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第1章 春
2.テスト返し
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「はい、じゃあ数学のテスト返すぞー」
新学期最初の授業は中野による数学で、昨日のスタートテストのテスト返しだった。
嵯峨本、と呼ばれて席を立つ。テストを貰う前に、中野は右手を差し出した。これは90点以上を取った生徒に対する彼なりの「励み」らしい。馬鹿馬鹿しい。直接言えばいいものを、何故そう回りくどいことをするのか。嵯峨本は軽くその手に触れて、テストを受け取った。98点、ミスは1問の計算ミス。クソ、なんでこんなところをミスってんだ――席に着いた嵯峨本はテストを2つに折って引き出しに仕舞い込んだ。
「平均点は54.7点、このテストは平均点60点を想定して作られているから、少し足りないかな。これまでの学習を疎かにしていたら、3年の学習に響くぞ。このテストは1・2年の全範囲を網羅しているから、よく復習しておくように」
実際、今回のテストは基礎問題がほとんどで、中野の言う通り「疎かにしていたら響く」テストだった。余計なお世話だが、そのようなテストで満足に点数が取れないのは相当ヤバい。「平均60点想定」もかなり斟酌したに違いなかった。こんなの70点がボーダーだろう。
「最高点は98点。ちなみに、少なくとも数学は、35点以下の生徒に対して今週の金曜に追試を課す予定だ。後日、教室とかの説明をする。この追試は突破してくれよな。それじゃあ、早速授業を始めていくぞ」
「最高点誰だろー?」
「どうせ嵯峨本だろ。アイツ、ガリ勉だし」
中野のはつらつとした声の中に、生徒のヒソヒソ声が聞こえる。いつものことだ。1年の頃からそうだったし、慣れている。快くは感じない。むしろ不快だ。授業を聞かずにこんなことを話して何になるのか。どうせなら、目の前で聞いてきてほしいものだ。
「そこ、少しうるさいぞ。集中しろ」
この時ばかりは、心の中で中野に頭を下げた。
* * *
放課後、掃除当番ではない嵯峨本は廊下で教室掃除が終わるのを待っていた。中野が職員会議で不在だからか、生徒はだらけているようだ。嵯峨本は踵を何回か鳴らす。
「嵯峨本君、ちょっといい?」
左方からふいに話しかけられる。同じくらいの身長の男子で、右後頭部の髪が少しはねている。
コイツ、誰だったかな。第一声を躊躇っていると、構わず向こうから話しかけてくる。
「今日のテスト、どうだった?」
「国語92点、数学98点、英語96点」
「うわ~、やっぱり高いなァ」
苦笑。少しして、彼は両手を顔の前で合わせて言った。
「僕に勉強教えてくれませんか?」
「やだ」
嵯峨本は即答する。あまりの速さに、彼は呆気にとられている。
「だって、面倒じゃん。放課後の孤独な勉強の時間が俺の癒しなんだからな。邪魔すんなよ」
「そんな悲しいこと言わずにさ、どうか一つ、よろしく頼むよ~」
出た、猫なで声。嵯峨本の最も嫌う声の一つだ。思わず顔が引き攣る。
「無理だね。俺にはメリットがない」
ガタガタ音がする。やっと教室掃除が終わったらしく、嵯峨本が教室に戻ろうとする間際、彼は2本指を突き出した。
「ハンバーガーとドリンク2日分!」
嵯峨本の体がピクッと反応する。そういえば、最近食べてないな。
「ね、奢るからさ。本当に、このままだと僕どうなるかわかんないんだよ。数学は追試あるし……。本当に! 一生のお願い!」
目を瞑って必死に頼み込む彼の様子を見ると、「相当ヤバい」らしい。嵯峨本は短くため息を吐き、彼の薬指を強引に伸ばす。
「火、水、木の3日分なら呑んでやるよ」
3日分。中学生にしては痛い条件に、彼は表情を歪めたが、暫くして、腹を決めたそうだ。
「うーん……。わかった。よろしくお願いします」
頭を下げる彼に対し、嵯峨本はニヒルな笑みを浮かべ、仄かに明るい教室に入っていった。
新学期最初の授業は中野による数学で、昨日のスタートテストのテスト返しだった。
嵯峨本、と呼ばれて席を立つ。テストを貰う前に、中野は右手を差し出した。これは90点以上を取った生徒に対する彼なりの「励み」らしい。馬鹿馬鹿しい。直接言えばいいものを、何故そう回りくどいことをするのか。嵯峨本は軽くその手に触れて、テストを受け取った。98点、ミスは1問の計算ミス。クソ、なんでこんなところをミスってんだ――席に着いた嵯峨本はテストを2つに折って引き出しに仕舞い込んだ。
「平均点は54.7点、このテストは平均点60点を想定して作られているから、少し足りないかな。これまでの学習を疎かにしていたら、3年の学習に響くぞ。このテストは1・2年の全範囲を網羅しているから、よく復習しておくように」
実際、今回のテストは基礎問題がほとんどで、中野の言う通り「疎かにしていたら響く」テストだった。余計なお世話だが、そのようなテストで満足に点数が取れないのは相当ヤバい。「平均60点想定」もかなり斟酌したに違いなかった。こんなの70点がボーダーだろう。
「最高点は98点。ちなみに、少なくとも数学は、35点以下の生徒に対して今週の金曜に追試を課す予定だ。後日、教室とかの説明をする。この追試は突破してくれよな。それじゃあ、早速授業を始めていくぞ」
「最高点誰だろー?」
「どうせ嵯峨本だろ。アイツ、ガリ勉だし」
中野のはつらつとした声の中に、生徒のヒソヒソ声が聞こえる。いつものことだ。1年の頃からそうだったし、慣れている。快くは感じない。むしろ不快だ。授業を聞かずにこんなことを話して何になるのか。どうせなら、目の前で聞いてきてほしいものだ。
「そこ、少しうるさいぞ。集中しろ」
この時ばかりは、心の中で中野に頭を下げた。
* * *
放課後、掃除当番ではない嵯峨本は廊下で教室掃除が終わるのを待っていた。中野が職員会議で不在だからか、生徒はだらけているようだ。嵯峨本は踵を何回か鳴らす。
「嵯峨本君、ちょっといい?」
左方からふいに話しかけられる。同じくらいの身長の男子で、右後頭部の髪が少しはねている。
コイツ、誰だったかな。第一声を躊躇っていると、構わず向こうから話しかけてくる。
「今日のテスト、どうだった?」
「国語92点、数学98点、英語96点」
「うわ~、やっぱり高いなァ」
苦笑。少しして、彼は両手を顔の前で合わせて言った。
「僕に勉強教えてくれませんか?」
「やだ」
嵯峨本は即答する。あまりの速さに、彼は呆気にとられている。
「だって、面倒じゃん。放課後の孤独な勉強の時間が俺の癒しなんだからな。邪魔すんなよ」
「そんな悲しいこと言わずにさ、どうか一つ、よろしく頼むよ~」
出た、猫なで声。嵯峨本の最も嫌う声の一つだ。思わず顔が引き攣る。
「無理だね。俺にはメリットがない」
ガタガタ音がする。やっと教室掃除が終わったらしく、嵯峨本が教室に戻ろうとする間際、彼は2本指を突き出した。
「ハンバーガーとドリンク2日分!」
嵯峨本の体がピクッと反応する。そういえば、最近食べてないな。
「ね、奢るからさ。本当に、このままだと僕どうなるかわかんないんだよ。数学は追試あるし……。本当に! 一生のお願い!」
目を瞑って必死に頼み込む彼の様子を見ると、「相当ヤバい」らしい。嵯峨本は短くため息を吐き、彼の薬指を強引に伸ばす。
「火、水、木の3日分なら呑んでやるよ」
3日分。中学生にしては痛い条件に、彼は表情を歪めたが、暫くして、腹を決めたそうだ。
「うーん……。わかった。よろしくお願いします」
頭を下げる彼に対し、嵯峨本はニヒルな笑みを浮かべ、仄かに明るい教室に入っていった。
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