天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

10.孤児院の多い街

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小鳥屋を出た後は、俺達は洋服屋が立ち並ぶ通りへと向かった。

通り沿いには高級店から安物の洋服屋までいくつも軒を連ねているが、どの店も客が楽しそうに買い物をしているのが大きなガラス窓から見える。






「このお店はコートの専門店ね。ここ入ろ!」


シェニカがそう言って立ち止まったのは、周辺の洋服屋に目を取られて歩いていると、その存在に気付かないまま通り過ぎてしまいそうな、色褪せた赤い煉瓦造りの小さな洋服屋だった。








「……マジかよ」



古ぼけた感じの建物には1か所だけ窓ガラスがあるが、それは磨りガラスになっているから中は見えないし、この店の看板を見ればもう嫌な予感しかしなかった。










「『はいからマダムのコート専門店』だって!お店の名前もカッコいいから、品揃えも期待出来そうね!」






ーーぜんっぜん期待出来ねぇ…。老人か中年の御用達って感じのダサそうな店にしか思えねぇよ。なんで他に若者向けの店があるのに、敢えてこんな店を選ぶんだろうか。謎だ。


俺はシェニカの服のセンスは絶望的だと確信した。








「いらっしゃ~い」


店に入ると、ピンクの髪に見事なパンチパーマをかけたババアが、やる気のない声をかけてきた。



こちらを振り向いたババアの顔を見ると、極太の黒い眉毛、分厚いタコのような口元には、まるで生き血を吸ったかのような真っ赤な口紅がひかれている。

赤、緑、紫の鳥の羽根が黒いセーターのあちこちに刺さっているという、センスの欠片もない服を着ている。これが『はいからマダム』なのだろうか。




思わず一歩引いてしまう様なケバケバしいババアは、カウンター席に座ってプカプカと煙草を吸いながら、やる気なさを全開にして俺達を出迎えた。






センスのないババアから店内に視線を移すと、通りを歩いた時はどの規模の店にも客はいたのに、この店の中には客の姿は1人もなかった。


パッと見た所、ハンガーにかけられたコートは年寄り向けのものばかりではないみたいだが、どことなくデザインが古めかしく感じる…。





「わぁ~!可愛いのがいっぱいある!」


シェニカは何を見て『可愛い』と言ったのか理解できなかったが、嬉しそうに狭い店の最奥へと進み、天井から『マダムイチオシ!』とプレートが吊るされた陳列棚の前で立ち止まって品定めし始めた。







「見て見て!このコート、可愛いしモコモコしてて暖かそう!」



シェニカは裏も表もモコモコの、白と黒の大きなまだら模様のコートを早速試着している。

ちなみにフードを被ると牛の着ぐるみになるように耳が付いていて、子供っぽい気もするがなかなか可愛い。流石マダムイチオシ!……なのだろうか。


可愛いが、こういう人通りの多い街を一緒に歩くのはちょっと他人のフリをしたくなる。これは俺が何か見繕ってやるしかなさそうだ。










「あ~…。ちょっと待ってろ。俺も探してやるよ」
 


俺は『はいから』と書いてあるプレートが下げられている区画に移動して、あいつに似合いそうなコートを探し始めた。






「なぁ、お前さ…。今までローブとか旅装束とか自分で選んでたのか?」



「んとね、今まで護衛と一緒に買いに行ってたよ。
前に会ったカーラン覚えてる?カーランは特に服を選ぶのが上手でさ、2人でしょっちゅう洋服屋さんに行ってたりしたんだ。流行のこととか色々教えてもらったんだよ」




ーーなるほど。あの弱っちい傭兵は、こいつのセンスのなさをさり気なくフォローしてやってたのか。これからはそういうのも俺の仕事だな。


こいつのダサい&よく分からないセンスで選んだ服を着て一緒に移動していたら、俺までダサい奴だと思われてしまう。そんなのゴメンだ。







「故郷にいる時は、あんまり服とか買ってなかったのか?」



「12歳まで通った学校は私服だったんだけど、その時は親戚のおばさんがやってるお店で服を買ってたんだ。
神殿に進学した6年間は、ずっと巫女服だったから買う機会がなかったなぁ」





「へぇ。そうなのか」


ーーなるほど。こいつの服のセンスは12歳のままで止まっているのか。確か故郷は田舎町って言ってたから、親戚のおばさんがやってる店というのも婆さん向けのものばかりな感じじゃなかろうか。だから老人や中年向けの店を無意識に選ぶと考えれば、色々と納得できる。







「おい、こんなのは?」


俺が1着のコートを差し出すと、シェニカは嬉しそうに試着し始めた。



赤い生地に白いボンボンが襟元や袖口、ボタン、フードの両脇についている。裏地には白いモコモコが付いていて、赤と白の2色しかないシンプルな感じのコートだが暖かさも文句ないだろう。





「わぁ!ボンボンが可愛い!じゃ、私はこれにしよ!
ルクトはどれにする?お礼に私が選んであげる!さっきルクトに似合いそうなコートがあったの。ほら、これとかどう?」





「あ~…うん…」



シェニカが俺に差し出したのは赤一色のコートで、生地の襟の部分に緑の細い葉っぱのような小さな飾り布が縫い付けられている。





「このコート、フードを被ると唐辛子になるんだよ!裾のところまでしっかりボタンをしめても唐辛子に見えるんだって!
見た目からあったかくなりそうだよね!ルクトって、赤が好きだから似合うと思うんだ」



シェニカが目を輝かせながらフードを掴むと、それは魔女の帽子のように尖端が細長くとんがっていた。

フードを被れば緑のヘタを下にした上向きの唐辛子。膝下の裾までボタンを全部しめれば、フードを被っていなくてもヘタを上にした下向きの唐辛子になれる。


フードを被ればヘタを共有した上向きと下向きの唐辛子になれるという、唐辛子好きには堪らないコートだろう。




確かに赤が好きだし、着れば見た目からあったかそうな唐辛子になるだろうが、俺は残念なことになりきりたいほど唐辛子は好きじゃない。


着ぐるみ系はお前だけにしておいてくれ。こんだけコートがあるのに、どうしてそれにするんだよ。







「……俺は自分で選ぶ」



「気に入らなかったか…。お手頃価格だし可愛いのになぁ」


シェニカはしょんぼりとして、唐辛子のコートを『必見!処分価格』とプレートに書かれた陳列棚に戻した。





ーー『必見!処分価格』ってオイ。それって売れ残りだろうが!なんでそういう所から持ってくるんだよ!



仮にお前の言う通りのコートを買ったとしたら、牛と唐辛子の着ぐるみを来た『白い渡り鳥』様御一行!って見られるんだぞ?周囲は絶対ドン引きだ。


お前、身分がべらぼうに高いのに、そんな目で見られて良いのか?威厳とか考えなくて良いのか?!





俺はこいつの服の残念なセンスに感心しながら、店内にある陳列棚を一つ一つ見て回った。
カウンターに座ったままのババアは、客の俺達にまったく関心がないらしく、気怠そうに煙草をふかしていた。








「ルクトそういうのが良いの?」



「あぁ」



俺が選んだのは膝まである黒のレザーコートで、裏地がふかふか起毛になっているシンプルで暖かさ重視のものだった。

この店は男物のコートもそれなりの品数があるのだが、やっぱりデザインが独特だったりダサい。他の洋服屋に行って買うのも面倒だからと、一番シンプルなコートを選んだのだが、シェニカは不満そうな顔をしてコートを試着した俺を見てきた。





「ルクト、なんかシンプル過ぎない?もうちょっと可愛さポイントのあるコートが良いよ」




「俺に可愛さはいらねぇんだよ。それにシンプルが一番良いんだよ」



「シンプルイズベストかぁ。ルクトはそういうのが好きなのね」



支払いを済ませた俺達は、買ったばかりのコートを着て街の東にある領主の屋敷に挨拶に行った。




赤い煉瓦で作られた屋敷の前に立つと、門から奥にある屋敷の入口まで一直線に伸びた道があった。

その一直線の道の両脇には、馬に跨った誰かの銅像や、胸の前で手を組んだやけに太った女神像などがズラリと並んでいる。ここを通って屋敷に入るのは避けたいと思ってしまうほどの趣味の悪さだ。



門の前をギルキアの兵士が警備しているが、門の隣にある兵士の詰め所の入り口には、ギルキアの国旗を掲げた男の銅像が飾られている。

その銅像の男は自信に満ちた顔をしているが、その顔はどことなく下卑たものに感じた。






「あの。『白い渡り鳥』のシェニカ・ヒジェイトです。領主様に御挨拶に参りました」



シェニカが兵士に身分を明かすと、兵士は一直線の道を物凄いスピードで駆け抜けて行った。その駆け抜ける速さを見ると、この趣味の悪い道を一刻も早く駆け抜けたいのだろう、と推測出来る。


しばらくすると、執事服を着た爺さんを後ろに従えた中年のオッサンが、にこやかな顔をしながらも早足でこちらに向かってきた。

ゆるいウェーブのかかった黒い髪を後ろで束ねたオッサンの顔をよく見ると、国旗を掲げた銅像の顔にそっくりだった。





「わざわざ首都から離れたこの様な地まで足を運んで頂き、ありがとうございます。私は領主のマルーベと申します。屋敷の中にご案内致します。こちらへどうぞ」


わざわざ領主が直々に門まで迎えに来るという好待遇だったが、なぜそうしたのかはすぐに分かった。





「シェニカ様。こちらの銅像のモデルになったのは、我が国出身の『白い渡り鳥』のアーバント・ギルキアム様なんです。
この方は馬に跨ったお姿がとても勇ましいので、このような銅像になったんです。
アーバント様はこの国の王族の生まれなのですが、『白い渡り鳥』様となって旅立ってからは1年に1回は帰郷なさる愛国心に富んだ方でして…」





「はぁ」


領主はまるで生きている人間を紹介するかのように動かない銅像に頭を下げてから、自己陶酔している様子で長々と話を始めた。


当然ながらシェニカはそんな話は興味がないので、面倒くさそうな顔をして気のない返事を返している。だが、酔いまくっている領主はそんな様子には気付いていない。






「こちらの女神像は、『白い渡り鳥』のユナリア・フェルディ様がモデルになっているんです。ユナリア様は大変美食家でいらっしゃるので、訪れがあった時は我が家のシェフが神経を研ぎすませたユナリア様専用のメニューを考えるんです。その料理はまさに絶品で……」



「はぁ…。そーですか」




「こちらの銅像は…」


一体一体丁寧に説明する領主の話を要約すると、この一直線の道の両脇にある趣味の悪い銅像は、この場所を訪れた『白い渡り鳥』をモデルにしたものらしい。



かなり古い物から新しそうな銅像まで、懇切丁寧に苦労のエピソードまでしっかりと喋る。そして自信を持って喋る領主は酔いが覚めないらしく、どんだけ時間が経ってもまったくシェニカの冷めた態度には気付いていない。


やっとの事で屋敷の中にある豪華な応接間に通されると、シェニカは早く帰りたいのかソファに座るとすぐに話を切り出した。






「明日からここで治療院を開かせて頂きたいのですが、場所の提供をお願い出来ますか?」




「もちろんですとも。治療院に使う空き家は、神殿の前にある白い屋根の家をお使い下さい」



「分かりました。ではこれで失礼します」


治療院の場所の提供の話が済んだシェニカは、ソファから静かに立ち上がって扉の方へと一歩足を進めると、その態度が意外だったのか領主も慌てて立ち上がった。




「あ!シェニカ様。お願いがありまして…」



「お願いですか?」




「この街には身分の低い子供も入る孤児院があるのです。そちらの往診もお願い出来ませんか?」




「孤児院ですか。分かりました。では、午前中に孤児院、午後に治療院を開くという予定で良いですか?」




「やり方はシェニカ様にお任せします」



「ではそのようにしたいと思います。では、これで失礼します」



「あ!シェニカ様!まだ記念品のお話が…!」


銅像の話で随分ウンザリしたのか、シェニカは茶が出てくる前にそそくさと応接間を出た。






「随分と手早く挨拶を済ませたな」


「銅像の話で30分以上経ってるのよ?長話はこの国の国王だけでお腹いっぱいよ」



屋敷から出る時も趣味の悪いあの一直線の道を通ったが、シェニカは銅像にはまったく目を向けずにスタスタと通り過ぎた。








宿に戻る途中、街の地図が描かれた看板の前でシェニカは立ち止まった。



「孤児院が8か所もある…。1番近いアビテードとは全然戦争なんて起こってないし、他の国との国境は遠いし。なんでこんな場所に孤児院が多いのかなぁ」




「どうしてだろうな」


シェニカが指差している地図の場所を見れば、宿の部屋から見えたガキ向けのイラストがあった建物の方向に孤児院が密集している。

どうやらその建物が孤児院だったらしい。





「孤児院って神殿が主体としてやってるけど、こんだけ多くの孤児院があったらここの神殿だけの運営じゃ厳しいと思うんだ。この国の貴族や王族が多額の寄付でもしてるのかな」



「貴族は寄付していそうだが、あのクソ王太子みたいな王族じゃ、寄付もケチくさそうだ。ここに居続けると商人達が寄って来る。さっさと宿に戻るぞ」









シェニカを連れて宿に戻って食事と風呂を終えて、後は寝るだけという時間。扉の外からこちらの様子を伺う1人分の気配を感じる。


その人物は気配を特に隠しているわけでもなく、扉をノックしてくるわけでもない。


ただ、扉の前で立ち止まっているだけなのだが、何がしたいのだろうか。







「ふぁ~。眠い…」


月のものが来ているからなのか、シェニカは風呂から上がった時から眠そうにしている。





「ほら、こっちこい。寝るぞ」


「うん…」


「随分と眠そうだな」


先にベッドに横になって腕枕をしてやると、シェニカは半分閉じかけている瞼をゴシゴシと擦り始めた。かなり眠いようだ。





「今まで移動が続いていたから、疲れが溜まってたかな」


「まぁ、確かにな。何もせずに寝させてやるよ」


「ありがと」



俺の腕の中に収まったシェニカは、俺の胸元に顔を寄せるとすぐに穏やかな寝息を立て始めた。


久しぶりの宿だし、シェニカの温もりを感じるとヤりたくなってくるのだが、今こいつは月のものが来てるから出来ないし、それに扉の外の気配が気になってヤれたとしても集中できない。



部屋には結界が張ってあるから音は聞こえないはずだが、気配を敏感に読み取れる者なら、この部屋の中の気配の位置、行動をある程度は読むことは可能だろう。
相手の出方を伺っていたが、しばらくすると何もせずに去って行った。
 

シェニカ目当てのナンパ傭兵でもなさそうだし、何が目的なのか分からないが、変な奴がいるということは気にしておいた方が良さそうだ。











翌朝、部屋で朝食を食べ終えて支度を整えていると、廊下に繋がる扉の前に昨夜の気配の人物が立っている。





「お前は下がってろ」


「どうしたの?」


部屋を出ようと扉に近付いてきたシェニカを立ち止まらせて、寝室に繋がる扉の前で待たせた。





「扉の前に誰かいる。結界を解くなよ」


「うん」


俺が扉を開けると、目の前に白地の胸元に大きく赤い十字が入ったコートを来た若い男が、壁にもたれて腕を組んで立っていた。

そいつは背中まである赤銅色の髪を無造作に垂らした美形の男だが、その青い目には俺への憎悪が滲んでいる。





ーー初対面なのに、なんでこんなに敵対心剥き出しで睨んでくる?


神殿のローブを着ていても、その佇まいに軍人の姿が重なって見えるから、多分こいつは元軍人。階級から言えば副官の部下というところだろうか。






「なんか用か」


「シェニカ様をお迎えに上がったのですから、貴方に用はありません。シェニカ様、おはようございます」


男が一歩横に動いて俺の後ろにいるシェニカに向かって礼を取る瞬間、青い目を細めて嬉しそうな笑顔を浮かべた。

この態度をするのは絶対ロクな奴じゃない。






「迎えに?私は頼んでいませんが」


結界は張ったままの状態で、シェニカは俺の隣に歩いて来て男に警戒した硬い表情で返事を返した。






「私はこの地の神官長の補佐をしておりますイルバと申します。
この度は、領主様より孤児院に往診に来て下さるとお聞きしました。僭越ながら治療院を開いていらっしゃる間、私が孤児院までご案内させて頂きます」




「孤児院には順番に行きますので、案内はご遠慮致します」



「孤児が誘拐されたり迷子になるのを防ぐため、神殿の者が同行しなければ孤児院には入れないことになっているのです。どうぞご理解下さい」



「そうですか…。なら、よろしくお願いします」



「では本日お願いする孤児院にご案内します。こちらです」


イルバの先導で神殿に向かう通りを歩き、魚のイラストを描いた看板が立っている建物の前立ち止まった。

すると、孤児院の門の横に立つ衛兵がイルバを見ると敬礼を取って門を開けた。







背の高い木製の柵で囲まれた孤児院の中に入ると、平屋建ての灰色の石造りの建物に向かって小さな石畳の通路が続いている。


その通路を歩いていると、ガキ供の甲高くて耳障りな声が聞こえてきた。





「きゃははは!鬼さん、こちらー!」


「待ってよ!待ってったらぁ!」




シェニカは歩きながら、ガキ供が遊び回っている園庭を微笑ましげに見ているが、イルバは同じ方向を無表情で見ている。




そのガキ供達の中から、前後左右にガキに纏わり付かれた紺色の短い髪をした神官服の若い男が、歩きにくそうにこちらへ向かってきた。



男を見てイルバの目はにこやかな感じで細められたが、明らかに男を威圧していた。

イルバの笑ってない笑顔に圧されたのか、ガキ供はやがて蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、身軽になった神官は慌ててイルバの隣まで駆け寄り、胸に手を当てて腰を90度に折って挨拶をした。





「イルバ様。お出迎えが遅れまして申し訳ありません。ようこそお越し下さいました」



「『白い渡り鳥』のシェニカ様がいらっしゃっています。先に非礼をお詫びして下さい」


イルバがそう言うと神官の男は気まずそうに顔を上げ、シェニカの方を向いてまた90度に腰を折る挨拶をした。




「シェニカ様。お出迎えが遅くなりまして申し訳ございません。私はこの街の全ての孤児院を任されておりますドゥテニーと申します。お出迎えが遅れた非礼をどうかお許し下さい」



「いえいえ、頭を上げて下さい。子供達の世話をしていれば、時間やタイミングが合わないのは当然です。謝る必要はありません」


シェニカがそう言うと、ドゥテニーという神官はホッとした表情を浮かべて顔を上げた。






「シェニカ様が今から往診して下さいます。我々は先に治療室に行っていますから、部屋に治療が必要な子供達を連れてくるようにお願いします」


「はい」


その場にドゥテニーを残したイルバに案内されて『治療室』と書かれた部屋に入ると、壁に置かれた棚には絆創膏や包帯、消毒薬などが大量に置いてあったが人は誰もいなかった。




部屋の奥にあった園庭と繋がっている半開きの扉から、ガキ供の騒ぐ声が聞こえてくる。その声が耳障りだったのか、イルバはスタスタと歩いて扉を音を立てずに閉めた。




「騒がしい場所で申し訳ございません」


「いえ。子供は元気なのが一番ですから騒がしいとは思いませんよ」


シェニカがガキ供が遊ぶ園庭が見える窓を見ながらそう言うと、イルバは笑顔でシェニカを見た。






「シェニカ様は子供はお好きですか?」




「私はこういう仕事をしていますから、年齢を問わず、元気な姿をしている人を見ると嬉しくなりますよ」


こいつはエアロスの芝居には見事に騙されているのに、神殿の関係者になると警戒しているし、女受けしそうな顔にも騙されずに上手くはぐらかした。




「そうですか。シェニカ様は老若男女、身分を問わずに治療して下さるお優しい方ですから、きっと子供もお好きなんでしょうね。金髪がお好きですか?赤い髪がお好きですか?」



「え?私は別に髪の色とかは…」



何で髪の色なんて聞くんだろうか。

ガキなんて髪の色に関係なくうるさいし、性格に関係ないと思うのだが。





部屋の中に不思議な空気が流れた時に、廊下から繋がる扉が開いた。



「お待たせして申し訳ありません。今、子供達を連れて参りました」




ドゥテニーが松葉杖をついたガキや腕を吊ったガキ供を連れてくると、今まで静かだった部屋の中がギャーギャーと煩い声で満たされた。







「シェニカ様。今連れて来たこの子達は骨折をしていまして…」


「ねぇ、ドゥテニー先生。本当に治るの?」



シェニカの前の椅子に座ったガキは落ち着かないらしく、椅子から降りて、隣の椅子に座るドゥテニーの膝の上に座ろうとする。




「どんなに酷い怪我でも重い病気でも、『白い渡り鳥』様なら治してくれるんだよ」




「この怪我は治せるけど、これからは怪我しないように気をつけて遊ばないとダメだよ?あ、ドゥテニーさん、そのままで大丈夫です」


ドゥテニーは、自分の膝の上に座ったガキを持ち上げてシェニカの前の椅子に座らせようとしたが、シェニカはそのままで良いと手で合図をした。







「じゃあ、治療始めるからジッとしててね」


シェニカが手を吊っていた布を外し、腕に治療魔法をかけながらまっすぐに腕を伸ばさせると、ガキは不安そうな顔をしながらその様子を凝視していた。






「はい、終わり。少し動かしてみてくれる?」


シェニカがそう言うと、吊っていた腕を慎重に動かしたガキだったが、痛みを感じないからか急に手をブンブンと振ってドゥテニーの膝から飛び降りた。




「ねぇ!ドゥテニー先生!本当に怪我が治ったよ!すごーい!」


「良かったね」


「えへへ!みんなに治してもらったって自慢してくる!ありがとう!」


治療が終わったガキは入ってきた扉に向かって、バタバタと足音を立てながら出て行くと、次に治療を待っていたガキがドゥテニーに駆け寄ってきた。





「はい、次は君ね。あ、ドゥテニーさん。お膝の上に座らせていても大丈夫です」


シェニカは、またドゥテニーの膝の上に座った手の甲を包帯でぐるぐる巻きにしたガキの治療を始めた。

さっきのガキと同じように治療魔法をかけられていく様子を凝視しているガキは、治療が終わるとドゥテニーに抱きついた。



「わーい!全然痛くないよ!シェニカ様、ありがとう!」



「いいえ~。怪我しないようにね」






淡々とガキ供の治療をしていくシェニカの姿を、イルバはウットリ心酔したようにジッと見ていた。







そして数時間で孤児院の治療を終えると、石畳を歩いて帰ろうとしていたシェニカにガキ供が園庭から走り寄ってきた。


「シェニカ様、一緒に遊ぼっ!」


「白魔法もっと見たい!見せて!」



シェニカの赤いコートを引っ張って園庭の方へと連れて行こうとするガキを、イルバは張り付けた笑顔で見下ろした。





「ドゥテニー」



「は、はい!みんな、シェニカ様はこれからまたお仕事があるから、お別れなんだよ。さ、離れようね」





「えー!ヤダヤダヤダ!遊ぼうよ!」


イルバに威圧されたのか、青い顔になったドゥテニーはシェニカにまとわりつくガキを引き離そうとしたが、ガキ供は離れるもんかとシェニカの足に抱きつき始めた。


それを見兼ねたのか、イルバがシェニカの足にしがみつくガキを引き離そうと時、纏わり付かれたままのシェニカが園庭の方へと一歩踏み出した。






「治療院の時間までまだありますから、それまで子供達と遊びます。正午の鐘が鳴るまで遊ぼうね」



「本当?わーい!やったぁ!」


「こっち!こっちに来て~!」


シェニカがそう言うと纏わり付いていたガキ供が一斉に離れて、シェニカの手を引きながら園庭へと引っ張って行った。




その様子を見たイルバが張り付けた笑顔のままドゥテニーを見れば、ドゥテニーは冷や汗をかきながら何度も腰を折って謝り始めた。





「わーい!シェニカ様、絵本読んで~!」


「鬼ごっこが良い!」


「何して遊ぶ?絵本?鬼ごっこ?」


シェニカの後ろから俺がついていけば、イルバの気配も同じ方向に歩き、ドゥテニーはバツの悪そうな顔をしながらガキ供の方へと移動した。




「ぼく、白魔法教えて欲しーい!」


「わたしも!わたしも~!」


シェニカはガキ供に手を引かれて園庭のベンチに座らされると、大人数のガキに囲まれて白魔法を教えていた。


ドゥテニーはそのガキ供を後ろから見ているが、イルバが怖いのか、キョロキョロと目を泳がせながらガキ供の様子を見ていた。








ーーーーーーーーー





結界の魔法を使うと、子供達は結界の外に出た後に入れないのが楽しいのか、結界を叩いたりして遊んでいる。

何度か結界を張り直すと、結界の外に出た子供が結界内にいる子供とあっかんべーをしたり、ボールを投げつけたりして遊んでいる。


結界で遊ぶようになると私の周りにいた子供達は離れて、結界の境界で遊び始めてくれた。






「ドゥテニーさんは、随分と子供達に慕われているんですね。街の孤児院を任されているのに、何だか神官って感じがしません」



私の近くで子供達の様子を見ていたドゥテニーさんに話しかけると、彼は困ったような照れたような顔をして、頭をぽりぽりと掻き始めた。




「僕は子供と関わる仕事がしたかったんです。神殿に入ったのも、子供達に関われるからという理由だったんですけど、気付いたら街全部の孤児院担当になっていたんです。

神殿で会議があっても、子供達が離れないので代理を送って出席してなくて…。いつも子供達を優先してあまり神殿に出入りしていないから、神官らしくないのかもしれません」




「そうなんですか。ここにいた方が子供達は喜びますから、子供達はこんなにドゥテニーさんに懐いているんですね。
孤児院によっては、虐待を受けていたり食事を減らされたりとかありますから、こんなに子供達が生き生きしていると私も元気を貰えます。
孤児院の数が多いのに、施設は中も外もしっかりしているんですね」




「私がここで働き始めた時、虐待こそありませんでしたが、怖い顔をした神官と巫女しかいなくて子供達の生活する環境は良くなかったんです。
どうしてかと思って話を聞いたら、孤児院で働くのは神殿の仕事としては不人気なものだったらしくて、みんな嫌々やっていたそうです。

私は貴族の生まれでしたので、親に我儘を言って実家にいた子供好きな侍女や使用人を解雇して神殿に再就職させて貰ったんです。
知り合いの貴族の友達からも、同じような人達を神殿に送ってくれたので、そのうち孤児院には子供好きな人しかいなくなりました」



「そうだったんですか。ドゥテニーさんの努力の賜物なんですね」



「あの。シェニカ様にはお迎えも出遅れましたし、子供達に付き合わせてしまって申し訳ありません。
シェニカ様はお忙しい方で、私なんがかこうしてお話するのも憚られる高貴な方なのに。気を遣って頂いて申し訳ありません」


ドゥテニーさんはそう言って、腰を90度に折って頭を下げた。
別に彼は悪いことはしていないし、子供の世話をしていればスケジュール通りに行くことの方が珍しいだろうから謝る必要はないのに。

彼がこんなに謝るのは、地位の高いイルバ様の目があるからだろうか。





「頭を上げて下さい。確かに『白い渡り鳥』の身分は高いですけど、私は元々普通の一般人でしたし、ちっとも高貴じゃないですよ。
子供の世話をすると、予定なんてあってないようなものになると聞きますから、そんなに何度も謝る必要はありませんよ」




「今回ここに来て頂いたのが、シェニカ様で良かった…」


私の言葉を聞いてホッとした様子のドゥテニーさんは、はにかんだ笑顔を浮かべてポツリとそう言った。




「え?」




「実は孤児院にいる子供達にも、既に身分の差があるんです。『白い渡り鳥』様の中には、往診を好まれない方もいますし、身分の低い子の治療を拒否されたりします。
こうして遊んでくれた方なんて、初めてです」




「少しでも子供達のためになれて、私も嬉しいです」


ちょうどその時、どこかでガランガランと正午の鐘が鳴った。

結界を解いてベンチから立ち上がると、私の後ろから声がかかった。






「シェニカ様、そろそろお時間です」


「治療だけでなく触れ合う時間まで取って頂きありがとうございました。明日往診して頂く孤児院では、きちんとお出迎えさせていただきます」


すぐ近くにイルバ様がいるからか、ドゥテニーさんは緊張した顔をして私にペコリと頭を下げた。





「いいえ。ドゥテニーさん、また明日よろしくお願いします」


「はい!」


私は子供達とドゥテニーさんに向かって手を振りながら孤児院の外へと出た。




ドゥテニーさんみたいな子供達に優しい人に会えて、私はほっこりした気持ちになって治療院を開く空き家へと向かった。







「シェニカ様、こちらが治療院となります」


イルバ様の案内で壁に蔦が生い茂る平屋建ての建物に入ると、大人が10人は入れる床が土間の待合室を通り抜け、イルバ様がカラカラと音を立てて木の引き戸を開けた。

引き戸の先には床が土間なのは変わらないが、部屋一面の壁には真新しい色をした木目の美しい壁板が張られていて木の良い匂いが漂っている。 
待合室よりも広々とした治療部屋の中央には、私が使う机と椅子、患者が使う丸椅子、ベッドが用意されていた。


壁側にはカウンターテーブル付きのミニキッチンがあり、そのテーブルの上には白いパンを使った山盛りのサンドイッチ、コンロの上には湯気の上るスープが用意されていた。






「治療院でのお昼食は、領主様が御用意なさるそうです。どうぞ召し上がって下さい」


「そうですか。では、遠慮なく頂きます。イルバ様、案内して頂きありがとうございました」


「いえ。孤児院でシェニカ様の貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」



「いいえ。こちらも楽しめました」


ーーお腹すいたな。サンドイッチの具は何があるかしら。たまごサンドとかハムサンドがあると良いなぁ。







「シェニカ様」


イルバ様との話も終わったし、早速昼食を取ろうとカウンターテーブルの方へ行こうとすると、イルバ様の声がかけられた。







「はい?」


まだ何かあるのだろうかとイルバ様の方を振り返ると、彼はとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。





「以前、マードリアのラキニスという街で1度治療して頂いたことがあるのですが、覚えていらっしゃいませんか?」





「マードリアのラキニス…。すみません、覚えてません」


マードリアのラキニスという街は、マードリアとギルキアの国境近くにある街の1つで、前に行った時に立ち寄ったと思う。
その時は金の取引が行われるとかで、街にはギルキア兵も大勢来ていたのは覚えているけど、治療院に来た人の顔は余程印象に残らないと覚えていない。


私が正直に覚えていないと返事をすると、イルバ様の笑顔が悲しそうなものに変わったように見えた。






「その時は多くの兵士が治療して貰いましたから、覚えていないのも当然ですね」



「覚えてなくてすみません」





「いえ。では、私はこれで失礼します。また明日の朝、お部屋にお迎えにあがります」


イルバ様が部屋から出て行ったのを確認すると、私達は早速豪華なお昼ご飯を食べ始めた。

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