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第一章

助けてくれた男の子2

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 ユリウスの青い目が炯々と輝く。眼鏡越しのその目は、獲物を捕らえるオオカミのようだ。

「奴隷がこの国で禁じられているのは、子供でも知っていることだが……知っていて、罪もない子供を奴隷として虐待していたならば、その罪はけして軽くはないぞ、タンベット男爵」
「あ?ああ……!」

 しまった、というようにご主人様――タンベット男爵が口を押さえるが、ユリウスは厳しい目を逸らさない。そうこうしているうちに、雨の庭にもうひとり、ユリウスとよく似た、上背のある青年が歩いてやってきた。向こうには、男爵夫人の姿が見える。

「アンダーサン公爵閣下!雨の中外に出られるなんて……」
「しかし、タンベット男爵夫人、我が息子、ユリウスがこちらにいるというではないですか。親として子を心配するのは当然です」
「心配、ええ、心配!そうでしょうとも!意地汚い奴隷にたぶらかされたご子息を心配するのは当然のことですわ!」

 使用人たちから、レインがユリウスに抱きかかえられている、というのを伝えられたのだろう。男爵夫人はキツネのような目を吊り上げ、レインをにらみつけていた。震えるレインの頭をユリウスの手が撫でると、それも気に食わない、といった様子で、男爵夫人はますます肩をいからせた。

「奴隷……?」

 アンダーサン公爵、と呼ばれた青年が、ユリウスに抱かれているレインを見やる。縮こまったレインにユリウスは笑いかけると、アンダーサン公爵にレインの顔を見せるように近づいた。

「この子を、奴隷として虐待していたのです。父上」

 アンダーサン公爵は、不思議そうな顔をしていたけれど、奴隷、という言葉を聞いてはっと顔を厳しいものに変えた。

「そうか……つらかったね……。え、君……は……!?」

 アンダーサン公爵が、やわらかな手つきでレインの前髪を撫でる。
 そのとき不意に、レインの赤い目が見えてしまったのだろう。驚愕のまなざしでレインを見つめるアンダーサン公爵に、レインはあわてて顔を隠し、うつむいた。

 きみの悪い目を見せてしまったことが、ひたすらに申し訳なかった。

「これは……暁の虹……?」

 アンダーサン公爵がなにか呟く。その言葉の意味はわからなかったけれど、ユリウスは違うようで、アンダーサン公爵の言葉に首肯した。

「父上には、僕の言いたいことがわかると思います」
「ああ……そうだね。これは……大事件だぞ……」

 アンダーサン公爵が、タンペット男爵に向き直る。そうして、硬い声で、口を開いた。

「男爵、この子は我々が引き取る。これは決定事項だ」
「な……公爵閣下、それは」
「奴隷の売買、使役はこの国の法で禁じられている。男爵位をもつ貴殿が知らないはずはあるまい。詳しい話はまたの機会に聞こう」

 アンダーサン公爵の言葉には、おだやかだが有無を言わせぬ迫力があった。何が何だか分からないうちに、話は終わったらしい。
 タンベット男爵はうなだれ、男爵夫人は公爵の迫力に圧倒され何も言えないでいる。
 パトリシアが呆然とレインを見ていた。
 雨がざあざあと降っている。ユリウスは、その雨からすらレインを守るように抱きしめ、庭園の向こう、邸の門に見える馬車へと歩みを進めていった。レインは、それを熱に浮かされた体で、ぼんやりと――夢を見ているように感じていたのだった。
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