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第10章 贈りもの
4.予感的中
しおりを挟むシェニカと離れてから、胸がざわついて落ち着かない日が続いている。
俺の居ない間に何か良くないことに巻き込まれていないか、誰か他に気に入った男と出会って、そいつと良い仲になっていないかと、目に見えない不安が忍び寄ってくる。
そんな不安を拭い去りたい衝動と、あいつと温泉宿に到着するまでの間に、どれだけ距離を縮められるか、温泉宿ではどう美味しく頂いてやろうか、という楽しみだけを頭に入れて戦場を駆け巡った。
あいつに早く会いたくて、さっさと戦いを集結させようと、いつになく集中力が高まって戦場で暴れまわることが出来た。
その甲斐あってか戦いそのものは数時間で終わり、無事に勝利を勝ち取ることが出来た。
急ごしらえの野営地のテント酒場で、俺とシューザは昼間から勝利の酒を飲んでいた。
酒場にはたくさんの傭兵がひしめいているが、俺とシューザが一緒のテーブルを囲んでいることが意外らしく、あちこちから興味深そうな視線が浴びせられている。
俺達の会話の内容を聞こうとしているのか、テーブルの近くにいる奴らは会話することなくジッと聞き耳を立てている。
そんなことをしたって、普段戦場から離れている俺は大した情報を持っていないし、シューザも一時的に戦場に復帰した俺と情報交換するような気はないだろう。
「『赤い悪魔』が『黒い悪魔』と手を組むと思ってなかった奴らの視線が凄いな」
「だな。これから先のことは分からんのにな」
「まぁ、今までお前が誰かと一緒に酒なんて飲むことなかったから、物珍しいだろうな。これからお前はどうするんだ?戦場に戻るのか?」
「いや、あいつの護衛を優先にする。離れてると落ち着かねぇ」
あいつと旅をしている間、俺は戦場に復帰したい気持ちとあいつの側にいたい気持ちで、ずっと揺れ動いていた。
レオンのようにランクの高い傭兵があいつに手を出さないと確約するのなら、そいつに護衛を任せて一時的にでも戦場に復帰してみるのも良いかと思ったが、そういうやつはほとんど単独行動している上に、信頼関係なんてないから出会って早々に任せられる訳もない。
その点、シューザの組織する傭兵団の連中はランクS以上の傭兵が揃っているし、恩人であるシェニカに手を出さないと約束させたから、今回護衛を任せて戦場にやって来た。
誰かと接触する治療院を開くわけでもないし、どこかに移動するわけじゃないから護衛についてはあまり心配していない。
でも。
離れてみると、言い様のない不安と落ち着かなさが、こんなにも俺を支配するとは思ってもみなかった。
あいつに会いたくて会いたくて、愛おしさが込み上げてきて、会ったら抱きしめて全身であいつを感じたくなる。
戦場を駆け巡る時、いないと分かっているのにも関わらず、黒髪の女を見る度にあいつじゃないかと期待してしまった。
離れてみて分かったのは、戦場に戻りたい気持ちより、あいつの側に居る方が俺にとって大事だということだった。
「ははは。もうベタ惚れだな」
「ほっとけ」
周囲のジロジロ見る視線を受けながら酒を飲んでいると、慌てた様子の『黒鷹』のメンバーがシューザの元に駆け寄って来た。
「リーダー。リズソームにいるフェイドがフィラを飛ばしてきました」
「フェイドから手紙?」
シューザがそう言うと、メンバーの男は表情を暗くして手紙を渡した。
「どういうことだ?おい、これ見てみろ」
シューザから渡された手紙を受け取ると、俺は嫌な予感を覚えながら手紙を見た。
ーーーーーーーーー
リーダー、ルクトさんへ
先日、リズソームの神殿からマードリアの元副官がシェニカさんの護衛として押し付けられました。シェニカさんは護衛はいらないと拒否していましたが、僕達5人と腕試しをすることになり、負けた方が護衛を辞めることになりました。
その結果、僕達は負けてしまい、護衛を解任させられました。
ルクトさん。新たな護衛がシェニカさんに何か行動を起こす前に、どうか早くリズソームに戻ってきてください。
僕はマードリアの関所でお待ちしています。詳細はその時お話します。
フェイドより
ーーーーーーーーー
手紙を読み終えると、俺はその手紙をグシャリと握りつぶしていた。
ーーこの手紙の流れから言うと、押し付けられた護衛があいつに手を出すかもしれないってことだろ?ふざけるな。あいつは俺のなんだよ!
「ルクト。外のテントに早馬がいるはずだ。それを借りてすぐにリズソームに行け」
「あぁ、そうする」
俺はテントを出ると、早馬を借りてマードリアとの国境に向かった。嫌な予感が胸の中に激しく渦巻き、シェニカの身に良くないことが今すぐにでも起こりそうな気がしてならない。
マードリアとイェミナを隔てる関所は野営地から比較的近い場所だったが、越境の手続きに1日半も時間を取られてしまった。
こんな時、シェニカと一緒だと越境の特権でものの数分で終わるのに、と気持ちだけが先行していく。
マードリア側の関所を通過すると、見覚えのある赤茶色の髪のフェイドと、護衛につけた傭兵の1人が俺を待ち構えていた。
「ルクトさん!早馬を用意しましたのでこれに乗ってください」
俺は用意された早馬に乗って、リズソームへの街道を駆け抜けた。目的地の街は関所から近い場所にあるが、馬で走り通してもまだ時間がかかる。
はやる気持ちを抑え、既に空は闇に包まれ始めていたので仕方なく野宿することになった。
焚き火を囲み、フェイド達が用意した干し肉を食べながら話を聞くことにした。
「リズソームの神殿から元副官が護衛に寄越されたって手紙にあったが、説明してくれ」
「シェニカさんは研究者の屋敷にいる間、ずっと魔導書を読んでいました。朝から夕方まで屋敷で魔導書を読んでいた時、突然屋敷に神殿から神官長がやって来ました。
その時、シェニカさんの護衛の数が少ないからと、神官長から護衛を押し付けられたんです。
シェニカさんは頑なに断っていたんですが、その護衛と自分達5人に腕試しさせて、負けた方が護衛を辞めることになったんです」
「相手が1人で5人まとめて相手にすると言ったので、1対5でやったのですが……。悔しいですが完膚なきまでに負けました」
フェイドともう1人の男は焚き火の火をジッと見ながら、拳を握りしめて悔しそうに話した。
シェニカにつけた5人の傭兵は、全員ランクSで決して弱いわけではない。
ジルヘイドの居た頃の元副官なのか、腐りかけた軍部に居た最近の副官だったのか分からないが、小国と言えどやはり元副官となるとそれなりの実力があるということなのだろう。
「相手はどんな奴だ?」
「現在は神官長の補佐をしているセナスティオという者で、戦った感じだと炎の魔法が得意な様です。
見た目は細身に見えますが、力が強いので剣での鍔迫り合いになると自分では押し切られました」
「あの者は神殿の要請を受けて半年ほど前に軍を退役し、リズソームの神官長の護衛を任されたと聞いています」
「神殿の要望でわざわざ軍を退役したのに、今度はそれを辞めてシェニカの護衛にさせられたのか。
そんで、今はシェニカの護衛はそいつ1人なのか?」
「はい。様子を確認するために残した3人からの報告によると、屋敷と宿との行き来には他者を寄せ付けないといった護衛としての務めは果たしていますが、他者の目がない時にはシェニカさん狙いの様子だそうです。
口調こそ丁寧ですが、やたらと接近しようとしたりして、シェニカさんに手を出そうとしている感じだとか」
「あぁ?どういう風にだよ?」
フェイドの話に思わず殺気が溢れ出した。
我慢に我慢を重ねた俺の苦労が実を結んで、やっと靡いたあいつを俺が美味しく頂こうって時に、なんで邪魔が入るんだ。
もし万が一、そいつがあいつに手を出したら絶対に許さない。地獄を見せてやる。
「シェニカさんの部屋で夜を明かそうと誘ったり、魔導書を読んでいる時には隣に座りシェニカさんに触れようとしたり。
もちろんシェニカさんも自衛に努めていますが、相手が本気でやろうと思えばどうにでもなる状況に変わりはありません」
シェニカ狙いなのに、側に居てもそいつはまだ手を出していない。
傭兵だろうが元副官だろうが、男なら非力なシェニカを押さえつけてどうこうしようと思えば簡単に出来るだろうに、なぜそうしないのか。
俺と同じであいつに本気だからだろうか。それとも別の意図があるのだろうか。
「なんでこのタイミングで神殿が動いてあいつに護衛を押し付けるんだ。もっと前に同じような行動しても良さそうなものなのに」
手を出していない以外にも変なところはある。今までなら、神殿の奴らはシェニカの行動を見張るように影から見ているだけだった。
今回のように直接的な行動などしてこなかったのに、なぜ今奴らが動いてきたのだろうか。
「情報収集した者の報告によると、神官長達はフィラで各地の神殿とやり取りし、シェニカさんの行動などを把握しようとしていたようです。
今回は、シェニカさんの側にルクトさんがいないこと、そしてリズソームには護衛にうってつけのセナスティオが居たから、神殿の護衛を辞めてシェニカさんに接触してきたようです」
「神官長の護衛をシェニカに寄越すのがうってつけ?」
「神官長が『白い渡り鳥』とどこの骨とも分からない傭兵と結婚されると困る、と言っていたそうです。
セナスティオは、優秀なシェニカ先生と自分らのような傭兵が深い関係になるのを阻止するための監視と管理の役割。そしてシェニカ先生とセナスティオとの間に、子が出来るようにと言うことなんだと…」
「そういや、シェニカが前にそういうことがあるって言ってたな」
以前、シェニカが『領主や町長自身、もしくはその息子やそいつらが用意した男との間に、子供を作らせる話がある』と言っていた。シェニカが神殿に近寄らない理由はこういうことかと、今更ながら分かった気がした。
どこの国、どこの街に行っても、シェニカを監視するように神官や巫女達が尾行してきた。それは、神殿に寄り付かず行動が把握できないあいつの情報収集だったということだ。
各地の神殿がその情報を交換しているから、あいつが立ち寄った街で俺がいないことに気付き、そして元副官を送ることで邪魔な代役の護衛を排除した。
今この時間にも、あいつの身に俺じゃない男の手が迫っていると考えると、居ても立ってもいられなくなる。
「実際セナスティオは強かったです…。自分らのせいでシェニカさんにも、ルクトさんにも迷惑をかけてしまって。すみません」
フェイドともう1人の男は、俺に向かって深々と頭を下げた。
こいつらが悪いわけじゃない。将軍から直々に鍛えられた元副官が相手ならば、ランクSの傭兵では正直かなり厳しいだろう。
それだけ傭兵と軍人の間には力の差があるなんて、分かりきったことだ。
どこかの街で会ったロミニアという『白い渡り鳥』の話を思い出すと、護衛は神殿から紹介されたと言っていた。
そいつらは軍人上がりだったが、副官の部下の部下くらいのレベルだったから、そいつら程度ならばフェイド達でも太刀打ちできたはずだ。
他の『白い渡り鳥』の護衛は知らないが、おそらくロミニアという『白い渡り鳥』だけがそのレベルの護衛を与えられた訳じゃないはずだ。
なのに元副官というレベルの高い奴を送ってきたということは、それだけ神殿としてはシェニカが欲しいということだろうか。
「いや、お前らが謝ることじゃない。俺があいつのそばを離れたのが一番の問題だからな」
あいつの正式な護衛は俺だから、代役を立てた時であっても俺がきちんと始末をつけなければ。
俺は街に到着するまでの間、シェニカが無事でいることを祈るしかなかった。
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