前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる

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数年後のふたりの生活

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 ■■■

 数年後。

「エリー!今日はうさぎを狩ってきたよ!」
「すごいわ、クリス。今日はシチューにしましょう」
「やったあ!エリーのシチュー、大好きなんだ」

 夕暮れ時、空が朱色に染まった森の家で、エリスティナはかわいい養い子の元気な声に、笑顔で返した。
 はちみつのような金色の髪が風にふうわりと揺れて、エリスティナの目を楽しませる。
 子ども特有のまろい頬は、エリスティナの嬉し気な反応に口角を持ち上げた。
 城を追われてから10年の時が経った。エリスティナがクリス、と呼んだのは、竜種の子供だ。
 エリスティナがこの森に居を構えて三か月ののち、卵から、それはそれは美しい竜種の雛が生まれた。
 エリスティナはその雛に、自分の名前とよく似た響きの「クリス」という名前を付けて育てた。

 竜種の雛が何を食べるかといえば、人間の子供とそう変わらない。
 少し肉が多いほうがいいだとか、その程度の差でよかった。
 エリスティナは、畑に種を撒き、時には森の鳥たちから卵を拝借し、森の実りをいただきながら、クリスを大切に大切に育てた。

 クリスは母思いのよい子で、成長するにつれ――竜種の成長は非常に早く、代わりに老化は遅いのだ――エリスティナの手伝いをしてくれるようになった。
 劣等個体とはいえ、竜種だ。だからエリスティナは、竜種の本能のようなものでこの子に否定されたらどうしようかと思っていた。
 けれどそんな不安は杞憂にすぎず、クリスはエリスティナを「産みの母親ではない」と知ってなお、エリスティナを「エリー」と愛称で呼んで慕ってくれさえした。

 そんな子を愛さずにおれようか、いいや、愛さずにはおられまい。
 いつしか、エリスティナはクリスを本当の子供のように愛しく思うようになっていた。

「エリー、シチューの具材、取ってくるよ」
「あら、そう?じゃあ畑からニンジンとジャガイモをお願いできるかしら」
「まかせて」

 クリスが輝くような笑顔を浮かべ、裏の畑へと駆けていくのを見送って、エリスティナはクリスが脱いだばかりの、少し獲物の血のついた上着を手に取った。
 この家は、本当に竜種の隠居邸だったのだろう。
 クリスの服を縫うための布にも困ることはなく、はじめこそ、森の木の実などを採らねば生きては行けなかったけれど、畑の作物が実るころには、その自給自足で親子二人が暮らしていけるだけの収穫を得られた。
 そういう、豊穣の魔法が、畑にはかかっていた。

「クリスったら、脱ぎっぱなしにして……」

 エリスティナはふふ、とほほ笑んで、洗い場へと場所を移した。クリスの上着を水で濡らし、森の、オレンジによく似た果実の皮から作った洗剤をつけてこする。
 こういう知識が豊富でよかった。貧乏な伯爵家の生活の知恵が役に立つなんて、あの頃は思わなかった。

 ――そう、あの頃。

 10年前のことを思いだして、エリスティナはふう、とため息をついた。
 エリスティナをひととも思わず冷遇した挙句に追放した竜王と、エリスティナへの嫉妬でその竜王リーハをたきつけたカヤ。
 あの、エリスティナを冷たく見下す目は、今も時折エリスティナの夢に出てきてエリスティナを苦しめる。
 もう会えないだろう家族はどうなっただろうか。知るすべはかなわないけれど、あの竜王とその番のことだ。まともな支援などはなされていないだろう。
 せめて強く生きてほしいと願うことしかできない。

 エリスティナはしゃがんだせいで少し痛みを覚えた腰をさすって立ち上がった。
 やめよう、思い出すと気がめいってしまう。
 そう思った時だった。

「エリー!」
「クリス、どうしたの?やけに早い気がするけれど……」
「エリーが不安になってるのを感じたんだ。エリーが苦しんでいるのに、ほかのことをしようなんて思えないよ。でもエリーに頼まれた用事だから……急いで終わらせてきた!」
「まあ」

 エリスティナの肩に顎を乗せ、クリスがエリスティナの顔を覗き込んでくる。
 エリスティナは、クリスの自分へのたしかな愛情を感じて目を細めた。
 この子は、エリスティナを本当に慕ってくれている。愛されて、そして何より、愛してもいい相手がいることを実感して、エリスティナは微笑む。

「クリス、ありがとう。でも、大したことではないのよ。……あら?ところで、どうして私が不安になっているとわかったの?」
「うーん……?わからない。ただ、エリーがつらそうにしてたらすぐわかるんだ。どうしてかな」
「なにそれ、ふふ。まるで竜種の番関係みたいね」

 エリスティナが思わず笑みこぼすと、クリスは目をぱちぱちと瞬いてエリスティナを見上げた。10年しか生きていないのに、もうエリスティナとの身長差は頭一つ分もないクリス。
 その成長の速さに、やはりクリスは劣等種とは言え竜種なのだ、とわかっても、エリスティナのクリスへの愛情は揺らぐことはなかった。

「番、番……そうか、番……」
「どうしたの?クリス」

 クリスがなにやら気づいたようにしてぶつぶつとつぶやく。
 その理由を尋ねたエリスティナに、クリスははっとしたような表情を浮かべた。
 ぱちり、とエリスティナとクリスの視線が合う。
 とたん、ぶわわ、と耳まで赤くなるクリスに、エリスティナは仰天した。

「クリス!?どうしたの、熱があるの?」
「い、いや、ない。ないよ、エリー!大丈夫!」

 首を横にぶんぶんと振るクリスをしばし見つめて、エリスティナはそう?と首を傾げた。
 竜種の生態については勉強しているけれど、まだまだわからないことがいっぱいだ。
「体調が悪くなったらすぐに言うのよ」と言い含めて、エリスティナは夕食のために洗濯を手早く済ませてしまうことにした。
 今日は兎のシチューだ。クリスが大好きなメニューだから、気合が入るというもの。

 エリスティナは、この生活が永遠に続けばいいのに、と思った。
 それが、たとえ、かなわない夢だとしても。

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