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第20章 渦紋を描く
16.気の弱い裏切り者(1)
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■■■前書き■■■
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今回は前半が神官長のユオシ、後半がローズ様の孫で護衛神官のシャオム視点のお話です。
※ユオシは、シェニカが修行していた頃のダーファスの神官長です。
■■■■■■■■■
「陽が出ている間に『迷いの森』を通過できたのは良かったが。あの森の中は気味が悪かったな」
「ビステンとしては木を伐採してしまいたいそうですが、根城をなくしたヘビガラスが別の場所に住みつかれても困る、飛び去ったヘビガラスがあちこちに災厄をもたらす、という苦情が寄せられるそうで、長い間そのままになっているそうです」
「なら、ヘビガラスだけ駆除すればいいだろうに」
「『迷いの森』周辺の街では、ヘビガラスを番人として畏怖し崇拝する土着信仰があるそうで、追い払うことも殺すことも避けられているそうです。その昔、軍がヘビガラスの掃討をしようとしたそうですが、周辺住民が集結し、無表情でブツブツ呪いの言葉を言っている異様な様子を見て、あまりの不気味さに断念したそうです」
「そんなことがあったのですね」
ーーなんとか理由をつけて、自分だけも帰国できないものだろうか。
メインディッシュの肉を切り分けながら、王太子殿下と筆頭将軍バイゼル様の会話に相槌をうち、同じテーブルに座る他の人たちを見たが、連日の無理なスケジュールのせいで疲れは見えるが、調子の悪そうな者は誰もいないことに静かに肩を落とした。
王太子殿下はビールを一気に飲み干すと、深いため息を吐いた。
「はぁ…。それにしても。やっと、ここまで来たな」
「そうですね」
「出発直前になって馬車に不具合が見つかるし、出発後も大雨や強風に見舞われ、挙げ句の果てに宿から馬が逃げるなどトラブル続きだ。予定をかなり遅れているが間に合いそうか?」
「ウィニストラに手紙を送ったところ、シェニカ様に観光の時間を作るなどしてくれているそうですが、このペースでは我々が到着する頃には尋問が開始しているかもしれません」
「それは困ったな…。近道はないのか?」
そうですね、と言って懐から地図を取り出したバイゼル様は、何かに気付いたように地図をなぞり始めた。
「フシュカードを通る予定でしたが、ロスカエナのフシュカード側の山に旧道があるようです。そこを通れば近道になりそうですが、あまり整備されていない可能性もあります」
「ではその道を行こう。ロスカエナは蜂起で混乱しているから、挨拶する必要もないしな。挨拶をしないだけでもかなりの時間短縮になる」
「分かりました」
殿下はバイゼル様が頷いたのを確認すると、視線をこちらに向けた。
「ユオシ。フェアニーブでの茶会では、各国個別で時間を取ってくれるが、与えられた時間は挨拶くらいしか出来ないほど短いらしい。話が続けば時間が来ても止めることはないとのことだが、カケラの交換はシェニカ様が求めた時のみという条件もついている。
お前はシェニカ様と直接の関わりがあった数少ない人物だ。我々と縁が結べるよう、しっかり仲を取り持て」
「はい…」
「その後なにかシェニカ様についての情報は入っていないのか?」
「申し訳ありません。何も…」
「お前は面識があるんだから、シェニカ様の幼少期や修行中の話など、何か参考になりそうな情報の1つくらい知っているだろう?」
「申し訳ございません。私はシェニカ様と生まれた国は同じでも、育った街は違いますので幼少期から知っているわけではございません。シェニカ様が神殿で修行を積んでいらっしゃる間、私との接触の機会は非常に少なかったため、真面目で礼儀正しく、ローズ様に従順であったことしか存じ上げません」
「ローズ様の力が強いのは分かるが、神官長であるのならシェニカ様の両親との関わりを見聞きしたり、友人らとの関わりに何か気付くことがあっただろう? 街の住民らから話を聞いたりしなかったのか?」
「シェニカ様に関することは、ローズ様が直接取り仕切っていらっしゃったので、学校から渡された記録などは閲覧出来ず、ご両親とは挨拶を交わす程度の付き合いでした。ご友人をはじめ、地元住民から話を聞き出そうとしましたが、田舎特有の結びつきの強さで警戒されてしまい、聞き出すことは出来ませんでした」
「ふむ…。シェニカ様がお前を見て、思い出話でも始めてくれると良いんだが」
「シェニカ様は旅立ってから一度も帰省していないそうなので、故郷で関わりのあったユオシ殿がいれば、懐かしさから話をして下さるでしょう。ユオシ殿、ここ最近ずっと顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です…」
「この後、部屋で酒を飲むがバイゼルもどうだ?」
「はい、お供致します」
「では私は部屋に戻ります」
「明日も早朝出発ですので、しっかり休んで下さい」
レストランを出ると、殿下の部屋に入るバイゼル様達に頭を下げ、自分の部屋に入った。スイートルームにふさわしい豪華なソファに座ると、自分はどう動けば良いのかと今日も必死に考え始めた。
セゼルのダスカス殿から世界中の神殿に向けて、『今後の付き合い方はこれまで以上によく吟味させてもらう』というローズ様からのお言葉が伝えられた。その内容は非常に簡潔で、どうとでも取れるようななものだったから、各地の神官長らが説明を求めると。ローズ様はシェニカ様に関する報告書を全てお読みになった、という返事が来た。
ローズ様にとってシェニカ様は目に入れても痛くないような存在だったから、行く先々で監視しているだけでもまずいと思う。しかしそれ以上に大事なのは、私が血判状での誓約を破ったことをローズ様が知ったのか、ということだ。
ダスカス殿に、ローズ様は保存可能であると書いた私の報告書も読んだのか、ローズ様はどのようなご様子だったのか、ローズ様の現在の様子などを問う手紙を送ったが、今日に至るまで返事は届いていない。今までダスカス殿との手紙のやり取りは非常にスムーズだったから、『返事を出さないことが返事』なのだとしたら。ローズ様は私の裏切りも知った、ということだろうか。
もしそうだったら…。もしそれをシェニカ様まで知っていたら…。考えただけで恐ろしくてたまらない。現在のダーファスの神官長にも手紙を送りたいが、その手紙がローズ様の知るところになるかもしれないと思うと、恐ろしくて送ることが出来ない。
仮にローズ様が自分の裏切りを知らなくても、いつか気付かれるかもしれない。そうなったら、血判状の約束に従い自分は殺されてしまうかもしれない。ローズ様だけではなく、血判状に名を連ねたジェネルド様の動向にも気をつけなければ。
今回の一件は『白い渡り鳥』様に関係する大罪である上に、自分はシェニカ様と直接の知り合いということから、同行せよと国王陛下から直々に指示を受けたが、フェアニーブになんか行っている場合じゃない。生命を狙われる危険がある以上、神官長を辞して身を隠さなければ。どうすれば帰国できるだろうか。どうすればこの危機をやり過ごすことができるだろうか。
「ユオシ様、お客様がいらっしゃっております」
焦燥と苛立ちを感じながら頭を抱えていると、遠慮がちな護衛神官の声がした直後、入室を許可してないのに扉が開かれた。上の者に対して何と無礼なことをすると、苛立つ気持ちをぶつけるように、開かれた扉に向かって文句を言おうとしたのだが。
「ロ、ローズ様…」
「ユオシ殿、久しぶりですね」
自分の反応を見た護衛神官は、ホッとしたような顔をして廊下に出ていった。彼には護衛として同席して欲しかったが、自分が命令を出す前に、護衛神官が扉を閉めてしまい、室内には自分とローズ様、シャオムの3人だけになった。
ローズ様は自分よりも格が上。その護衛であるシャオムが入室を許さなかったということは、ローズ様がそれを望んでいるとして素直に従うべき、と自分の護衛神官が判断したのは分かるが。扉の横で控えるシャオムは、自分と面識はあってもローズ様の味方。孤立無援の状況で、今一番会いたくない方と部屋に閉じ込められるのは、本当に勘弁して欲しい。どういう顔をすればいいのか、いま私は平静を装った顔になっているだろうか。
「お久しぶりですね。こんな時間に訪ねてすみませんね」
「いえいえ!まさかこのようなところでローズ様にお会いできるなんて、思ってもいませんでした。お元気そうでなりよりです。どうぞ、お掛けください」
「私はもう歳が歳ですからね。あまり元気ではありませんよ」
声が震えないように全身に力を入れ、言葉を必死に絞り出すと、ローズ様は穏やかな様子でソファに座った。目を見て話さなければならないとは思うが、後ろめたさから視線を逸らしたくてたまらない。しかし、そんなことをすればローズ様に何か気付かれてしまうかもしれない。一生懸命自分を励ましながら、ローズ様に顔を向けた。
「ローズ様がどうしてこのようなところに?」
「たまには気晴らしに旅行をしようかと思ったんですよ。ここに滞在していたら、偶然この宿に入っていく貴方を見かけましてね。貴方がネドアニアで首都の神官長になったと聞いたので、一言お祝いの言葉をかけたいと思ったのですよ」
「ありがとうございます…」
ローズ様は非常に穏やかな雰囲気だから、祝いの言葉をもらうだけなら、短時間で済みそうだと安心した。この様子だと、ローズ様は自分が秘密を漏らしたことをご存知ないのではなかろうか。ダスカス殿は、気を利かせて、あの報告書だけ抜き取ってくれていたのだろうか。そうだ。その可能性だってある。そう考えると、少しだけ肩から力が抜けた。
「ネドアニアが位置する場所は、頻繁に国が変わっていますね。随分昔、当時はカナウィという国だった頃に訪れたのが最後ですが、山崩れが多かったと記憶しています。今はどんな場所ですか?」
「山崩れは相変わらず多いのですが、最近エメラルドの鉱脈が発見されたので、他国から商人が訪れるようになって、とても活気のある国となっています」
「そうですか。私も若ければ行ってみたかったですね。そうだ。首都の神官長となった貴方に、祝福を与えようと思うのですけど、今いいかしら?」
「ありがとうございます」
神官長や巫女が与える祝福と同じことをするようだ。断るのも無礼かと素直に頷き、立ち上がったローズ様の前で両膝をつき、胸の前で手を組んで頭を下げた。
「裏切り者よ。その罪は生命を持って償え」
祝福の言葉とはかけ離れた言葉に驚き、弾かれたように頭を上げると。目に入ってきたのは、先程までの穏やかな表情が嘘だったかのような、見たこともないほど冷徹な無表情だった。
「お前のネドアニアへの異動は、シェニカの情報を流した見返りだろう?」
「ロ、ローズ様? 一体どうしたのですか…」
「お前が世界中の神官長達に向けてシェニカの『聖なる一滴』が保存可能なことを報告書で書いた、というのはもう知っている。シラを切るなら、お前に強制催眠をかけてやろうか?」
「そ、それは…」
「シェニカの試験が終わって以降、あの子の記録を盗み見るために私の部屋に忍び込んでいたこともあったな。見つけられず、今度は街の者たちに話を聞きに行ったようだが、あそこは田舎特有の結束が強い場所。神官長とはいえ、住民は嗅ぎまわるお前を不審に思い、大した情報を得られなかったのだろう?」
「ローズ様、何をおっしゃって…」
細心の注意を払って、ローズ様の執務室や私室に忍び込んだのに。どうして知っているのだろう。どうして知っても、何も言わなかったのだろうか。
「試験であのような結果になった以上、世界中の神殿がシェニカの情報を欲しがるのは分かりきったこと。特に、あの場に居合わせた神官長達が黙っているはずもない。だが、私やジェネルド殿に強く出れる者はいない上に、協力の対価も提示出来ん。となれば、お前を仲間に引き込むしかない。
裏切るならお前だろうと、最初から想定しておったわ」
「う、裏切るだなんて」
「お前は私にシェニカのことを聞くことが出来ないくらい小心者と思っていたから、血判状があれば裏切らないだろうと思っていましたが。まさか早々に裏切っていようとはね。
裏切っても、何食わぬ顔をして堂々と私の前に居続けることができるくらい、胆力のある男だと思っていなかったよ。だが血判状を破ったお前には、しっかり報いを与えなければならん。秘密を漏らした時から、当然その覚悟は出来ていたのだろう?」
「ひぃぃぃ!」
「ユオシ様?!」
ローズ様の冷徹な顔、鬼気迫る空気に耐えられなくなり、困惑顔のシャオムの前を通り過ぎ、慌てて廊下に出た。もつれそうになる足を必死に動かし、1階までの階段を駆け降りる途中、バイゼル様の副官ラージュ様とすれ違った。彼に状況を伝えなければと頭では分かっているが、階段を駆け降りる足を止めることはできず、そのまま宿の裏にある馬屋に向かうと、ネドアニアの国旗が印された馬車の中に飛び込んだ。
「ユオシ様?! 一体どう」
「今すぐ帰国する!すぐに出せ!」
「わ、わかりました…」
馬車から馬を離そうとしていた御者がドアをけたたましく叩いたが、ドアは開けずにそう命令した。
「ロ、ローズ様には呪いは使えない。ただの虚仮威しだ。気にすることはない。気にすることはない。落ち着け、落ち着くんだ。ローズ様は武器も黒魔法も扱えない。大丈夫だ、大丈夫」
馬車の中でガタガタと震える身体を抱きしめながら、呪文のように同じ言葉を繰り返していると、今度はラージュ様が馬車のドアを叩いた。
「ユオシ様、一体どうなさったのですか?」
「急用が出来た!今すぐに帰国する!」
「夜の移動は非常に危険ですし、バイゼル様と殿下が」
「後回しで良い!今すぐここを出なければならないんだ!」
ラージュ様は側に控えている部下に状況を説明したようで、バイゼル様への伝言を預けると、準備を終えた御者に出発を命じ、ラージュ様と数人の兵士達に護衛されて街を出た。
ーーーーーーーー
ローズ様は宿に戻ると、さっきの騒動などなかったかのように、ソファで本を読みながら茶を飲んだ。
「ユオシ様を追わなくて良かったのですか?」
「後はジェネルド殿に頼んでいますから、私が追う必要はありません」
「こうなることは予見していたのですか?」
「あれは小心者ですからね。脅せばあんな風になるとは思っていましたよ。ネドアニアに到着する前に、ジェネルド殿と顔を合わせるでしょうよ」
「では祝福の時の、あの粉みたいな物は…?」
「あぁ、あれは幻惑蝶の鱗粉です。後ろめたいことがあれば、見たくないものが見えてしまうかもしれませんが、中毒性もありませんし、放ってほいてもそのうち正気に戻りますから、身体に大した影響もありません」
「そうですか…」
ーーそれにしても、ユオシ様がローズ様を裏切るなんて。
それも、話の流れからローズ様だけでなく、ジェネルド様も含めた血判状を作っていたらしい。目上の方々を裏切るなんて、そんな大それたことをするような人物には思えなかったが…。
でも、あの錯乱具合から言って、ユオシ様がローズ様とジェネルド様を裏切ったのは間違いないのだろう。
ローズ様がユオシ様を許す様子はないし、血判状の誓いを破った者には死しかないが、穏便な形で解決することを祈るしかない。
■■■後書き■■■
お正月に能登半島地震が発生しましたが、皆様やお知り合いの方などご無事でしょうか。
被害に遭われた方々に、1日でも早く安心できる日が来ますように
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「ビステンとしては木を伐採してしまいたいそうですが、根城をなくしたヘビガラスが別の場所に住みつかれても困る、飛び去ったヘビガラスがあちこちに災厄をもたらす、という苦情が寄せられるそうで、長い間そのままになっているそうです」
「なら、ヘビガラスだけ駆除すればいいだろうに」
「『迷いの森』周辺の街では、ヘビガラスを番人として畏怖し崇拝する土着信仰があるそうで、追い払うことも殺すことも避けられているそうです。その昔、軍がヘビガラスの掃討をしようとしたそうですが、周辺住民が集結し、無表情でブツブツ呪いの言葉を言っている異様な様子を見て、あまりの不気味さに断念したそうです」
「そんなことがあったのですね」
ーーなんとか理由をつけて、自分だけも帰国できないものだろうか。
メインディッシュの肉を切り分けながら、王太子殿下と筆頭将軍バイゼル様の会話に相槌をうち、同じテーブルに座る他の人たちを見たが、連日の無理なスケジュールのせいで疲れは見えるが、調子の悪そうな者は誰もいないことに静かに肩を落とした。
王太子殿下はビールを一気に飲み干すと、深いため息を吐いた。
「はぁ…。それにしても。やっと、ここまで来たな」
「そうですね」
「出発直前になって馬車に不具合が見つかるし、出発後も大雨や強風に見舞われ、挙げ句の果てに宿から馬が逃げるなどトラブル続きだ。予定をかなり遅れているが間に合いそうか?」
「ウィニストラに手紙を送ったところ、シェニカ様に観光の時間を作るなどしてくれているそうですが、このペースでは我々が到着する頃には尋問が開始しているかもしれません」
「それは困ったな…。近道はないのか?」
そうですね、と言って懐から地図を取り出したバイゼル様は、何かに気付いたように地図をなぞり始めた。
「フシュカードを通る予定でしたが、ロスカエナのフシュカード側の山に旧道があるようです。そこを通れば近道になりそうですが、あまり整備されていない可能性もあります」
「ではその道を行こう。ロスカエナは蜂起で混乱しているから、挨拶する必要もないしな。挨拶をしないだけでもかなりの時間短縮になる」
「分かりました」
殿下はバイゼル様が頷いたのを確認すると、視線をこちらに向けた。
「ユオシ。フェアニーブでの茶会では、各国個別で時間を取ってくれるが、与えられた時間は挨拶くらいしか出来ないほど短いらしい。話が続けば時間が来ても止めることはないとのことだが、カケラの交換はシェニカ様が求めた時のみという条件もついている。
お前はシェニカ様と直接の関わりがあった数少ない人物だ。我々と縁が結べるよう、しっかり仲を取り持て」
「はい…」
「その後なにかシェニカ様についての情報は入っていないのか?」
「申し訳ありません。何も…」
「お前は面識があるんだから、シェニカ様の幼少期や修行中の話など、何か参考になりそうな情報の1つくらい知っているだろう?」
「申し訳ございません。私はシェニカ様と生まれた国は同じでも、育った街は違いますので幼少期から知っているわけではございません。シェニカ様が神殿で修行を積んでいらっしゃる間、私との接触の機会は非常に少なかったため、真面目で礼儀正しく、ローズ様に従順であったことしか存じ上げません」
「ローズ様の力が強いのは分かるが、神官長であるのならシェニカ様の両親との関わりを見聞きしたり、友人らとの関わりに何か気付くことがあっただろう? 街の住民らから話を聞いたりしなかったのか?」
「シェニカ様に関することは、ローズ様が直接取り仕切っていらっしゃったので、学校から渡された記録などは閲覧出来ず、ご両親とは挨拶を交わす程度の付き合いでした。ご友人をはじめ、地元住民から話を聞き出そうとしましたが、田舎特有の結びつきの強さで警戒されてしまい、聞き出すことは出来ませんでした」
「ふむ…。シェニカ様がお前を見て、思い出話でも始めてくれると良いんだが」
「シェニカ様は旅立ってから一度も帰省していないそうなので、故郷で関わりのあったユオシ殿がいれば、懐かしさから話をして下さるでしょう。ユオシ殿、ここ最近ずっと顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です…」
「この後、部屋で酒を飲むがバイゼルもどうだ?」
「はい、お供致します」
「では私は部屋に戻ります」
「明日も早朝出発ですので、しっかり休んで下さい」
レストランを出ると、殿下の部屋に入るバイゼル様達に頭を下げ、自分の部屋に入った。スイートルームにふさわしい豪華なソファに座ると、自分はどう動けば良いのかと今日も必死に考え始めた。
セゼルのダスカス殿から世界中の神殿に向けて、『今後の付き合い方はこれまで以上によく吟味させてもらう』というローズ様からのお言葉が伝えられた。その内容は非常に簡潔で、どうとでも取れるようななものだったから、各地の神官長らが説明を求めると。ローズ様はシェニカ様に関する報告書を全てお読みになった、という返事が来た。
ローズ様にとってシェニカ様は目に入れても痛くないような存在だったから、行く先々で監視しているだけでもまずいと思う。しかしそれ以上に大事なのは、私が血判状での誓約を破ったことをローズ様が知ったのか、ということだ。
ダスカス殿に、ローズ様は保存可能であると書いた私の報告書も読んだのか、ローズ様はどのようなご様子だったのか、ローズ様の現在の様子などを問う手紙を送ったが、今日に至るまで返事は届いていない。今までダスカス殿との手紙のやり取りは非常にスムーズだったから、『返事を出さないことが返事』なのだとしたら。ローズ様は私の裏切りも知った、ということだろうか。
もしそうだったら…。もしそれをシェニカ様まで知っていたら…。考えただけで恐ろしくてたまらない。現在のダーファスの神官長にも手紙を送りたいが、その手紙がローズ様の知るところになるかもしれないと思うと、恐ろしくて送ることが出来ない。
仮にローズ様が自分の裏切りを知らなくても、いつか気付かれるかもしれない。そうなったら、血判状の約束に従い自分は殺されてしまうかもしれない。ローズ様だけではなく、血判状に名を連ねたジェネルド様の動向にも気をつけなければ。
今回の一件は『白い渡り鳥』様に関係する大罪である上に、自分はシェニカ様と直接の知り合いということから、同行せよと国王陛下から直々に指示を受けたが、フェアニーブになんか行っている場合じゃない。生命を狙われる危険がある以上、神官長を辞して身を隠さなければ。どうすれば帰国できるだろうか。どうすればこの危機をやり過ごすことができるだろうか。
「ユオシ様、お客様がいらっしゃっております」
焦燥と苛立ちを感じながら頭を抱えていると、遠慮がちな護衛神官の声がした直後、入室を許可してないのに扉が開かれた。上の者に対して何と無礼なことをすると、苛立つ気持ちをぶつけるように、開かれた扉に向かって文句を言おうとしたのだが。
「ロ、ローズ様…」
「ユオシ殿、久しぶりですね」
自分の反応を見た護衛神官は、ホッとしたような顔をして廊下に出ていった。彼には護衛として同席して欲しかったが、自分が命令を出す前に、護衛神官が扉を閉めてしまい、室内には自分とローズ様、シャオムの3人だけになった。
ローズ様は自分よりも格が上。その護衛であるシャオムが入室を許さなかったということは、ローズ様がそれを望んでいるとして素直に従うべき、と自分の護衛神官が判断したのは分かるが。扉の横で控えるシャオムは、自分と面識はあってもローズ様の味方。孤立無援の状況で、今一番会いたくない方と部屋に閉じ込められるのは、本当に勘弁して欲しい。どういう顔をすればいいのか、いま私は平静を装った顔になっているだろうか。
「お久しぶりですね。こんな時間に訪ねてすみませんね」
「いえいえ!まさかこのようなところでローズ様にお会いできるなんて、思ってもいませんでした。お元気そうでなりよりです。どうぞ、お掛けください」
「私はもう歳が歳ですからね。あまり元気ではありませんよ」
声が震えないように全身に力を入れ、言葉を必死に絞り出すと、ローズ様は穏やかな様子でソファに座った。目を見て話さなければならないとは思うが、後ろめたさから視線を逸らしたくてたまらない。しかし、そんなことをすればローズ様に何か気付かれてしまうかもしれない。一生懸命自分を励ましながら、ローズ様に顔を向けた。
「ローズ様がどうしてこのようなところに?」
「たまには気晴らしに旅行をしようかと思ったんですよ。ここに滞在していたら、偶然この宿に入っていく貴方を見かけましてね。貴方がネドアニアで首都の神官長になったと聞いたので、一言お祝いの言葉をかけたいと思ったのですよ」
「ありがとうございます…」
ローズ様は非常に穏やかな雰囲気だから、祝いの言葉をもらうだけなら、短時間で済みそうだと安心した。この様子だと、ローズ様は自分が秘密を漏らしたことをご存知ないのではなかろうか。ダスカス殿は、気を利かせて、あの報告書だけ抜き取ってくれていたのだろうか。そうだ。その可能性だってある。そう考えると、少しだけ肩から力が抜けた。
「ネドアニアが位置する場所は、頻繁に国が変わっていますね。随分昔、当時はカナウィという国だった頃に訪れたのが最後ですが、山崩れが多かったと記憶しています。今はどんな場所ですか?」
「山崩れは相変わらず多いのですが、最近エメラルドの鉱脈が発見されたので、他国から商人が訪れるようになって、とても活気のある国となっています」
「そうですか。私も若ければ行ってみたかったですね。そうだ。首都の神官長となった貴方に、祝福を与えようと思うのですけど、今いいかしら?」
「ありがとうございます」
神官長や巫女が与える祝福と同じことをするようだ。断るのも無礼かと素直に頷き、立ち上がったローズ様の前で両膝をつき、胸の前で手を組んで頭を下げた。
「裏切り者よ。その罪は生命を持って償え」
祝福の言葉とはかけ離れた言葉に驚き、弾かれたように頭を上げると。目に入ってきたのは、先程までの穏やかな表情が嘘だったかのような、見たこともないほど冷徹な無表情だった。
「お前のネドアニアへの異動は、シェニカの情報を流した見返りだろう?」
「ロ、ローズ様? 一体どうしたのですか…」
「お前が世界中の神官長達に向けてシェニカの『聖なる一滴』が保存可能なことを報告書で書いた、というのはもう知っている。シラを切るなら、お前に強制催眠をかけてやろうか?」
「そ、それは…」
「シェニカの試験が終わって以降、あの子の記録を盗み見るために私の部屋に忍び込んでいたこともあったな。見つけられず、今度は街の者たちに話を聞きに行ったようだが、あそこは田舎特有の結束が強い場所。神官長とはいえ、住民は嗅ぎまわるお前を不審に思い、大した情報を得られなかったのだろう?」
「ローズ様、何をおっしゃって…」
細心の注意を払って、ローズ様の執務室や私室に忍び込んだのに。どうして知っているのだろう。どうして知っても、何も言わなかったのだろうか。
「試験であのような結果になった以上、世界中の神殿がシェニカの情報を欲しがるのは分かりきったこと。特に、あの場に居合わせた神官長達が黙っているはずもない。だが、私やジェネルド殿に強く出れる者はいない上に、協力の対価も提示出来ん。となれば、お前を仲間に引き込むしかない。
裏切るならお前だろうと、最初から想定しておったわ」
「う、裏切るだなんて」
「お前は私にシェニカのことを聞くことが出来ないくらい小心者と思っていたから、血判状があれば裏切らないだろうと思っていましたが。まさか早々に裏切っていようとはね。
裏切っても、何食わぬ顔をして堂々と私の前に居続けることができるくらい、胆力のある男だと思っていなかったよ。だが血判状を破ったお前には、しっかり報いを与えなければならん。秘密を漏らした時から、当然その覚悟は出来ていたのだろう?」
「ひぃぃぃ!」
「ユオシ様?!」
ローズ様の冷徹な顔、鬼気迫る空気に耐えられなくなり、困惑顔のシャオムの前を通り過ぎ、慌てて廊下に出た。もつれそうになる足を必死に動かし、1階までの階段を駆け降りる途中、バイゼル様の副官ラージュ様とすれ違った。彼に状況を伝えなければと頭では分かっているが、階段を駆け降りる足を止めることはできず、そのまま宿の裏にある馬屋に向かうと、ネドアニアの国旗が印された馬車の中に飛び込んだ。
「ユオシ様?! 一体どう」
「今すぐ帰国する!すぐに出せ!」
「わ、わかりました…」
馬車から馬を離そうとしていた御者がドアをけたたましく叩いたが、ドアは開けずにそう命令した。
「ロ、ローズ様には呪いは使えない。ただの虚仮威しだ。気にすることはない。気にすることはない。落ち着け、落ち着くんだ。ローズ様は武器も黒魔法も扱えない。大丈夫だ、大丈夫」
馬車の中でガタガタと震える身体を抱きしめながら、呪文のように同じ言葉を繰り返していると、今度はラージュ様が馬車のドアを叩いた。
「ユオシ様、一体どうなさったのですか?」
「急用が出来た!今すぐに帰国する!」
「夜の移動は非常に危険ですし、バイゼル様と殿下が」
「後回しで良い!今すぐここを出なければならないんだ!」
ラージュ様は側に控えている部下に状況を説明したようで、バイゼル様への伝言を預けると、準備を終えた御者に出発を命じ、ラージュ様と数人の兵士達に護衛されて街を出た。
ーーーーーーーー
ローズ様は宿に戻ると、さっきの騒動などなかったかのように、ソファで本を読みながら茶を飲んだ。
「ユオシ様を追わなくて良かったのですか?」
「後はジェネルド殿に頼んでいますから、私が追う必要はありません」
「こうなることは予見していたのですか?」
「あれは小心者ですからね。脅せばあんな風になるとは思っていましたよ。ネドアニアに到着する前に、ジェネルド殿と顔を合わせるでしょうよ」
「では祝福の時の、あの粉みたいな物は…?」
「あぁ、あれは幻惑蝶の鱗粉です。後ろめたいことがあれば、見たくないものが見えてしまうかもしれませんが、中毒性もありませんし、放ってほいてもそのうち正気に戻りますから、身体に大した影響もありません」
「そうですか…」
ーーそれにしても、ユオシ様がローズ様を裏切るなんて。
それも、話の流れからローズ様だけでなく、ジェネルド様も含めた血判状を作っていたらしい。目上の方々を裏切るなんて、そんな大それたことをするような人物には思えなかったが…。
でも、あの錯乱具合から言って、ユオシ様がローズ様とジェネルド様を裏切ったのは間違いないのだろう。
ローズ様がユオシ様を許す様子はないし、血判状の誓いを破った者には死しかないが、穏便な形で解決することを祈るしかない。
■■■後書き■■■
お正月に能登半島地震が発生しましたが、皆様やお知り合いの方などご無事でしょうか。
被害に遭われた方々に、1日でも早く安心できる日が来ますように
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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