
それでこの前、足手まといだからと傭兵団をクビになっちゃったんです」
「はあ、そうですか」
「だから、筋肉がつくような治療をお願いします!」
そんな他力本願なこと出来るわけないわ!
それが出来るんだったら、まず私が自分に魔法かけてるわよ!
「私の仕事はあくまで怪我や病気の治療なんで、魔法で筋肉をつけるとか、劇的に体質を変えるとか、そういうことは出来ません」
「そ、そんな…」
「そういうのは日頃から少しずつやらないと変わらないので、鍛錬頑張って下さい。傭兵の仕事が合わないと思ったら転職するのも良いと思いますよ。はい、以上っ!」
「転職……。それは永久就職ってことですか?」
素っ頓狂なことを言う傭兵は、胸の前で手を組んで私をキラキラした目で見てきた。
「は?」
なんで転職を勧めたら永久就職とか話が飛ぶのよ……。
「俺、昔からモテないんです。モテるような治療をお願いしますっ!」
「いや、だから…」
この人は他人の話を聞かない奴だなぁ…。
「先生!いっそのこと俺と結婚して下さい!俺、昔から家の手伝いしてたので、家事全般得意なんです!旅のお供に最適です!
ちなみに得意料理はチキンのハーブ煮込みで、実はカクテル作るのが得意なんです!」
「私、そういうの間に合ってるんで。ナンパもプロポーズもお断りです。
そんだけ出来るなら、酒場に就職したらどうですか?」
「はっ!酒場…!?
酒場で俺のカクテルを作る姿に惚れ込んだ綺麗なマダムが、連日俺目当てに通い詰める。
そしてある晩『お兄さん、今夜空いてる?』と、ちょっと酔いが回った感じで頬を染めながらそう言うんだ。
ちょっとドキリとした俺が『マダム、そんな一夜の火遊びなんかお断りですよ』って答えると、マダムが色っぽく首を傾げて上目遣いをしながら『火遊びなんかじゃないわ。初めて見た時から貴方が素敵だと思ったのよ?』とか言っちゃったりして……。ぐへへ」
「おーい。戻ってこ~い…」
クビになった傭兵は妄想が捗っているらしく、私の声も聞こえていないようで、目を閉じてブツブツ言いながらニヤニヤしている。
そんな面倒な人はルクトに頼もう。
「こりゃダメだわ。ルクト、撤去で」
「ほら、妄想は誰もいないところでやって来い」
ルクトに首根っこを捕まえられて出口まで引きずられる傭兵は、酒場でマダムにナンパされるという妄想が尽きないらしく、目を閉じて幸せそうな顔をしていた。
治療院を訪れる患者の怪我の具合などを見ていると、ほとんどの人は自分たちの使える範囲での治療魔法を施していたようで、怪我の治療が中途半端だったり、上級の治療魔法が必要な重篤な病気や怪我などが多かった。
「先生、良かったら俺専属の白魔道士にならない?」
「なるわけないわ!はい、治療終わり!出口はあっち!」
治療院に入って来た時は深刻そうにな顔をしていたが、怪我や病気が治るとナンパするだけの気力も湧いて元気になる。
しつこかったり腹の立つナンパならば鉄拳制裁する所だが、今回は護衛が2人もいるからかアッサリしたナンパで済んでいるのは本当に助かる。
「先生また来るね!」
「もう二度と来んなボケ!怪我するな!はい、次の方~」
次に入ってきたのは、黒く焦げたようなチリチリ髪の男性兵士だった。
なんだこの髪のスタイルは…。何か失敗したのだろうか。
「シェニカ様、このチリチリの髪は元に戻せますか?」
「できますけど……。これはどうしてこうなったんですか?」
「実は軍で料理担当なんですけど、調理中にオーブンから火が吹いちゃったんです。その時、運悪く自分の髪に火が燃え移ってしまって……」
「大丈夫ですよ。戻しますね」
チリチリの髪を何度も手で撫でて、治療魔法をかけながら傷んだ髪をキレイに戻すと、サラサラの緑色の直毛に戻った。
傷んだ髪は戻ったが、髪の長さは戻らない。
「おぉ!!戻った!先生、ちょっと手鏡持ってて下さい」
手鏡を持たせて確認してもらおうすると、兵士は内ポケットから何か入った革袋を取り出し、何故か私に手鏡を持たせて髪のセットを始めた。
シュッシュッ……ペタペタ……
「うーん。こっちが不揃いだな。やっぱりあの火力が襲ってきたら、髪も焼けて短くなるのも仕方ないか」
ジョキジョキ……シュッシュッ! ペタペタ……
「よっしゃ!これで今日も元気に美味いのが作れるぜ!やっぱこの髪型じゃないとやる気がでねぇな!」
「はぁ……。良かったですね」
ハサミや香油などを操って見事なモヒカンスタイルになった兵士は、見た目だけでなく口調も何だかガラリと変わった。
「先生!これ俺が作る故郷の味の『モヒカン饅頭』!俺、菓子担当なんだ!だからお礼にやるよ!」
「ど、どうも…」
私に渡された包みを見れば、茶色のお饅頭にモヒカンっぽい頭の鳥の焼印が押してあった。
このモヒカンは彼の民族の象徴なのかもしれない。彼の出身地の街にはモヒカン頭が溢れているのだろうか。もしそうなら、それはきっと圧巻だろうなぁ。
でも規律を重んじる軍人としては許される髪型なのだろうかと思ったが、この国は多民族国家だからきっと細かいことは気にしないのだろう。
気にしていたら、きっと他民族国家がまとまることなんて無理かもしれない。
そう考えれば、確かに多民族国家は他の国とはまったく違う観光が出来て楽しそうだ。
治療院には今日もたくさんの人が来て、治療を終えて宿に戻る頃には窓の外は真っ暗になっていた。
宿に戻り、レオンさんを含めた3人で宿のレストランで食事をしていた。
店側が私がまたお子様ランチを注文したのを不憫に思ったのか、ウサギさんのご飯がミニオムライスに変わっていた。
流石高級レストラン、サービスも味も素晴らしいの一言である。
「はぁ~。疲れた」
「民間人も軍人も多かったが、やっぱり傭兵が1番多かったな」
またお子様ランチを注文した時は爆笑していた2人だが、笑いは昨日よりも早めに収まったので今日は温かな料理を食べている。
ちなみに今日も可愛いエプロンを装着し、オモチャの中からぬいぐるみを選んだ。
注文時に遠慮しようとしたら、この2人がしつこく「折角なんだから、エプロン着てオモチャ貰っておけ」と言うので、仕方なく子供扱いに甘んじている。
ただし、2人は私がエプロンをつけてオモチャを手に取った瞬間、給仕がいるにも関わらず大声で笑っていた。
わたしゃ、見世物でも2人のオモチャでもないわ!
私のツッコミは大声で笑う2人には全く届いていなかったので、私は2人を怒気を込めて睨みつけた。
実はこのエプロン。可愛いから気に入ってたりするけど、そんなこと言ったら2人にずーっとからかわれることは明らかなので、口が裂けても言わない。
そしてルクトは『遠慮』という言葉と行動を覚えたのか、今日の夕食にはメイン料理になる品数が1つ減っていた。
やればできる子である。
「もうすぐコロシアムがあるからな。白魔道士が予想以上に早く故郷に戻ったのは、コロシアム目的で来た奴らの治療までやってたからじゃないかって言われてるぐらいだ」
レオンさんによれば、高齢の白魔道士はコロシアムが出来る前くらいの患者の数なら、もうしばらく治療できる体力だったらしい。
コロシアムが出来て、外から集まってきた傭兵たちの治療までやるようになってしまったから、引退時期を早めてしまったらしい。
「いっぱい人は来たけど、2人のおかげでナンパが劇的に少なくて助かったわ」
「それも仕事だからな。そうだ。お前、魔法の影響を外に出さないような結界張れるか?」
「出来るけど?」
「じゃあさ、悪いんだけどメシ食い終わったら、裏の空き地にその結界を張ってくれないか?俺とこいつで鍛錬したいんだ」
ルクトは腕が落ちるのは嫌だとか言ってたから、2人で鍛錬するというのは良いことなのかもしれない。
「良いよ。ただ結界には私も入ってないといけないから、隅の方で防御の結界張って座ってるけど良い?」
「構わない。じゃあ食事終わったら空き地に移動な」
「嬢ちゃん、お疲れのところ付き合わせて悪いね」
「いーえ。私じゃルクトの鍛錬の相手にはならないから、2人で楽しんで」
2人は嬉しいのか、顔を見合わせて口元だけで笑い合うと、目の前の食べかけの食事を一気にかき込むように食べた。
応援ありがとうございます!
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