天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第16章 日の差さぬ場所で

10.聞こえてきた会話

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あの時のことを思い出すと、手は震え出すし言葉が詰まってしまう。
それを耐えながらゆっくり話す私に、目の前に座ったディズは温かい手で私の両手を包んで勇気を分けてくれたし、私の肩に乗っていたユーリくんは耳元でスリスリと頰を寄せてくれていたから、なんとか最後まで話し終えることが出来た。
今も手が少し震えているし涙が溢れ出しそうになっているけど、思ったほど動揺しなくて済んだのは、間違いなくディズとユーリくんのおかげだと思う。
 
 
「話してくれてありがとうございました。震えてますね、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」
 
 
「ううん。今まで誰にも言えなかったけど、話したらちょっと気持ちが楽になったや」
 
私の『聖なる一滴』で苦しむ男性、神官長達の狂喜に満ちた顔が脳裏から離れなくて、ざわつく気持ちを落ち着けるために少し歩こうと思って立ちあがった。

すると、音もなく立ちあがった彼の手が伸びたと思ったら、あっという間に胸に押し付けられるように抱き締められていた。
ディズのその行動に驚いたのか、私の肩に居たユーリくんは冷たい地面へと飛び降りたけど、鳴き声やぶつかる音もしなかったから、怪我すること無く着地したらしい。
 
 

「安心させたくてこうさせてもらいましたが、嫌だったら言って下さい」
 
ディズの行動に驚いたけど、これを思い出した時の震えは、誰かに抱きしめてもらって安心するのが一番だ。頼ってばかりで彼には申し訳ないけど、今回ばかりは遠慮なく甘えさせてもらいたかった。



「ううん。ありがとう……」

私は彼の背中に震え続ける腕を回し、堪えていた涙を流し始めた。ディズは私が泣き始めたのが分かったのか、私を抱き締める腕にギュッと力を入れた。
 


「大丈夫です。私がそばにいます」

「うん…。うん…」

ディズは優しく背中をさすり続けてくれたので、しばらくすると気持ちが落ち着いて、震えと涙が止まった。
もう大丈夫と、彼の背中に回していた腕を外して身体を離すと、ディズの心配そうな青い目と視線が合った。

例え良い人であっても彼は将軍だし、警戒しないといけない人なのに、不思議と気持ちが緩んで口も軽くなってしまう。
甘えたくなる気持ちにストップをかけようとするのに、それを溶かすように居心地よく甘えさせてくれるから、彼とどんどん距離が近付いてしまう。


でも、ここまでずっと一緒に過ごしてきて、「今まで接触を避けてきた将軍であっても、彼ならば信頼出来る」と素直に思える。ディズとなら、これから先も友達でいたい。




「トラウマになっているんですね」
 
「うん…。試験の日以来、あの神官長達の嬉しそうな目を思い出したり、毒に酷く苦しむ人を見たりすると胸が苦しくなるの。
でもあの時のことがあったから、治療する時は患者を早く治してあげないとって思える様になったし、戦場跡を見回る仕事も助けるためなんだと割り切れるようになったんだ。でも、あの毒薬に向き合うとなると、まだ克服出来ていないんだ」
 
 
「確かに『聖なる一滴』は『白い渡り鳥』様の身を守る手段の1つとして有効です。でも、出来るだけ使わなくて済むようにしたいものですね。今日もたくさん歩きましたから疲れたでしょう?そろそろ寝ましょうか」


「うん。そうしよっか」

私が鞄から毛布を出すと、胡座をかいて座るディズに渡した。すると彼は慣れた手付きで毛布を身に纏って、微笑みながら私が座るのを待っている。まだ少し恥ずかしさがあるけど、彼と抱き締めあって眠るのも慣れてきた。



「じゃあ、お邪魔します」

私がディズと抱き締め合うように足の上に乗ると、毛布がふわっと優しく閉じられた。毛布の中の空気は冷たいけど、すぐに2人の体温で温かくなってくる。

人のぬくもりがこんなにすぐに空気を伝わって、あったかくて安心出来るものだなんて。ルクトと野宿でこんな風に眠る時も、愛し合った時もそう感じていたはずなのに、彼のぬくもりが思い出せない。それどころか、一緒に旅をしていた時の彼の顔も、どこか遠く離れたようで霞がかって思い出せない。



今ごろ、ルクトはどうしているだろうか。

憎いと言っていたバルジアラ将軍に斬りかかっていないだろうか。
落盤に巻き込まれた私を心配して、助け出そうとしてくれているのだろうか。
それとも。私が死んだと判断して、もうここを出てどこかに行ってしまっただろうか。
彼への気持ちが分からないままだけど、顔を見たら少しは自分の気持ちが分かるだろうか。


居心地の良い大きな安心感に包まれていると、気持ちが穏やかになって眠気が近付いてきた。彼のぬくもりは、身体だけじゃなく出口の見えない想いまで覆ってくれるのだろうか。





その翌日も、休憩を取ったり分岐点で悩んだり、眠って体を休めたりしながらも一歩一歩前に進んで行った。
緩やかな登り坂を登りきったと思ったら、滑り落ちたほうが早く移動できるだろうと思うくらいの急な下り坂が待っていたりと、グニャグニャとした道は本当に外に出られるのだろうかと不安になる。



「外に出たらディズは何がしたい?」

食糧も底が見えてきたのに、出口は見えないまま。そんな不安を払拭するために、前向きになることを考えたかった。



「そうですね……。タレがたっぷりとかかった串焼きが食べたいです」


「いいね~!私も串焼き食べたい!甘味屋さんで、生クリームいっぱいのパフェも食べたい」


「パフェですか。私も食べたいです」


「ディズは誰と行くの?バルジアラ様?ファズ様?」

私がそう言うと、手を繋いで隣を歩くディズはプッと小さく吹き出した。



「バルジアラ様は私が将軍になった今でも、休憩時間に市場に行こうとすると『ついでに俺の分の串焼きも買ってこい』と言うだけで、一緒に買物には行きません。ついでだ、と言っても行きつけの串焼き屋で大量買いしてこいと言うんですから、全然ついでになっていないんです。
反面教師で、私は自分の部下にはそんなことしないで良いようにと心がけているので、私はバルジアラ様の居ない時間に抜け出して1人で行っています」


「ふふっ、バルジアラ様も串焼きが好きなんだ。なんか串焼きを食べる姿がすごく似合ってそうね」


「あの方は身体と比例して口も大きいので、串焼きを数本まとめて一度に食べるんです。鶏肉とか牛肉、豚肉、イカ焼きとか30本から50本を一度に買って来させられても、あっという間に食べてしまいます」


「まとめて一気に食べるなんてすごいね!ねぇねぇ、ディズが串焼きを食べに行く時、私も一緒に行っても良い?」


「良いんですか?」

私がそう言うと、ディズは急に立ち止まって私の顔を見たけど、彼の目は大きく開いて驚いた表情をしていた。そんなに驚くようなことを言っただろうか。



「うん!だって1人じゃ楽しくないじゃない。ディズとは気も合うし信頼できる人って思えるから、地上に戻った後も友達として仲良くしたいもの」


「私もシェニカとこの後も友人で居たいので、そう言ってもらえて嬉しいです。それにシェニカとデートなんて……。夢のようです」


ディズはそう言うと繋いだ手に少し力を入れ、なぜか何もない鍾乳洞の天井を見上げた。彼の顔は見えないけど、何だか溜息とは違う大きな息を吐いた。



「デートかぁ。そう言われるとそうだね。ルクトがなんて言うのかな。怒るかな……」

もし彼が私が戻ってくるのを待っていたら。私がディズと2人で出かけたいと言ったら「ふざけるな!」と怒るだろうか。今度は叩かれたりするのだろうか。
ルクトに乱暴に扱われるのも、怒鳴られるのもゴメンだけど、彼に反対されてもディズと一緒に串焼きやパフェを食べに行ってみたい。

今までは将軍は警戒すべき相手だと思っていたけど、ディズと話して、接してみて彼は信頼出来る人だと思った。だから、そうしたいんだと素直に伝えたら、彼は許してくれるだろうか。



「シェニカを悩ませる彼のことは今考える必要ありません。もし彼が何か言うようならば、私に任せて下さい。だから楽しいことだけ考えましょう。街に行くときはユーリも一緒に良いですか?」


「もちろん!ユーリくんも一緒に行こうね~♪パン屋さんに行って、ユーリくんの好きなパンも買おうよ」


「チチッ!」


「ふふっ!何だかすごく楽しみになってきちゃった」


「絶対に地上に戻りましょうね。いや、戻ります」

リスボタンになっているユーリくんは元気良く返事をすると、ディズは私の胸元にいるユーリくんにキラキラした笑顔を向けた。
彼のそんな満面の笑みを見ると、私まで笑顔になってしまう。ルクトの反応が怖いけど、とりあえず今は彼の言う通り楽しいことだけを考えよう。
地上に戻ったら、串焼きとパフェを食べて、ユーリくんがパンを頬張る姿を見る。そして、ちょっと高めの宿屋に泊まって、ふかふかのベッドで眠ろう。ここは乳白色しかない場所だから、お花屋さんに行って色とりどりのお花を見るのも良いな。

この場所を出た後の楽しみを作ると、急に胸の中がポカポカして希望が湧き上がってきた。不安になったら、楽しいことだけを考えよう。




こまめに休憩を取り、冷えた空気の中に少し湿っぽさを感じる場所を歩いていると、2人並んで歩くのがやっとの狭く急勾配になった場所に差し掛かった。


「ジジッ!」

両脇の壁が迫ってくるような、嫌な圧迫感がある坂道を息を切らせながら登っていると、私のリスボタンになっていたユーリくんが警戒するような鳴き声を上げた。

どうしたのかと立ち止まってユーリくんと隣のディズを見比べると、彼は大きな耳をピンと立てたユーリくんの頭を指で撫でながら静かに目を閉じた。しばらく不安になるような無音の状態になったけど、彼はゆっくりと目を開けて私に首を振った。


「私はまだ感知出来ませんが、ユーリの反応からするとこの先に人の気配があるようです。物音を立てないように、一歩一歩ゆっくり行きましょう」


「うん」


ユーリくんの大きな耳には、どんな音が聞こえているのだろうか。ウィニストラの人達の声だろうか、トラントの人達の声だろうか。それともコウモリとかの動物の音だろうか。何が待ち受けているのだろうかと、とても不安になった。
 

ディズが私の歩調に合わせてくれることに感謝しながら、ゆっくりゆっくり登り坂を歩いていると。



「………………か?」


「…………は……ません」

内容が聞き取れない声量だけど人の声が聞こえた。ディズと同時に立ち止まると、隣にいる彼をはまた目を閉じていた。
彼がこうしている時は気配を読んでいるのだろうか。ユーリくんもピンと大きな耳を立ててお仕事しているのに、私だけ気配がきちんと読み取れないなんて、とても申し訳ないし不安が増して来る。



「微かに人の気配はしますが、この階層に居るわけではないようです。声のする方に静かに近付いてみましょう」



一歩前を歩き出したディズに手を引かれながらついて行くと、登り坂の頂上にある踊り場に辿り着いた。
ここは天井がかなり高い場所で、洞穴の左側は剣山のように伸びた鍾乳石が並び、右側は崖になっているのか途中で壁がなくなっている。
さっきまで聞こえていた声が、今は全然聞こえなくなったことに不安を覚えながら慎重に先に進んでいると。




「アステラ。………の道はどうだったか?」


アステラというトラントの筆頭将軍と同じ名前の言葉が聞こえて、私とディズは顔を見合わせた。
声が聞こえた方にディズと慎重に移動して行くと、壁がないところは崖ではなく、隣の洞穴まで広がる泉のような大きな池が広がっていた。
彼はそのほとりで立ち止まると、自分の唇に指を当てて「静かにして下さい」と伝えてきた。私が頷いたことを確認したディズは、今度はその指で池の上の方を指さした。
彼の指を追って視線を向ければ、空のように高い天井の真ん中辺りから私達のいる場所の近くにかけて、大小様々な穴がいくつも空いていて、そこからは煌々とした光が漏れている。



「底の見えないほどの大穴が空いてしまいましたが、事態が収まった頃に橋をかけたいと思います」

穴から漏れる声が下の空間に響いているのか、この場所に来るとはっきりと聞こえた。もしこの声の主がアステラ将軍なら、筆頭将軍を呼び捨てに出来るトラント国王がいるのだろうか。



「この池の上にアステラがいるようですが、ここまで距離があるので感知する範囲外のようです。静かにしていればバレませんので、少し会話を聞かせて下さい」


「うん」

私を攫おうとしていた人達がこんな近くにいるという恐怖が襲ってきた時、ディズが私の耳元で囁いた。彼は私に安心させるような笑顔を向けて、私の腰に手を回してピッタリとくっつくようにしてくれた。



「一番使っていた場所が使えなくなってしまうとは困ったものだ。まぁ、あそこは昔から人の出入りがあったから、よくひび割れたり穴が空いたりしていたし仕方ないか。他の道は大丈夫そうか?」


「はい、残りの道の天井や床はしっかりしておりました。ご安心下さい」


「大きな落盤が起きると脆くなった場所はすぐに影響を受けてしまう。この場所を最適な状態で保存する方法が分かっているのに、出来る者がいないというのがもどかしい。
それにしても、いい加減陽の光が恋しいな。ここの備蓄はあと何日持つのか?」

 
「あとひと月ほどはいけます。その頃には上の連中も少し落ち着いたものになるでしょう。準備が整いましたら、油断したサザベルとウィニストラの者達は我々が奇襲攻撃をしかけ、綺麗さっぱり掃討いたします」
 

「ウィニストラの奴らが我々の要求を跳ね除けた上に、毒薬の効果を目の当たりにしながら怯まずに攻め込んでくるとは。ディスコーニの接近を優先するのではなく、娘を手に入れるまで待つべきではなかったのか?」


「ウィニストラ軍を無能力化するには、筆頭将軍のバルジアラを標的にするのが最適ですが、奴は首都から離れることはそうありません。そうなると、新任ながらも既に次の筆頭将軍と目されるディスコーニを標的にするのが一番でした。
ディスコーニが『聖なる一滴』を浴び、そして『白い渡り鳥』がウィニストラから遠く離れていれば、毒の特定も出来ませんし、そもそも解毒薬が無いのですから流石のバルジアラも白旗を上げるのは時間の問題だったはずです。
今までの動きから、ディスコーニが我が国に接近するタイミングは娘を攫う機会よりも少なかったので、奴の接近を優先したのは間違いではないはずです。

戦争を仕掛けた段階で娘がこちらにいなくても、協力する『白い渡り鳥』が順次集まる予定でしたし、娘がどこかで治療院を開けばベラルス殿に一報が入ります。そのタイミングで攫いに行っても、ウィニストラへの侵攻には十分間に合ったと思います。
全ての予定が狂ったのは、あの娘が『白い渡り鳥』の介入を証言したことです」


「まったくあの娘は仲間を守る気がないのか。手駒の兵士はほとんど失ってしまったが、計画通りに行けばウィニストラやサザベルの将軍が何人いようが大丈夫であろうな?」
 
 
「はい。一番警戒すべきバルジアラとディネードも来ていますが、筆頭将軍である奴らはひと月も首都を離れることはできません。
次に警戒すべきディスコーニは再起不能ですし、ユドは防衛戦の実績作りのために呼び戻されるはずですから、奴もここには長期間居られないでしょう。そう考えればここに残るのは、それなりの将軍のはずですからすぐに追い払えます」
 

「それにしても、バルジアラやエメルバの相手をしたアンサーク、ディオニスはまだ分かるとしても、娘を攫いに行かせたジェベルが討ち取られるとは。
戻ってきたナデュート、フィダニールの話によれば、ウィニストラの副官共が将軍と引けを取らぬ程だったとか。そんなに奴らの副官共は強いのか?」


「確かに奴らの副官共には、下手な小国の将軍くらいの実力がある者はいます。暗部の報告では、ディスコーニの副官を従軍させているとのことなので、恐らくそいつらが油断していたジェベルを討ち取ったのでしょう」
 

「ふむ。ベラルス、『聖なる一滴』はもう手に入らんのか?あれがなければ話にならんぞ」
 
 
「材料は十分に用意していますが、逃げ出した『白い渡り鳥』が帰って来ないので、どうやらウィニストラに拘束されたようです。
戦場介入が表沙汰になったことで、協力を取り付けていた他の『白い渡り鳥』達は怖気付き、素知らぬ顔をして逃げてしまいました」
 
 
「はぁ…。まったく今まで散々金と愛人を送ったというのに、こうもあっさりと逃げてしまうとは。奴らとは固い結束など結べぬな。やはり高い志と運命を共有してこその盟約だな。
それにしても、あの老体共が地図もないままにここから逃げ出そうとは。引退間近の高齢だったとはいえ、あの4人に麻薬を与えたのは失敗だったのではないか?」
 
 
「そんなことはございません。あの者達は護衛兼愛人は連れていても、高齢が故に麻薬の方にしか興味を持ちませんでした。弱い麻薬では自分で治療が出来るため、より強いものを求めるようになってしまいましたが、引き止めるには他に手立てがなかったのです。
この鍾乳洞の環境に馴染めなかったのか、幻覚に取り憑かれて監視の兵士に強制催眠をかけて逃げ出してしまったのは残念ですが、強い麻薬のおかげで彼らは『聖なる一滴』を嬉々として作りましたし、我々の指示には大人しく従っていました。監禁のやり方に改善の余地はありますが、麻薬の使用そのものについては成功と思います」


「まぁ確かに、もうあの歳では若い女を与えても意味がなかろう。アステラ。愛人達はちゃんと処分したのだろうな?」


「もちろんです」


「まったく全てを狂わせたあの娘は腹立たしくてたまらんな。あの娘には元将軍らを尾行につけて、行動を監視していたのではなかったのか?」


「はい。娘が我が国の首都を出て以降、アビテードの首都に行って治療院を開いた所までは報告が来ていましたが、そこで全員と連絡が途絶えてしまいました。
その後、確認するために追加の暗部を送ったところ、首都を囲む城壁の外で全員が死体で見つかりました」


「全員?元将軍達が?アビテードに発覚したのか?」


「死体を調べたところ、首を噛まれたり、目を抉られたり、腹を鋭利な何かでひと突きにされたりと、種類の違う5体の猛獣に襲われたようです。
アビテードからは何も言って来ていませんし、ネームタグもそのままでしたから、アビテードの暗部や兵士が関わった可能性は低いようです。死体の損傷が激しいので猛獣が何なのかは特定出来ず、その後の娘の情報は掴めませんでした」


「アビテードに猛獣?あんな場所に生息していたか?まぁ、死んでしまったものは仕方ない。ベラルス、『聖なる一滴』は保存出来なかったのか?」


「残念ながら保存出来ませんでしたので、あの4人の作った『聖なる一滴』はただの生臭い液体となってしまいました。
あの娘のせいで計画が滅茶苦茶になったのは腹立たしいことですが、ウィニストラ側とは言え、ここにやって来たのは幸運。運は我々に向いております。
今は娘の守りが厳重でも、時間が経てば必ず隙が出てきます。外にいる将軍方が機を見て娘を攫って来るだけです。娘はどこかに強力な『聖なる一滴』を隠しているはずですので、捕まえたらすぐに裸にして手足を拘束して奪い取れば良いですな。娘さえ手に入れば、計画は挽回できます」


「確かにあの娘は我々にとって無くてはならない存在だからな。居場所が掴めなくなっていた娘が、あちらから近付いてきたのは好機と言えよう。娘をどうやって言う通りにさせる?麻薬を使うのか?」


「娘の代わりはおりませんので、操作のしやすさはあっても麻薬は使えません。となると、他の『白い渡り鳥』同様、協力させるには時間をかけるしかありません。
欲の少ない扱いづらい娘ですが、最近、護衛の男に夢中らしいのでその男から堕とせば良いでしょう」


「そんな時間をかけずとも、さっさと媚薬でも使って堕とせば良いのではないか?高い黒魔法の適性がある者ならば、何人でも愛人に迎えて子を沢山産ませろとのことだ。
娘が手に入ったら自分に欲しいと部下達がうるさいのに、一時的とはいえ傭兵の男を優遇して側に置き続けるなど、あいつらが我慢できると思うのか?」


「若い将軍方はせっかちでいらっしゃる。確かに媚薬を使えば早々に堕ちるでしょうが、『聖なる一滴』を作る時にはかなりの集中力が必要になるそうなので、肉欲に溺れて気が散ってしまい、作れなくなっては困ります。時間をかけてでも正常な状態で堕とした方が長く使えます」
 

「この状況では時間をかけている暇はない。さっさと娘に『聖なる一滴』を作らせて、上の連中を追い払わねばならんのだ」


「2人とも落ち着け。娘はこれから先、死ぬまで我々の言うとおりにさせねばならぬのだ。やり方は、娘をここに連れて来てから決めても遅くないだろう」
 



その後も3人の会話が進んだけど、私は混乱と怒りで頭が真っ黒になった。怒りで唇が震えて、涙が込み上げてきた。


「まさか私を狙っていたなんて、思いもしませんでした」


「どうしてディズを。ね、狙ったのかな」

小さな声で言葉を発すると、震える唇のせいで声も震えてしまった。そんな私の変化に気付いたのか、ディズは私の手を取って静かに奥に続く道を進むと、彼は私を抱きしめた。ディズの身体と密着する直前、リスボタンになっていたユーリくんが慌てて外に出て、ディズの方に移動してしまった。
 

「私はずっとバルジアラ様の元に居たので、名前が売れてしまっているのです。アステラ1人で私を倒し、大国の領土を最短で奪ったと他国に誇示すれば、今後の侵略はとても楽になると考えたのでしょうね」


「そう、なんだ。それに、あの4人だけじゃなく、他の『白い渡り鳥』も協力する予定だったなんて……」

ディズは私が泣き始める寸前だと分かっているのか、私の肩口に顔を埋めて宥めるように頭を撫で始めた。その手付きがとても優しくて、わななく唇から力が抜けてしゃくりが始まり、涙が次々にこぼれ落ちてきた。



「シェニカが証言してくれたおかげで被害は少なくなりましたし、他の『白い渡り鳥』様も大罪を犯さずに済んだのですね」


「う…。ひっく…」


「シェニカは私が守りますから安心して下さい」


ディズはそう言うと、軍服が濡れるのも構わずに私を強く押し付けた。彼の言葉と、服越しに伝わる暖かさ、抱き締める腕の強さが私を安心させてくれるから、余計に泣いてしまう。
彼は私を抱き締めたまま背中をさすったり、頭を撫でてくれていたから、しゃくりを上げるのは落ち着いた。でも次から次に溢れてくる涙が止まらない。



「なかなか涙が止まりませんね。私に出来ることはありますか?」

ディズはゆっくりと身体を離すと、私の目元に指をあてて溢れる涙を掬った。その指の動きに誘われるように俯いていた顔を上げると、彼は心配そうに私を見ていた。


「お、おまじないしてほしい」


「おまじない?」


「ルクトが教えてくれたの。瞼にキスすると落ち着くおまじない」


「では、そのように」


彼は柔らかく微笑むと、私の顔を大きな左右の手で優しく挟んだ。微笑んだままの表情で彼の青い目が閉じられると、私も目を閉じた。すると溜まっていた涙がポロリと頬を滑り、ディズの手を濡らしてしまった。


「シェニカの涙が止まりますように」

ディズはそう言って右の瞼に優しくキスをした。
 


「2人でこの困難を乗り越えられますように」

左の瞼にキスをしてもらった後に目を開けると、ディズは真剣な目をして私を見つめていた。その目が自分の中の何かをゆっくりと揺さぶるような気がして、その眼差しから逃げるように俯いて彼の胸に額飾りをくっつけた。すると、彼は優しく抱き締めて暖かいぬくもりで包んでくれた。


「ディズ。ありがとう」


「いいえ。シェニカとこんな風に触れ合えるのは、とても嬉しいんです」


「ディズにも恋人が出来たら、いっぱいしてあげてね」


「ええ。恋人になれなくても、愛した人には積極的にいこうと思います」


ディズはそう言うと、ギュッと少し強く抱き締めて肩に顔を埋めた。



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