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第7章 コロシアム
2.余裕綽々の2人
しおりを挟む「えっ!マルブーレイ出身なの!?私はダーファスだよ」
貴賓席に残された私と護衛のルルベは、改めて自己紹介をしてみると出身国が同じだと分かった。
私とルルベは年齢は少し離れているが、出身地方は比較的近い場所だったので、マイナーな地元トークで盛り上がった。
その流れで互いを呼ぶ名前も敬称はなくなり、砕けた口調になった。
「ダーファスってことは、馬の産地だから乗馬はお手のもんだろ?」
「もちろん!普通の馬から軍馬まで乗れるよ!」
「いいなぁ。羨ましい。マルブーレイは牛の産地だったから、ダーファスに近いのに軍馬なんてそんな機会には恵まれないままだったなぁ」
そんなことを話していると、扉をコンコンとノックされた。
ルルベが扉越しに返事をして開けば、衛兵が何かをルルベに手渡した。
「ほい。トーナメント表だ」
「ありがとう。あ、お茶は私がルルベの分も入れるよ」
身体の大きなルルベが高そうな茶器を持っていると、その大きな手が繊細なそれを握り潰すか、割るのではなかろうかと私が心配になる。
勝手な思い込みだとは思いながらも、万が一そうなれば、きっとルルベはカロン様にネチネチ言われるであろう。これも同郷のよしみってやつで、私がそんな危険を減らすために一肌脱ごうではないか。
部屋には観覧しやすい位置に2人がけのソファがあり、手すりとの間にはローテーブルが置いてあった。
部屋にはお茶の支度台もあるし、豪華なトイレもついている。護衛用なのか、1人がけのソファが部屋と廊下を繋ぐ扉に近い隅の方にポツンと置いてあった。
私は試合のトーナメント表を手に取ると、さっそくルクトとレオンさんの名前を探した。
2人の名前は遠く離れたところに書いてあったので、すぐに2人の試合が行われないことに安堵した。
「あ、ルルベ。試合が始まるから、こっちにソファを持ってきて一緒に見ようよ」
「気ぃ遣ってくれてありがとな。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうな」
ルルベは部屋の隅の1人掛けのソファに座っていたが、私の提案を受けてそれを手すりの近くに移動させた。
ルルベはガッチリとした大きな身体だからか、座ったソファが窮屈そうに見える。
本人は気にしていないが、その様子が溢れ出しそうに膨れたカップケーキに見えて、クスッと笑ってしまった。
そんなことを思っていると、赤い煉瓦のステージに白い制服を着た司会者が上がると同時に、ラッパとシンバルの音が一度大きく鳴り響いた。
「これよりゼニールのコロシアム大会を開催いたします!!」
観客達の注目を引きつけた司会者が、ファンファーレの音とともに大会の開始を告げると、会場内は口笛や拍手、割れんばかりの歓声で満たされた。
司会者が大声でルールの説明を始めると、ステージの両脇にある手すりに囲まれた場所に選手達がゾロゾロと入っていった。
人数が多いからルクトとレオンさんの姿は見えなかったが、きっと彼らはそこで試合を見るのだろう。
「では第1試合!」
司会がルールの説明を終えるとすぐに選手の名前を呼び、左右の選手達の山の中から名前を呼ばれた人がステージの上に上がっていく。
ステージ上で2人が対峙すると、すぐに試合開始の号令が飛び、真剣な顔をした2人が武器を手にして試合が始まった。
あっという間に勝敗が決まるものもあれば、勝敗が決まらなくてジャンケンで決まるものもあった。
どの試合も中級以上の黒魔法を巧みに操り、剣や斧、槍などの武器を軽々と扱っている姿に正直憧れた。
私は黒魔法は適性がないからスッパリ諦められたが、神殿にいる間、剣については今まで何度も指導を受けた。
でも、毎回指導してくれる先生が
「なんでそんなに出来ないんだ!言われた通りにやらないか!」
「やってます!一生懸命やってます!」
「嘘つくな!じゃあ何で出来ないんだ!俺は帰るっ!」
と、逆ギレするか、首を左右に振りながら無言で去って行くかのどちらかだった。
熱心に指導してもらったのに、長剣を振りかざせば剣の重さで後ろにひっくり返る。
長剣がダメなら短剣を!と頑張ってみたが、腕が短いのか相手に届かないし、運動神経が悪いのか動きが鈍くて結局隙だらけで良い標的になるだけ…。そんな状況に呆れられてしまい、毎回先生に見捨てられるので私は泣きたくなった。
諦められなかった私は弓にも挑戦してみたのだが、筋力不足らしく放った弓は的に刺さるどころか、すぐ目の前でポトリと静かな音を立てて落ちるだけだった。
「もう君は武器を使うのは諦めた方がいい。大人しく護衛を雇い、その人に任せなさい」
頭を抱えた先生はこう締めくくった。
色々やった結果、私は食事する時のナイフと料理をする時の包丁が一番使いこなしていたことに気付いたのだった。
「シェニカはこういう大会を見ることに抵抗はないのか?」
「抵抗?特にはないかな。どうして?」
ルルベが私の入れたお茶を片手に持って、そう問いかけてきた。コロシアム大会は初めて見るが、何か抵抗があるようなことが起きるのだろうか?
「実際の戦場じゃないし、結界が遮っているとはいえ、殺気や魔法のぶつかる様子とかは本物だから、慣れていない奴は途中で具合が悪くなったり気を失ったりするんだ」
「そうなんだ。生の戦場を見るのは多分無理だけど、こういう大会なら大丈夫だと思う。
それに仕事柄、戦場跡を歩き回ることあるし」
ルクトと出会った時のように、行った先の街の近くに戦場があればちゃんと務めを果たしに行く。
戦場になりやすい国境近くをいつも移動しているわけじゃないから、よくやる仕事ではないが、生々しさの残る戦場跡には行きたくないのが本音だ。
でも戦場跡に行けば、ルクトのように助かる人もいるのだ。
「戦場跡ねぇ。シェニカは真面目だな。
俺も傭兵だからあちこちの戦場に行くけど、『白い渡り鳥』なんてワガママで威張ってて。確かに腕は良いけど信頼するに値しない奴だったからな。
まぁ、『白い渡り鳥』に会ったのはシェニカで2人目なんだがな」
「そうなんだ。私はこの街できちんと仕事できてたかな…」
思い返せば、民間人や軍人には普通に接することは出来たけど、ルクトとレオンさんに負けじと勇気を出してナンパする傭兵には、小さくない声で汚い言葉を思わず言っていたのだが…。
「領主の屋敷に民間人だけじゃなく、傭兵や軍人も来たんだ。そいつらはシェニカを褒めて、領主に感謝するためにわざわざ言いに来たんだよ。
そういった声で領主の評価も上がるから、領主はそれはそれはご満悦だったよ」
「そうなの?役に立てたのなら良かったわ」
ルルベと他愛のない話や試合についての話、私じゃ分からなかったステージ上で繰り広げられる様子を説明してもらったりと、あっという間に時間が経っていった。
そして昼頃、ようやくルクトの出番が回ってきた。
私はソファから立ち上がり、手すりの前に立った。手すりから腕を伸ばせば届きそうな所に防御の結界が張られていて、陽の光をキラキラと反射している。
「ルクト!頑張れー!」
私の声はステージ上のルクトに聞こえたらしく、私にチラリと視線を寄越して一瞬口元をほころばせた。
対戦相手はルクトよりも小柄ながらも、背中には大きな戦斧を背負っている若い男性だ。
傭兵姿だが、その顔はまだ少年っぽい印象を受けるから、成人したばかりだろうか。
「試合はじめ!」
試合が始まると、相手は大きな斧を構えて走り寄って来ているのに、ルクトは剣も抜かない上に一歩も動かなかった。
ルクトの頭上に斧を振りかざされ、彼の頭に当たるという瞬間、ルクトはスッと横に避けながら腰から鞘に収まったままの剣を引き抜いて、相手のみぞおちに鞘の先を突き立てた。
相手はそのまま気を失って前のめりになって倒れ、操る人を失った斧がガランガランと物寂しく落ちる大きな音を響かせると、司会が試合終了を告げた。
「相手はまだ若かったな。腹がガラ空き。あれじゃあ彼の相手は務まらないだろうね」
「そうなんだ」
ルルベは面白そうに笑いながら解説してくれた。
ルクトが勝ったのは嬉しかったし、痛そうだったけど相手にむやみに怪我をさせなかったのも良かった。私は心の中でルクトを褒めた。
それからしばらくして、今度はレオンさんの試合が回ってきた。
レオンさんの試合もソファに座ったまま見るのではなく、手すりの前に立って応援だ。
「レオンさーん!頑張れー!」
ステージ上のレオンさんにも声は聞こえたらしく、一瞬驚いたような顔をしたが、小さく片手を上げて返事を返してくれた。
「あはは!レオンさん、シェニカに応援してもらえるなんて思ってなかったから驚いてたな」
「それであんな顔をしたのね」
レオンさんの相手は女性の傭兵だったが、細身ながらも意志の強い目をした凛々しい人に見えた。
試合が始まると、レオンさんが背中の剣を抜く前に相手が走りながら細剣を抜いて、強力な風の魔法を繰り出した。
風が刃のように襲ってくるが、レオンさんは魔法で防御したらしく、風が収まった時には無傷で相手と剣を交えていた。
相手の細剣とレオンさんの平べったい長剣は、明らかにレオンさんの方に分があった。
相手もそれが分かっているからか長い時間剣を合わせることは無く、細剣を活かした素早い攻撃を繰り出してレオンさんをジリジリと後ろに後退させて行った。
でも、そんな状況をレオンさんが許すはずもなく、彼に合わさった剣を弾かれて相手が大きくのけぞった瞬間、レオンさんは一点集中の雷の魔法を放った。
相手の頭上近くに弾かれた細剣に雷が落ちると、それが女性に伝わって感電して気絶し、試合終了の号令が響いた。
「レオンさんを本気にさせるような相手じゃなかったから、物足りなかったな」
「ルルベはレオンさんの本気って見たことあるの?」
「戦場で一度だけね。まさに『青い悪魔』という名に相応しい修羅だったよ。
レオンさんは雷の魔法が得意でよく使うんだが、その青白い稲光が後光のように照らすんだよ。髪の色も青みがかっているというのもあるけど、『青い悪魔』と言われる所以はそこなんだ。俺の憧れの傭兵だよ」
「ルルベ詳しいね」
「ついこの間まで戦場にいたからな。傭兵の中では『青い悪魔』以外にも、『赤い悪魔』『黒い悪魔』『白い悪魔』の二つ名の付いたランクSSの4人が特に有名なんだぞ?
最近はその4人以外にも名を上げている者もいるけど、その4人を見ればまだまだ青いね。
でも、この間ウィニストラの将軍の手で『赤い悪魔』が死んだという情報が流れたんだが、すぐに生存だと情報は訂正されたんだよ。
やっぱり『悪魔』はそう簡単に討ち取れないってことが証明されたな」
新聞の紙面で、ルクトの生存情報が流れて随分時間が経った。
もしかして生存が分かったら、こっそり追手でもかけられるのではないか…なんて不安になったが、そういうのはないらしい。
第1試合が全て終わったのは夕方になった頃だった。
ルルベの案内で治療待ちの選手がいる部屋に行くと、治療院ほどではないが、それなりの数の負傷者が待ち構えていた。
「先生。俺、試合に負けたんだよー。慰めて!」
「元気そうなので傷口近くを抓りますねー」
ムギュッ…グリッ!!
「ぎゃぁあああ!痛いっ!」
「ナンパはお断りじゃっ!元気になったら鍛錬して来い!」
「この大会で優勝したら…!シェニカ先生、俺と付き合ってくれ!」
「優勝できたら言ってねー」
ルクトやレオンさんがいるから無理だろうけどね。
「先生、俺と今夜一緒にどう?」
「元気みたいなんで、傷口がまだ痛むか押して確認しましょうねー」
グリグリ…
「ぎゃぁぁぁ!うそです!うそですってば!」
やっぱり、ほとんどがナンパ男ばかりだった。
一応私の後ろにはルルベが控えているが、やはりルクトやレオンさんとは違うのか傭兵達のナンパは多かった。
そういう人には傷口付近をグリグリと押しつつ、抓りつつ、淡々と治療を施していった。
ナンパ男の相手で気付かなかったが、いつの間にかルクトとレオンさんが部屋の入口近くの壁に寄りかかっていた。
「シェニカ、ここでも漫才してるのか?」
「違うわよ。どう見ても治療でしょ」
ルクトとレオンさんは、私のナンパ男とのやりとりを見ていたのか2人は笑っていた。振り向いて私の後ろに居たルルベを見れば、彼も笑いを堪えるように肩を震わせていた。
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