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第19章 再会の時
22.暗雲。一方で晴れ
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今回はディスコーニ視点のお話です。
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マーゼルを出発する日の朝。セナイオルの案内でロビーにシェニカが下りてくると、宿の出入り口で準備の指揮を執っていたトゥーベリアスが、彼女の方に顔を向けた。彼は相変わらずシェニカの気を惹けないか機会を伺っているが、彼女が彼に興味を持った様子はない。彼はそれを自分のせいだと思っているのか、憎悪の視線を向けてくる。
心の中で溜息を吐き、笑顔でこちらに向かってくる彼女をソファに座るように促すと、護衛の2人は向かいのソファに並んで座った。
「おはようございます。フェアニーブでのおおよその予定が決まってきたので、今わかっているところまで説明しても良いですか?」
「おはよう!ここどうぞ」
微笑むシェニカの隣に座ると、懐から取り出した紙を手渡した。
「尋問は、まず最初に議場でシェニカの証明書の確認を行い、次に強制催眠を解除した状態の4人の『白い渡り鳥』様とトラント国王の尋問が行われます。国王が素直に話すとは思えませんので、おそらくシェニカに強制催眠をかけてもらうことになるかと思います。その後は報告書を読んだり、話を聞いた各国からの質問を受け続ける、という形で進行することになりそうです。
すべての質問を終えて終了、となるので終了日は未定ですが、尋問が終了すると、議場でトラント国王の大罪が正式に認められ、処刑後にトラントの滅亡と国土がウィニストラに組み込まれることが宣言されて、全ての手続が終了となります。
シェニカには議長や各国代表者から質問があった場合に答えて貰うことになります。滞在中は多数の国がシェニカとの接触を求めることが予想されますし、分からないことも多いでしょうから、フェアニーブでも私が窓口として対応してもいいですか?」
「お願い出来たらありがたいけど…。これまでも色々やってもらっているから、これ以上は迷惑じゃない?」
「バルジアラ様やトゥーベリアス殿が対応してくれますから大丈夫ですよ」
「じゃあ…お願いしてもいい?」
「もちろんです。それとフェアニーブでシェニカが使う客室なのですが、護衛の部屋、側仕えの部屋と内扉で出入り出来るようになっています。客室前の廊下にはウィニストラの副官が複数名で警備をしますが、シェニカの警備はより厳重にしたいので、私が側仕えの部屋を使ってもいいでしょうか」
「うん、いいよ」
「あと…。フェアニーブの議長から、茶会の開催を提案されました」
「議長とお茶会するの?」
「いいえ。各国の代表者たちと、ですね。
フェアニーブに晩餐会や舞踏会を開催出来るホールはありませんが、会談に使われる屋上庭園があります。そこで茶会を開きませんか?というお誘いです。挨拶回りのようなものだと思います」
「なるほど…。出席してみたいけど、数が多くて大変そうね」
「では、シェニカと必ず1度は対面で言葉を交わせるよう、持ち時間を数分間としてはどうでしょうか。
関わりたくないと感じる国もあると思うので、話が続けば延長し、話すことがなければ席を立って終了、というような感じにしてみれば、効率的に出来ますし、シェニカの心理的負担も軽くなるのではと思いますが、どうでしょうか」
「そういう風にしてもらえたら良いかも」
「どの国もシェニカとカケラの交換を望むと思いますが、毎回声をかけられると疲れると思います。カケラの交換はシェニカが望んだ時のみとし、相手側から求めないようにしておきましょうか?」
「それはすごくありがたいかも!忙しいのに色々考えてもらってごめんね。ありがとう」
「シェニカのために動くのは、とてもやりがいがあります」
フェアニーブへの移動中も滞在中も、シェニカとの面会が叶うのはほんの一握り。面会出来なかった国を放っておくことは可能だが、実力行使に出る可能性も十分にある。彼女の安全を図るためにも、効率的に顔を合わせられる茶会は好都合だろう。
面識がない状態でも、初対面の相手を惹き付ける話術を持つ人はいる。だからこそ、結果に繋がらなくても『外交手腕の問題』、『難しい相手だから仕方がない』、『挨拶出来ただけでも十分』という言葉で片付ける国がほとんどだろう。彼女と話す機会を作った、という事実がなにより大事だ。
「そうそう。尋問の開始が決定してから、尋問終了2ヶ月後まで一切の争いを禁止し、フェアニーブに集う各国の代表者の安全を保障すると決議された、って新聞に書いてあったけど。これって戦争が禁止されたってことよね。そんなことあるの?」
「今回の一件は、世界中の国王や王太子クラスの主要人物が集まるほどの関心事となっています。そのため、彼らが留守にしている間に攻め込まれたり、一行が襲われたりしないように安全を確約してほしいと訴える国が多数ありました。議場で審理された結果、そのように決まったそうです」
「そうだったんだ。それにしても、戦争って話し合えば止められるんだね。いつもそうだったらいいのに」
「そうですね」
今回、シェニカは直接巻き込まれたことで、現状の危険性を強く感じただろう。となれば、頑なだったシェニカも各国との接触に前向きになる可能性が高いから、フェアニーブに行けば面会の機会があるのではないか。例えその機会がなくても、彼女と顔を合わせられるのなら行く価値は十分ある、と各国は考えた。だから、議長から茶会の申込みを行う、というところまでは反対意見なくあっさり決まった。
すんなり行かなかったのはこの後で、どの国もシェニカに会うために国王や女王、王太子といった重要人物が赴くことになるが、この機に乗じて暗殺が行われたり、国防が手薄になった間に攻め込まれてはたまらないと、一行と国の安全を保障するよう訴える国が多数あった。激しい議論が交わされた結果、戦争の禁止と一行の安全を保障する決議が多数決で決まったものの、今度はいつまで保障するのか、という議題で紛糾し、決議されるまで時間がかかった。
シェニカが願うように、話し合いで戦争が回避出来れば良いのだが、そのためには高度な外交交渉の技術や、相手に譲歩させるものが必要になる。金で解決出来れば楽なのだが、そう簡単にいかない場合も多い。どの国も文句なく交渉に応じるのは、シェニカの『聖なる一滴』や彼女自身を対価に提示された時くらいだろう。
戦争の利益といえば、国力や領土を増せる、王族や軍への求心力や士気を高められる、周辺国へのより強い発言力を得られるなどがあるから、どの国も止めることはない。にもかかわらず、異例の決議に至ったのは、『抑止力にも切り札にもなるシェニカと会えるなら、戦争の機会を一時的とはいえ捨てても良い』と、世界中の国々が考えているからだ。
「予定よりも移動に時間がかかっているけど、尋問までに間に合う?」
「天候の影響で足止めされている国もあるので大丈夫ですよ。私達が到着している状態で開催予定日を迎えると、一行が到着していない国があっても、常駐している大使が出席する形で開始されるので、私達に到着を遅らせて欲しいという手紙が届いているくらいです」
「そうなんだ」
尋問の開催と開始日は既に発表していたから、『少なくとも尋問開催期間中は戦争の禁止と身の安全を保障するという決議は遵守される』と議場で確認されたから、保障の終了期間が決まる前に出発した国がほとんどだ。
到着を遅らせて欲しいとこちらに要望している国は、ウィニストラとは国境を接していないし、長続きする可能性が少ない国だから、彼らの要望を無視しても問題なかったが、『すべての国の到着までは待てませんが、ゆっくり向かって下さい』と宰相様から連絡があった。
フェアニーブの決議は国力や影響力ではなく、あくまでも多数決で決まる。票の取りまとめは外交手段の1つだから、ウィニストラがどうしても通したい決議がある時に備え、あちこちに種を蒔いて恩を売っておきたいのだろう。
「先に到着した国同士で会談をしたり、途中滞在する街を観光しているそうなので、時間を有効的に使っていると思いますよ。フェアニーブ周辺の街では、各国が連れてきた行商隊による大規模な臨時市が開かれていて、交易が盛んになっていると聞いています」
「へぇ~!すごく楽しそう! ウィニストラも行商隊を連れて行くの?」
「今回はシェニカの警護と大罪人らの移送に警備の重点を置いているので、私達とは別行動としました。行商隊は傭兵を雇って既にフェアニーブに向かっています」
「そうなんだ。フェアニーブ前の臨時市、行ってもいい?」
「もちろんです。出発の準備が出来たようなので、行きましょうか」
ーーシェニカ様の滞在中の話を売って欲しい、と多数の国からもちかけられましたが、陛下はどのような対価を提示されても、恩人を売ることはしないと仰っております。
シェニカを宿の出口の方に案内しながら、宰相様から伝えられた話を思い出した。
神殿にあった他国の神殿から届いた報告書には、シェニカが滞在中に食べたもの、足を運んだ場所などを記載していたが、それは滞在中に監視した内容の一部に過ぎない。その大元になった記録には、滞在中の何気ない日常がもっと多く書かれているはずだ。情報の少ない彼女だから、人となりや行動、嗜好を知るためにも、そういった記録だけでも参考になるのは間違いない。だから、シェニカが今まで訪れたほとんどの国は、滞在した街の神殿が作成した記録の写しを持ってきて、金で売り買いしている。
今回ウィニストラは『ウィニストラの頼みを受けたシェニカをフェアニーブまで連れて行っている』状態だし、情報を買った国は、じっくり作戦会議を行うために到着が遅くなる方が好都合と考えているから、遅れて来るというのに棘のある手紙は一つも来ない。
「あっ!セナイオル様よっ!」
「きゃあああ!セナイオル様~!」
「セナイオルさまぁ~! こっちを向いてくださ~い!」
セナイオルが先頭に立って宿の外へ出ると、自分を呼ぶ声は彼を呼ぶ声にかき消されている。
シェニカと自分との関係はあくまでもプライベートなことだから仲間を巻き込みたくないのに、彼は自分に気を遣って提案してくれた。女性にもてはやされるのを嫌っていると知っているぶん、身を挺してくれている彼には非常に申し訳なく思う。
トゥーベリアスを前に出すことで、いくらか彼女たちの興味をそらすことが出来たから、もう少し積極的に動いて女性たちの気を惹いてほしいのだが、自分を疎んでいる彼は最低限のことしかしない。
シェニカに女性たちの出現による悪影響が起きていないかと心配になるが、フードを目深に被っているから直接表情を窺うことは出来ない。でも、彼女からは暗い空気は出ていない。
「次の街には少し早い時間に到着する見込みなので、一緒に買い物をしませんか?」
「うん、いいよ。何を見る?」
「お茶会の時に着るシェニカの服を買いませんか?」
「この旅装束じゃだめなの?」
「お茶会は何日か続くと思うので、服も複数あったほうがいいと思うんです。その旅装束でも十分ですが、王族の方々がいらっしゃる場なので、折角だったら…と思ったのですが。どうでしょうか」
「うーん、そっか…。じゃあ見てみようかな」
普段通りの様子に安心しながらシェニカに手綱を渡すと、何かに刺激されたのか、馬は少し興奮したように鼻息を荒くし頭を振った。馬の顔の横に来たシェニカが頬を撫でたり、首をさすったりして安心させていると。
「フード被ってるけど、あれってイモ娘じゃない?!」
「あのオッサンもいるわ!ローブもブーツも一緒だから、あれがイモ娘で間違いないわ!」
「なんでディスコーニ様と一緒に移動してるのよ!」
「大丈夫。全然気にしてないよ」
女性たちを咎めようと一歩踏み出そうとすると、シェニカは自分の腕を掴んで力強くそう言った。雰囲気と引き止める手の強さから、彼女が本当にそう思っているのだと伝わってきたのだが。心無い言葉に傷付いた顔を思い出し、本当に放っておいて良いのかと逡巡していると、馬が落ち着いたのを確認した彼女はそのまま器用に跨った。
「耳を貸さなくていいって、私は私のままで良いって思えるようになったんだ。だから本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
馬上を見上げれば、彼女は爽やかな顔で見下ろしていた。その表情と声の明るさから、本当に吹っ切れていると分かるが、短期間でこんなに心境が変化するのかと俄に信じられない。彼女がそう言うのなら、と思って笑顔で返事を返すと、自分も馬に乗りながら、何がきっかけなのかと思い返してみた。
思い当たるのは、酒場から帰る際に一部の女性に絡まれた際の『青い悪魔』の話くらいだろうか。確か『青い悪魔』と女性たちが口論となったが、その最中に彼なりのシェニカへの励ましがあった、と報告書に書いてあったから、それが彼女の心に響いたのだろうか。
口論となった女性たちは、『青い悪魔』との口論後に追いかけることはしなかったらしいが、今日も居るようだから懲りていないらしい。シェニカが額飾りを晒せば、あのような悪口はほとんど治まるし、追いかけてくる女性たちは一気に減るだろう。でもそれをすれば、治療を求めて声を上げる人が出てくる上に、その声が大きくなりすぎれば抑えがきかなくなってしまう。シェニカに治療をお願いしないと陛下が決めている以上、身分を明かしてもらうことは出来ない。
額飾りを隠したままの彼女は傍から見れば一般人だから、危害を加えようとしない限りは彼女たちを取り締まれないし、『青い悪魔』がやったように軍人が口論で返せば、軍への求心力の低下や不満が募り、余計な火種を作ってしまう。
助言で彼女の憂いを一瞬で払えるよう、自分も精進しなければ。そう思いながらシェニカの隣に馬を歩かせた。
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心の中で溜息を吐き、笑顔でこちらに向かってくる彼女をソファに座るように促すと、護衛の2人は向かいのソファに並んで座った。
「おはようございます。フェアニーブでのおおよその予定が決まってきたので、今わかっているところまで説明しても良いですか?」
「おはよう!ここどうぞ」
微笑むシェニカの隣に座ると、懐から取り出した紙を手渡した。
「尋問は、まず最初に議場でシェニカの証明書の確認を行い、次に強制催眠を解除した状態の4人の『白い渡り鳥』様とトラント国王の尋問が行われます。国王が素直に話すとは思えませんので、おそらくシェニカに強制催眠をかけてもらうことになるかと思います。その後は報告書を読んだり、話を聞いた各国からの質問を受け続ける、という形で進行することになりそうです。
すべての質問を終えて終了、となるので終了日は未定ですが、尋問が終了すると、議場でトラント国王の大罪が正式に認められ、処刑後にトラントの滅亡と国土がウィニストラに組み込まれることが宣言されて、全ての手続が終了となります。
シェニカには議長や各国代表者から質問があった場合に答えて貰うことになります。滞在中は多数の国がシェニカとの接触を求めることが予想されますし、分からないことも多いでしょうから、フェアニーブでも私が窓口として対応してもいいですか?」
「お願い出来たらありがたいけど…。これまでも色々やってもらっているから、これ以上は迷惑じゃない?」
「バルジアラ様やトゥーベリアス殿が対応してくれますから大丈夫ですよ」
「じゃあ…お願いしてもいい?」
「もちろんです。それとフェアニーブでシェニカが使う客室なのですが、護衛の部屋、側仕えの部屋と内扉で出入り出来るようになっています。客室前の廊下にはウィニストラの副官が複数名で警備をしますが、シェニカの警備はより厳重にしたいので、私が側仕えの部屋を使ってもいいでしょうか」
「うん、いいよ」
「あと…。フェアニーブの議長から、茶会の開催を提案されました」
「議長とお茶会するの?」
「いいえ。各国の代表者たちと、ですね。
フェアニーブに晩餐会や舞踏会を開催出来るホールはありませんが、会談に使われる屋上庭園があります。そこで茶会を開きませんか?というお誘いです。挨拶回りのようなものだと思います」
「なるほど…。出席してみたいけど、数が多くて大変そうね」
「では、シェニカと必ず1度は対面で言葉を交わせるよう、持ち時間を数分間としてはどうでしょうか。
関わりたくないと感じる国もあると思うので、話が続けば延長し、話すことがなければ席を立って終了、というような感じにしてみれば、効率的に出来ますし、シェニカの心理的負担も軽くなるのではと思いますが、どうでしょうか」
「そういう風にしてもらえたら良いかも」
「どの国もシェニカとカケラの交換を望むと思いますが、毎回声をかけられると疲れると思います。カケラの交換はシェニカが望んだ時のみとし、相手側から求めないようにしておきましょうか?」
「それはすごくありがたいかも!忙しいのに色々考えてもらってごめんね。ありがとう」
「シェニカのために動くのは、とてもやりがいがあります」
フェアニーブへの移動中も滞在中も、シェニカとの面会が叶うのはほんの一握り。面会出来なかった国を放っておくことは可能だが、実力行使に出る可能性も十分にある。彼女の安全を図るためにも、効率的に顔を合わせられる茶会は好都合だろう。
面識がない状態でも、初対面の相手を惹き付ける話術を持つ人はいる。だからこそ、結果に繋がらなくても『外交手腕の問題』、『難しい相手だから仕方がない』、『挨拶出来ただけでも十分』という言葉で片付ける国がほとんどだろう。彼女と話す機会を作った、という事実がなにより大事だ。
「そうそう。尋問の開始が決定してから、尋問終了2ヶ月後まで一切の争いを禁止し、フェアニーブに集う各国の代表者の安全を保障すると決議された、って新聞に書いてあったけど。これって戦争が禁止されたってことよね。そんなことあるの?」
「今回の一件は、世界中の国王や王太子クラスの主要人物が集まるほどの関心事となっています。そのため、彼らが留守にしている間に攻め込まれたり、一行が襲われたりしないように安全を確約してほしいと訴える国が多数ありました。議場で審理された結果、そのように決まったそうです」
「そうだったんだ。それにしても、戦争って話し合えば止められるんだね。いつもそうだったらいいのに」
「そうですね」
今回、シェニカは直接巻き込まれたことで、現状の危険性を強く感じただろう。となれば、頑なだったシェニカも各国との接触に前向きになる可能性が高いから、フェアニーブに行けば面会の機会があるのではないか。例えその機会がなくても、彼女と顔を合わせられるのなら行く価値は十分ある、と各国は考えた。だから、議長から茶会の申込みを行う、というところまでは反対意見なくあっさり決まった。
すんなり行かなかったのはこの後で、どの国もシェニカに会うために国王や女王、王太子といった重要人物が赴くことになるが、この機に乗じて暗殺が行われたり、国防が手薄になった間に攻め込まれてはたまらないと、一行と国の安全を保障するよう訴える国が多数あった。激しい議論が交わされた結果、戦争の禁止と一行の安全を保障する決議が多数決で決まったものの、今度はいつまで保障するのか、という議題で紛糾し、決議されるまで時間がかかった。
シェニカが願うように、話し合いで戦争が回避出来れば良いのだが、そのためには高度な外交交渉の技術や、相手に譲歩させるものが必要になる。金で解決出来れば楽なのだが、そう簡単にいかない場合も多い。どの国も文句なく交渉に応じるのは、シェニカの『聖なる一滴』や彼女自身を対価に提示された時くらいだろう。
戦争の利益といえば、国力や領土を増せる、王族や軍への求心力や士気を高められる、周辺国へのより強い発言力を得られるなどがあるから、どの国も止めることはない。にもかかわらず、異例の決議に至ったのは、『抑止力にも切り札にもなるシェニカと会えるなら、戦争の機会を一時的とはいえ捨てても良い』と、世界中の国々が考えているからだ。
「予定よりも移動に時間がかかっているけど、尋問までに間に合う?」
「天候の影響で足止めされている国もあるので大丈夫ですよ。私達が到着している状態で開催予定日を迎えると、一行が到着していない国があっても、常駐している大使が出席する形で開始されるので、私達に到着を遅らせて欲しいという手紙が届いているくらいです」
「そうなんだ」
尋問の開催と開始日は既に発表していたから、『少なくとも尋問開催期間中は戦争の禁止と身の安全を保障するという決議は遵守される』と議場で確認されたから、保障の終了期間が決まる前に出発した国がほとんどだ。
到着を遅らせて欲しいとこちらに要望している国は、ウィニストラとは国境を接していないし、長続きする可能性が少ない国だから、彼らの要望を無視しても問題なかったが、『すべての国の到着までは待てませんが、ゆっくり向かって下さい』と宰相様から連絡があった。
フェアニーブの決議は国力や影響力ではなく、あくまでも多数決で決まる。票の取りまとめは外交手段の1つだから、ウィニストラがどうしても通したい決議がある時に備え、あちこちに種を蒔いて恩を売っておきたいのだろう。
「先に到着した国同士で会談をしたり、途中滞在する街を観光しているそうなので、時間を有効的に使っていると思いますよ。フェアニーブ周辺の街では、各国が連れてきた行商隊による大規模な臨時市が開かれていて、交易が盛んになっていると聞いています」
「へぇ~!すごく楽しそう! ウィニストラも行商隊を連れて行くの?」
「今回はシェニカの警護と大罪人らの移送に警備の重点を置いているので、私達とは別行動としました。行商隊は傭兵を雇って既にフェアニーブに向かっています」
「そうなんだ。フェアニーブ前の臨時市、行ってもいい?」
「もちろんです。出発の準備が出来たようなので、行きましょうか」
ーーシェニカ様の滞在中の話を売って欲しい、と多数の国からもちかけられましたが、陛下はどのような対価を提示されても、恩人を売ることはしないと仰っております。
シェニカを宿の出口の方に案内しながら、宰相様から伝えられた話を思い出した。
神殿にあった他国の神殿から届いた報告書には、シェニカが滞在中に食べたもの、足を運んだ場所などを記載していたが、それは滞在中に監視した内容の一部に過ぎない。その大元になった記録には、滞在中の何気ない日常がもっと多く書かれているはずだ。情報の少ない彼女だから、人となりや行動、嗜好を知るためにも、そういった記録だけでも参考になるのは間違いない。だから、シェニカが今まで訪れたほとんどの国は、滞在した街の神殿が作成した記録の写しを持ってきて、金で売り買いしている。
今回ウィニストラは『ウィニストラの頼みを受けたシェニカをフェアニーブまで連れて行っている』状態だし、情報を買った国は、じっくり作戦会議を行うために到着が遅くなる方が好都合と考えているから、遅れて来るというのに棘のある手紙は一つも来ない。
「あっ!セナイオル様よっ!」
「きゃあああ!セナイオル様~!」
「セナイオルさまぁ~! こっちを向いてくださ~い!」
セナイオルが先頭に立って宿の外へ出ると、自分を呼ぶ声は彼を呼ぶ声にかき消されている。
シェニカと自分との関係はあくまでもプライベートなことだから仲間を巻き込みたくないのに、彼は自分に気を遣って提案してくれた。女性にもてはやされるのを嫌っていると知っているぶん、身を挺してくれている彼には非常に申し訳なく思う。
トゥーベリアスを前に出すことで、いくらか彼女たちの興味をそらすことが出来たから、もう少し積極的に動いて女性たちの気を惹いてほしいのだが、自分を疎んでいる彼は最低限のことしかしない。
シェニカに女性たちの出現による悪影響が起きていないかと心配になるが、フードを目深に被っているから直接表情を窺うことは出来ない。でも、彼女からは暗い空気は出ていない。
「次の街には少し早い時間に到着する見込みなので、一緒に買い物をしませんか?」
「うん、いいよ。何を見る?」
「お茶会の時に着るシェニカの服を買いませんか?」
「この旅装束じゃだめなの?」
「お茶会は何日か続くと思うので、服も複数あったほうがいいと思うんです。その旅装束でも十分ですが、王族の方々がいらっしゃる場なので、折角だったら…と思ったのですが。どうでしょうか」
「うーん、そっか…。じゃあ見てみようかな」
普段通りの様子に安心しながらシェニカに手綱を渡すと、何かに刺激されたのか、馬は少し興奮したように鼻息を荒くし頭を振った。馬の顔の横に来たシェニカが頬を撫でたり、首をさすったりして安心させていると。
「フード被ってるけど、あれってイモ娘じゃない?!」
「あのオッサンもいるわ!ローブもブーツも一緒だから、あれがイモ娘で間違いないわ!」
「なんでディスコーニ様と一緒に移動してるのよ!」
「大丈夫。全然気にしてないよ」
女性たちを咎めようと一歩踏み出そうとすると、シェニカは自分の腕を掴んで力強くそう言った。雰囲気と引き止める手の強さから、彼女が本当にそう思っているのだと伝わってきたのだが。心無い言葉に傷付いた顔を思い出し、本当に放っておいて良いのかと逡巡していると、馬が落ち着いたのを確認した彼女はそのまま器用に跨った。
「耳を貸さなくていいって、私は私のままで良いって思えるようになったんだ。だから本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
馬上を見上げれば、彼女は爽やかな顔で見下ろしていた。その表情と声の明るさから、本当に吹っ切れていると分かるが、短期間でこんなに心境が変化するのかと俄に信じられない。彼女がそう言うのなら、と思って笑顔で返事を返すと、自分も馬に乗りながら、何がきっかけなのかと思い返してみた。
思い当たるのは、酒場から帰る際に一部の女性に絡まれた際の『青い悪魔』の話くらいだろうか。確か『青い悪魔』と女性たちが口論となったが、その最中に彼なりのシェニカへの励ましがあった、と報告書に書いてあったから、それが彼女の心に響いたのだろうか。
口論となった女性たちは、『青い悪魔』との口論後に追いかけることはしなかったらしいが、今日も居るようだから懲りていないらしい。シェニカが額飾りを晒せば、あのような悪口はほとんど治まるし、追いかけてくる女性たちは一気に減るだろう。でもそれをすれば、治療を求めて声を上げる人が出てくる上に、その声が大きくなりすぎれば抑えがきかなくなってしまう。シェニカに治療をお願いしないと陛下が決めている以上、身分を明かしてもらうことは出来ない。
額飾りを隠したままの彼女は傍から見れば一般人だから、危害を加えようとしない限りは彼女たちを取り締まれないし、『青い悪魔』がやったように軍人が口論で返せば、軍への求心力の低下や不満が募り、余計な火種を作ってしまう。
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