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第19章 再会の時
8.異端の魔法
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■■■前書き■■■
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更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はシェニカ視点のお話です。
■■■■■■■■■
ローズ様と再会して4日目になるけど、今日もルクトはローズ様の部屋のソファに座って動物図鑑を読んでいる。ローズ様と一緒にいる間は朝から夕方までお喋りしっぱなしだから、『街を散策したり自由にしていいよ』と伝えたけど、時折外に出ることはあっても、ほとんど私が見える場所にいる。ローズ様を警戒している様子はないけど、護衛として真面目に働いてくれているのだろう。
お茶を飲みながら窓の向こうにいるルクトを見ていたら、街の外で牧草の刈り取りが始まったようで、朝の爽やかな空気の中に草の匂いが混じった。目を閉じて実家の牧場を思い出していると、ローズ様がクスッと笑った。
「草の匂いで思い出しました。今度、ご両親の牧場では珍しい品種の羊に替えるそうですよ。その羊は大型種で、知能が高いから飼いならすのは難しいらしくて。手に負えなくなった別の町の牧場主が、ご両親の手腕を見込んで羊の交換を持ちかけたとか」
「そうなんですか!どんな羊なんだろう。会いたいです」
「牧羊犬を追いかけ回したりもするようなので、シェニカも追いかけ回されるかもしれませんよ」
「それでも仲良くなりたいです!」
珍しい羊ってどんな子達だろうか。気難しくて、扱いも難しそうだけど、できれば仲良くなりたい。もふもふの毛を堪能したり、牧場を一緒に散歩したり。ゆくゆくは、旅先でのナンパに成功した可愛い子達と、のんびりした時間を過ごしたり、一緒に日向ぼっこしたり、作った草人形で遊ぶ姿を眺めたり…。
ハーレム牧場に思いを馳せる私を穏やかに眺めてたローズ様は、ふと思い出したような表情になった。
「そういえば。シェニカはどうして『聖なる一滴』を調べようと思ったのですか?」
「今回、私とディスコーニ様を守るために使いましたが、これがなかったらきっと無事では居られなかったと思います。
今までは人を傷つけるだけの道具だと思っていましたが、今回の件で見方が変わったというか。もしかしたら、『聖なる一滴』が生まれたのは、同じような状況に陥ったからではないかと興味が湧いて…。『聖なる一滴』を作った人や作ることになったキッカケを知りたいと思ったのです」
「試験の時の反応から見て、相当な心の傷を負ったと心配していましたが。恐れず向き合うようになっているなんて、本当に成長しましたね」
「あの一件で、逃げたいことにも目をそらさず、立ち向かって、自分の力で道を切り開いていかないといけないと思い直しました」
ローズ様は目を閉じて「そうですか」と呟くと、ゆっくり目を開いて私を真剣な表情で見た。
「シェニカは『聖なる一滴』を補充しましたか?」
「いえ、していません」
「では今から作りませんか? 私も作りますから」
「ローズ様もですか?」
「私達の作る『聖なる一滴』と貴女の作るものには、効果のほかに、色と臭いにも違いがあるのは知っていますよね。どの段階で違いが出るのか知っていますか?」
「いいえ、知りません」
「良い機会ですから、確認してみませんか?」
「……はい、作ってみます」
『聖なる一滴』を作るキッカケや最初に作った人にばかり着目していて、作る過程のどこで違いが起こるのか、ということは頭からすっかり抜け落ちていた。
ローズ様は懐から出した小さな紙に何か書き出すと、室内に控えているお孫さんに向かって手招きをした。
「ここに書いてあるものを持ってきて。2人きりにしてほしいから、全て揃ったらあなた達もシェニカの護衛にも、今日は廊下で控えるようにしておいて」
「分かりました」
テラスに入ってきたお孫さんにそう指示を出すと、神官や巫女が作業台や花瓶、小瓶、蜘蛛と蠍が入った革袋などをテラスに持ってきて、あっという間に準備が整った。花瓶や小瓶はすぐに準備出来るとしても、蜘蛛と蠍をすぐに集めるなんて無理だと思ったけど…。
ローズ様は生きたままのそれらを常に持ち歩いているのだろうか。
「せっかくなので、工程を同時に進めながら作りましょうか。作り方は覚えていますか?」
「はい。覚えています」
作業台の前に立つと、試験の日の記憶が蘇ってくる。あの日以来『聖なる一滴』を作ってないけど、レシピはもちろん、蠍と蜘蛛の外殻が溶け落ちる絵やレシピを書いた紙のシワや折目などまで詳細に覚えている。
「では始めましょうか」
向かい合うように立つローズ様に頷くと、早速蠍の入った革袋に浄化の魔法をかけた。アイコンタクトをして同時に革袋の中を瓶に移すと、それぞれの瓶に同じ赤い液体が溜まった。同じように蜘蛛の入った革袋に浄化の魔法をかけて中身をカラの瓶に移すと、黒い液体が溜まった。それらの瓶を大きな花瓶に入れて1つにすると、赤黒い液体から出る生臭いニオイに思わず顔を顰めた。
1つの工程を終えるごとにローズ様のものと見比べて確認しているけど、今のところ特に目立った違いは見られない。
「ここまでは同じですね」
静かに頷いたローズ様を確認すると、瓶に手をかざして上級の治療魔法をかけた。私とローズ様の瓶は、同じように白い煙を上げながら中身はどんどん減って、赤黒い色をした液体が少量だけ残った。
そして2人同時に最後の魔法をかけると。私の瓶に溜まっていた赤黒い僅かな水たまりは無色透明に変化し臭いがなくなったのに、ローズ様の瓶は何の変化も起きていなかった。
「気付きましたか?」
「最後の呪文を唱えたところで…」
「そう。最後の呪文を唱えた時に変化が起きます。貴女はこの魔法にどんな効果があると思いますか?」
「きちんと習っていない呪文なので、よく分からないのですが…。魔力を奪う効果を与えているのだと思っていました」
「この呪文について、私も確かなことは言えないのですが。頭の中に根拠のない仮説があるのです。聞いてみますか?」
「はい」
ローズ様と同じように小瓶にコルク栓を閉めると、お茶を飲んでいた席に移動した。テーブルの中央に置かれたローズ様の小瓶の隣に私のそれを置くと、ローズ様は小さく息を吐きだして冷めたお茶を飲んだ。
「あの呪文が白魔法の魔導書に記載がないのは、存在を秘密にしていた『聖なる一滴』を作る時のみに使用するから。白魔法の適性が高い者にしか使えない魔法とは言え、他人の興味をみだりに刺激しないようにするためだと思っていました」
「そうですね」
あまり考えたことはなかったけど、白魔法なら魔導書に記載されてもおかしくないはずなのに、そうされていないのはローズ様の言うような理由だからだと思う。でも違うのだろうか。
「『聖なる一滴』を作る時、その呪文を除けば浄化と上級の治療魔法くらいしか使いませんし、材料のニニアラガもアルビン・スコーピオンもありふれたもの。魔力が勝手に消費されるのは、この時のみ使う魔法の効果である、と思うのが自然な流れだと思います。
ですが、貴女の試験結果を見て、その認識は間違っていたのではないかと考えるようになりました」
「間違い…?」
「貴女の結果は今までにないものだったので、過去の『白い渡り鳥』に同じような結果や形状になった者は居ないのか、調べられるだけの記録を確認してみましたが、有益な情報は得られませんでした。それでも世界中を探せば同じ結果になった者がいるかもしれないと、貴女の試験結果を『ランクを定めない』という前例のない決定をして、異議のある者は申し出るよう通知しました。
神官長は自分のいる神殿の過去の記録を全て引き継ぎます。それらは膨大な量がありますが、その神殿から出た『白い渡り鳥』の記録は優先度が高く、よく読み込むそうです。なので、貴女と同じ結果になった記録があれば報せが来ると思っていましたが、どこからも報告はありませんでした。
貴女の白魔法の能力がいくら高いとはいえ、長い歴史を振り返れば同程度の能力を持つ者がいてもおかしくないというのに、貴女と同じ結果になった者がいない。ということは、どのランクの者であっても、完成した『聖なる一滴』は生臭くて赤黒い色をしていた、ということなのでしょう」
そこまで言うとローズ様は小さく息を吐いた。
「長い間、そうなることが当然だったから誰も疑問を持たなかったと思いますが、私は貴女の試験を見て、見た目とにおいが変化し、私達と違う結果になることこそ、あの魔法の本当の効果ではないのかと考えるようになったのです。
もしそうであるのならば、貴女以外の『白い渡り鳥』は、誰一人としてその呪文を発動出来ていなかったのではないか。あの魔法を使う条件として、白魔法の適性の高さは関係ないのではないか。そもそも、あの呪文は白魔法に分類される魔法なのだろうか。そして、貴女の作る『聖なる一滴』こそが完成品であり、それ以外の者が作る『聖なる一滴』は未完成品なのではないか。
もしこの仮説が正しいのなら。あの呪文を唱えなければ、貴女の『聖なる一滴』は私達と同じ結果になるのではないか、と考えたのです」
『根拠のない仮説』だと前置きした上で聞いているけど、思考が停止するくらいの思いも寄らない仮説だった。でも、言われてみれば、あの呪文を唱えて変化が起きたのだから、それがなければ魔法は発動していなかった、と言えると思う。
「ということは…。あの呪文が私にだけ使える魔法だったということですか?そうすると、あの呪文は白魔法ではなく、便利な魔法みたいなもの…ですか?」
「私もそう思って魔導書を調べましたが、似たような魔法はありませんでしたし、古い白魔法や黒魔法の魔導書を見ても手がかりはありませんでした。特定の血筋にしか使用できない魔法も存在しますから、その可能性も疑いましたが…。貴女のご両親にそれとなく話を聞いたり、家系を調べてみても、特に気になる話は出てきませんでした。今の段階ではよく分からないですが、白魔法だとしても異端の白魔法と言えるかもしれませんね。
なぜ貴女だけ発動したのか。なぜほぼ全員が使えない魔法を工程に入れているのか。貴女以外の『聖なる一滴』は未完成品なのか。
沢山の疑問を解決にするには時間も人手も影響力も必要になりますが、引退した身では出来ることに限りがありますし、私の限られた体力や気力、寿命では足りないかもしれない。なにより、仮説を検証するには貴女の協力が必要になりますが、『聖なる一滴』にトラウマを持った貴女を巻き込むわけにはいかないと、これらの仮説は頭の中に仕舞っていました。ですが、これからは貴女と繋がれるキッカケになると神殿と国が血眼になって調べるでしょうから、少しでも有益な情報が集まることを期待しています」
「……この呪文だけ唱えてみたら。どうなるのでしょうか」
「やってみなければ分からないですが…。やってみますか?」
どうなるのだろうという単純な疑問から零れ落ちた言葉だったけど、効果も範囲も正しく理解していない魔法を使うのは危険だと、学校でも習うし、アスカードル島の伝承にもあった。
「いえ、やめておきます」
「賢明な判断だと思います。色々と話しましたが、あくまでも根拠のない無責任な仮説です。今後『聖なる一滴』を作る時には、手順通り作った方が良いでしょう。
ではこれを保存して、色をつけてもらえますか」
「はい。何色が良いでしょうか」
「ではすべて白で」
ローズ様の作った赤黒い液体の入った小瓶を傾け、小皿に1滴落として薄い氷の膜で覆う便利な魔法をかけた。その上から初級の氷の魔法をかけると、赤黒い氷はひび割れることも形を変えることもなく、白に染まった。
便利な魔法で固めた氷に初級の魔法をかけると、透明な氷に色がつく。固める氷を書いた魔導書に豆知識として書かれていたのだが、なぜこうなるのか不思議で仕方ない。
魔法の種類が違うからなのだろうかと不思議に思いながら作業を繰り返すと、ローズ様は小皿を渡そうとする私の手を遮った。
「これは貴女が持っていなさい」
「え?」
「解毒薬が出来たのですから、こっちの方が使いやすいでしょう。貴女と貴女の大事な人を守るために、持つものは最大限活かしなさい」
ローズ様の真剣な目を見ると、その言わんとすることに気付いて言葉が出なかった。
「……ではローズ様にこれを」
自分の『聖なる一滴』も同じように1滴ずつ氷で固めると、そのうち1粒を赤に変え、ローブの内ポケットから取り出した解毒薬と一緒にローズ様に手渡した。
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お茶を飲みながら窓の向こうにいるルクトを見ていたら、街の外で牧草の刈り取りが始まったようで、朝の爽やかな空気の中に草の匂いが混じった。目を閉じて実家の牧場を思い出していると、ローズ様がクスッと笑った。
「草の匂いで思い出しました。今度、ご両親の牧場では珍しい品種の羊に替えるそうですよ。その羊は大型種で、知能が高いから飼いならすのは難しいらしくて。手に負えなくなった別の町の牧場主が、ご両親の手腕を見込んで羊の交換を持ちかけたとか」
「そうなんですか!どんな羊なんだろう。会いたいです」
「牧羊犬を追いかけ回したりもするようなので、シェニカも追いかけ回されるかもしれませんよ」
「それでも仲良くなりたいです!」
珍しい羊ってどんな子達だろうか。気難しくて、扱いも難しそうだけど、できれば仲良くなりたい。もふもふの毛を堪能したり、牧場を一緒に散歩したり。ゆくゆくは、旅先でのナンパに成功した可愛い子達と、のんびりした時間を過ごしたり、一緒に日向ぼっこしたり、作った草人形で遊ぶ姿を眺めたり…。
ハーレム牧場に思いを馳せる私を穏やかに眺めてたローズ様は、ふと思い出したような表情になった。
「そういえば。シェニカはどうして『聖なる一滴』を調べようと思ったのですか?」
「今回、私とディスコーニ様を守るために使いましたが、これがなかったらきっと無事では居られなかったと思います。
今までは人を傷つけるだけの道具だと思っていましたが、今回の件で見方が変わったというか。もしかしたら、『聖なる一滴』が生まれたのは、同じような状況に陥ったからではないかと興味が湧いて…。『聖なる一滴』を作った人や作ることになったキッカケを知りたいと思ったのです」
「試験の時の反応から見て、相当な心の傷を負ったと心配していましたが。恐れず向き合うようになっているなんて、本当に成長しましたね」
「あの一件で、逃げたいことにも目をそらさず、立ち向かって、自分の力で道を切り開いていかないといけないと思い直しました」
ローズ様は目を閉じて「そうですか」と呟くと、ゆっくり目を開いて私を真剣な表情で見た。
「シェニカは『聖なる一滴』を補充しましたか?」
「いえ、していません」
「では今から作りませんか? 私も作りますから」
「ローズ様もですか?」
「私達の作る『聖なる一滴』と貴女の作るものには、効果のほかに、色と臭いにも違いがあるのは知っていますよね。どの段階で違いが出るのか知っていますか?」
「いいえ、知りません」
「良い機会ですから、確認してみませんか?」
「……はい、作ってみます」
『聖なる一滴』を作るキッカケや最初に作った人にばかり着目していて、作る過程のどこで違いが起こるのか、ということは頭からすっかり抜け落ちていた。
ローズ様は懐から出した小さな紙に何か書き出すと、室内に控えているお孫さんに向かって手招きをした。
「ここに書いてあるものを持ってきて。2人きりにしてほしいから、全て揃ったらあなた達もシェニカの護衛にも、今日は廊下で控えるようにしておいて」
「分かりました」
テラスに入ってきたお孫さんにそう指示を出すと、神官や巫女が作業台や花瓶、小瓶、蜘蛛と蠍が入った革袋などをテラスに持ってきて、あっという間に準備が整った。花瓶や小瓶はすぐに準備出来るとしても、蜘蛛と蠍をすぐに集めるなんて無理だと思ったけど…。
ローズ様は生きたままのそれらを常に持ち歩いているのだろうか。
「せっかくなので、工程を同時に進めながら作りましょうか。作り方は覚えていますか?」
「はい。覚えています」
作業台の前に立つと、試験の日の記憶が蘇ってくる。あの日以来『聖なる一滴』を作ってないけど、レシピはもちろん、蠍と蜘蛛の外殻が溶け落ちる絵やレシピを書いた紙のシワや折目などまで詳細に覚えている。
「では始めましょうか」
向かい合うように立つローズ様に頷くと、早速蠍の入った革袋に浄化の魔法をかけた。アイコンタクトをして同時に革袋の中を瓶に移すと、それぞれの瓶に同じ赤い液体が溜まった。同じように蜘蛛の入った革袋に浄化の魔法をかけて中身をカラの瓶に移すと、黒い液体が溜まった。それらの瓶を大きな花瓶に入れて1つにすると、赤黒い液体から出る生臭いニオイに思わず顔を顰めた。
1つの工程を終えるごとにローズ様のものと見比べて確認しているけど、今のところ特に目立った違いは見られない。
「ここまでは同じですね」
静かに頷いたローズ様を確認すると、瓶に手をかざして上級の治療魔法をかけた。私とローズ様の瓶は、同じように白い煙を上げながら中身はどんどん減って、赤黒い色をした液体が少量だけ残った。
そして2人同時に最後の魔法をかけると。私の瓶に溜まっていた赤黒い僅かな水たまりは無色透明に変化し臭いがなくなったのに、ローズ様の瓶は何の変化も起きていなかった。
「気付きましたか?」
「最後の呪文を唱えたところで…」
「そう。最後の呪文を唱えた時に変化が起きます。貴女はこの魔法にどんな効果があると思いますか?」
「きちんと習っていない呪文なので、よく分からないのですが…。魔力を奪う効果を与えているのだと思っていました」
「この呪文について、私も確かなことは言えないのですが。頭の中に根拠のない仮説があるのです。聞いてみますか?」
「はい」
ローズ様と同じように小瓶にコルク栓を閉めると、お茶を飲んでいた席に移動した。テーブルの中央に置かれたローズ様の小瓶の隣に私のそれを置くと、ローズ様は小さく息を吐きだして冷めたお茶を飲んだ。
「あの呪文が白魔法の魔導書に記載がないのは、存在を秘密にしていた『聖なる一滴』を作る時のみに使用するから。白魔法の適性が高い者にしか使えない魔法とは言え、他人の興味をみだりに刺激しないようにするためだと思っていました」
「そうですね」
あまり考えたことはなかったけど、白魔法なら魔導書に記載されてもおかしくないはずなのに、そうされていないのはローズ様の言うような理由だからだと思う。でも違うのだろうか。
「『聖なる一滴』を作る時、その呪文を除けば浄化と上級の治療魔法くらいしか使いませんし、材料のニニアラガもアルビン・スコーピオンもありふれたもの。魔力が勝手に消費されるのは、この時のみ使う魔法の効果である、と思うのが自然な流れだと思います。
ですが、貴女の試験結果を見て、その認識は間違っていたのではないかと考えるようになりました」
「間違い…?」
「貴女の結果は今までにないものだったので、過去の『白い渡り鳥』に同じような結果や形状になった者は居ないのか、調べられるだけの記録を確認してみましたが、有益な情報は得られませんでした。それでも世界中を探せば同じ結果になった者がいるかもしれないと、貴女の試験結果を『ランクを定めない』という前例のない決定をして、異議のある者は申し出るよう通知しました。
神官長は自分のいる神殿の過去の記録を全て引き継ぎます。それらは膨大な量がありますが、その神殿から出た『白い渡り鳥』の記録は優先度が高く、よく読み込むそうです。なので、貴女と同じ結果になった記録があれば報せが来ると思っていましたが、どこからも報告はありませんでした。
貴女の白魔法の能力がいくら高いとはいえ、長い歴史を振り返れば同程度の能力を持つ者がいてもおかしくないというのに、貴女と同じ結果になった者がいない。ということは、どのランクの者であっても、完成した『聖なる一滴』は生臭くて赤黒い色をしていた、ということなのでしょう」
そこまで言うとローズ様は小さく息を吐いた。
「長い間、そうなることが当然だったから誰も疑問を持たなかったと思いますが、私は貴女の試験を見て、見た目とにおいが変化し、私達と違う結果になることこそ、あの魔法の本当の効果ではないのかと考えるようになったのです。
もしそうであるのならば、貴女以外の『白い渡り鳥』は、誰一人としてその呪文を発動出来ていなかったのではないか。あの魔法を使う条件として、白魔法の適性の高さは関係ないのではないか。そもそも、あの呪文は白魔法に分類される魔法なのだろうか。そして、貴女の作る『聖なる一滴』こそが完成品であり、それ以外の者が作る『聖なる一滴』は未完成品なのではないか。
もしこの仮説が正しいのなら。あの呪文を唱えなければ、貴女の『聖なる一滴』は私達と同じ結果になるのではないか、と考えたのです」
『根拠のない仮説』だと前置きした上で聞いているけど、思考が停止するくらいの思いも寄らない仮説だった。でも、言われてみれば、あの呪文を唱えて変化が起きたのだから、それがなければ魔法は発動していなかった、と言えると思う。
「ということは…。あの呪文が私にだけ使える魔法だったということですか?そうすると、あの呪文は白魔法ではなく、便利な魔法みたいなもの…ですか?」
「私もそう思って魔導書を調べましたが、似たような魔法はありませんでしたし、古い白魔法や黒魔法の魔導書を見ても手がかりはありませんでした。特定の血筋にしか使用できない魔法も存在しますから、その可能性も疑いましたが…。貴女のご両親にそれとなく話を聞いたり、家系を調べてみても、特に気になる話は出てきませんでした。今の段階ではよく分からないですが、白魔法だとしても異端の白魔法と言えるかもしれませんね。
なぜ貴女だけ発動したのか。なぜほぼ全員が使えない魔法を工程に入れているのか。貴女以外の『聖なる一滴』は未完成品なのか。
沢山の疑問を解決にするには時間も人手も影響力も必要になりますが、引退した身では出来ることに限りがありますし、私の限られた体力や気力、寿命では足りないかもしれない。なにより、仮説を検証するには貴女の協力が必要になりますが、『聖なる一滴』にトラウマを持った貴女を巻き込むわけにはいかないと、これらの仮説は頭の中に仕舞っていました。ですが、これからは貴女と繋がれるキッカケになると神殿と国が血眼になって調べるでしょうから、少しでも有益な情報が集まることを期待しています」
「……この呪文だけ唱えてみたら。どうなるのでしょうか」
「やってみなければ分からないですが…。やってみますか?」
どうなるのだろうという単純な疑問から零れ落ちた言葉だったけど、効果も範囲も正しく理解していない魔法を使うのは危険だと、学校でも習うし、アスカードル島の伝承にもあった。
「いえ、やめておきます」
「賢明な判断だと思います。色々と話しましたが、あくまでも根拠のない無責任な仮説です。今後『聖なる一滴』を作る時には、手順通り作った方が良いでしょう。
ではこれを保存して、色をつけてもらえますか」
「はい。何色が良いでしょうか」
「ではすべて白で」
ローズ様の作った赤黒い液体の入った小瓶を傾け、小皿に1滴落として薄い氷の膜で覆う便利な魔法をかけた。その上から初級の氷の魔法をかけると、赤黒い氷はひび割れることも形を変えることもなく、白に染まった。
便利な魔法で固めた氷に初級の魔法をかけると、透明な氷に色がつく。固める氷を書いた魔導書に豆知識として書かれていたのだが、なぜこうなるのか不思議で仕方ない。
魔法の種類が違うからなのだろうかと不思議に思いながら作業を繰り返すと、ローズ様は小皿を渡そうとする私の手を遮った。
「これは貴女が持っていなさい」
「え?」
「解毒薬が出来たのですから、こっちの方が使いやすいでしょう。貴女と貴女の大事な人を守るために、持つものは最大限活かしなさい」
ローズ様の真剣な目を見ると、その言わんとすることに気付いて言葉が出なかった。
「……ではローズ様にこれを」
自分の『聖なる一滴』も同じように1滴ずつ氷で固めると、そのうち1粒を赤に変え、ローブの内ポケットから取り出した解毒薬と一緒にローズ様に手渡した。
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