天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第12章 予兆

4.不安の種 ※R18

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「はぁ~…。長話だった」


無事に王宮を出て大きく深呼吸すると、茜色になり始めた空を見て私は思わず大きく息を吐いた。
この国の国王の長話は困ったものだと言う意味で、名物ならぬ迷物にすべきだと思う。



私の後ろを歩くルクトをチラリと見れば、王宮から出たというのに、彼は唇を真一文字に結んで無言のままで、その表情は凄く険しくて声をかけるのも憚られた。
彼のその様子から、ウィニストラの席にいた2人の内どちらかがバルジアラ将軍だったということだろうか。





結局無言のまま宿に戻ると、ルクトは鋭い目つきのままソファに座って気怠げに足を組み、ピリピリとした空気を出していた。




「お風呂先入るね」

その空気が漂う部屋に一緒に居ることが耐えられなかった私は、部屋に結界を張ると逃げるようにお風呂に入った。




「ふぅ、さっぱりしたぁ」


のぼせそうなくらい長風呂をして部屋に戻ると、ルクトは時間が止まったかのように同じ体勢で険しい顔をしてソファに座っていた。






「ルクト、バルジアラ将軍いたの?」


このままでは居た堪れないままだと思い、彼の隣に座って遠慮がちに問いかけてみた。




「いた。身体のデカイ銀髪の方だ」



「ルクト…」


ルクトは未だにバルジアラ将軍への復讐心は忘れていない。
そんな相手が手の届く距離にいるとなると、やっぱり彼が短気を起こしてしまうのではないだろうか。


明日からここで治療院を開くのは、彼にとって良くないことなのではないか。治療院はすぐに終わらせて、早くここから出た方が良いのではないかと思った。






「お前は何も心配しなくていい。ここは戦場じゃないから、流石にこの場でやり合うつもりはない。それは将軍のあいつも同じだろう。
ひとまず注意するのは会談に来た将軍どもじゃなく、ギルキアの王族だ」




「お、王族?」



「王子達がお前を値踏みするように見ていたぞ」



「え…。王族とか軍人とか関わりたくないのに」


私はウィニストラの将軍やルクトの様子が気になっていて、ギルキアの王族達には注意を払っていなかったから、そういう視線にはまったく気付かなかった。





「バルジアラは気になるが、治療院を開いている間は護衛を優先するから安心しろ」



「うん…。ありがとう」




ルクトが復讐心を抑えて私を優先してくれた。
それが嬉しくて、私はルクトの大きな手にそっと手で触れて指と指を絡ませてみた。




「こっち見ろよ」


ルクトは絡めた指に少し力を入れると、私に顔を上げさせて唇を合わせた。指を絡ませるのと同じように舌を絡ませて、お互いを求め合っているとルクトは唇を離した。





「誘ってんのか?ここでやるか?」



「え、いや…。誘ったつもりはなかったけど。するならベッドがいいな」


ルクトは私の返事を聞くと、ソファを立ち上がって無造作に服を脱ぎながらベッドに向かった。服の下にあった彼の大きくて広い背中を、私はウットリしながら見た。



正面だけじゃなくて、背中も凄く筋肉が付いていてとってもかっこいい。
広い背中の全体にこんもりとした筋肉があって、背骨に沿って筋肉の谷間がくっきりと出来ている。


この広くて逞しい背中の後ろで、私はいつも守られているんだと思うと身体の奥が熱くなる気がした。







ベッドの脇に立った私がパジャマを脱ごうとしていると、彼は私の手を掴んだ。



「俺が脱がせる」


「そ、そう?」


私を抱き寄せたルクトが倒れ込むようにベッドに押し倒せば、ボスンとベッドが大きく跳ねた。

私の上に覆いかぶさった彼は、首筋に唇を押し当てながらパジャマのボタンをあっという間に外し、上着も胸を覆う下着も取り去って上半身は一瞬で露わにさせられた。



この早技は何なのだろうか。
目で見てないのに指先の感触だけでこんなに早く外せるものなのか。そんだけ場数を踏んで慣れてるってことなのかな。




ルクトってモテるし、いっぱい経験があるんだろうな。彼を追いかけて傭兵になったおねーさんを思い出した。






私はあのおねーさんみたいにプロポーションに恵まれていないけど、彼は私みたいな貧相な身体で満足しているのだろうか。


聞いてみたい気持ちはあるけど、満足してないと言われて傷付くのが怖くて聞けないでいる。




恋人になってすぐに深い関係になって頭がついていけてないからか、彼にまともに『好き』だと言って貰った記憶があったか朧気だ。


私ばかり『好き』だと言っているし、恋愛経験ゼロな上にプロポーションには自信がない私は、彼から『好き』だという言葉を貰いたい。

彼と『好き』だという気持ちを共有して安心したい。






「あっ!ああっ!んっ!」



「お前は胸が本当に弱いな。ここを触るといつも気持ち良さそうだな」


ルクトは私の胸の尖端を指でつまみ、クリクリと擦りながら快感に染まる私の顔を意地悪な顔で見下ろしている。




「だって…。あっ!あ…んんっ!口で吸って…」


私はそんな彼の視線から逃れたくて、彼の頭の後ろに腕を回して胸元に赤い頭を近付けさせた。





「あっ!ああっ!!もっと…!」


ルクトは私の希望通りに尖端に吸い付いた。引っ張るように強く吸い上げられれば身体の奥から熱い波が呼び起こされ、全身に激しい波となって熱が伝わって行く。

ルクトはそんな私の身体の変化が分かっているのか、緩急つけながら吸い上げて、反対側の胸の尖端を指で弄り続けた。
熱がどんどん身体に溜まって、私はだんだん与えられる快感の果てが恋しくなって他の事が何も考えられなくなる。




ルクトは強く尖端を吸い上げると、舌で肌をなぞりながらどんどん下へと顔を移動させ、パジャマのズボンと下着を一気に引き抜いて秘所に指を挿れた。


「もう随分濡れてるな。そんなに良かったか?」


「ルクトにされるの、気持ちいいの…」


「ベッドの上だと素直になるようになったな。俺好みに教え込んだ甲斐もあるな」


ルクトは私の足をグッと胸元の方に押して秘所を眼前に晒す恥ずかしい格好をさせると、そこに顔を寄せて敏感な突起を強く吸い上げた。





「あああっ!!!」


私は予期せぬ強い刺激に不意打ちされて、あっという間に絶頂を迎えた。
だが、私が果てても口での愛撫を止めずに、何度も吸い上げて私をどんどん追い詰める。


口だけでなく指でも秘所をぐちょぐちょに溶かされて何度も絶頂を迎える私は、ルクトと1つになりたいのに彼はいつまで経っても挿れてくれない。




「ル、ルクト…。お願い、貴方が欲しいの。挿れて…」


私はルクトに涙ながらに懇願すると、彼は身体を起こして私が欲しくて堪らない硬くて大きな熱いものを秘所の入り口に添えた。





「やっと自分から言ったな。もっと俺を欲しがれよ。じゃねぇと、他の女を抱くぞ」


「やだ…」


『好き』だと言って欲しくて不安なところに、ルクトにそんな言葉を言われると、胸が張り裂けそうなくらい苦しく悲しくなる。




ルクトは経験豊富だし、『性欲の悪魔』だから、体力も経験もない私だけじゃ彼を満足させるなんて出来ないんじゃなかろうか。


いつの日か。私はルクトが他の女の人にこういう風にするのを、黙って見ているだけしか出来ないんじゃないか。
悲しくなる彼の言葉を聞く度にそんな不安が襲ってきて、私は泣きたくなる。



『他の女を抱く』という言葉は何度か言われているけど、もうそんな悲しいことは言わないで欲しい。






「なら、もっと俺が欲しいって、好きって言えよ」


冷たい雨が降り続くような私の心の中とは反対に、彼は私にそう言わせる時には意地悪そうな嬉しそうな顔をする。





「ルクト、好き。他の女の人を抱くなんて言わないで」



「言われたくないなら、もっと俺のことを欲しがれよ」


ルクトは満足気にそう言うと、私の中に大きな存在を一気に押し進めて大きく息を吐いた。




「ああっ!ルクトっ!」


「っは!この瞬間もたまんねぇ。…っく!」


もっと彼を感じたくてルクトの背中に手を回して身体を密着させると、彼は揺さぶりながら私にキスをしてくれた。
彼が唇や指を使って与えてくれる刺激と、胎内から与えられる刺激は、私の頭と心の中をグルグルと回る感情と思考を奪うほどの強い快感を与えてくれた。


ーーあぁ。もう何も考えられない…。でも、こんな風にするのは私とだけであって欲しい。





「ルクトっ!好きっ…あぁっ!」


彼にも好きだと答えて欲しくて、何とか言葉にして感情を吐き出すと、彼は汗を滲ませて私を突き上げながら見下ろした。

その姿は凄く色っぽくて、身体の奥が熱くなるような表情のまま、目を閉じて触れるだけのキスをして、また離れてしまった。


キスをしてくれたのはとても嬉しいのに、『好き』という言葉を貰えなかったことが悲しくて、ジワリと涙が目に滲んだ。





「はぁ、はぁ。そんなに締め付けるなよ。早く終わらせて欲しいのか?」


「そんなこと言われても、分かんないよ…っ!」


荒い吐息と嬌声を囃し立てる様に、揺さぶられる律動と同じリズムでルクトと私のネームタグがカチンカチンとぶつかる音が響いた。





「あっ!あん!あん!はっ!ルクトっ!お願いっ!あああーーっっ!」


「っは!ーーっっ!!!」


私とルクトが同時に果てたのを感じながら彼にくっついたまま目を閉じると、彼は私の身体に腕を回して優しく抱きしめてくれた。




汗ばんだ互いの身体がくっつくと、汗が接着剤みたいになっているのかいつもと違った変な感じがする。

疲れが溜まっていたのか、そんな変な感じも気にする余裕もないくらいの重い眠気が襲ってきた。






「もう寝るのか?」


「うん…。ルクト。好き、だよ」



ルクトは嬉しそうにキスをしたのを朧げな意識で感じ、吸い込むような睡魔に身体ごと攫われた。



ーーちゃんと好きって言われたいな。


眠りに落ちる寸前でも、その気持ちだけははっきりと頭と心の中に残っていた。





 





翌日の早朝。
宿の食堂で2人で新聞を読んでいると、向かいの席に座ったシェニカはいつになく真剣で、そして暗い顔をして新聞を食い入るように見ていた。




「何か気になる記事があったか?」


「ううん、特に…」


同じ新聞を俺が先に読んだ時、特に気になる記事はなかったと思ったが、何がこいつをそんな表情にさせるのかと興味が湧いた。




「あ」


椅子を立ってシェニカから新聞をサッと取り上げた。

シェニカが読んでいた視線の位置から推測すると、新聞の中の『世界の動向』という所に『ディナスニア、ミルビナにヘビガラスを贈る』と報じられていた。




大陸の南にあるディナスニアは最近クーデターにより出来た小国で、ミルビナはディナスニアからいくつか国を挟んで離れた中規模な国だ。


国境を接していないから一見すると関係なさそうな国同士だが、ディナスニアが不吉の象徴と言われるヘビガラスをミルビナに贈ったことで、今後ミルビナとの良好な関係は作れない事態に陥ったらしいということだった。


ヘビガラスと言う鳥は見た目が赤黒くて蛇を好んで食べるのだが、執拗に鋭い嘴で捕まえた蛇を突付き、嬲って弱らせてから巣に持ち帰るという習性がある。
加えて人の叫び声みたいに鳴くので、別名絶叫鳥と呼ばれる不吉の象徴の鳥だ。





「このディナスニアの記事か?これがどうかしたのか?」



「読んでただけだよ」



「読んでるだけでそんなに暗い顔する必要ねぇだろ。ディナスニアって、元はユベルスって国が変わって最近出来た国だろ?
ミルビナとは国境を接していないから、血の気が多い国王が気軽に来ないと踏んで軽い気持ちで喧嘩ふっかけただけじゃねぇのか?お前には関係のない話だろうから、気にする必要ねぇだろ」



「うん。そうだね」





朝食を終えて治療院を開く場所に行けば、王宮から派遣された手伝いの人間が掃除をしていた。
治療院は宿一軒分くらいの広さがあり、治療する部屋は宿の部屋が2つ入りそうなくらい広々としていた。



「お掃除ありがとうございました。この治療院はとっても広いし、良く利用されてる感じですね」


掃除を終えて治療院の外に出ようとしたメイド姿の女に、シェニカは声をかけた。




「国王陛下が定期的に白魔道士の治療を受けるようにしてくれているんです。
それにしてもシェニカ様は朝がお早いんですね。今まで掃除が終わらない間にここにいらした方は居ませんでしたから驚きました」



「そうなんですか?」



「大体はお昼前から夕方まで治療院を開いていらっしゃるんです。このような姿をお見せして申し訳ありませんでした」



「いえいえ、こんだけ綺麗ならお掃除は私でも済ませられるくらいです。ありがとうございました」



メイド姿の女が治療院から出るとすぐにシェニカは治療院を開き、既に外で待っていた民間人の治療が始まった。


立ち寄った町の町長やメイドが話していた通り、定期的に白魔道士の治療院が開かれているからか軽症の患者は僅かで重症の患者ばかり来るのが特徴的だった。






「はい、治療終わりました。怪我には気をつけて下さいね。次の方どうぞ~」


シェニカが部屋の入り口にそう声をかけると、黒いローブですっぽりと首から下の身体を包み、髪は真っ白で皺だらけの顔の腰の曲がった婆さんが入って来て、シェニカの目の前の椅子にゆっくりと座った。






「腰が痛くて痛くて。白魔道士の話じゃ歳のせいだと言うが、定期的に治療してもらってもどうも痛くて堪らないんじゃ」


婆さんは痛そうに顔を顰めながらシェニカに腰の痛みを訴えると、シェニカは椅子から立ち上がった座った婆さんの腰に手を当てた。




「では治療しますね。あ、座ったままで大丈夫です」


シェニカが腰に手を当てて治療魔法をかけると、労わるように何度かさすって手を離した。





「はい、終わりました。腰の骨にヒビが入っていましたが、今はもう元に戻っていますから安心して下さい」



「そうですかぃ。儂もいつの間にか骨折するような歳になったもんじゃのぉ。先生、ありがとうございました」



「お大事になさって下さいね」


婆さんが立ち上がりやすいようにシェニカが差し伸べた手を、婆さんがギュッと握って立ち上がると、ふわりとした人の良さそうな笑顔を向けてシェニカを見た。




「おや。先生は不思議な星をお持ちじゃの」


「え…?」



「儂は宿屋街の路地裏でひっそりと店を構えておる。良かったらそこへいらっしゃい。店の名前は『ラニアの星見占い』じゃ」


婆さんはそう言い残すと、身体をまっすぐ伸ばしてゆっくりとした足取りで部屋の出口へと歩き始めた。そんな婆さんの後ろ姿を、シェニカは呆然とした様子で姿が見えなくなるまで見送っていた。






「次の方どうぞ~」


部屋に午前中の最後の患者として商人風の風貌をしたおっさんが入って来たが、普通に歩いているし表情もいたって普通だ。
病気には見えないし、どこを怪我しているのかも分からない警戒すべき人物だ。




「どこを治療しましょうか?」


シェニカも目の前に座ったおっさんを変だと思ったのか、硬い声でおっさんに話しかけた。






「先生には特別な治療をお願いしたいんです。今日は同じ治療が必要な仲間達を連れてきましたので、まとめて全員の治療をお願いします!」



「は?仲間?治療の必要がないなら、お帰り下さい」



「いや、先生じゃないと治療出来ないんです。みんな!入って来てくれ!」


おっさんの声に誘われるように、部屋にはやはり商人風の顔つきのおっさんばかり8人がゾロゾロと入って来た。
良くないことが起きそうな気がして、俺はシェニカの真後ろに立って総勢9人のおっさんを睨みつけた。





「さ、みんな治療の準備を…」


最初のおっさんがそう言うと、全員が横一列にピッタリとくっついて並び、シェニカに尻を向けて床に膝をついて四つん這いになった。身体の大きさは9人バラバラなのに、四つん這いになったその高さは何故かほとんど同じという、何がしたいのか分からないその光景は異様だ。






「なんですかこれは」


シェニカが困惑した声で尋ねると、最初のおっさんが顔をシェニカの方に捻るように向けた。







「先生。みんなの背中を踏んで下さい」



「……は?」




「先生のビンタは病みつきになると、ドM界では有名なんです。
行き先の分からない先生を追いかけるために、世界中に散らばっていた仲間達は思い切って傭兵や家業を辞めて旅商人になったんです。
10人前後のチームを組んで世界中を旅し、先生に出会ったら『治療』してもらうのが目標で!
本当は1人ずつビンタしてもらったり、罵りながら踏んで欲しいんですけど、この人数ですから忙しい先生の『治療』がすぐ終わるように、この手法を選びました!

さ、この背中の上に乗って、思いっきり踏みつけながら最後まで駆け抜けて下さいっ!あ、踏み心地が良ければ往復して頂けたら嬉しいですっ!」





ーーなんだよドM界って。内容からすると、ずっと前にシェニカがドMな傭兵にやった高速ビンタの話だろうが、それが原因でよく分からない追っかけが出来てんのかよ。
こいつを取り巻く危険な勢力がまた1つ増えたな。こういう奴らは、しぶとさと根性だけはありそうだから厄介極まりないな。





「……ルクト」



「任せとけ」


シェニカの硬い小さな声を聞いて、俺はすぐに返事を返した。




俺は男達の無防備に晒された尻に向かって、思いっきり蹴りを入れた。



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


「いってぇ!!!」


「ちょっと待て!お前じゃなっ…!ぎゃぁぁっ!!!」


「ぐぅぅっ!!こっ!!これもなかなかっっ!!!」


「おっ…。お前っ!なかなかスジが良いな…。くぅぅ!!」



9人のおっさんのケツに思いっきり蹴りを入れると、治療院の外まで響くような叫び声が響いた。
蹴っている内に何かのコツを掴んでしまったのか、4人目辺りから叫ぶ内容が変わってきたのは気付かなかったことにしよう。





「くっ…。『天使』の連れる護衛もなかなか良い人材ではないかっ…!!」


「こ、これは世界中の仲間に報告しなければ…」


「今度は背中を踏んで俺を罵ってみてくれ…!」


四つん這いの体勢から前に倒れ込んだ状態で、痛そうに尻を抑える9人の姿はなんともマヌケだ。

奴らの口からは次第に苦悶の声から、歓喜の言葉が漏れ出してきたので、早々に撤去させた方が俺の身のためにも良さそうだ。





「ほら、大人しく外で悶絶してろ。もう2度と俺とこいつに近寄んな」


 悶絶している2人のおっさんの腕を掴んで出口にズルズルと引き摺っていると、尻を抑えたおっさん達が涙目で俺を見上げてきた。





「先生がダメなら、お前でも…」


「お前の蹴り、結構良かった。センスあるぞ。もう1回頼みたい」




「俺もあいつもこういうのはお断りだ!」


俺にまでターゲットを広げやがった2人のおっさんを治療院の外へと放り出した辺りで、黒い短髪の男が部屋に入って来た。





「悲鳴が聞こえましたが。えっと…これは?何が起きました?シェニカ様は御無事ですか?」


そう声をかけてきた男は、シェニカの祖国セゼルの国旗が首元の立襟に刺繍された礼装用の軍服を着ている。
右肩にあるマントの留め金に使われている金色の丸い物体には、三角形に配置された3つの星を大きな蔦で囲ったセゼルの国旗を刻まれている。軍服に金色の物体を身に着けているということは、これは将軍を現す階級章だ。


階級章がなくても、この男の顔を見れば昨日国王との謁見の間にいたセゼルの将軍だとすぐに分かった。




「あ…えっと…。悲鳴はこちらの人達のもので、治療が終わったので外に出てもらう途中でして…」


「そうでしたか。ではお手伝い致しましょう」


将軍は軽々と2人のおっさんの首を掴んで持ち上げ、部屋の外に連れて行った。
俺と将軍でおっさんを部屋の外に出し終えると、将軍はシェニカの目の前に立ち右手を胸に置いて、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。




「シェニカ様。はじめまして。私はセゼルの筆頭将軍のリニアクトです。今から休憩かと思いますが、少しお時間を頂いてよろしいですか?」



「え、あ、はい」



「単刀直入ではありますが、昨日ギルキア国王からもお誘いがあった通り、今宵王宮で舞踏会が行われます。
もしよければ参加なさいませんか。その際には僭越ながら私が是非エスコートさせて下さい」



そこまで言うと、将軍はシェニカの前に跪いて手を取ろうとした。
だが、将軍なんて警戒の対象でしかないシェニカは手を取られる前に椅子から立ち上がって、慌てふためき始めた。




「あの、リニアクト様。どうかこちらの椅子にどうぞおかけ下さい。私はこういうことも、華やかな場も苦手なんです」


シェニカがそう言うと、将軍はゆっくりと立ち上がり勧められた椅子に座った。それを見届けたシェニカも椅子に座った。



「では、あまり人目のつかない場所に居られるように私が付き添いましょう」



「社交の場ですから、そんなことしたらリニアクト様の印象も悪くしてしまいます。私の勝手にリニアクト様を付き合わせるわけにはいきません」



「印象が悪くなるなど、そんなことはありません。ですが、シェニカ様の気が進まぬようですので諦めるほかなさそうですね。
そうだ。シェニカ様の出身地ダーファスでは、もうすぐ野焼きの時期になります。ご両親やローズ様が、シェニカ様をとてもご心配なさっていると聞いております。
我々がセゼルに戻る時に、一緒に里帰りなさってはいかがでしょう。シェニカ様の身の安全も我々が責任を持って務めさせて頂きます」




「ご心配ありがとうございます。里帰りの予定はまだありませんので…」


「そうですか?既に3年も帰っていらっしゃらないのですから、里帰りはとてもお喜びになると思いますよ?」


シェニカは口調は丁寧だが、あまり関わりたくないと言った空気を出している。この将軍は舞踏会は比較的すんなり諦めたのに、里帰りについてはなかなか諦めようとしない。




「確かに顔を見せると安心すると思いますが、手紙のやり取りをしていますから大丈夫です」



「では、私ともカケラを交換して頂けませんか?」



「私は自分から声をかけた方とのみ交換しておりますので…」



「どの国の者ともカケラを交換なされないのは、シェニカ様に万が一の有事に無防備な状態となってしまいます。
シェニカ様が公的な者と距離を置いていらっしゃるのは存じ上げておりますが、せめて生国の者だけでも交換してはどうでしょうか」


いつも通り断りの返事をし、この件については話すことはないという素っ気ない態度を取っているのに、諦めの悪い性格なのかやたらと食い下がる。
シェニカはあからさまに態度には出していないが、心の中ではウンザリしているだろう。



シェニカの身に万が一の有事が起きたとしても、俺が居ればなんとかなると思っているし、もし他の誰かを頼ろうとしても将軍や王族、神殿の奴らなんて信用していないこいつがカケラの交換なんてしないだろう。

こいつが今まで誰とカケラを交換しているのか知らないが、もし頼るのならばレオンやシューザあたりだろう。




「おっしゃることはごもっともです。ですが、既に有事の際に頼れる者とは交換しておりますので、ご心配には及びません」



「そう…なのですか?ちなみに、どの国の誰と交換を?」


「それは交換した者同士の秘密ですから」



「あははは!シェニカ様はお上手ですね。ではカケラの交換は諦めましょう。
今回、この様にシェニカ様とお会い出来たことを本当に嬉しく思います。神殿新聞をいつも見ていますが、シェニカ様の滞在場所はいつも空欄なので心配しておりました。この後は、どちらへ向かうご予定ですか?」



「北の方へ向かう予定です」


この後の行き先の話はまだ俺との間ではしていないが、本当に北に行くつもりなのだろうか。この国の北にある国と言えば雪国だし、あまりいい環境の旅路ではないと思うのだが。




「北…ということはアビテードに向かうのですか?」


「ええ」


「と言うことは、国境を越える前にアネシスの街に立ち寄られますよね?そこまでは距離もありますし、道中は盗賊が多いと聞きますので、そこまで軍から護衛を出しましょうか」


「護衛がいますから大丈夫です」


シェニカがそう言うと将軍は俺に一瞬視線を向けたが、俺には興味がないらしくすぐにシェニカに視線を戻した。




「護衛の方は腕の立つ方のようですが、1人で足りていますでしょうか?他の『白い渡り鳥』様は、軍出身の護衛を5人以上お連れです。
シェニカ様も、もう少し人数を増やしてはいかがですか?必要であれば、セゼル国内の神殿にいる軍部出身の者をご紹介致しますが」



「私はあまり大人数になるのは好みませんので、護衛は彼1人で十分です」


神殿にいる軍人上がりの奴なんて、シェニカに手を出そうとした元副官と目的が同じのはずだ。そんな奴なんてこっちがお断りだ。





「セゼル出身で現役の『白い渡り鳥』様はシェニカ様ただお1人。
我々はシェニカ様のお力になれるように心づもりしておりますので、いつでも生国である我が国をお頼り下さい。
では、これで失礼します。休憩時間に申し訳ありませんでした。護衛の方、シェニカ様をしっかりとお守り下さい」



将軍は最後の言葉を俺に視線を向けてそう言うと、部屋の出口へ向かって一歩踏み出した。


俺から出口に視線を変える直前、すべての表情を消して『たかが傭兵風情が』と言わんばかりの嫌悪感を滲ませ、目を細めて睨んだ。




シェニカの手前、俺に対して口調こそ丁寧だったが、こいつは舞踏会の誘いも、里帰りの話も、カケラの交換も、護衛の話も食い下がったが全て断られた。
厳しい規律の中で生きている軍人は、総じて無法者と揶揄される傭兵を見下している。だから、常にシェニカの側にいる傭兵の俺が憎くて堪らないだろう。



この将軍に限ったことではないが、シェニカに見えないように俺を見下す態度を取られると物凄く腹が立つ。
胸倉を掴んで、言いたいことがあるなら堂々と言えよ、と言いたくなる。


だが、そうするとシェニカを困らせることになるし、下手すればシェニカの側を離れる原因になるかもしれないから出来ない。
こいつの隣にいるのは俺だけで良いと思えば、一瞬で燃え上がる奴らへの怒りの感情を抑えられる。




「ルクト、お昼ご飯食べよう」


「あぁ」


宿から持ってきたサンドイッチを頬張るシェニカを見ながら、こいつを俺1人で守り独占したい気持ちを強くした。


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