教室の窓から

いえろ~

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第2章 夏

6.団結

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 翌日、空は厚い雲に覆われていた。梅雨時ということもあり、ジメジメしている。教室の天井では扇風機が回っている。

 朝の会のことだ。いつも通り、中野の「日直、号令」から朝の会は始まった。次に連絡が伝えられる。

「――とりあえず、昼休みに図書委員は図書館に集まること。以上、号令」

「先生、少しいいですか」声の主は日比谷だった。朝の会で生徒の誰かが発言するのは珍しかった。

「どうしたんだ?」と中野が訊く。許可を得た日比谷は、自ら教卓の前に出てくる。ちょうど、昨日話した所だ。

「昨日、大縄について話しました。確かに、大縄を捨てても、他の競技で頑張れば勝算はありそうでした。このクラスは体育が得意な人もいるし」

 昨日は後ろの黒板の一点を見つめていたようだったが、今日は余裕があるのか、クラスメイトの一人一人を見つめるようにあちこち見回していた。

「あの時、うまく言えなかったけど、夜に考えました。大縄は今回の体育祭でかなりネックになると思う」

 一拍置いて、言い切る。

「それでも俺は大縄をやりたい」

 クラスがざわつく。誰かが立ち上がる。木口だった。

「何でだよ。練習しても全然上手くなんねーじゃん」

 昨日の調子を見ていれば、彼の反対は当然だろう。しかし、日比谷は動じなかった。

「数回しか練習してない奴に言う権利はないだろう。これは、俺も含めて」

 強い語調で言い放ち、木口は圧倒されたのか、静かに席についた。

「確かに、俺は勝ちたい。でも、全部ちゃんとやりたいんだ。他の競技はぶっちぎりでも、大縄だけ超ヘタクソなんて、俺は嫌だ。カッコ悪いだろ。俺は勝ちたい。でもそれは、何事も妥協しない正々堂々とした勝利のことなんだ」

 日比谷はいつもよりも芯の通った声で、感情をあらわす。それに触発されたのか、教室のどこかで「何カッコつけてんだ」と小声が聞こえた。しかし、日比谷は動じない。昨日のオドオドしている彼はもう存在しなかった。

「勿論、大縄の練習をしたくない人だっていると思う。だから、その人は来なくてもいい。他の競技の練習をしてほしい。強制するのは嫌だからな」

「日比谷、それはクラスの団結を欠くことにならないか?」

 昨日と打って変わった日比谷の様子に感じたものがあったようで、中野は訊いた。

「それは……」ここで初めて、日比谷は口ごもった。

 だが、ここで止まってしまったら、意味が無いことをわかっていた。

「団結力があるから勝てるんじゃないと思います。いかなる形にせよ、勝ちたいという気持ちが集まれば自然と団結していくものだと思います。だから今、団結は必要不可欠というわけではない、必要なのは、勝ちたいという気持ち、個々の方向性を同じ方へ向けることだと思いました」

 日比谷の答えを聞いて、中野は「そうか」とだけ言った。無表情に近いが、生意気な彼を見下しながらも、自身の根幹をくすぐられているのを耐えるような表情をしていたようにも見えた。

「各々が勝つためにできることをやろう。そういう意味での『強制しない』だ。目指すは全競技1位の完全優勝。でも、たまに全員で大縄の練習もしたいので、その時はよろしくお願いします。今日も、桜の木の下で練習しようと思います。ギリギリ雨は降らないはずなので」

 これで以上です、と言い、日比谷は席についた。その過程を一同が見送る。その後、何事もなかったように号令の指示があり、朝の会が終了した。
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