63 / 65
告白
しおりを挟む「……最近、よく気絶するわね」
夜のとばりが降りるころ、エリナは目を覚ました。
おなかがぐうと鳴って、苦笑する。あんなことがあったのに、エリナの体は普通に空腹を訴える。生きているのだ。
ふと、エリナは自分のベッドの横で、ベッドに顔を伏して眠っているはちみつ色の髪をした青年に気づいた。
「クリス……」
クリスの寝息が聞こえる。安らかなそれは、かつてエリスティナが育てたクリスのものと同じだった。当たり前だ。同じひとなんだから。
「本当に、クリスなのね……」
たとえようもない思いで、エリナはクリスのはちみつ色の髪をかきあげた。
あの日喪ったと思っていた。あの時に、エリスティナの愛はすべて消え去ってしまったのだと……。
それが、きっかけがあるとはいえ、突然クリスとクーが同じだと理解したのだ。
戸惑いはある。けれど、それ以上に嬉しくて、クリスが生きていたことがただ嬉しくて、エリナは今、様々な想いを一瞬に押し込めて、微笑んだ。
かきあげた髪からクリスの瞼が見える。長いまつ毛がふるふると震え、やがてその中から緑色の目が姿を現した。
「……エリー?」
「おはよう、クリス」
こんな風に、ただ挨拶できることが幸せでたまらない。
エリナは穏やかな笑顔のまま、クリスの頭をくるむように抱きしめた。
「エリー、起きたんですね」
「うん、起きるのが遅くなってごめんなさい」
「いいえ、あんなことがあったんですから、疲れて当然です」
クリスは、エリナに抱かれていることに気づいたのか、少し顔を赤くして、エリナの腰に手を回した。
「あたたかい……」
「そりゃあそうよ、生きてるんですもの」
「そう、そうですね。エリーは、生きてる……」
どこかぼんやりしたように、クリスはつぶやいた。
エリナがここにいることが、奇跡みたいだ、そう思っていることが、手に取るようにわかった。
「ずっと、会いたかったの。クリス。あなたに」
「はい」
「でも、喪ったと思って、クリスは死んでしまったと、そう思って。ずっとあきらめていて……」
それ以上は言葉が詰まって言えなかった。
エリナはクリスの頭を解放し、代わりにその頬を両の手で包んだ。
クリスがここにいることを、確かめるみたいに。
「私が、クリスをクリスだとわからなかったのには、理由があるの?」
エリナは何気なく尋ねた。クリスははっと目を見開いて、守れなかったことを後悔するように顔をゆがめた。
大丈夫よ、とエリナが撫でると、ひとつ息をついて話し始める。
「カヤの呪いです。本来、人間種は魔法を使うことができないので、あれはリーハの鱗を……逆鱗を取り込んだことによる作用なのでしょう。カヤは、エリーに暗示をかけていました。鐘の音を媒介にして、長い間、ずっと……」
一度、クリスはそこで言葉を噤んだ。エリナはただ、黙って続きを待った。
クリスが続きを話し出す。
「僕の逆鱗と……先だってカヤを探したときに放った僕の攻撃でカヤが弱ったことと……複数の要因が重なって、カヤの呪いが弱まって、エリーの認識阻害が溶けたのでしょう。けれど、僕はエリーを二度も危険な目に合わせました。守ると言って……」
「守ってくれたわ」
エリナは微笑んだ。
そう、クリスはずっと、エリナを守ってくれた。
かつてエリナがそうしたように、彼の全身全霊をかけて。それがわからないなんて、そんなはずはなかった。
「私は傷ついていないでしょう?どこも損なったりしてない。元気いっぱいで、今ここにいるもの」
「でも……!」
「それ以上言ったら怒るわよ?私の大事なクリスを責めないでって」
エリナは頬を膨らませて、エリスティナらしく言った。
クリスはぱちぱちと目を瞬いて、やがて笑って。
「かなわないなあ……エリーには」
と言った。エリナは満足して笑み返す。
「それにしても、あんなに小さかったクリスが、こんなに立派になっちゃって」
「小さかったは余計です!」
「あはは」
焦るクリスがかわいくて、エリナは声をたてて笑った。
本当に、幸せだ。こんな風な日々が来るなんて、前世では思ってもみなかった。
「敬語」
「え?」
「敬語。どうして私に敬語を使うのよ。昔はもっとこう、かわいかったじゃない?」
クリスは目をそらした。
なおもエリナが見つめると、恥ずかしそうに耳までを赤くして、ぼそぼそとつぶやく。
「エリーに、ふさわしい男になりたかったんです。そう言う本を読んで……もう癖になってしまいました。こんな風にしゃべるのはエリーにだけです」
「ええ、敬語を外してよ。距離が遠いみたいだわ」
「無理です。もう僕にとってエリーは女神で大事な番で好きな人でっ。そんなエリーにあんな粗暴な口調を使うなんて考えられません!」
「ええー……?」
クリスが無理だ無理だと言って手を顔の前で振るから、エリナはそれが面白くなってしまった。かっこいいと思っていたけれど、こういうところはやっぱりかわいい。
ふうー……、と息を吐いて、エリナはクリスに向き直った。
そう言えば、エリナから言っていないことがあるんだった。と思って。
「ねえ、クリス」
「……はい、エリー」
エリナを恐る恐る見上げるクリスは、やっぱりかわいい。
エリナはクリスの手をぎゅっと握って、もう一度笑った。
「私、あなたが好きよ」
「――……!」
クリスが目を見開く。そして口を押えて、なにごとかもごもごつぶやいたあと、そっぽを向いた。
「反則だ……こんなにかわいいなんて」
「私からみたらあなたのほうがかわいいわ」
「聞かないでください!」
「大きな独り言ねぇ」
ふふ、と笑うエリナと頭を抱えるクリス。
ふたりの視線がかみ合う。やがて、見つめあって、クリスはゆっくりと状態を起こした。
不意打ちのように、クリスの唇が、エリナのそれに重ねられる。
驚いて目を瞬くエリナに、クリスが真剣な顔で言った。
「僕も、あなたが好きです」
――好きばかりがあふれて、どうしようもない。
エリナは、頬を伝う濡れたものの存在に気付いていながら、止めることはできなかった。
クリスの両腕が広げられる。想いのままに、その腕の中におさまって、二人はもう一度キスをした。
星空が、結ばれた二人を祝福するように、輝いていた。
■■■
40
あなたにおすすめの小説
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
義妹がやらかして申し訳ありません!
荒瀬ヤヒロ
恋愛
公爵令息エリオットはある日、男爵家の義姉妹の会話を耳にする。
何かを企んでいるらしい義妹。義妹をたしなめる義姉。
何をやらかすつもりか知らないが、泳がせてみて楽しもうと考えるが、男爵家の義妹は誰も予想できなかった行動に出て―――
義妹の脅迫!義姉の土下座!そして冴え渡るタックル!
果たしてエリオットは王太子とその婚約者、そして義妹を諫めようとする男爵令嬢を守ることができるのか?
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います
***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。
しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。
彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。
※タイトル変更しました
小説家になろうでも掲載してます
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜
三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。
「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」
ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。
「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」
メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。
そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。
「頑張りますね、魔王さま!」
「……」(かわいい……)
一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。
「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」
国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……?
即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。
※小説家になろうさんにも掲載
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる